妊娠カレンダー (文春文庫 お 17-1)

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (202ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167557010

感想・レビュー・書評

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  • 高校の時に読んでからずっと忘れられなかった。
    とにかく描写が美しい。それでいて静謐で冷たい温度を感じるのが小川先生の文体。
    表題作の不気味なところが、主人公の一人称で淡々と進む物語でありながら主人公の姉に対する心情描写がほとんどないところ。悪阻で精神の不安定な姉に辟易していることは読み手に推測できるが、姉に対する憎しみや悪意のようなものは一切描かれていない。にも関わらず、胎児の染色体を破壊する可能性のあるアメリカ産グレープフルーツで作ったジャムを姉に作り、スーパーでは「アメリカ産のグレープフルーツですか?」と確認する。実際には防カビ剤は大した影響はないのかもしれない。でも影響を及ぼす可能性を知っていてジャムを作り続ける。それがそこはかとなく不気味で上品な不穏。

  • とても綺麗な文章を書かれる方です。また、描かれる風景やシーンはどこか異質で、同じ現実世界に思えないのが不思議でした。ストーリーには余白があり、どれも不可解さを残すところが良かったです。

  • 紹介文にあるように、どれもぼんやりとした悪夢のようだった。誰にも悪意は無いが、必然的に悪い方向へ傾いていっているかのようなバランスの取れない感覚に陥った。

    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    姉が妊娠した。つわりに苦しみ、家族に八つ当たりし、 母となる不安に苦しむ姉と接するうち、妹の心に芽生える不思議な感情。姉を苦しめるモノから姉を妹は守りたいという気持ちと裏腹に、妹はやがて、めまいのするような悪意の中へすべりこんで行く。出産を控えて苦しむ姉の傍らで、妹は鍋でジャムを混ぜる、その中には、ひそかな「毒」が。
    家族の妊娠をきっかけとした心理と生理のゆらぎを、きらめく言葉で定着した芥川賞受賞作「妊娠カレンダー」。
    謎に包まれた寂しい学生寮の物語「ジミトリイ」、小学校の給食室に魅せられた男の告白「夕暮れの給食室と雨のプール」。透きとおった悪夢のようにあざやかな三編の小説。

  •  久々に読んだ同著者の小説。基本的には好きな小説が多かったのだけど、この小説はなんというか駄目だった。

     主人公は、姉夫婦と同居している独身女性。姉の妊娠に祝いの気持ちを抱くこともできず、胎児の染色体に異常を来す果物を使ってジャムを作り姉に与え続ける。

     ……というストーリーの筋からしてかなりきつかった。発売年である1991年ではインターネットがないから日の目を見ることは少なかったかもしれないが、こうした腐りきった感情はネットで腐臭を放ちながら蠢いている。腐臭は腐臭を求め、最終電車で放たれた吐瀉物のように世界を不快感に染めてゆく。どうせ共感を覚える人はいるのだろうが、無事共感を覚えず終わるとしてもどうしてこんなに筋書を汚くしてしまったのか。

     装飾で現実味を得ようがなくなるまでにゴテゴテになった文体で描かれる悪意、または悪意でないならば人として致命的な感情の欠損。

  • あれ、まだブクログに登録してなかった…!? もう何周目だろう。
    何がそんなに好きなのか、何を期待して表紙を開くのか、もう忘れてしまったくらい何度も何度も読んでいる。妊娠カレンダーを読むことが人生の当たり前になっている。のにまだグレープフルーツのジャムを食べられていない。

  • 妊娠カレンダー 小川洋子

    妊娠している姉を持つ妹が主人公。
    姉と義兄の間に子供が産まれることが、御目出度いことなのか疑問を覚える。子供と想像できず染色体としか理解ができない。
    つわりが始まり衰弱する姉。
    グレープフルーツが染色体を破壊すると耳にする。
    グレープフルーツジャムを毎日作り、姉はそれを方張る日々。
    そして陣痛が始まる。主人公は染色体が破壊された(?)子供を見に病院に向かう。
    日記形式で出産日までを綴る。

  • 全体的に、不穏で不気味な雰囲気が漂います。小川洋子さんの作品は、文章に透明感があり、大きな起承転結はない、日常を描いたものが多いと思います。私には少し難しかったです。

  • この小説は読む人の想像により、完成する。
    作者が描写した字を追うだけなのに、脳内に広がる光景はさまざまな色を映す深い海になる。(だから映像化しないでほしい!)

    小川洋子さんの作品は、体の描写が特徴的だが、
    表面的なことにとらわれるのは人間の社会性が生み出しているのであり、、生物学的にみればみな同じヒト科なのだ、と示唆されているような気づきがあった。
    『ことり』でも感じたけど、インクルーシブと言うか、だれもが包括される世界と言うか、外見や生き方、考え方の違いもふくめてありのまま受け入れたいというメッセージがあるような…ことばにできない!

  • とにかく静かで不思議な作品。
    「静か」は、夕方の日の落ちる頃、誰もいない住宅街で感じるような「怖さ」を感じる静けさ、もしくは作中にも出てきた『雨のプール』のような暗い静けさ。

    3作の短編集だが、どれも読んだ後に「あれはなんだったんだろう…」と影を追ってしまうような気分になるものばかりだった。
    ノスタルジーでありつつも、不思議な世界。そして、余韻が残る。

    それにしても、登場人物がおかれている設定環境は、誰でも思い出せる、もしくは想像できるような場所なのに、固定概念をとりはらって客観的に見ると、そこだけ全く別の世界のように思える。
    疑わないこの世界なら、妊娠したら「喜ばしいね。おめでとう」「赤ちゃんが産まれて嬉しいわ」、天井の染みは「雨」で、紺のチューリップは「珍しい」、給食は 「料理」、なのだけれど、一旦立ち止まって自分の中の心に正直になると実は自分の中では違ってたりする。
    そんな視点が、よくある日常のなかに物理的に描写され、パラレルワールドを見ているような気分になった。

    物思いに更けたいとき、静けさを感じたいとき、この作品をおすすめしたい。

  • さて、
    「妊娠カレンダー」「ドミトリイ」「夕暮れの給食室と雨のプール」の3短編。

    日常こまごましたことの描写の正確さと、その普通のことが異常になるという展開にびっくりした。

    例えば「妊娠カレンダー」のジャムづくり場面、私もまったくその通りに作っている。ただし、果物の種類と産地がちがう。

    知り合いの庭で生った夏みかんを頂き、オレンジマーマレード作る。皮をごしごしたわしでこすり、「み」をほぐした後、皮の白いところを削り、薄い薄いオレンジ色の皮にし、細く刻む。「み」とお砂糖を加え、ことこと煮るだけで甘酸っぱいジャムが出来上がる。部屋中いい香りがする。

    ここ「妊娠カレンダー」では『…のとろける音がぐつぐつとひそやかに夜の底を漂っていた。』と表現されていた。それが怖い。

    その過程を知っていればこそこの物語は恐ろしい。思考がそれからそれへと流れて辿り着くところは現代の食生活。

    ストーリーの組み立てが自然なのだ。小川洋子自身のあとがきにも書いているが、「床下収納庫にあった腐ったタマネギを猫の死骸と見間違える」感性。これはきわどい。日常性に潜む毒。

    私は毒気に当てられ文章が多すぎるのかどうかは感じなかった。決して嫌ではなかった。むしろ静かめの語り口、つじつまのある書きっぷり、構成。むしろ饒舌は奥深いところにあり、という思いになった。

    他の作品はどうだろうか?

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著者プロフィール

1962年、岡山市生まれ。88年、「揚羽蝶が壊れる時」により海燕新人文学賞、91年、「妊娠カレンダー」により芥川賞を受賞。『博士の愛した数式』で読売文学賞及び本屋大賞、『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花文学賞、『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞、『ことり』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。その他の小説作品に『猫を抱いて象と泳ぐ』『琥珀のまたたき』『約束された移動』などがある。

「2023年 『川端康成の話をしようじゃないか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

小川洋子の作品

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