蛇を踏む (文春文庫)

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著者 : 川上弘美
  • 文藝春秋 (1999年8月10日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (183ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167631017

蛇を踏む (文春文庫)の感想・レビュー・書評

  • もう訳がわからないけど、それでいいのかなって納得してしまう「うそばなし」。
    文体のせいかな。
    なんとなく、そんなもんか、って思ってしまった。

    なんか、エロい感じ笑
    別にそういうことが書いてある訳じゃないけど、なんとなく性的な感じがしました…_(:3 」∠)_

  • 「蛇を踏む」と「消える」は何とかついていけたが、最後の「惜夜記」はもうなんのことやら分からない。
    漱石の「夢十夜」に近いかと思うのだが、登場人物の言動や出来事が突拍子もなさすぎて共感をすることすらできない。
    こういうことを思いつけるのも才能だとは思う。
    「椰子椰子」はけっこう面白かったのにな。

  • 本人曰く「うそばなし」。実質はファンタジーであり童話的なもの。最後に納められている「惜夜記」については、夢の描写か。

    芥川賞受賞の表題作は、比喩の話かと思いきや、文字通り蛇を踏んで取り憑かれてしまう。「消える」は、突然消えがちな家族の話。何を書いているかわからないだろうが、本当にそういう話だ。

    読んだことがない人に、何に近いかを説明する場合、宮沢賢治なのではないかと思う。正直なところ、個人的にはあまり好きではないのだが。

    全体に良い意味で、純文学を描く女性作家らしい、独自の世界を構築しながら突拍子もない事、例えば蛇が夕飯を作ってくれたり、嫁いできた兄の嫁がどんどん小さくなって芥子粒のようになってしまったり、影しかない獅子に頭を食われたりということが起きる。

    そういう表現の時に、往々にして、独りよがりの表現に終止する作家が多いのだが、小川洋子や川上弘美の場合は、何故か受け入れられるのだ。

    1960~70年代位なら、こういった抽象的な表現で高評価を得ると、その裏にある社会だとかをほころびから力づくで引きずり出してくるような読み方をするものが多かったのだろうが、本作の場合は、すべすべの大理石の彫刻を撫でるように楽しむのが正しいのであろう。

    ただ、個人的には、「センセイの鞄」のように、1本に"不思議"は1つ2つだけにして、収束点まで引っ張ってほしかった。

  • 本人は「うそばなし」と言っているが、極めてつまらない。もう少し現実世界に接点のあるものか、そういうところに着地してくれれば良いのだけれど、出てくる人が皆普通ではないから、共感するポイントがない。

  • 現代の「おとぎ話」として読むと分かりやすいのかも。
    文体が少々苦手な感じでした。

  • バウンダリーが非常に緩やかで、
    人間と生物と、非生物と観念などが、
    荒唐無稽なほどに融合したり、
    移り変わったり、
    わけがわからなくなったりする。

    こういう世界を書かせると巧みなのはわかるが、
    『蛇を踏む』以外は、
    コンテンポラリーアートを観るようなわけのわからなさに、
    途方なつまらなさも感じた。

  • 藪で、蛇を踏んだ。
    「踏まれたので仕方ありません」と声がして、
    蛇は女になった。
    「あなたのお母さんよ」と、部屋で料理を作って待っていた、、、。
    若い女性の自立と孤独を描いた芥川賞受賞作「蛇を踏む」
    ‘‘消える家族’’と‘‘縮む家族”の縁組を通して、現代の家庭を寓意的に描く「消える」ほか「惜夜記」を収録

    「背中が痒いと思ったら、夜が少しばかり食い込んでくるのだった。」
    つまんない

  •  蛇を踏んでしまってから蛇に気がついた。秋の蛇なので動きが遅かったのか。普通の蛇ならば踏まれまい。
     蛇は柔らかく、踏んでも踏んでもきりがない感じだった。
    「踏まれたらおしまいですね」と、そのうちに蛇が言い、それからどろりと溶けて形を失った。煙のような靄のような曖昧なものが少しの間たちこめ、もう一度蛇の声で「おしまいですね」と言ってから人間のかたちが現れた。

     ほんとうに、どこをピックアップしたらいいかわからない。主人公が教師をやめたこと、失業保険で食いつないで今は数珠屋で働いてること(あのいくら数えてもきりがないお坊さんが持ってる玉がリング上に束ねられたものだ)、夫が鳥に嫁いだエピソード、生餌、客のいないお店、天丼の上、天井に登る蛇、

     でもあぁこんな時代に絡めて話をしてみたいな。

     こんな時代とは。
     内田樹の「下流志向」が売れた時代。

     この蛇は「どうして注意して歩かなかったんだ」と言いがかりをつけることもなければ未練もないようでただ「踏まれたらおしまいですね」と言って消えてしまう。そればかりか「ヒワ子の母親だ」と言い張って一人暮らしのヒワ子の部屋に居候を始めてしまう。このような諦観が作品を貫く雰囲気となっている。仏教が出てきて鳥にとついだ話が出てきて
     もうどうだっていいよな。

     蛇が人間に化けて、ヒワ子に教師をやめた理由を聞くシーンがある。
     こんなのだ。
     テーブルに戻ると食べ物はあらかたなくなっていて、女は三本目のビールを開けながら頬杖をついた。
    「ヒワ子ちゃんはどうして教師をやめたの」
     女はもう何もつまずにビールだけを飲みながら訊いた。母の声を聞いたばかりで隙ができていた。訊かれて、気味が悪いとあいかわらず思いながら、どうせ気味の悪いものになら答えてもいいという気分になった。
    「嫌いだったの」
    「何が」
    「教えること」
    「ほんとう」
    「・・・・」
    「違うんじゃないの」
    「違うかもしれない」
    「ほんとうはどうだったの」
     女はさらにビールを飲んで、さらにつぎ足した。女の腕に鳥肌がたっていた。鳥肌のたった腕の皮膚も薄く白かった。
    「消耗したからかもしれない」


    蛇も蛇ならヒワ子もヒワ子だ。もう追い出す気力も残ってないよ!

  • 表題作は異類共棲譚だが、女性同士という特色があり、しかも共棲は2組ある。私(李成一)はクルマで蛇を2度轢いた経験をもつ。動物が内臓(殊に膵臓)や脳を喰うと人間に化身するという説がある。桑原。

  • ありえない世界なのにいくらでも想像が膨らむし、妄想好きな人間にとってはたまらない世界だった。型はない、形も色も匂いも質感も全部自由、ものすごく広い世界に飛び込んだ気分。惜夜記は、寝ている時の、夢を見ている時間の、すごく長いのに実は短時間、と破茶滅茶さを書いてあるようで、説明したいのにできない話を文章にしているようだった。うそのはなしにしっかりはまって、よかった。とても。

  • 人が動物になったり無機物になったり。川上弘美さんの作品の中では境界が常に曖昧で、確固たるものが全然なくて、その中でどんどん溺れていく感じ。怖いのに気持ちよくて、決断を保留にしたままずっと流されていく。

    この本は表題「蛇を踏む」と、他に「消える」「惜夜記」が収められているのだけれど、「惜夜記」の文頭「背中が痒いと思ったら、夜が少しばかり食い込んでいるのだった。」は世に残すべき傑作だと勝手に思っています。

  • 蛇をふんだら蛇の女に住み着かれる表題 蛇を踏むを含む、虚構と現実が入り混じった著者いうところのうその世界を根に立ち上がる「うその話」。大人にメルヘンを楽しめる方は極上のお話だとおもう。

  • 「どうしたの」と少女だったものが聞いた。
    「変わってしまったから」と答えると、少女だったものは、笑った。
    「だって、そういうふうにできているんだからしょうがないわよ」そう言って、笑った。笑い声を聞いているうちに、ますます悲しくなった。
    「まだ泣いてるの」
    「そう」
    「でも生まれたら最後はこうなると決まっているんだから」
    「知らなかったもの」
    「あなただって同じよ」
    (惜夜記/アポトーシス)

  • 1996芥川賞。
    川上弘美の作品は、原始的な感覚が文章を媒介して、感覚のまま伝わってくる。意味を考えると途端にわからなくなる。なので考えない。

    人間が膨らんだり縮んだり消えたりする。考えることを止めて、怠惰な欲望に流されることを甘やかされてしまうので、あまりこの世界に浸りすぎると危険。

    「惜夜記」はとても好きな作品。できそこないの古事記のような、シャガールの絵画のような、お伽話。長い夢をみたあとのような読後感。

  • ダリの絵のような静かな狂気性。言葉というか文章というか小説というか、文字媒体のポテンシャルってまだまだあることを知らさせた。

  • そもそもの本質的な問題なのだが、作者はあとがきで、嘘の物語を好んで書いたとあり、自分の趣味と乖離しているため、やはりこのスタンスで書かれた物語が鼻に付き、好かないのかもしれない。

    表題作「蛇を踏む」の中で、「若い人の間でそういうのがはやってるの?」という一文がある。主人公は、その世代間の流行を知らないために、「さあ」と答える。自分はそういう場所に近い所に位置している。読書を趣味としている人間とは、現代ではそういう人種を示す物差しなのかもしれない。などと脱線したことを考えながら読んだ。
    「消える」と「惜夜記」も含めて、全体的に、夢の様に脈絡が無く、かと思えば繋がりや関わりがあったりする。悪くはないのだと思うけれど、面白くも無ければ何も引っかからなかった。
    「蛇を踏む」だけは蛇を踏み始めたところから、最後にかけての流れが既に出来ていた様な気がして、別格な印象。

  • 不思議で少しおそろしい話。一気に読めました。
    解説が分かりやすくて良かったです。

  • やーー、難しかった!笑 ずっと読みたかった川上弘美!しかし、これはとてもハードル高い作品だった。表題作と、「消える」はグイグイ読めたけれど、「惜夜記」こいつが手強かった。それでも投げ出したくはならず。現実的な話でクサい台詞を吐くような本より断然いい。筆者は幼少期に本をたくさん読んだらしく…そう、大人の世界なんだけれど、子供が頭の中で繰り広げるようなとても壮大な架空の世界。想像力が素晴らしい人だ。つげ義春のような、杉浦日向子のような。好きな作家にランクインです☺︎

  • 読み手の力が試されるような。。。

  • 好きな作家さんだが、この本に関しては理解できなかった。
    残念。

  • 独特の世界観。合わないと思った。

  • 独特の世界観で、私としては読みづらく想像も難しくあまり好きではない。

  • *女は藪で蛇を踏んだ。蛇は女になり食事を作って待つ。母性の眠りに魅かれつつも抵抗する、女性の自立と孤独。芥川賞受賞作*

    さすがは芥川賞。凡人の私にはその不思議すぎる世界観に全く入り込めず・・・文章自体は好きなんだけどな。

  • 短編集なので、表題作の「蛇を踏む」について。

    文字通りに主人公は蛇を踏みます。

    するとその蛇が女の姿になり、主人公の部屋に居ついてしまい・・

    現実と非現実の境が薄いため、とても不思議な雰囲気の文章でした。

    私は頭が固いので、まず文章の意味をいちいち読解しようとしながら読んでいました。

    しかし、それに疲れて理解しようとする努力をやめた時に、この本の世界に入り込めたような気がします。

    美しい文章の大人の童話という印象を受けました。

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