杖下に死す (文春文庫)

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著者 : 北方謙三
  • 文藝春秋 (2006年9月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (492ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167419103

杖下に死す (文春文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 北方さんの歴史時代小説には2つのタイプがありますね。ひとつは武将を取り上げ、大きなスケールで描く歴史物。もうひとつがハードボイルドの時代バージョンといった雰囲気の剣豪小説。私は前者は好きなのですが、後者は苦手。
    さて、この作品はというと、やはり後者のほうなのでしょうね。大塩平八郎の乱という歴史的事実を取り上げたので、ひょっとして歴史物かと期待したのですが。
    もっとも、そんなに悪くはないです。
    少々、刀を振り回しすぎるし、最後の転身は唐突な気もしますが、全体的には押さえが利いた雰囲気です。ただ、人に勧めるほどじゃないかな。

  • 大塩平八郎の乱にこんな背景が…。
    色々と深読みするなー、と。
    めし屋のオヤジの食べ物が食いたい

  • 大坂の闇。幕末のはじまり。北方謙三の新しいカタチのハードボイルド。歴史描写の新しい手法を垣間見た。中身ももちろん面白く、また教科書の記述の空白を埋めてくれる本に出会えた。

  • 2015年の26冊目です。

    江戸末期の大阪で起きた大塩平八郎の乱を軸にした物語です。

    この本の続編として「独り群せず」という作品があります。
    大塩平八郎の養子、大塩格之助と江戸から来た剣豪、光武利之の友情と大阪のコメ流通に絡む大塩平八郎の乱を軸に描かれています。
    この物語では、大塩の乱の背後には、江戸幕府の大老派と老中派の争いが関係していることになっています。

    この本は、主人公光武利之が武士を捨て、料理人として生き直すところで終わります。
    続編の「独り群せず」の中に、光武利之の異母弟が、「兄上は自由で羨ましい」「自由とはなんだ?」「自らをもって由とすることです」とい会話がなされます。
    この本では、利之が、自らの生き方を由とするに至るまでのためらいや揺らぎの心情が描かれていると感じました。

  • 利之のキリットした生き方に共感する。

    「口に入れるものがある。いまは、それが幸福なのだ。
     私は、よく思う。
     幸福など、実はすぐそばにあるものではないかとな。
     飢えていれば、雑穀の粥がうまい。
     豊作であれば、米が食える。
     つまり、心のありようひとつだな。」

    「強くなる時、人は自分が強く
     なったなどとは思わんものだ。
     ほんとうに強くなる時にはな」

  • 大塩父子、主人公それらを置いて一番魅力的だったのが
    お勢。

    男の理想の女性だと思う。

    北方作品にはこの手も女性がよく登場するのでそれ目当てで読んでるのかも。

  • 杖下に死す 北方謙三

    柳生新陰流の達人、光武利之(実は代々御庭番の家系・村垣淡路守定行の妾腹の子)と大塩平八郎の養子で東町奉行所同心の大塩格之助との不思議な友情をベースに利之の自分探し?の物語。
    眠狂四郎のようにニヒルではないが、群れず独歩行タイプの利之。御庭番の家系もあって、なんとなく親父の命であちこちを旅し、隠密らしからぬ隠密の役目も果たしてきた。
    その流れから別に大塩を探れと言われた訳ではないが結果として大塩平八郎に接近遭遇することになる。
    大塩平八郎の乱とはなんであったのか『政』が庶民のためであったことはこれまでも、これからもないだろう。

    1837年(天保8年)大塩平八郎の乱

    大塩平八郎
    大塩平八郎1793年3月4日(寛政5年1月22日) - 1837年5月1日(天保8年3月27日))は、江戸時代後期の儒学者大坂町奉行所与力。大塩平八郎の乱を起こした。

  • 大塩平八郎の乱を舞台に架空の人物を主人公にして話は進む。北方歴史小説らしい男らしさや爽快感はあるが、大塩の養子の何に魅かれて友情が生まれたのか、いまいちだった。

  • 大塩平八郎の乱を作者の分身ではないかと思わせる架空の主人公、光武利之の視点から描いた作品。その思いは北方版『三国志』、『水滸伝』へと繋がって行くと感じさせる。だが、もう一つ胸が弾まないは、光武が傍観者のままであったのではないだろうか。大阪に蠢く深層にも言及されているが、これも生かされているとは感じさせない。

  • 異変が伝えられたのは、19日の早朝だった。
    仙蔵は、すでに出かけていた。伝えてきたのは、仙蔵が連れていった板場の若いものである。
    「そうか」
    ほかに言葉はなかった。
    利之は部屋に戻った。お勢が、火鉢に炭を足していた。
    「洗心洞から、隣の屋敷に大砲が撃ち込まれたそうだ。それから外へ出たらしい。門弟数十人。それが、次第に増えているという」
    「どういうことでございます、それは?」
    「つまり洗心洞の叛乱に加わろうと、人が集まり始めているということだ」
    叛乱という言葉に、お勢は息を呑んだ。言った利之も、背筋が寒くなるような心地がした。
    「洗心洞の建物は燃えている」
    「まあ」
    「洗心洞から出た連中は、救民という旗を掲げているそうだ」


    1837年2月19日。大阪で「大塩平八郎の乱」が起きた日である。幕府は当時「大塩騒動」と言った。利之は「叛乱」という言葉を使った。後世の歴史家は「乱」という言葉を使う。「騒乱」と言い、「戦争」と言い、「革命」と言い、「運動」と言う。思うに、評価は世間と時が決める。そのときの行動責任は本人にあるだろう。それはエジプトの「革命」でも同じ。

    「林蔵の貌」に繋がる江戸時代の歴史モノである。ときは天保「大塩の乱」前夜の大阪。幕府お庭番村垣定行の妾腹光武利之は父より大阪探索を命じられる。大阪の町で光武は大塩平八郎の息子格之助と知り合う。剣のみ強くて自分をもてあましていた光武は真面目一遍の格之助と付き合ううちに「友達」というものを知るのである。(わりと重要な役で間宮林蔵も登場する)

    ここで大塩平八郎は中心人物ではない。ただし、常に正義を唱え、知行合一と救民を唱える「正しい人間」として出てくる。彼の理想は、ついには洗心洞塾での陽明学講義だけにとどまることなく、直接行動に向わざるをえない。そして彼の思想はあくまでも体制内変革の急進派であり、幕閣の思惑のなかで潰えざるをえないのである。最後の最後に「乱」が思うように行かなかったときに、平八郎自身はどのような心境にいたり、大塩親子はどのように自害したのかは、ついにこの物語の中では語られなかった。この本の中で語りたかったのは、理想ではなくて、理想を信じて付いて行った「友達」への追悼だったからである。

    光武は作者の分身である。さしずめ、大塩平八郎は核マルとかの自称革命家の幹部、格之助は彼らについていって消えていった作者の友達なのだろう。

    最後は武士を捨てた光武が、大阪の川べりで包丁を研ぎながら料理人修行をしているところで終わる。波乱万丈の光武の半生に比べてあまりにも平凡な終わり方だろうか。決してそうではない、と作者は言いたいのだろう。

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杖下に死す (文春文庫)の作品紹介

米不足で深刻化する商都・大坂。江戸からやってきた剣豪、光武利之は、この地でひとりの友を得る。私塾「洗心洞」を主宰する大塩平八郎の息子、格之助。救民を掲げて先鋭化する大塩一党、背後に見え隠れする幕閣内の政争。時代の奔流はふたりの男を飲み込み、いままさに幕末への扉を開こうとしている。

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