決戦下のユートピア (文春文庫)

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著者 : 荒俣宏
  • 文藝春秋 (1999年8月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (285ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167630010

決戦下のユートピア (文春文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 新書文庫

  • 昭和16年から20年、日本人がいやおうなくおかれた戦時下という状況。人々は<日常>の暮らしの中にどんな喜びや安らぎ(=ユートピア)を見出したのか? 時局お構いなしの条件を言い出す母親に閉口する結婚相談所事情、ファッションデザイナーたちの「モンペはなぜダサいか?」討論、文人、演芸人はかく生き残れり、貯金競争、意外に子供の興味をかきたてる?国民学校の授業、・・・などなど「史観」では欠落してしまう歴史の姿を垣間見せてくれる。

  • ・大東亜戦争を史観でなく体験として扱うというアプローチは非常に有意義。
    ・以前に読んだ「暮らしの中の太平洋戦争」っぽいかと思ったけどそうでもなかった。
    ・いくつかの資料を上げて構成するのはいいんだけど、そこで導き出す結論はどうしてそう読み取れる?っていうような飛躍が多い。この点は誘導しすぎ。資料だけで構成すれば良いものを。そこが押し付けがましくて鬱陶しい。

  • 奇麗事と現実のギャップをここまで生々しく検証する荒俣宏の情熱はすごい。

  • 2007/03/19

  • 日本戦時下での庶民の生活の様子が、多くの資料からどのような生活実態であったが、雑誌、新聞、文士の日記の引用によって活写する。
     とかく戦時下の庶民の様相を定形的な思い込みよって眺めてしまいがちだが、荒俣宏は、これを「ユートピア」として国民の生活をどうであったかを等身大の生活を発見させてくれる一冊である。
     その題材は、幅広い。もんぺの導入のいきさつとそのファッション、また、もんぺ導入に苦労する軍事政権の様子、文学、お笑い、グルメ、結婚相談所の不滅の親バカぶり、も取り上げられる。中でも貯蓄と戦時保険などの話題が目を引いた。徴兵されるものは、生命保険に入っていたのである。戦時下であれば、戦死は当然のことで、生命保険として採算が取れるのかどうかが不思議なのだが、どうも国家が支払いを保証していたようだ。いずれにしても、戦前は、その是非はともかく、国家社会主義の思想で統制されていたのは、確かなようである。戦後の社会民主義の運動と比較すると何故、戦後の社会民主主義が国家による適正な統制を放棄して、自由に、また戦争放棄の護憲に流れていったのかが、逆に意味で分らないでもない。 昭和二十年が明けて、一月十四日神宮の外宮が米軍爆撃機によって空爆される。
    これに怒った歌人川田順「神は民の心にいます」は以下のように述べる。「・…:敵のおもはくは、これによつて我等日本人の敬神の念を侮辱し、破壊しょうとす
    るのだ。歴史と伝統と宗教とは、国家の支柱であり、戦力の源泉である。敵は、この極めて深刻なところへ著眼したつもりなのだが、手段は間違つてゐる。日本の神々は国土のいかなる処にも遍在し給ひ殊に国民各個の心の奥に斎かれ給ふ。社穀は焼くことも出来るだらう人間の心の奥を焼くことは出来ない。敵の此の種の暴挙は彼等自身を火中に投ずるに等しい」
    川田によれば、米軍は最高のタブー、最大のアンタッチャブルに手を出してしまった! これによって日本国民が怒り、神が怒り、仏が怒る。かくて神国日本の神霊・地霊が怒りによって目覚め、鬼畜アメリカを撃滅するにちがいない。
     戦争は終結するだろう。日本は神の加護により勝利するであろう。おそるべき神がかり状態である。しかし、神を怒らせると日本が救われる、といった奇蹟的な逆転勝利には、まこと実績(?)のある国であった! 加持祈蒔、怨敵調伏もまた、大乗仏教国日本の、かくれたるお家芸だったのである。
     日本人は外敵の来襲を迎えた場合、かならずこれを打ち払う魔術じみた対抗策を、いつも講じてきた。敵を呪誼することであった。いちばん有名な例は、蒙古来襲の際に発生した「神風」であろう。立正安国論のヒーロー日蓮を筆頭に、日本国中の神職・仏僧が祈碍した結果、圧倒的勢力をもつ蒙古軍が日本占領を果たすことなく撤退したのである。また平将門が東国で反乱をおこしたときも、朝廷側は全国の寺社に対し、将門調伏
    の祈蒔にはいるよう命令を発した。結果、将門は神罰を受けて戦死する。
     つまりは、神と仏のパワーが前面に押し出されたとき、日本ないし正当な政権側は歴史的に逆転勝利をものにしてきたのである。いわば「最後の切り札」である。
     事態が切迫した昭和二十年段階で、軍部がいきなり科学・合理路線を捨てて、宗教の力で米軍の物量に対抗しようと方向転換したことは、この「最後の切り札」を使わざるを得なくなったからである。これは規模においても動員力においても、民間で流布する神のお告げや爆弾除けのまじないを一蹴するものではあった。
     ところで大東亜戦争に宗教が乗りだす契機となったのは、昭和十九年八月二十八日に挙行された「超敵撃滅神州奉護の祈願」であった。その日、内務大臣の名をもって全国一万六千の神官神職に発せられた訓令は、「騎敵を一挙撃滅し、神州を奉護する祈願を、諸神社で一斉に行なえ」という内容であった。大東亜戦争勃発以来、政府は宣戦奉告祭、大東亜戦争完遂祈願など、恒例臨時の祭祀のついでに、全国の官幣あるいはそれ以下の諸社に戦勝の祈蒔を命じてきた。しかし、これが一向に効果をあらわさない。あらわさないどころか、戦局が悪い方向へと大きく傾くばかりだ。」
     昭和十九年とは打って変わって、本土空爆が始まった二十年から、神国だの神兵だのやたらと神が、紙面を賑わすことになった。なんという国だったんだろうと、驚嘆すると同時にここまで行くかぁという驚愕さえ持つ。

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