猫を抱いて象と泳ぐ (文春文庫 お 17-3)

著者 :
  • 文藝春秋
4.05
  • (784)
  • (737)
  • (422)
  • (92)
  • (28)
本棚登録 : 8089
感想 : 770
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167557034

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 震災のあと、現実の重さに押しつぶされそうで、しばらく本が読めなくなった。その後初めて手に取ったのが、突然の暴力によって慎ましい日常を奪われた人々を描いた『人質の朗読会』。これが震災前に書かれていたことが奇跡かと思ったことをあざやかに覚えている。
    小川洋子さんの作品はそれ以来。まず、日本語の美しさに圧倒された。たとえば川上未映子さんの日本語もとても美しいが、彼女の文には「いたいけさ」「けなげさ」が漂うのに対し、小川さんの文章には毒や不穏さが見え隠れして、ホラーっぽかったりもする。
    主人公は、自らの意思で大きくなることをやめた、天才的なチェス少年、リトル・アリョーヒン。どことなく無国籍感漂うおとぎ話のような世界が、デパートの屋上から降りられなくなった象のインディラ、太りすぎてバスから出られなくなったマスターなど、魅力的なキャラクターの数々とともに、構築される。私が一番好きなのは、終盤に登場する、ゴンドラの運転係の双子の兄弟。うわああ、ここに双子かよ……と、たとえそこで繰り広げられるのがどんなに残酷な物語であろうとも、この世界に浸っていたくなる、不謹慎なまでのワクワク感に胸が震えた(人間チェスの場面もまたしかり)。
    暴力に蹂躙される運命を前に、ただ無力な人間として、いかに生きるか、いかに生きたか。正直、私はまだジタバタしてしまっているかもしれない。あんな風には最後まで生きられないかもしれない。そこにちょっと落ち込んだりもしつつ、読後もずっとかみしめ、味わっていたい作品だ。
    この文庫版には、山崎努さんによる素晴らしい解説も収められています。

  • 今まで読んできた本の中で五指には確実に入る、美しい物語です。これは、読まないと、もったいないっ!

    自分が気に入った本を人にオススメするのって何となく躊躇うこともありますが、断言できます。これは、読まないと、もったいない!!(二回目)

    少年とチェスの出会いから、少年がリトル・アリョーヒンになるまでの経緯、彼をリトル・アリョーヒンにした場所との決別、そして彼の最期。
    淡々と描かれる少年の小さな世界は、その静かな筆致のせいか、ファンタジックな設定の割にダイナミックなドラマはありません。それなのに、このメッセージ性の強いエネルギーはすごい。

    表紙をパッと見た時は伊坂作品か?と勘違いして、冒頭数行を読んだ時は村上春樹みたいな世界観かしら?とかチラッとよぎったんですが、文章の好みでいったら断然こっちが好き!

    とにかく、本を読むのが好きな人、チェスに興味がある人には、ぜひ読んでほしいです。
    もちろんチェスのルールを全然知らない人も楽しめると思いますよ〜。むしろ、チェス始めたくなると思う^^

    この作品を読んだ後にパソコンのチェスゲームをやったら、いつもより手を考える時間がふえたのは私だけではないはず…^^



    「大きくなることは悲劇である」
    少年にチェスを教えてくれたマスターを、ある日襲った悲劇。それをきっかけに大人になることを拒んだ少年は、やがてチェスの深海世界を漂うようにチェスを愛する人々と出会い、からくり人形「リトル・アリョーヒン」となる。盤面からあらゆるものを読み取り、どんな対戦相手にも美しい棋譜を残すリトル・アリョーヒン。
    「盤下の詩人」として称えられる彼の生涯。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「ダイナミックなドラマはありません」
      小川洋子の作品の中では一番好き。不思議な世界にドップリ浸かって夢の中にいるようだから。。。
      「ダイナミックなドラマはありません」
      小川洋子の作品の中では一番好き。不思議な世界にドップリ浸かって夢の中にいるようだから。。。
      2012/12/17
  • とてもとても好きな書。
    主人公の生まれながらの事情、家族との関係、屋上から大きくなりすぎて降りられなくなった象のインディラ、壁の間の女の子ミイラ…と静かに紡ぐ序章をへて、マスターとの出会いがある。マスターと主人公の関係、その後のチェスの世界で出会う少女や老婦人との関係、また老人マンションでの人々との関係は、独特でありながら、忘れ難い名シーンが散りばめられた珠玉の名作映画のよう。
    チェスが全くわからなくても、途中の駒の運びの意味がわからなくても、大切な盤で詩を奏で、盤下にいながら宇宙を泳ぐスケールに身を置いたような気持ちになる。また次々とチェスをさしていく場面では”星雲”をみる。
    私が1番好きな場面は、老婦人と工房で祖父母に見守られながらチェスをするところ。そして施設で再会してチェスをするところ。
    老人マンションの章は、認知症病棟や老健施設などを回想しながら、ここは天国のような場所に思え、1人1人にとってチェスに変わる人生の大切なことを結集したこんな場所があればいいのにと思った。

    これほど静かで美しい、独特でありながら波風がまるでないように思わせる物語の結末が、これかと、これ以上ない、参りましたという大波風。それでも美しい。

    誰にでも、勧めたくなる一冊。

  • リトル・アリョーヒンがミイラとの対局を長く味わうことを望んだように、ずっと作品を読んでいたい気持ちになりました

  • 五年後、十年後、読み返したらどんなことを思うのだろう。

    みんな自分の場所で、出来ることを精一杯やっていたように思う。しかもその場所はあまり良くは見えないけれども。文句も言わないで、本当に頭が下がります。

    どんなところにいたって、そこをいい場所にするか悪い場所にするかは自分次第なのかな?

    でもそれはどうやって?
    五年後、十年後の私がどういうふうに考えるのか気になるなぁ。“自分”の扱い方が大きな要素になるような気がするけども。

  • この本を読み終えてから、なかなか次の本を読み始めることができない。この本に描かれた静謐で無常な世界が残す余韻は、それだけ強かった。
    一文一文時間をかけて、丁寧に書かれた文章だと感じる。著者は作中の主人公と同様、「最善の一手」を考え抜き、小説という詩を綴ったのだろう。私はこの本のおかげで自分の中の大海を、宇宙を知ることができた。

    • workmaさん
      urayuさんの、『自分の中の大海を宇宙を知ることができた』という文章が素敵だと思いました。
      自分も、本書は、ずーっと心に残っていて忘れ...
      urayuさんの、『自分の中の大海を宇宙を知ることができた』という文章が素敵だと思いました。
      自分も、本書は、ずーっと心に残っていて忘れられません。あのバスに乗ってみたいな…と、妄想してしまいます。
      2022/03/12
  • 小川洋子さんの紡ぐ物語は何でこんなに美しいのか。そして哀しいのか。気がつくと、私はいつも泣いている。

  • ◎あらすじ◎
    唇がくっついた奇形で生まれ、手術で脛を唇に移植した彼は無口で大人しく優しい少年。その友達はみんな独特だ。大きくなりすぎてデパートの屋上から降りられなくなった象のインディラ。極小の壁に挟まり動けなくなったと噂される少女ミイラ、バス会社寮の管理人としてバスの中で生活をするマスター。
    少年はとあるきっかけでマスターと知り合い、チェスを教わるうちに、海のように広いチェスの世界の虜となっていく。
    マスターが肥満で病死したのち、大きくなることを恐れて身体の成長を止めた彼は、チェス盤の下に潜り込み、からくり人形を操り試合を行うチェスの指し手となる。彼の目的は決して勝つことだけではなく、いかに相手と共鳴し美しいチェスを指すか、であった。その腕前から「リトル・アリョーヒン」と呼ばれ、チェスに人生を捧げた彼の物語。

    ◎感想◎
    独特なタイトルからは想像もつかない素敵な物語だった。
    そしてもちろん、チェスの知識0の私でも、世界観に存分に浸りながら読むことができた。

    読了後はほんのり温かな気持ちと、悲しいやるせない気持ちが入り混じっていました。

    リトル・アリョーヒンが特別に想っていたミイラと再会してほしかったけど……この結末はとても切ないながらも、リトル・アリョーヒンらしいのかもしれない。。

    少年がまだリトル・アリョーヒンと呼ばれる前、バスの中でマスターにチェスを教わり、親密な時間を過ごすシーン。
    リトル・アリョーヒンと老婆令嬢が海底チェス倶楽部の外で初めて会いお別れをするシーン。
    このふたつは特に好きな場面として印象に残った。

    マスターも老婆令嬢もリトル・アリョーヒンと同じようにチェスの小さな盤上に海や宇宙のような壮大な世界を観て、美しさを求めている。彼らにしか築けない特別な絆が読んでいて心地よかったです。

  • 独特なファンタジックな世界観に戸惑いながら読み進めましたが、読み終えた後はすべての点がつながって、この物語の主題らしきものが見えてきました。本を閉じ、ようやくそれに気付いたとき、美しい物語だなと溜め息が出ました。
    インディラが屋上から降りれなくなったように、マスターがバスから出られなくなったように、少年の唇が閉じていたように、、、一見悲劇に見える運命を受け止めて、その生を全うする潔さ、強さが語られていると感じました。
    リトルアリョーヒンが狭い盤下でチェスの宇宙を旅をしながら美しい詩を残すように、私も淡々と、でも丁寧に日々を楽しめたらな。


  • 人身事故でダイヤの乱れた電車の中で読み終わった。

    人は何かひとつその人だけのものがあると信じている。
    それを見つけ、続けること。
    私はその何かを探していて、見つからないかもしれないし、もう近くにあるのかもしれない。

    たくさんのことから逃げてきた。
    学校も仕事も趣味も。
    体も心もクセがついてしまったくらいに。

    リトル・アリョーヒンはチェスを見つけ、
    最後までチェスを続けた。
    私も死ぬまでに何かを見つけることができるだろうか。
    死ぬときに隣にあるものは何だろうか。

    電車の前に立った人は何もなかったのだろうか。

    今日は少し優しい気持ちで。
    最善の気持ちで。

全770件中 41 - 50件を表示

著者プロフィール

1962年、岡山市生まれ。88年、「揚羽蝶が壊れる時」により海燕新人文学賞、91年、「妊娠カレンダー」により芥川賞を受賞。『博士の愛した数式』で読売文学賞及び本屋大賞、『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花文学賞、『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞、『ことり』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。その他の小説作品に『猫を抱いて象と泳ぐ』『琥珀のまたたき』『約束された移動』などがある。

「2023年 『川端康成の話をしようじゃないか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

小川洋子の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×