レキシントンの幽霊 (文春文庫)

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著者 : 村上春樹
  • 文藝春秋 (1999年10月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (213ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167502034

レキシントンの幽霊 (文春文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 【読み終わった今の勢いで】
    この世界の、人間の、怖いところ、恐ろしいところが様々な観点から描かれた短編集。読んでいると自分の「怖さ」にまつわる記憶が走馬灯のように浮かび上がってきて、静かな恐怖の中に閉じ込められるのですが、本を閉じようとも思えない、不思議な引力がありました。
    特に簡潔で明快な「沈黙」と「七番目の男」の最後の数行でそれぞれの主人公が残す言葉が印象的です。
    ある先生がおっしゃった、人間は人間という存在の暴力性と向き合い続けなければならない、という言葉を思い出します。暴力性というのは、ある意味で恐怖という言葉に置き換えられるのではないでしょうか。人間の恐ろしいところとの対峙をやめたとき、人間は他者に対して無自覚のうちに暴力を働いてしまっているかもしれないということや、そもそも恐怖と対峙するということが困難であること、様々な問題の入口に自覚的になれた作品です。ただ、あえて上記二作品を印象的だと挙げたように、残りの作品の中には、「怖い」という感情だけがぼんやりと残る、まさに底無しの恐怖の所在だけが分かるような作品がありました。「緑色の獣」とか。何度か読み直そうかと思いましたが、今すぐもう一度開こうとは思えません。怖さと向き合うのはやっぱり簡単ではないわけです。

  • 1980~1990年代に書かれた短編集。
    “孤独”や“心の奥底にある恐怖”が
    テーマになっているように思えた。
    村上春樹作品は長編が2~3作と短編集が他に1作くらいしか読んでないけど、もしかしたら短編のほうが好きかもしれない。
    淡々と、静かに、美しい日本語で、目には見えない恐怖に引きずり込まれるような感じ。
    「トニー滝谷」は前に映画を観たけれど、映画もまさに、静かで美しくて哀しかった。その雰囲気は、小説も同じだった。

    目に見える恐怖よりも、目に見えない恐怖(罪の意識だとか、過去の思い込みだとか)のほうがずっと恐ろしい。

    「沈黙」が一番印象に残った。
    一見善良そうに見えて実はとんでもなく腹黒い人間って実際いる。
    頭も良ければ自分を善く見せる術を知っているから更に恐ろしい。そうして周りをコントロールしていく。
    そんな黒い人間の裏側に勘づいてしまった語り手の不幸な出来事とその後。
    結局最後に勝つのは、自分は正しいと強く信じられる心なのだと思う。

  • 村上春樹の小説は僕の印象からすると、非常に「非現実的」である。
    こんなことあるはずもないだろう、という世界観。その世界観が完成していて、美しいのが僕が彼を愛する理由なのだ。

    しかし、この短編集の中には、あるいはこれは本当にあった話で、それを彼が聞いてまとめたものなのではないかと思えるものがある。

    それはしかも妙にひやりとする感触を夏の夜に与えてくれる。
    エッセイのような、小説のような、ノンフィクションのような、フィクションのような。後味はひんやり。メッセージなんて僕にはそこから読みとれまい。しかしページページをめくる手は確実に素早く紙を捉える。そんな短編集。

    好きなのは、「沈黙」と「七番目の男」かな。この2つはわりかしメッセージ性が強い。

  • 短編はスラスラ読めるし、作者の良さもすごく出るから、また読みたい。
    『緑色の獣』と、『めくらやなぎと、眠る女』が好き。

  • ぽかっとあいた時間に古本屋で購入。村上春樹の短編集はいくつか読んだが、これは怪しいもの、不穏なものが多く描かれていて、とても良かった。

    気に入った表現を引用しておきます。

    「人は勝つこともあるし、負けることもあります。でもその深みを理解できていれば、人はたとえ負けたとしても、傷つきはしません。人はあらゆるものに勝つわけにはいかないんです。人はいつか必ず負けます。大事なのはその深みを理解することなのです。」(p.55-56「沈黙」より)

  • 1996年11月に文芸春秋社から出版された、村上春樹さんの短編集です。
    7つの短編が入っていて、どれも1990~1996年に発表されたものです。
    僕は全体に好感を持てて、面白くするすると読みました。

    1996年というと、司馬遼太郎さん、渥美清さん、遠藤周作さん、藤子F不二雄さんが亡くなった年ですね。
    テレビドラマでは「秀吉」「ロングバケーション」「古畑任三郎・2ndシーズン」などが流行ったんですね。
    前年の1995年に、阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件&オウム真理教逮捕事件、Windows95発売、沖縄の米兵少女暴行事件&反基地運動の激化、が起こっています。
    2014年現在から考えると、大まか20年前。
    まだまだ、「勝ち組」「格差社会」という言葉が出回っていません。
    まだ(殆ど)誰も携帯電話を持っていなくて、電子メールも普及していませんでした。
    固定電話、ファックス、ポケットベル。衛星放送は始まっていましたが、CSとかは無かったですね。
    まだ日本代表はワールドカップに出たことが無くて、さくら銀行があって、富士銀行がありました。
    「ストーカー」という言葉が(たぶんアメリカで数年前から発生していたのでしょうが)OL殺人事件をきっかけに使われるようになった年です。
    1997年には「ストーカー・誘う女」というテレビドラマが流行っています。
    個人的には1996年は、会社員として給料をもらい始めた年として、懐かしく思い出されます。

    と、いうようなことが気になるのは、少なくとも僕にとっては、村上春樹さんが「同時代の小説家さん」という感じがするからです。
    どこかしら、そういう感慨を抜きにしては味わえないところが、あります。

    短編集「レキシントンの幽霊」。

    ①「レキシントンの幽霊」
    ~在米の日本人小説家が、友人の留守宅で幽霊を見た、というお話~
    ②「緑色の獣」
    ~若妻さんが、突如訪れた不気味な緑色の獣と闘う?というお話~
    ③「沈黙」
    ~少年時代に理不尽な学校でのいじめに苦しんだ男の回想~
    ④「氷男」
    ~「氷男」と恋愛して結婚したけど、なんとなく上手く行かなくなる女性のお話~
    ⑤「トニー滝谷」※映画になりましたね。未見ですが。イッセー尾形さんと宮沢りえさん。監督が市川準さん。いつか、観てみたいです。
    ~孤独に生きてきた男性が、ようやっと結婚するけれど、服を買わずにいられない奥さんだった。その人が事故死してまた孤独になる話~
    ⑥「七番目の男」
    ~子供の頃に津波で友人を亡くした男が、それを気に病んで苦しみ続けた年月の回想~
    ⑦「めくらやなぎと、眠る女」
    ~会社を辞めて実家でふらふらする若い男が、耳が悪い従兄弟の少年の付き添いで病院に行きながら高校時代の友人の彼女を思い出す話~

    の7編が入っています。
    僕が好きだったのは、「沈黙」「トニー滝谷」「七番目の男」でしょうか。

    特筆して言うと、短編「沈黙」。
    ネットで見ると、全国学校図書館協議会から「集団読書用テキスト」として発売された、とあります。
    むべなるかな、それに値する素敵な小説です。
    いじめ、という集団心理への明確な批判、いじめる個人よりも、その流れに身を任せる大勢の方に、許せなさを感じる、と明言されています。
    まったくもって、SFファンタジックな部分はありません。
    村上春樹さんなんて興味ないような人でも、これだけは読んでみたら、と思います。特に若い人ほど。
    僕はとっても好きな短編でした。
    また、「七番目の男」は、単純に津波で失われた人命、というだけで、2011年の東日本大震災を想うと、
    天災による喪失を経て、どう暮らしていくのか、というところを想わされます。
    阪神淡路大震災で、地元が被災した村上さんの心象風景を、ちょっと勝手に想像してしまいます。

    他も嫌いだった訳ではありません。
    全体に、近作の「色彩の無い多崎つくると、彼の巡礼の年」のように、「過去に大事な何か、(愛する人とか)を失ってしまった人の喪失と再生の物語」という、
    宣伝文句をつけられそうな味わいのお話が多かったですね。拡大解釈すれば、①③⑤⑥⑦が、そう言えそうです。
    ただ、どれも、まあ、あらすじはあまり魅力を伝えられないくらい、やはり文章表現の巧みさで読み切らせてしまう。
    ちょっとした、「~~~は~~~のようだった」「まるで~~~だった」みたいな語り口が、僕は好きです。
    それと、ぎりぎりの省略法っていうか。書かれていないけど想像で隙間を埋めちゃう読者の生理との、ツバぜりあいの快楽みたいなところもあります。

    ムツカシイ解釈は抜きにして、村上春樹さんの小説世界で言うと、
    「羊男が出てきたり、双子の姉妹が出てきて良く判らないけどベッドインしたり」
    というような、なんていうか、リアリズムから遠い地平線に拉致監禁されるような持ち味、というのがありまして。
    (上記の例事態で、初期村上作品しかあまり良く知らないことがバレてしまいますが)

    それが好みとしてアリか、それとも興ざめか、というところが、理屈抜きで村上春樹さんの小説が好きか嫌いか、という分かれ道の一つだと思うんです。
    ソコん所で言うと、僕が特に好きだった、「沈黙」「トニー滝谷」「七番目の男」の三作品は、どれも、割とリアリズムなんですね。
    この辺は僕の好みです。
    たとえて言うならば、僕はオーネット・コールマンさんの音楽は好きなんですけど、特に好きなのは「サムシング・エルス!」とかの超初期なんですね。
    前時代の枠組みからまだ脱し切れてないけれど、そこから脱出する境界線でもがいているようなあたり。それがスリリングな気がします。
    まあそういうのも、また数年で好みが変わっていくものなんですが。

    最近また村上春樹さんの小説が面白いなあ、と思っています。きっかけはたまたま去年「多崎つくる」を読んだことなんですけど。
    村上さんの小説世界の味わいっていうのは、

    「日本的な囚われ方から逸脱したい精神」「アメリカ的なものの考え方、言葉への憧憬」「詳しく知っているが故の、アメリカ的な事柄への批判精神や諦め」
    「やっぱり日本語で、日本人であるという歴史性への引っ張り」「でも過去とか歴史風土に引きずられたくない、そんなことで納得したくない、根無し草的な浮遊感とか孤独感」
    「内省的な佇まいと思索性、そして個人として世の中と対峙するときの、肉体の鍛錬含めた強さの肯定」

    とか、いろいろな感じを、僕は受けます。そのどれもが圧倒的に共感できる訳ではないんですが。

    ただ、今年去年に読み直したときに、40歳を過ぎた僕が受けるのは、「ああ、文章が旨いなあ、気持ちいいなあ」ということですね。
    そして、どれだけ非現実なファンタジックな想像と創造の世界に飛んで行っても、
    「ひとりの自分が、大勢の世の中さんと摩擦して生きていくこと」みたいな強靭な背骨というか、ある種のプライドというか、勇気というかマッチョイズムというか、
    そこは恐らく、煎じ詰めて言っちゃうと、ニーチェ的な俗悪大衆への嘔吐を伴う嫌悪感というか見下し方というか、
    そういうものがあるなあ、とは思うんですね。
    ただ、そこにある種の、そう思って佇んでいる自分への含羞とか、自己批判とか、ためらいとか、諦めとか、そういう湿度みたいなものが必ずあります。
    そういう割り切れなさみたいなもの、が、好きなのかも知れません。
    それにまた、近年の小説は、「未来を(恐らく自分が死んだ後の時間も含めて)考える、そのために過去を意識する」といった、時間の連続性っていうか。
    平たく言うと、「僕たちはどこから来て、どこに行くのか」という意識が増している気がします。そういう年齢の重ね方の味わいは、結構嫌いじゃなかったりします。

    そういう中で、短編小説っていうのは、その何かしらの味わいを特化したようなシンプルな肌触りがあって、面白い。
    それに、文章のたくらみというか愉しさが、なんだかハッキリと堪能できる気がします。

  • 再読。
    (※核心ではないがややネタばれ的要素あり、注意されたし)










    「怖い短編集」という触れ込みである。
    高校時代に読んだものだが、その時には正直、最初の「レキシントンの幽霊」しか怖いのなくない?と思っていた。
    大間違い。
    これ、全編怖い。しかも、それぞれに色合いの違う恐怖だ。
    まるでグラデーションのように、こんなにも微妙なニュアンスのちがう「恐怖」を形にしてしまえる村上春樹はやっぱりすごい(ハルキストなので、つい偏った読み方…?)

    1つベストワンを挙げるならば、「七番目の男」を。
    話自体も勿論怖いが、これ、最後の一行ミステリにも近いものがある。
    最後の一文を読んだ後、もう一度、あたまに戻ってみてほしい。

    これ、あたまとおわりがつながっていないか?

    淡々と話し、最後に救済を得て「恐怖」から逃れたかに見えた男。
    しかしその実、ひらりと裏をめくって勘ぐってみれば、
    ハッピーエンドに見せかけた、永遠に「恐怖とその脱却」について話し続ける男の物語だったのだとしたら。

    うそぱちの、物語の「構造」そのものに恐怖を与えられる。
    それは、虚構の「小説」内部を越えて、
    われわれ自身にダイレクトにはたらきかける
    恐怖。




    ちなみに
    村上春樹でホラーものと言えば勿論「鏡」ですが、
    未読の方はこれもおススメ。
    ただし、夜ひとりの時、
    特に「洗面所に立つ前」には
    読まない方がいい。

  • 日常の中にある非日常な体験を綴った話の多い一冊。
    この作品に限ったことではないが、村上春樹は概念を煙に巻いたような表現で語る。短編だと特に顕著で一本を通して一つの概念を縁をなぞるように比喩する。
    読者はなんとなくそれと自己の体験や価値観をすり合わせて「ああ、こういうことなのかな」と概念を共有する。
    一つの物語を通してそれぞれが抱える非言語の領域を言語化する。
    だから、自己の体験や価値観のすり合わせが出来ないと、「何だろうこの話は?」で終わってしまう。
    この短篇集は特にそれが顕著な一冊だったと思う。

  • 村上春樹の文章はどことなく色気を感じる。だから読んでいて何となく気分が良くなるのだ。彼の文章には独特のパターンがあって、それが脳(心?)を刺激するような気がする。喪失感はなぜか癖になる。文章がとにかくきれい。私は「氷男」が好き。

  • トニー滝谷 を何度も読み返します。
    孤独の感覚をこんなにわかりやすく(?)描写できることに感動します。
    きれいすぎるんじゃないかとも思うけど、頭のいい人ってこんな感じなのかな。

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