その日のまえに (文春文庫)

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著者 : 重松清
  • 文藝春秋 (2008年9月3日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (365ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167669072

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その日のまえに (文春文庫)の感想・レビュー・書評

  • 何年か前にこの映画を観て、「やられた」という気分になった。
    そして小説を読んでみたら、表題作で映画化もされた「その日のまえに」の後に、「その日」と「その日のあとで」という短編が収録されていて、さらに切なくなり、深みが増した。

    その他にも4つの短編が収録されているのだけど、すべて“人の生死”が関わっている。
    それも全部が病気。
    小学生のときに病気で亡くなった同級生の回想、余命告知をされた男、若くして夫をなくした女、など。
    そしてそれらが少しずつ繋がっていて、連作のようにもなっている。

    余命告知をされた人の気持ちは理解できるはずもないから軽々しくは書けないけれど、大事な人を亡くした経験はあるからそちら側の気持ちは解る。
    そういう人は、友人、知人、日々出会う人のなかにもたくさんいて、みんなそれぞれ深い悲しみを抱いていたり、後悔の念を持っていたりする。
    突然であれ猶予があった状態であれ、大事な人を送り出したあと、何ひとつ後悔が残らない人間はいないと思う。少なからず「あの時ああすればよかった」とか「これを言っておけばよかった」とか思うことはあるし、もっと重くなれば自分のせいでその人が死んでしまったと自分を責める人もいると思う。
    正解がないから、悩むし苦しむ。
    それでも人間は強かだから、時間とともに少しずつ忘れて立ち直ったり、後悔を違うかたちに変える力も持っている。それはけして悪いことではなくて、生きていくために必要な機能なのだと思う。

    送る側、送り出される側の苦悩や葛藤、悲しみ、痛み、そして強さ。
    それらが詰まった物語の集まりに、思わず涙が流れた。

    大切な人が余命宣告されたら?
    事前に準備して、後悔しないように最大限動いて、心の準備をして。
    それでも「その日」になると、全てが無駄だったかのように時間が過ぎていく。
    そして「その日」はだんだんと遠のいていく。
    思い出すことは日増しに減っていく。それでも絶対に、忘れはしない。

    父が突然亡くなった日、そしてその後の日々のこと。
    そして三年前に母が癌告知された時のこと。
    いろんなことが、読んでいる間に頭のなかで蘇った。

    泣きながら、苦しみながら、それでも徐々に日常を取り戻して、笑える日がだんだんと増えていく人間の強さ。
    とても素晴らしい、と思う。

  • 妻、夫、母、あるいは友達が死に向かっていく日々「その日」を丁寧に静かに綴っていく短編集。メインストーリーは「その日の前に」「その日」「その日のあとで」と続く連作になっています。読めば誰もが投打されてしまうような圧倒的な共鳴がそこにはあります。斯く言う私も途中から肩が震え、涙の膜で活字が一切見えなくなりました。でも、悲しみや後悔よりもその先にある、もっとこう温かくて微かな希望を見出せるような読後感です。「生きること」と「死ぬこと」、「のこされること」と「歩き出すこと」を真っ直ぐに描いた一冊。同じようなテーマの違う作者の本も今まで読んできましたが、彼の表現性は秀逸であると殊更感動した一冊です。

  • 死をテーマにした重松清さんの連作短編集


    幼い頃〝人は何故死ぬのか?〟
    夜になると自分の周りの人が死ぬ事を想像して悲しくて、
    怖くてよく泣いていた時期があった。


    30歳を目前にして、自分の大切な人の死を乗り越えて
    今なら少しだけ分かる事がある。


    人の命には限りがあるから、
    生きているこの瞬間を大切に生きようと思えるし、
    大切な人をもっと大事にしようと思えるんだということ。


    この小説を読んでいる間涙が止まらなかった。
    改めて今この瞬間を大切にしようと思った。
    そして、大切な人をより愛しく思った。


    重松さんは何故こんなに心に染みる様な温かい文章を書けるんだろう。

  • 家族や友人、自分の死に向き合う人たちをテーマにした短編集。
    電車の中で読んでいて、何度も泣けけた。
    誰しもいつか訪れるその日を想像して、自分ならどうするか、どうして欲しいかを考えると、また泣けてくる。

  • だいぶ前から手元にはあったのですが
    何だか読むのが勿体無くて、意を決して読みました。

    短編集なのですが、最後に色々な事が繋がる。
    私はお母さんと息子くんの話が好きでした。

    読み進めるのが辛いなぁ…と思う場面が沢山ありましたが
    ただ悲しいと言うだけではなくて
    何だか優しい気持ちがふんわりと溢れる。

    隣で寝ている主人の事が愛おしく思えました。
    あぁ、今日は主人孝行しよっと!

    いつか、自分にも自分の大切な人にも
    “その日”は来てしまうんだよなぁ。

  • 何だか無性にセンチメンタルな小説を読みたくなって柄にもなく手に取ってみたのだが、少々ベタ過ぎた。でもたまにはこういうのも良いな。何の変化もない毎日が少しだけ貴重なものに思えてきた。
    だからと言う訳でもないけれど、今日10ウン回目かの結婚記念日の朝に届くよう、妻のために花束を注文してきた。こういうちょっとした心境の変化をもたらすのも小説を読む醍醐味ですな。

  • 自分自身の、そして私の大事な人たちの「その日」のために…今、そしてその時、何が出来るだろう
    手元に置いて何度も読み返したい一冊でした

  • 「生きること」「死ぬこと」「のこされること」「歩き出すこと」

  • 死を通して生きることを描いた短編集。感情が高ぶらない死を描いている

    「ひこうき雲」荒井由実の歌を思い出す。天に向かっている ひこうき雲が 命に見える

    「朝日のあたる家」のメッセージは 生きることは 始めることであり、やり直すことであり、続けることである

    「潮騒」「ヒアカムザサン」死に直面している本人と、その友達や子供との物語。霊的体験が 死への恐怖を 自然な感情へ転換させている

    「その日の前に」「その日」「その日のあとで」
    妻が亡くなる日(その日)の前、当日、あとの夫婦の物語。前のストーリーとも絡んでくる

  • 死に向かう人と、それを見守り「その日」を超えてかけがえのない誰かのいない日々を生きていく人。今を生きる後者の立場にしかたったことがないけれど、死に向かう人とどのような時間を過ごせばいいのか、と悩む間もなく大切な人は死へ向かって行ってしまった。「その日」を迎えようとする人と大切な時間をともに生きることができているこの本の中の人が、うらやましいと思ったりもしてしまう。どちらにしろ、残される者には、静かに旅立ってしまうそのとき、その瞬間まで、幸せでいてくれたら、と願うことしかできない。

  • 絶望感が強く常に感傷的で、まるで哲学がないです。人生は長さで決まるのではなく、生まれてきた目的を探求しどう生きるかが大切だと思いますので、私にはこの物語で感動するシーンはありませんでした…
    「妻の早過ぎた一生の先を、他人の家族にエネルギーを分けるくらいなら、わが息子たちにその力を与えるだろう」といったような一節には辟易しました。

  • 終わりが見えた瞬間にそれは終わったも同然、
    といわれたことがあった。
    たしかそのときは友達の恋愛指南を拝聴していた。終わりを知る前とは同じようにできない。なくなるとわかったらもうそこにはないのと一緒。
    そのときは、なるほど、と思った気がする。

    今はどうだろうか。
    終わりが見えたそのときにこそ、今ある時間が華々しく輝くこともあるような気がする。
    急ブレーキを踏むと摩擦で火花が散るように。
    桜が華やかなのも花火がきれいなのも、一瞬でなくなってしまうことを知っているからこそ余計にそう感じられるのかもしれない、と思う。
    限られた時間が物事に色をつけて鮮やかにするのかもしれない。

    でも、そんなことを軽々しく考えられないくらい
    失うってことはしんどい。
    大切な誰かを失うことも、自分の人生を失うことも。
    これは病で人生の終末を意識せざるを得なくなる数家族の物語で、その重みがずんとのしかかる一冊。


    重松清の小説は問いしかないんだっていつも感じる。
    どうなんだと問いかけるだけ問いかけて、あとは自分でなんとか考えろよと手を離される。ふだんは意識に上らせないようにしていることを目の前に出される。著者自身が小さい頃から吃音に苦しんだとのことで、その体験が問いかけることを妥協しない・させない姿勢に結びついているのかもしれない。彼の本を読むときには、どこか覚悟というか心の準備が必要。読み終わるとしばらくぼーっとしたくなる。

  • 俺って、心の冷たい人間なのかも知れない。
    実は…泣けなかった。
    勿論、登場人物を妻や娘や両親に置き換えて、あるいは自分に置き換えて読んでいるので、心に刺さるものがたくさんあって、切なさとか憤りとか、いざその場になったらどうなるんだろうとか…考えさせられることはたくさんあった。
    考えた内容は、自分の内面深いことなので割愛するけど、布団の中でも電車の中でも、自分が誰かが死ぬことについて、結論の出ないことを考えた。

    でも、泣けなかった、本文では。
    実は…あとがきで泣いた。
    重松さんほどの書き手が心をこめて書いた小説よりも、体験した事実を荒削りな言葉でつづったことの方が衝撃が強いこともあるんやなと。

    俺も、体験すればこの本の評価が変わるのだろう。
    出来ればその日を体験したくないけど。

    でも、絶対その日はやってくるんだけど。

  • のどの奥がぐーっと熱くなって視界が滲み慌てて本を閉じる、というのを通勤電車で何度も繰り返した。
    どの話にも死がでてくるが、みんな家族や友人と悲しみに向き合い懸命に生きているから、不謹慎にも羨ましく思ってしまった。
    自分が死ぬより大事な存在がいなくなるのを想像する方がつらいな。自分が死んだらこの人は悲しむだろうなと想像するのはもっと胸が痛む。どれか一番だなんて比較はできないものだろうけど。

  • その日の前に~その日~その日の後、の流れは絶品でした。その中に、それまでの登場人物が少しずつ関与する、っていう構成も良かったです。突然の大病に倒れた各人と、比較的近い年代ってこともあって、なおさら身につまされる思いがしました。唯一難点と思えたのは、最初の2編が蛇足に見えてしまったこと。だから取っ掛かりの印象がイマイチで、積読になってしまっている「ビタミンF」と合わせて、一瞬、“この人の短編集、あまり好きくないかも…”って思いかけました。最後まで読んでもやっぱり、最初の2編、要らなかったんでは?って思えてしまいました。

  • 泣いた。連作短編集。迫り来る死に対する行動・想いや、死んだ後に残される者の想いを書いたもの。特にヒア・カムズ・ザ・サンで号泣。情景描写が繊細で、心にしみる。

  • 古本屋で、単行本がなぜか100円で売っていた。重松の著書はなかなか文庫でも100円の棚に並ばない。単行本はかさばると思ったけれど、買ってきた。帯には「涙、涙、涙・・・」とある。しかし、最初の話を読んでも特に泣くほどでない。次も、またその次も。ところが、「その日」がやってくると、もう涙が止まらない。子どもたちのいるところで読んでいたので、何とかこらえながら読んだけれど、子どもが寝に上がってからは、とめどなく涙が流れる。「その日のあとで」になると「その日のまえに」の前の話と話がつながってくる。完全な短編集と思って読んでいたから、おう、これはあのときのあの人ではないか、なんてちょっと感動しました。ところで、「朝日のあたる家」の登場人物だけは後から出てこなかったように思うのだけれど、どこかで登場していたのでしょうか。(後日、ドラマで見てまた泣きました。)

  • 「その日」は少しずつ歩んで来るものかもしれない。
    でも、もしかしたらすぐ目の前にきているかもしれない。

    大切なものが増えるたび、「その日」が怖くてたまらなくなる。明日もう話せなくなる、明日もう手を握れなくなる。そう思うと、涙が止まらなくなる。毎日は当たり前にくるようだけれど、今日が「その日」でなかったことがどれだけ幸せで有難いことかと思う。

    この小説は、それぞれの話が独立しながらも、死を通して人が繋がっていく。死に行く人も残されるものも、悲しみや覚悟を背負う。どんなに足掻こうとも、時は平等に過ぎて、いつかは別れの時がくる。残されたものは、そして、思い出を胸に次へ進む。
    大切なものを、もう一度大切だと抱きしめようと、そう思わせる一作。

  • 2006年本屋大賞5位。

    末期ガンを宣告された数家族の物語。
    「さぁ、ここで泣いて下さい」
    というようなお涙頂戴的な話でなく、どストレートに家族の内面の戸惑いが静かに描かれているので
    「突然余命を告げられると、実際はそんなもんなんだろうなぁ」
    と思う。
    ところどころでウルウル。

  • 当たり前の日常がパズルのピースみたいに重なって、今の平穏があるのだと思う。
    そしてそれはとても、幸せなこと。

    知っているはずのことなのに、つい忘れてしまう。
    そしてそれを強く感じるときは、悲しみが襲ってきたときだということ。それを強く感じさせた作品だった。

  • 僕たちは「その日」に向かって生きてきた…。昨日までの、そして、明日からも続くはずの毎日を不意に断ち切る家族の死。消えゆく命を前にして、いったい何ができるのだろうか…。死にゆく妻を静かに見送る父と子らを中心に、それぞれのなかにある生と死、そして日常のなかにある幸せの意味を見つめる連作短編集。

  •  いずれの短編も話が綺麗すぎるので読み応えはなくて、「平均点のおいしさ」に「かけがえのない人の死」というスパイスがふりかけられる「王道」の味付け。しかしこれは決してけなしているわけではなく、誰もが「かけがえのない人の死」を日常で経験することは数少ないし、またもちろん経験したくないから普段は考えないようにしているからこそ、「その日」の前、その日、後を淡々と丁寧に描くことに意味があるし、消費するのではなく何度も噛み砕く必要があるのだろう。端々に感情のひだのような言葉が散りばめられていて丁寧に読みたい短編集である。しかし逆説的に、第二人称の死の後の、一人称の生の絶望への不安というものもかき立てられたことも書き記しておきたい。

  • 短編形式だけど全て表題作につながっている。タイトルからも覚悟なくしては読めない、まして重松作品だしと意を決して読んだけど、やはり後半半分は通勤電車で読むことはできなかった。夫に先立たれたぷくさんの「ただ、たいした起伏もなく、「以下同文」と端折られてしまうような毎日が、ときどき怖くなる」という言葉が胸に響く。生きているからこそ。

  • 人が亡くなる「その日」はいつかやってくる。愛する人が先か、それとも自分が先か、それは分からない。それでも日々の暮らしの中で心がつながっていれば、お互いに幸せな人生だったと最期の言葉を残せるだろう、この物語の登場人物たちのように。そんな生き方をしたい。

  • 余命宣告を受けてから、「その日」をむかえるまで、その日、そしてその日のあとの話。

    突然の別れではなく、その日に少しずつ近づいていくとしたら、残して行く者は、そして残される者は何を思い、どう過ごすのか。

    流れていく時間、薄れていく記憶と共に、悲しみに折り合いを付けていく。考えさせられる場面が非常に多かったです。

    「その日」は皆に訪れる。3ヶ月後かもしれないし、30年後かもしれない。しかし、必ずやってくる。家族と過ごせる残された時間を、もっともっと大切にしようと思う。

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