猫を抱いて象と泳ぐ (文春文庫)

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著者 : 小川洋子
  • 文藝春秋 (2011年7月8日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (373ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167557034

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猫を抱いて象と泳ぐ (文春文庫)の感想・レビュー・書評

  • それは切なくも心温まる美しい物語。小さくてあまりにも控えめで自らの世界に生きてきた少年は、チェス人形の「リトル・アリョーヒン」と一体となることで、「盤下の詩人」の名にふさわしい最高の輝きを棋譜に残し続ける。
    小川洋子の描く登場者はどこか風変わりで控えめだが、穏やかで人を包み込むような温かい眼差しが印象的だ。チェスを教わったバスの中の大きな大きなマスター、マスターに寄り添う猫のポーン、大きくなることでデパートの屋上から出られなくなった象のインディラ、壁に挟まれて出られなくなった少女ミイラ、リトル・アリョーヒンを育てた祖父母、そして、鳩をのせて「リトル・アリョーヒン」の棋譜を記録し続けるもう一人のミイラ。彼らにやってくる不幸は悲哀感を漂わせるが、リトル・アリョーヒンや彼らはその厳しい現実を精一杯に真正面で受け止め、全ては「リトル・アリョーヒン」の繰り出す美しい棋譜に還元されていく。リアル感のある悲哀に対し、小川の魅せるファンタジックな部分はどこか可笑みを伴うが、逆にそれが対として、心のふれあいや追い求める輝きに、はかなくも美しい生命を与えているのだ。哀愁あふれる小さな小さな世界の中で、1滴の「輝き」を描き切った小川ワールドはとても感動的で、涙なくしては読み切れません。
    何だか久しぶりに無性にチェスがしたくなりました・・・。本来、無機質なポーンやルーク、そしてビショップですが、いまや駒の動きが非常にいとおしい。
    いつまでも余韻にひたっていたい珠玉の物語です。

  • 美しかった。
    本当に静かで美しくて慎ましいお話でした。

    チェスの描写が本当に音楽や絵画の表現のようで…。

    唇。
    像のインディラ。
    ビショップ。
    ミイラ。鳩。猫のポーン。
    マスター。バス。おやつの匂い。
    いつも自分の味方でいてくれた家族。
    令嬢。
    総婦長さん。

    無限の可能性を秘めた八×八の升目の海への冒険。
    そこで奏でられる詩。奇跡のような棋譜。

    最後は涙が止まらなかったです。
    読んで良かった。

    「盤下の詩人」リトル・アリョーヒンの人生に、出会えてよかった。

  • とても美しく優しい物語。
    リトル・アリョウヒンとまわりにいる友だち、インディラもミイラもポーンもマスターも、みんな優しい。
    一語も見逃さないように、物語の空気を乱さないように、大切に読んだ。
    果てしなく広くて深い海の底を泳いでいるような感じが本当に伝わってくる。

  • いやぁ〜面白い!

    お正月の「福袋」を開けるみたいに
    ドキドキワクワクしながら
    最後までページをめくることのできる
    この幸せよ(^O^)

    読み終わってしまうのが惜しくて
    いつまでもこの物語に
    浸っていたいと思った。

    それは本が好きで
    心から良かったと思える瞬間です。



    唇の奇形も手伝って
    幼い頃から寡黙だった少年。

    けれど彼は
    驚異的な知力と
    並外れた集中力を持っていた。

    空想することが生き甲斐だった
    ひとりぼっちの少年が
    やがてチェスと出会い、

    心の友である
    象のインディラと
    壁に挟まれて死んだ
    少女ミイラ、

    そして白黒模様の
    猫のポーンと共に
    チェスの海を
    自由奔放に泳いでいく。



    美しく控えめで
    映像喚起力の高い
    小川さんの文章が、

    現実離れしたストーリーに
    意外なリアリティーを与え、
    あり得ざる物語に
    説得力を生み出してくれる。



    愛する人を失った少年は
    やがて盤下の詩人、
    リトル・アリョーヒンと呼ばれ、

    からくり人形の中に入って、
    チェスを指すという
    奇想天外な物語が展開していく。


    世界の片隅に取り残され、
    忘れ去られたものに心惹かれる性質の
    少年のキャラクター造形が素晴らしいですね。


    ボックス・ベッドの天井に祖父が描いてくれた
    暗闇に浮かぶチェス盤。

    初めて自分だけのチェス盤を手にしたシーンの
    心躍ること。


    少年が見た
    目に見えない駒が
    自由自在に旅する様が
    自分にも
    はっきりと目に見ることができたし、

    一手一手が結ぶ
    心地いいメロディーが
    確かに聞こえてきました。


    『偶然が勝たせてくれるんじゃない、
    与えられた力をありのままに発揮した時に、勝てるんだ』

    という言葉は
    そのまま人生にも言い当てることができるし、

    人生もまた同じく
    端っこの見えない
    巨大なチェス盤なんだろう。


    まだひっくり返せるし
    ゲームは終わらない。

    明日は何かが変わるかもしれない。


    だから諦めるなんて
    勿体無いんです。


    チェスのことは何も分からない自分だけれど、
    分からないからこそ
    心を打たれるんだろうし、

    知らない扉を開けて
    新しい世界を知る喜びこそが
    世界の偉大さを教えてくれる。


    甘い夢を見たかのような感覚と
    まるで一枚の絵を見て、
    一編の詩を読んだような感慨が残る、
    人の心に永遠に残るであろう力を持った小説です♪

  • 今まで読んできた本の中で五指には確実に入る、美しい物語です。これは、読まないと、もったいないっ!

    自分が気に入った本を人にオススメするのって何となく躊躇うこともありますが、断言できます。これは、読まないと、もったいない!!(二回目)

    少年とチェスの出会いから、少年がリトル・アリョーヒンになるまでの経緯、彼をリトル・アリョーヒンにした場所との決別、そして彼の最期。
    淡々と描かれる少年の小さな世界は、その静かな筆致のせいか、ファンタジックな設定の割にダイナミックなドラマはありません。それなのに、このメッセージ性の強いエネルギーはすごい。

    表紙をパッと見た時は伊坂作品か?と勘違いして、冒頭数行を読んだ時は村上春樹みたいな世界観かしら?とかチラッとよぎったんですが、文章の好みでいったら断然こっちが好き!

    とにかく、本を読むのが好きな人、チェスに興味がある人には、ぜひ読んでほしいです。
    もちろんチェスのルールを全然知らない人も楽しめると思いますよ〜。むしろ、チェス始めたくなると思う^^

    この作品を読んだ後にパソコンのチェスゲームをやったら、いつもより手を考える時間がふえたのは私だけではないはず…^^



    「大きくなることは悲劇である」
    少年にチェスを教えてくれたマスターを、ある日襲った悲劇。それをきっかけに大人になることを拒んだ少年は、やがてチェスの深海世界を漂うようにチェスを愛する人々と出会い、からくり人形「リトル・アリョーヒン」となる。盤面からあらゆるものを読み取り、どんな対戦相手にも美しい棋譜を残すリトル・アリョーヒン。
    「盤下の詩人」として称えられる彼の生涯。

  • 唇が閉じられたまま生まれた少年は、手術によって唇を造られる。無口な少年は、ビルに挟まれて死んだという噂になった少女ミイラと寝る前に話すときだけ滑らかに喋る。ある日、バスで暮らす大きな身体の男性にチェスを教えてもらう。少年はバスで、マスターと猫とチェスをすることが楽しみだった。

    こういった始まりをする物語。
    いつものように小川洋子さんのひそやかな世界がはじまる。
    物語の概要を書いたけれど、読んだことのないひとにはよくわからない話に感じられるかもしれない。でも、このつかみどころのないボヤッとした雰囲気こそ小川洋子さんの世界とも言える。

    「猫を抱いて象と泳ぐ」というタイトル。
    この不思議なタイトルも魅力的であり、本文を読めば意味もわかる。
    タイトルからして小川洋子さんの世界が確立されていると感じる。

    チェスというゲームをわたしはよく知らない。
    ビショップだのルークだのいう言葉は聞いたことがあり、チェス盤や駒も見たことはあるけれど、それらの駒をどのように動かして愉しむものなのか知らない。
    この本を読むまでチェスを知らないことを何とも思ったことがなかったけれど、読んでみてチェスの面白さを知らないことをとても残念に感じた。
    チェスはゲームであるけれど、人生でもある。

    少年はマスターの死を見て、大きくなることは悲劇だと考える。大きくなりたくないという少年の気持ちのまま少年は少年の姿のままに大人になる。
    少年の心には、唇に奇形を持っていたことやマスターの死、猫を救えなかったことなど多くの消えない傷を刻みつけられている。
    その傷を持ったままチェスに人生を賭ける。

    物語はゆっくり穏やかに進むのだが、終わりは不意にやってくる。
    切なく物哀しいものではあるけれど、それだけではないやさしさが残る。

    慌てるな、坊や
    この言葉はマスターが繰り返し少年にかける言葉だ。
    この言葉ひとつにマスターのやさしさと少年への信頼、いつでも見守っているという気持ちが表れており、読者にまであたたかい思いが伝わってくる。

    巻末の山崎努さんの読書感想も素敵だった。

    チェス、今からでもルールを教えてもらいたいなと思わされた。

  • 大きくなりすぎてデパートの屋上から降りられなくなった象。
    太りすぎてバスから出られなくなったマスター。

    少年は大きくなることに恐怖を感じ、十一歳の時に体の成長を止める。

    無口な家具職人である祖父と孫の成長を喜び生きる祖母に、弟と二人育てられた少年は、チェスを通じて世界とつながっていく。
    チェス盤の下に屈みこんでチェスを打つ少年。

    大きくなることを怖れながら、小さな場所に屈みこんでチェスを打つ。
    そんな彼の指すチェスは、美しい詩のようであり、マスターと過ごす時間は穏やかに調和の取れたものだった。

    この辺の文章は実に小川洋子的で、美しい世界が、少しのずれも許さない、静かに張りつめた文章で描かれている。

    ところが後半、少年は場所を変え、混沌とした世界の中で美しいチェスを指すことになる。
    この辺りの文章は、いしいしんじを読んでいるかのよう。
    調和というよりも、無垢。

    ごくごく薄いガラスに記されたような小説。
    力をこめたらぱりんと割れてしまいそうなので、そうっとそうっと大事に読んだ。

  • シンクロニシティというものが本当にあるかどうかは別として、まったく別々の読書家の知人から同じ時期に紹介されたのがこの本だった。私はその知人双方の感性に一目も二目も置いていたしいつか彼らのように本を読みたいと思っていたから、当たり前のようにこの本を読んだ。

    小川洋子の小説はその前から少し読んだことがあって、そのころから静謐な彼女の文章の世界がとても好きだった。小説というジャンルをとても丁重に扱っている人だというのが分かったし、登場人物たちにとても愛情を注いでいるということもすぐに感じてとれた。
    当時知り合って間もなかったある青年がいた。「小川洋子の小説、僕も好きです。『博士の愛した数式』と『シュガータイム』くらいしか読んだことないけど……」と言う彼に、私は次に会ったときにこの本をプレゼントした。時間がなくて包装もメッセージも特につけない素っ気ない贈り物になってしまったけれど、彼はこの本を気に入って何度も読み返してくれているらしい。その日から、彼に会ったときは文庫本を贈るというのが私達の間の慣習になった。私にとって「猫を抱いて象と泳ぐ」は、物語以上のエピソードが詰まっていて語り切れない大切な一冊だ。レビューになってない気がするけれど、備忘も兼ねて、書かせてもらった。

  • 11歳で体の成長が止まったチェスの天才の物語。

    小川洋子版ナボコフのディフェンスといった感じ。

    奇妙であり、風変わりな登場人物、また少しグロテスクでもあり、静謐な雰囲気の中この世界に引き込まれて行く。

    おじいちゃん、おばあちゃん、弟、マスター、ポーン、ミイラ、鳩、老婆令嬢、総婦長、等々、何人かはいけ好かない奴も居るが、主人公を見守る素晴らしい登場人物、キャラクター達の温かさもこの作品の重要なピース。

    盤上を8×8に潜む広大な海になぞらえ、棋譜は駒の奏でる響きであり、対局者と共に紡ぐ詩であり対話だという表現は、チェスの知識がなくともこの世界で読者を存在させてくれる。

    ラストはあまりにも悲しい結末。

    それでも最後のミイラの言葉に救われる。

    「もし彼がどんな人物かお知りになりたければ、どうぞ棋譜を読んで下さい。そこにすべてのことが書かれています。」と。

  • …ワタシにとっては一生忘れられない本になりました。
    圧倒的な、傑作です。
    前にこの作家の話題になった「博士の愛した数式」を読んで、ちょびっとガッカリしていたので、なおさら驚きました。

    おそらく読んだ人は最初「ブリキの太鼓」を思い出すだろうし、他にもいわゆる”奇想”が盛りだくさんに出てくるけれど、でも、奇をてらった思いつきや、単純な人マネはひとつもありません。
    あらゆるアイデアは伏線となり、テーマとなって、何度も現れては綺麗に緻密に正確に折りたたまれていきます。まるで小さなピンセットで微細なオリガミが折られていくようです。文章のスミズミ、どの一文をとっても緊張と詩に満ちみちています。

    …と、ベタ褒めしましたが、ダレカレ見境なしに勧められる本でもないのかもしれないデス。
    特に、主人公が”ちっちゃいヒト”だったので、ワタシ的には入り込みやすかったのかも…^^
    amazonの”商品の説明”を読んで興味をひかれた方は、ぜひご一読を…

  • 私は多分小川洋子というひとの文学のことを、誤解していた。彼女はどうしても、自分の世界の切り貼りの延長のような、そういう文学の人なのかとおもっていた。自分の生を切り取って、それになんらかのアクセントとニュアンスをつけて解釈をして紡ぎ出す。そういうあり方なのかと。でも違っていた。今まではどうか分かりませんが、確実にこの作品は違っていた。圧倒的なフィクションです。それこそ本当に圧倒的な。初読で豊かな海の中をざぶんざぶんと進んでいくような、柔らかくて温かい読書感覚をもたらしてくれる。そして次に来るのが、世界観の巧妙さとフィクション性。美しさを形どったみたいな愛すべき人物たちと、神聖な一般の人には感覚すら掴めないチェスという存在。そして、美しさを損なうようないくつかのシステム。まっすぐに、伸びやかに生きようとしているものと、それに何らかの悪意をのせてしまうもの。そういった対比が本当に、本当に、冗談ではなくこの世界の矛盾や生きづらさみたいなものを象徴しているようで。一文一文が朗らかで美しく、全く目が離せなかった。そして、読んでいると別の世界に飛んでいってしまうような。そんな感覚。ここまで没頭できる物語というのはなかなかなくて、本当に村上春樹くらいしかなくてっていうそのくらいの没頭ぶりだったわたし。いやはや、こんな本が残ってるなら、まだまだ本読みたいなあって思う。

  • 国籍と、年代も、わかるようでわからない、小川洋子の作品。

    時代の流れとともに茶色くくすんでしまったガラスケースに収まった世界で繰り広げられる出来事を、外から、目や耳や、指先の神経を研ぎ澄ましながら、注意深く見守っているような、そんな気分にさせる。

    その世界で繰り広げられる愛のかたちは、一般的な意味で幸福ではないかもしれない。少し不健康で、少し陰鬱で、少し変質的な、愛のかたち。

    そんなかたちの愛が秘める、力強さや純粋さ、気高さは、一般的には理解されにくいかもしれない。

    そんな愛のかたちをこんなにも繊細に、美しく表現できることに崇敬の念を抱く。

  • 唇を閉ざして生まれてきた少年の生涯。
    27ページのおばあちゃんの少年への言葉がステキ。
    大きくなることを喜ばれず、閉ざされた世界で生きざるを得ない存在を慈しむ少年。大きくなることが罪悪なはずがないのに。
    家族、人形のパートナー、マスター、老婆令嬢、彼は世界を閉ざしてはいたけれど、彼のチェスのように暖かく秀逸な人々と心は一緒だった生涯。
    少年の生前、死後も、チェス好きを魅了し続ける彼が紡いだ美しい棋譜は、どんなに小さくっても彼の存在をいつまでも美しく輝かせるのでしょう。
    マスターの言葉 「バスを家にするには」の言葉は、生きるにも似ていると思いました。

  • 唇が閉じられたまま生まれ、大きくなることを怖れ、小さな身体のままチェス盤の下で美しいチェスをさすリトル・アリョーヒン。
    閉じ込められたままにそれを受け入れる人々は、静かで哀しく、いまにも消えてしまいそう。小川洋子さんの独特の世界観に満ちた小説だった。
    チェスのことはなにもわからないけれど、美しい棋譜が編み出される様子は魅力的。
    リトル・アリョーヒンは幸せだったのかもしれないけれど、最後までそうは思えなかったし、インディラもマスターもミイラもとても切ない。総婦長さんの生命力ある存在が救いに感じた。小川洋子さんの文章は本当に美しい。

  • またもやタイトルで選んでしまった。後悔はないけど・・ガラスの人生を生きる人々を描くのが好きなのだろうか。辛そうなことを好む人々を描くのが好きなのだろうか。もっと平凡だけれど痛くも辛くもない人生を歩むことは物語にならないのだろうか。
    チェスの場面は緊張感も戦術の詳らかさや宇宙をふくめた浮遊感も一読の価値ある。
    インディラを写真を思い出した。

  • 震災のあと、現実の重さに押しつぶされそうで、しばらく本が読めなくなった。その後初めて手に取ったのが、突然の暴力によって慎ましい日常を奪われた人々を描いた『人質の朗読会』。これが震災前に書かれていたことが奇跡かと思ったことをあざやかに覚えている。
    小川洋子さんの作品はそれ以来。まず、日本語の美しさに圧倒された。たとえば川上未映子さんの日本語もとても美しいが、彼女の文には「いたいけさ」「けなげさ」が漂うのに対し、小川さんの文章には毒や不穏さが見え隠れして、ホラーっぽかったりもする。
    主人公は、自らの意思で大きくなることをやめた、天才的なチェス少年、リトル・アリョーヒン。どことなく無国籍感漂うおとぎ話のような世界が、デパートの屋上から降りられなくなった象のインディラ、太りすぎてバスから出られなくなったマスターなど、魅力的なキャラクターの数々とともに、構築される。私が一番好きなのは、終盤に登場する、ゴンドラの運転係の双子の兄弟。うわああ、ここに双子かよ……と、たとえそこで繰り広げられるのがどんなに残酷な物語であろうとも、この世界に浸っていたくなる、不謹慎なまでのワクワク感に胸が震えた(人間チェスの場面もまたしかり)。
    暴力に蹂躙される運命を前に、ただ無力な人間として、いかに生きるか、いかに生きたか。正直、私はまだジタバタしてしまっているかもしれない。あんな風には最後まで生きられないかもしれない。そこにちょっと落ち込んだりもしつつ、読後もずっとかみしめ、味わっていたい作品だ。
    この文庫版には、山崎努さんによる素晴らしい解説も収められています。

  • 私はチェスが出来ません。ただ素人考えでは理詰めのようなチェスを、情感たっぷりに描いた世界が心地よかったです。
    出会いと別れがいちいち切ないのですが、まろやかな文章に癒されつつ読み進められました。
    大人のお伽話です。

  • 11歳で大きくなることをやめ、身体的にはフリークスを思わせる青年リトル・アリョーヒン。
    読みやめることができないまま一気に最後まで読んでしまった。

    こんな世界をこの小さな本の中に顕してくれた、そんなことができた作者に感謝。

    考えつくもっとも窮屈な世界に私たちをぽんと置き、そこに居ながら広大無限の宇宙に旅立たせてくれた。緊迫と解放。身動きがとれない中で得る最高の自由。精神の自由。肉体の自由なんてどれほどの価値があるのか、と思うほど。

    フリークスの青年は生まれたときから、暖かく柔らかくどんな怒りも抵抗なく受け止めてくれる人に抱かれていた。まるで胎内にずっといて、この世になんて生まれてこなかったように。そんな生涯を終えた。

    彼とチェスの関係が心底羨ましい。彼にとってのチェスに、私も出会ってみたい。

  • 小川洋子の作品はどれも素晴らしいのですが、これは文句なしに一番の傑作です。チェスという一見馴染みにくい題材で、どうやったらこれほどの物語を描き出すことが出来るのかと、驚くばかりです。さらに、魅力あふれる登場人物と、繊細で印象に残る文章は、読後感をより深いものにします。一人でも多くの人に読んで欲しい作品です。

  • 霧の中のような心地よさのある作品でした。
    暗いし視界も悪いのだけど、その湿気と冷たさに安心する感じ。
    なんとなく、プールの底から水面を見上げた時の感動も思い出しました。

    こんなふうに余韻の残る作品はなかなか無いのではないでしょうか。
    ちょっとつまづいた時や立ち止まりたい時に、またこの本を開くような気がします。

  •  小川洋子氏は実在したチェスチャンピオン、アレクサンドル・アリョーヒンと「背中合わせに生きた人物」として、伝説の天才リトル・アリョーヒンを創りだした。
    だがリトル・アリョーヒン自身がチェスを戦ったわけではない。「チェス人形」の狭い狭い空間に身体を押し込ませた操り手として生きたのである。

     生まれながらの異形であるリトル・アリョーヒンは、デパートの屋上から降りられなくなった象や、壁に挟まれて出られなくなった少女を心の友とし、プールのa8の場所に浮いていた溺死体が縁になり、マスターと出会う。マスターは今にも消えてしまいそうだった彼に、チェスという海への航海を教え、「人生」を与えた。だがマスターも異形なまでの肥満体で、そのことがまたリトル・アリョーヒンの心に傷を残すことになる。
     
     リトル・アリョーヒンの人生は、不幸であり幸せでもあった。全うな人生を与えられなかったかわりに、才能を与えられ、心より愛する対象を見つけて生きることができたのだから。彼の痛々しいまでに慎ましく純粋な生き方は、どんなアクティブな主人公よりも私の中に強い印象を残した。

     本当に美しい物語である。小川洋子氏の発想と表現力はさすがで、数学的なシステムへの愛情は、無機的なものを、匂いやぬくもりのある愛すべきものに変えてしまう。その力はもはや魔法だ。

     読みながら私の頭では何度もこの物語がアニメ化された。ベルヴィル・ランデブーのような、四畳半神話大系のような。
    シルヴァン・ショメ監督にぜひアニメ化してほしい。実写はダメ。

  • 人形を操りながらチェスの盤上に詩を描くリトル・アリョーヒンが主人公です。この本からテーマを読み取るとるのは、私には難しい気がします。

    自由とは何か?、自分を表現するということとは何か?、思いを伝えるというとはどういうことか?をチェスを通じて語っているとも言えます。

    デパートの屋上に取り残された象のインディラ、身体が大きくなりすぎたチェスのマスター、鳩を肩に乗せたミイラ、そして老婆令嬢等魅力的なサブキャラクター達も登場します。

    認知症の母を持つ身としては、エチュード内の様子を現実と重ね合わせながら読まざるを得ないし、かつて思慮深かった老婆令嬢が認知症となってリトル・アリョーヒンの前に現れた時には、予想をしてたとはいえ心が痛みました。

    「博士が愛した数式」の中に登場する主人公も、短期記憶しか保持出来ない病に侵されていました。小川洋子氏は外からは窺い知る事ができないインナースペースを描くにあたって、特殊なプロットを用いる事が得意なのでしょうか。数式の美学と、チェスの棋譜が描く美しさに同じようなものを感じました。

  • この本は電車のなかで読めなかった。
    リトル・アリョーヒンが泳ぐ海に潜るためには静かな場所が必要だった。
    静かで力強くてとても綺麗。
    チェスについては全く知識がないけれど、リトル・アリョーヒンが描く棋譜の空気には触れることができたんじゃないかなと思う。
    読み終わった後に、水族館で大きな水槽をずっと見上げている時のような、眩しくて神秘的な心地よさが体に残って、知らぬ間に感じていた体の力が、すーっと抜けていくような感覚が好きです。

  • 背伸びばっかりしてる人、口だけの人、言うことがコロコロ変わる人、
    何かとアピールばっかりしてる人っているんだよね。
    必要以上に自分を強く見せようとしたり、計算で媚びる事を云ったり、
    知りもしないのに・ちょっとしか知らないのに偉そうにしてたりね。
    ちょっとお付き合いすれば、そういう薄っぺらいのは大人にはバレるのに。
    かっこわるい人。見てらんない人。

    まあ自己紹介はこのくらいにして……
    主人公のリトルアリョーヒンはそういうのと対極にいる人。

    この小説全編を通してその実直で素朴で
    固い信念を持った人柄が伝わってきた。
    すごく小さくて力もないリトルアリョーヒンだけど、
    家族やマスターや老婆令嬢をそれぞれまっすぐに信頼・尊敬し、
    美しいチェスを追求する態度に感服。
    言葉じゃなく、態度・行動一つ一つに感服。

    ミイラが人間チェスで受ける仕打ちを知った時が
    リトルアリョーヒンがこの小説の中で一番取り乱すところかな。
    かなり印象的だった。
    そこからのミイラへの想いの純粋さ、
    そしてそれに対するラストシーンに胸が詰まった。

  • チェスをやってみたくなった。

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猫を抱いて象と泳ぐ (文春文庫)の作品紹介

「大きくなること、それは悲劇である」。この箴言を胸に十一歳の身体のまま成長を止めた少年は、からくり人形を操りチェスを指すリトル・アリョーヒンとなる。盤面の海に無限の可能性を見出す彼は、いつしか「盤下の詩人」として奇跡のような棋譜を生み出す。静謐にして美しい、小川ワールドの到達点を示す傑作。

猫を抱いて象と泳ぐ (文春文庫)の単行本

猫を抱いて象と泳ぐ (文春文庫)のKindle版

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