鷺と雪 (文春文庫 き 17-7)

著者 :
  • 文藝春秋
3.92
  • (145)
  • (218)
  • (133)
  • (18)
  • (6)
本棚登録 : 1707
感想 : 209
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (285ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167586072

作品紹介・あらすじ

昭和十一年二月、運命の偶然が導く切なくて劇的な物語の幕切れ「鷺と雪」ほか、華族主人の失踪の謎を解く「不在の父」、補導され口をつぐむ良家の少年は夜中の上野で何をしたのかを探る「獅子と地下鉄」の三篇を収録した、昭和初期の上流階級を描くミステリ"ベッキーさん"シリーズ最終巻。第141回直木賞受賞作。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 時代は、昭和初期。当時の士族のお嬢様と、その付人としての運転手の女性“ベッキー”さんが、日常生活の謎解きをする「ベッキーさん」シリーズ。第3作で最終作の、短編3編。
    第1作から読まなかった事は、大失策。
    推理小説ですので、各作品その時代らしい謎解きが楽しめます。そして、作中に何作かの文芸作品を絡めます。その作品にも興味がわきます。
    「不在の父」
    自宅から突然失踪した子爵。その行方と理由を探します。実際にあった男爵失踪事件を題材にされています。山村暮鳥の囈言という詩の一節が、最終話への布石となります。この詩は、はじめ知りましたが、犯罪名と名詞で熟語としたような魅惑的な作品でした。
    「獅子と地下鉄」
    受験を控えた少年の上野補導事件。銀座三越のライオンにたどり着きます。
    「鷺と雪」
    ドッペルゲンガーと思われる現象の謎解きです。
    そして、お嬢様が密かに想いを寄せる青年将校と最後になるであろう奇跡的な語らいが見事な最終話です。

    この最終話のベッキーさんの語らいの部分が、理解できず、まあいいか?と諦め気味だったのですが、直木賞評価を読んだところ、宮部さんの論評で納得させていただきました。当初から、謎多き女性でしたが、未来から来たお嬢様になるほどと。

    二、二六事件が、最終話を飾るのですが、三島由紀夫の憂国、宮部みゆきの蒲生邸と、視線が変われば小説も変わりますね。数行の昭和史から含まれるものが多い創作でした。

  • この時代が好きな方は良いのかなと思います。

  • シリーズ最終巻。

    この時代を、それぞれ自分の身分を生きる人たちの思いを英子とベッキーさんを通して教えてもらった気がする。

    そして あぁ、ずるいです、北村さん。こんな終わり方だなんて。
    これじゃ良い意味で永遠に心に居座り続ける一冊じゃないですか。

    歴史を知っているからこそ襲われる思い、せつなさにまんまと心は捕らえられたまま。

    夢の世界であったら、どんなに良かっただろう。この後を思えば思うほど、英子の気持ちに寄り添えば寄り添うほど時を止めたくなる。

    いつまでも降りしきる雪、英子の想いを乗せた鷺が舞う。

  • ベッキーさんシリーズ最終巻。物語全体を覆う静けさが、鷺と雪というタイトルに象徴される。

    暗いトーンの本書だが北村薫節は現在で、芥川に山村暮鳥や北原白秋など、物語と絡めて本や作家が登場する。北村先生がたびたび言う「読んだ本と本とが繋がったりするのが、書物を開く楽しみだ」との言葉が主人公の英子からも発せられるのはファンとしても嬉しい。

    日常が非日常を垣間見ることがテーマだという本シリーズ。本書では史実を下敷きに、物語と事実とが交錯する。そこに芥川のドッペルゲンガーに関するエピソードが効果的に差し挟まれる。

    ベッキーさんがあのような発言をした以上、やはりシリーズはここで完結だろう。英子のさらなる成長を見たい気もするけれど。

    本書で扱われた「事実」のうち、いくつかを私は知っていた。ただ一片の事実からこのような物語が紡ぎ出されるのかと、北村先生風に言えば、それこそ《背筋がぞくりとした》。

  • オール讀物2008年1月号:不在の父、6月号:獅子と地下鉄、12月号:鷺と雪、の3つの連作短編を2009年4月文藝春秋から刊行。ベッキーさんシリーズ3作目。読み終わるのが惜しいほどの作品でした。2.26事件をもって、物語は終わります。2000年代には、まだ存命であってもおかしくない英子お嬢様のその後を読んでみたいと思いました。第141回(2009年上半期)直木賞受賞。直木賞に関しては、宮部みゆきさんが、選考委員に入られたことが大きいと思います。

  • 「お嬢様。……別宮が、何でもできるように見えたとしたら、それは、こう言うためかもしれません」
    「はい?」
    ベッキーさんは、低い声でしっかりと続けた。
    「いえ、別宮には何もできないのです。……と」
    「……」
    「前を行く者は多くの場合―慙愧の念と共に、その思いを噛み締めるのかも知れません。そして、次ぎに昇る日の、美しからんことを望むのかも―。どうか、こう申し上げることをお許しください。何事も―お出来になるのは、お嬢様なのです。明日の日を生きるお嬢様方なのです」
    わたしはヴィクトリア女王ではない。胸を張って《I will be good》と即答することはできなかった。
     だが、この言葉を胸に刻んでおこうと思った。

    昭和初期の上流階級の日常に潜む「謎」を解く趣向の「ベッキーさんシリーズ」はこの本にて終る。09年の「玻瑠の天」のとき、あと3年待たないといけないなあ、と思っていたが二年と少しで文庫になった。急いで読んだ。足掛け七年をかけて、英子さんの未来を描いたのだとつくづく思う。最後まで、「日常の謎」を描きながら、一方で「時代」をも描くという難しい課題に挑んだことに敬意を表す。

    改めて、「ベッキーさんは未来の英子さんなのだ」という宮部みゆきの喝破に敬意を表す。

    上流階級の純真で賢くて英明な女性の日常の思考の推移をきちんと描いているが、それでも彼女は「外の世界」を少しだけ垣間見る。「不在の父」ではルンペンの世界を、「獅子と地下鉄」では上野を根城にする少年少女の小犯罪集団を、そして「鷺と雪」では2.26事件を。

    ベッキーさんはずっと思っていたはずだ。「外の世界は大人になれば否が応でも見えるようになる、眼をつぶることのできない女性だからこそ、しっかりと守って生きたい」。と。あそこで終わって正解だった。

    文庫の解説にはシリーズ全体の構想がどこから出たのか、という「謎解き」がされている。北村薫は、なんと一番最後の場面からこのシリーズを創って来たのだそうだ。なるほど、だから最初の章に服部時計店がでてきたのではある。

    北村薫は松本清張の「昭和史発掘」のたった数行のエピソードからこのシリーズの着想を得たという。2.26事件について書かれたところである。それは以下のようなエピソードだった(普通の人がここからあのような話を作れるかどうかということは、また別の話)。

    官邸の電話は一本だけ残して、みんな切った。
    「その残した電話が銀座の服部時計店の番号と似ていたらしく、ハットリですか、という間違いの電話がずいぶんかかってきた」(石川元上等兵談)

  • 5・15事件のあった昭和7年に始まった不穏な時代を背景に、上流階級の令嬢と才色兼備の運転手<ベッキ-さんとわたし>シリ-ズの最終巻。 華族主人の失踪の謎を追う『不在の父』、受験戦争に喘ぐ良家の少年と日本橋三越本店前のライオンのからくりを探る『獅子と地下鉄』、帝都・東京に雪の舞う昭和11年2月26日、偶然の成行きから劇的な運命の幕切れとなった『鷺と雪』は、第141回直木賞受賞作。・・・芳醇な文芸の香りとミステリ-のエキスが散りばめられた、北村薫文学の代表作。

  • "ベッキーさん"シリーズの最終章。華族・上流階級の好奇心旺盛なお嬢様の
    探偵好きが高じた三つの事件の謎解きが淡々と綴られていきますが――

    結末はなんとも切ない幕切れでした。
    この後の英子にどれだけの悲しみが待ち受けていたか....想像したくはないのに
    せずにはいられず、胸がギュッと締め付けられる思いが余韻として心に残りました。

    とはいえ、東京、銀座、上野を舞台に、三越百貨店、上野公園、上野動物園
    美術館、地下鉄など、実在の時代と風景とが織りなす情景にはすっかり魅了され
    知らない時代なのに自分もそこにいるかのような気分に浸れた素敵なお話でした。
    ベッキーさんの賢さと気転の良さのかっこいいこと! 惚れ惚れします。

    あとがきで、3つの謎解きのすべてにも実話が絡んでいたことを知って驚きました。

  • この幕切れには言葉がすぐに見つからなかった…。切ないとか、やるせないとかでは言い表せない感情が読後に残りました。

    昭和初期の華族の令嬢とその女性運転手が様々な謎を解くベッキーさんシリーズの最終巻。
    収録作品は三編。過去二作品を通しての語り手である〈わたし〉こと英子の成長もあってか、収録作品の背景にあるものも、身分や格差といった社会のひずみを映したものが多くなってきたように思います。

    そうしたひずみに対し英子はどこか無垢に近づいていきます。それは上流階級で育ってきたゆえの純粋無垢さゆえの行動、感覚と言えるのかもしれない。

    その純粋無垢さを表現しているのが、作品全体に漂う一種の品位。英子の日常であったり教養が出てくる部分の切り取り方が、本当に見事の一言に尽きる。
    家族との食事や女学校でのやりとりもそうだし、文学や芸術に関する含蓄や教養も、その品位を裏付けします。そこに北村作品ならではの静謐で品のいい語り口が加わり、シリーズ全体の空気感というものが醸成されている気がします。

    昭和華族という設定を、設定だけに終わらせず物語に完全に取り込めたのは北村さんだからこそなのではないかと感じます。

    だからこそ、上流階級で育った純粋無垢な英子がベッキーさんとの事件の数々を通して成長していく、というのも実感できるし、なによりまっさらな英子と徐々に不穏さをましていく時代との対比が映えてより心に残る。

    それがシリーズ最終話の表題作「鷺と雪」で頂点を迎えます。物語の終盤でベッキーさんが英子にかける言葉。そして運命の電話。歴史の大きな転換点。日常と非日常が入れ替わっていくであろう日。シリーズはある意味では大きな余白をともない、閉じられたように思います。

    その余白に読者である自分は様々なものを思い、そして言葉で昇華しきれなかったものをいまも詰め込もうとしているようにも思います。

    シリーズ三部作と不穏さを増す現代の時代というのは図らずもリンクしているようにも思える。だからこそベッキーさんの言葉というものの切実さはフィクションの壁を越えて、今の自分の心にも強く突き刺さりました。

    第141回直木賞

  • 柔らかく、優しいミステリーのベッキーさんシリーズの3作目、最後です。
    「鷺(さぎ)と雪」

    前作から数年を経て、昭和10年頃。
    上流階級は変わらず、穏やかな時の流れのなかにあるようですが、時勢は、太平洋戦争を向かって行きます。

     公、侯、伯、子、男。爵位の順位だそうです。維新の功績や、それ以前の石高で決まっていたらしい。全くもって、私がおよそ興味を持たないであろう世界が、こんなに面白く。また儚く、時にはうす暗く、読ませてもらいました。

    最後はあの事件で閉じます。図られた運命のように。

    このシリーズ、読めて良かったです。
    たまさんに感謝。


    1作目「街の灯」レビュー
    http://booklog.jp/users/kickarm/archives/1/4167586045

    2作目「玻璃の天」レビュー
    http://booklog.jp/users/kickarm/archives/1/4167586053

全209件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1949年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。大学時代はミステリ・クラブに所属。母校埼玉県立春日部高校で国語を教えるかたわら、89年、「覆面作家」として『空飛ぶ馬』でデビュー。91年『夜の蝉』で日本推理作家協会賞を受賞。著作に『ニッポン硬貨の謎』(本格ミステリ大賞評論・研究部門受賞)『鷺と雪』(直木三十五賞受賞)などがある。読書家として知られ、評論やエッセイ、アンソロジーなど幅広い分野で活躍を続けている。2016年日本ミステリー文学大賞受賞。

「2021年 『盤上の敵 新装版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

北村薫の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×