真鶴 (文春文庫)

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著者 : 川上弘美
  • 文藝春秋 (2009年10月9日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (271ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167631062

真鶴 (文春文庫)の感想・レビュー・書評

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  • すごく不思議な物語だった。
    ふわふわしてて、痛々しくて、物悲しくて。

    主人公は40代シングルマザーの京。12年前に夫は突然失踪した、“真鶴”という言葉を日記に残して。
    それからは一人娘の百と母親の三人暮らしをしていて、物書きとしてどうにか生計を立てている。
    不在の夫に思いを馳せたまま新しい恋人と逢瀬を重ねる京は、何かに惹かれるように度々真鶴に足を向けるのだが、そこには夢なのか現なのか分からない世界が常に在るのだった。

    喪失、というものが強く胸に迫ってくる。この世に存在しているのかしていないのか分からない人に思いを馳せる。江國香織の「神様のボート」のさらに上をゆく“喪失感”。
    いっそ死を確認できた方が前に進める。生死さえ分からないからこそ、いつまで経っても心が囚われ続ける。

    東京と真鶴のエピソードが行ったり来たりするのだけど、東京は現実の生活で、真鶴は夢の中のような幻想めいた場面。そこでの会話も、出てくる人間も、現実のものなのか京の頭の中でのことなのか、よく分からない。
    ただ常にあるのは“喪失感”。
    囚われすぎて頭が少しおかしくなっているのか。でも東京ではきちんと仕事をし、家庭生活も営んでいる。人間は常に、普通と異常の間を行き来しているものなのかもしれない。

    そんな不思議な空気感が終始流れていた。
    ふわふわしてて、痛々しくて、物悲しい。

    川上弘美さんの文章には“和”を感じる。言い回しとか単語の選び方とか平仮名の使い方とか。
    主人公の行きどころの無い感じは、「風花」ののゆりとも共通しているかも。

  • 川上弘美さん いつも性愛を描くのが素敵すぎる。
    どこまでも憑いてくる女は、もしかして与謝野晶子かもしれないくだりに クスクス笑ってしまった
    しかも憑いてくる女と いい合うシーンで
    ワンタン麺食べたことないくせにって反撃するとこもクスクス笑ってしまった。夜の公園も大好きですが、こちらも大好きな作品です。

  • 絵画に色をつけていくように、言葉を連ねているような感じがした。
    ただ「真鶴」という文字だけがくっきりと浮かび上がっていた。
    読んでいる間中恐くて不安だったけど、最後、現実の人たちの温かさに触れて、ほっとすることができた。

  • 最近、川上弘美好きだなぁ。

    多分、内容を要約すると全く面白くないんだけど、
    文章のクセや表現が私好み。

    どの作品も、私の好きなジャンルではないのに、川上弘美って名前だけで買ってしまう。

    この「真鶴」も内容は暗いし、ちょっと病んじゃってる感じの主人公の飛んじゃってる話なんだろうけど、
    人に触れていたい温もりや人に対する温度の変化がすごく伝わってきた。

  • (解説で言うところの「嘘」の言葉でしか僕は文章を書けないんだけれども)京が往来する冥界と日常世界とに明確な境界線はなくて、ゆらゆら揺らいでいて、人と人でないものが混じり合っている事を肯定している。
    ある程度酔ってしまわないと、川上弘美の物語にはついていけない(←あえてひらがな!)と思った。あちらの世界の都合は解明されないけど妙に惹かれてしまって影を追ってしまう精神状態は、内田百間や宮本輝の『幻の光』、よしもとばななの『アムリタ』の感覚に似てる。
    電車は文学的な乗り物だなぁと改めて感じた。車で真鶴へは行けない。

  • 読んでいるあいだ、ずっと気持ちよかったです。
    冬の曇天のようなくすんだ景色で、遠くのほうは全部まじってぼんやりしているけれど、吸い込む空気だけは、清潔に澄んでいる感じ。

    夫が失踪し、思春期の娘と老いていく母との三人で暮らす女性が主人公で、お話の起承転結もちゃんとあるんですが、それより何より、夢幻と現との行き来、というより、その境界がなくなってしまったような、不安定な心持ちや、言葉の選び方、ひらがなの柔らかさ、ぽつりぽつりと繋がる文章、そういったもの全てが、とても気持ちよかったです。
    (が、こういう文章は、苦手な人も多いだろうな、とも思います。)

    ついてくるもの、離れていってしまう人、変わっていくこと。

    リアリティのあるお話ではないはずなのに、どうしてこんなに強く心に迫って来るのだろうかと、不思議な気持ちになりました。
    頭で考える、のではなくて、心で感じる作品かなぁと思います。

  • 「歩いていると、ついてくるものがあった。」
    なんという胸騒ぐ書き出し。これは覚悟を決めなければ。いざ行かん、川上弘美ワールドへ。
    大いなる期待と怖いもの見たさ的緊張を携えて、読む。
    『蛇を踏む』で味わった不可思議な不気味さとどこか寄り添える郷愁が、あのとき以上に磨かれて、繰り広げられてゆく。
    読みながら、ああ、川上さんは最早こんなところまで来られたのか、と、何度も何度も呟いた。

  • ゆらゆらとしていた。ひらがなを多用したその文体のせいだろうか、真鶴というその土地のせいだろうか、海のせいだろうか、主人公の精神の揺らぎのせいだろうか、いろいろなものが微かに揺れていた。しかしそれでいて硬い芯のようなものを確かに感じる、それはやわらかい肌と曲線を持っているのに一筋縄ではいかない女の硬さそのものであるように感じた。

    主人公、京の夫である礼は、12年前手帳に真鶴という文字を残して姿を消した。その文字を頼りに、その文字に縋るように、京は真鶴へ繰り返し足を運ぶ。これは男と女の物語であるように見えて限りなく女性性の中で女性性が描かれた作品であるように思う。

    水に接する土地を舞台にした物語にはどこか独特な雰囲気がある。湘南を舞台にした小説は青いものの儚さを描き、港町を舞台にしたものは成熟を超えたものの儚さを描く。湘南の果てのない海に対して、港町の閉じられていく海というそれぞれの水の流れに、自らの心情が引きづられていく。この真鶴という港町の吸引力が、私を惹きつけた。

    私はこの本を読んでから真鶴を訪れた。どこか色褪せたような港町の閑散とした雰囲気、何かが隠されているような町全体から漂う妖しさ、そのすべてがこの物語と地続きになっていた。別世界への入口が、ここ真鶴にはある。あちら側とこちら側の境界が、この港町には存在する。どこか奇妙な色彩のない暗い海から、抑圧されたように波が打ち寄せる。真鶴岬の突端にある三ツ石には注連縄がかかっていた。京は、分裂症の症状によってあの幻聴や幻覚を見たのだろうか。この物語が、真鶴ではなく、別の港町でも良かったとは思えない。水が溜まる場所、という水を抱え込む港の在り方が、女であり京の内側だったのではないだろうか。

  • 読み始めて、あれ…これは苦手なタイプの作品かも…
    と、時間をかけて読むことになってしまった。

    しかし、後半からは、一気に引き込まれた。
    それまで皮膜のむこうの世界を、ぼんやり
    眺めているような読書時間だったのが、
    皮膜をやぶり、一気に核心に迫るような。

    誰かを想うこと、失いそうになること、
    失ってしまうこと、失ったあとに焦がれること。
    すべてが、ちりちりと胸を焦がすように
    その熱が痛いほど伝わるような気がした。

    歳を重ねること、時間がゆっくりと積もってゆくこと。
    そうして、やさしい風がふくような
    読後感。

    読み切って、よかった。

  • 背景としての海だけではなく、物語の必然としての海を堪能。読んでいるこちらさえ「輪郭がにじむ」ような小説。海水、それも生温い海水に浸かっているような心地。(読友さんが羊水と表現していた)生まれる前の彼岸と此岸が交じり合った(滲みあった)空間である真鶴と「ついてくるもの」の濃厚な存在感に圧倒される。「ついてくるもの」が彼女のたくさんの係累をぶら下げてくる描写には、怖ろしくて鳥肌が立つ。けれど、原生林を走るバスのなかで「ついてくるもの」が人生の節々を過ごした彼方此方を晴れやかに指さすシーンは美しく、心震えた。
    終盤、寒天を煮溶かすシーンがとても印象的。寒天は海藻という海のものであるからは、固めて食べてしまえば安心? 杏仁豆腐をつくる三人の女達が、自宅の台所に「ゆたゆたしたもの」を持ち込む、共犯関係のように思えて怖く感じてしまうのは、わたしだけだろうか。

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