- Amazon.co.jp ・本 (556ページ)
- / ISBN・EAN: 9784167431136
作品紹介・あらすじ
「井伏さんは悪人です」。太宰が遺書に書いた言葉の意味は何だったのか?親兄弟、友人知人を騙り、窮地に陥る度に自殺未遂を起こした太宰。その太宰を冷徹に観察し、利用した井伏。二人の文士は、ともに「悪漢」であった。師弟として知られる井伏鱒二と太宰治の、人間としての素顔を赤裸々に描く傑作評伝ミステリー。
感想・レビュー・書評
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非常に面白かった。太宰治の評伝であると同時に、盗作作家・井伏鱒二の告発本。自らの生を引き受け作品を作り続けた前者に対して、後者は何事もないように、嘘を重ね、他者の作品により名声だけを得てしまった、まさしく「悪人」。処世術のみを心得た善人面の、正に我々世間そのものであった。
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膨大な資料を当たった労作だと思います。
分厚いけれど、興味深く読めました。
『太宰治伝』というタイトルですが、太宰治と井伏鱒二のダブル主人公と思ってよいでしょう。
ISBNコードの分類ではドキュメンタリーやノンフィクションではなく、エッセイの扱いですね。
著者の主観が加えられていることを念頭に読んだ方がいいと思います。
太宰の遺書にある「井伏さんは悪人です」の言葉の意味とは…?
3分の2ほどまで読み進むと、仕送りを止められそうになると同情を引くために自殺未遂をはかり実家の長兄を困らせ、女を持て余すと心中(狂言を含む)をはかり、借金は返さない、いい歳してすぐにメソメソ泣く、薬中、同情してもらいたい病、嘘つきでプライドばかり高い、芥川賞を取ることに異様に固執…
といった、太宰像が浮かび上がる。
ここで「生まれて、すみません」と言われると、「そうですねぇ~」と返してしまいそうである。
そして、太宰の兄が仕向けたお目付け人たちから、無理やり太宰の保護責任者を押し付けられ、関わりたくないのに小心者ゆえ断れず、女子供抱えて必死に雑文を書く一方で、太宰に振り回されて大迷惑を被る井伏に「真面目な小心者なのにかわいそう」と、同情してしまうのである。
では、井伏は善人なのか?
いや、彼はとんでもない秘密を隠ぺいしている。
著者は、二人とも、タイプの違う(あるいは真逆、もしくは裏返し?)悪人であると記している。
面白かった。 -
人間・太宰の様々なエピソードが満載。
女性との関わり、周囲との関わりが興味深く読めた。
心中事件の顛末、井伏や中原中也、壇一雄などとの交友録も面白い。
初めて知ることも多く、彼の著作をもっと読みたくなった。
彼はボーダーライン症候群だったとも言われているけれど、
極めて人間くさく、極めて繊細な才能を持った人だったのだろう。
彼の娘、津島佑子にその文才は受け継がれていると思う。 -
太宰治の遺書のなかにあった一言「井伏さんは悪い人です」
この言葉の意味は何だったのか。太宰治とその師であった井伏鱒二を通して、その生涯をミステリアスに斬る。
猪瀬直樹は「ペルソナ―三島由紀夫伝」と「マガジン青春譜―川端康成と大宅壮一」を上梓している。
作家の伝評のひとつのジャンルを開拓したらしい。
今まで食指が動かなかったのだが、この「井伏さんは悪い人です」というひと言が効いた。井伏鱒二といえば、「黒い雨」や「山椒魚」の、あの井伏鱒二だ。
学生の頃「山椒魚」が教科書にのっていた。あの不愉快さはいまだに強く残っている。閉塞感や不愉快さがあっても、必ずしも読後が不愉快というわけではない。不愉快であってとしても、それだけでない何かがあるものだ。しかし「山椒魚」はただただ不愉快だった。これが本当に「名作」なんだろうか。と、自分の価値観まで否定された気になってしまったの思い出す。
が、あれから大分たった。もしかしたら、子供だったから未熟だったから、わからなかったのかと、そういう気持ちをもって読んだ。
やっぱり、あの感じは正しかったのだと実感した。
太宰治の計算されたような狂気を描きながら、同時に井伏の俗悪さを糾弾しているような作品になっている。その入れ子のような構成が、よくできている。
しかし、人は先入観とか、刷り込みとかに、簡単に左右されるもんだなと思う。
そして、それが上手く作用した井伏は、運がいい人なんだろう。
…ともあれ、とっても面白かったので、ペルソナも読んでみようかと思う今日この頃。 -
ちくま文庫の『太宰治全集』1巻を読んだとき、どの作品も太宰自身のことが書かれているようにしか思えなかったので、どこまでが実話なのかを知りたくなりました。そこで、太宰治自身の人生を知っておきたいと思い、何かいい本がないか探してみようと思っていたら、なんと本棚にこの文庫の背表紙が! うああそうだったあたしこれ買っといたんだ、と、驚いて手に取りました。はい、すっかり忘れてたんですこの本がうちにあることを。本当に偶然、タイムリーに背表紙がパッと目に入ったので、導かれたとしか思えません。すぐに読み始めました。
まず序章、太宰治の死、玉川上水での心中事件から始まります。最初に異変を感じたのは誰で、二人の遺体を発見したのは誰で、どのように知らされていったか、騒然とした雰囲気が伝わってきます。そして、屑籠から見つかった遺書の下書きにあった「井伏さんは悪人です」の文字。「井伏さん」とは、井伏鱒二氏のこと。太宰の死には謎が多いのですが、この一文も謎のひとつです。これらの謎は解明されるのか、太宰が生涯に起こした4件の自殺未遂事件を中心に、評伝が展開されていきます。
とても興味深く読みましたし、いろいろな勉強になりました。青森の実家との関係や家族の状況、太宰と関わりのあった女性たち、当時の文壇の様子、世間の潮流、そして戦争。井伏鱒二をはじめとして、菊池寛、佐藤春夫、横光利一、川端康成、檀一雄、中原中也といった名だたる文豪たちも登場し、芥川賞、直木賞ができた経緯はもちろん、太宰がいつどのような由来で「太宰治」というペンネームを使うようになったか、どの作品がいつどのように書かれたのかなど、深く知ることができました。自分が読んだ作品がどういう経緯で書かれたのかわかるとうれしく、改めて再読したくなります。また、全集の続きを読むのがさらに楽しみになりました。
ちなみに、太宰のことを知りたくて本書を読み始めましたが、井伏鱒二についてもよく知ることになりました。「終章」から「増補」は、まるまる井伏氏の「悪人」っぷりが披露されています。私は本書を読んで、井伏さんは、人から何か頼まれるとイヤと言えない、人の良い優しいおじさまなのだろうと思ったのですが、そこが文学者としては厳しくツッコまれる原因になってしまったのかなぁと感じました。さまざまな資料、さまざまな意見があるにしても、井伏氏の作品がここまで「名作」として読まれ続けているのにはそれなりの理由があると思うので、私が井伏氏の作品を読むときは、純粋にひとつの文学作品として味わおうと思っています。
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俗世間に受け入れられない孤高の芸術家として太宰を免罪するのではなく、一人の悪党として描くことを目指した作品らしい。
そこで描かれる太宰は、生きようとする人間としての彼。
繰り返される心中は、死ぬつもりはなかった。
たしかに、言われてみればそうだったのかもしれない。
最後の心中さえそうだった。
山崎富栄の実行力の高さゆえに成功してしまった、となると、ちょっと山崎さんが浮かばれない気がするが。
研究者をはじめ、太宰に甘い。
そんな話を、実は太田治子さんの講演で聞いた。
『明るい方へ』の刊行記念の講演だ。
戦争協力の姿勢、そして自分に近づいてきたファンの原稿をリライトして自分の作品にしてしまうことについて。
こんなところが、聞いていて驚くほど厳しく批判されていたのだ。
戦争協力のことはさておき、剽窃については、この作品でも大きなテーマになっている。
そして、むしろ悪党として浮かび上がってくるのは、太宰の師に図らずもなってしまった、井伏鱒二である。
『青ヶ島大概記』を、太宰に代筆させたこと、直木賞をとった『ジョン万次郎漂流記』も、種本の石井研堂『中浜万次郎』をかなり引き写したこと、そして、名作『黒い雨』も、『重松日記』のリライトであることが明かされる。
丹念に調べ上げる猪瀬さんの手法そのものが、ろくに調査もしないで創作する作家たちを厳しく指弾しているかのようだ。
そう、本書では、太宰の遺書にある、あの有名な「井伏さんは悪人です」の意味も、猪瀬流に解いて見せる。
個人的にはその説に納得しづらいけれど、こういう発想もあるのか、と驚かされた。
この本で知った事実も多い。
例えば、太宰がほとんどフランス語を学んでいなかったこと。
仏文科だし、これ見よがしにエピグラフにフランス文学を引いて見せるから、できるのかと思っていた!
私の半生、騙されてたのね(笑)
さすが太宰。 -
「あとがき」で著者は、「死のうとする太宰治ではなく、生きようとする太宰治を描きたかった」と書いているように、文学的な成功を望み悲喜劇的な振る舞いを繰り返す太宰の姿を描き出しています。太宰治の作品に登場する人物の自意識のねじれ具合は、現代の小説の登場人物たちに通じるようなところがあるように感じていたのですが、著者はそうした彼の内面に共感を寄せるのではなく、かなり距離を置いて観察しているような印象を受けます。
文庫版カバー裏の解説文に「傑作評伝ミステリー」とあるように、ドキュメンタリーな構成で太宰治の生涯をたどっており、読み始めるとページを繰る手が止まらなくなります。
文庫化に際して付け加えられた「増補」には、井伏鱒二の『黒い雨』の種本となった『重松日記』の刊行時に著者が書いた文章が加えられています。作家として生きるということは、井伏にとっては他人を欺くことであり、太宰にとっては自分を欺くことだったのかもしれません。 -
正直、猪瀬直樹は苦手なのでおずおずと読み始めたが一気に読まされてしまった。この強引なまでの筆力がプロの仕事である。タイトルの「ピカレスク」とは「悪漢」のこと。この評伝は太宰と師匠の井伏に焦点を当てて進んでゆくが、太宰を「悪漢」と捉える視点と井伏もまた「悪漢」であったとして捉えた視点に分かれている。井伏ひとりというよりも井伏は太宰を取り巻く周囲の人々の代表として悪漢の立場に立たされているという印象を持った。本作の太宰は虚無的だが、太宰を取り巻く周囲は更に冷たい。読み応えはあるが苦手な作品。
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猪瀬直樹、作家で留まっていればよかったのに。残念
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太宰治を描いたノンフィクション。
井伏鱒二との関係も興味深いが、『斜陽』などの名作がどんな状況で書かれたのかなど、制作秘話としても楽しめた。