架空の球を追う (文春文庫 も 20-4)

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (207ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167741044

作品紹介・あらすじ

何気ない言葉に傷ついたり、理想と現実のギャップに嫌気がさしたり、いきなり頭をもたげてくる過剰な自意識にとまどったり…。生きているかぎり面倒は起こるのだけれど、それも案外わるくないと思える瞬間がある。ふとした光景から"静かな苦笑いのひととき"を抽出した、読むとちょっと元気になる小説集。

感想・レビュー・書評

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  • およそ十年ぶりに再読。

    覚えているフレーズが
    ところどころに。

    うーーーん、あの頃は
    どう感じていたのかな。

    十年前の自分と感想を
    交わしてみたいような。

    まあきっと感想なんて
    そこそこに積もる話が
    あれこれと。

    盛り上がるんだろうな
    ・・・

    数頁の短篇に綴られた
    人々のなにげない日常。

    ドラマティックな展開
    はないけれど、

    現実ってそういうもの。

    十年後の私は言いたい。
    十年前の自分に向けて。

    その平凡なる毎日こそ
    幸せそのものなんだよ、
    と。

  • みなさんは、小説の巻末にある『解説』を読むでしょうか?『読まない or 読む(読書後) or 読む(読書前)』、まあ選択肢としてはこんなところでしょうか。私の場合は、半年前に読書を始める前は、まさかの『読む(読書無)』以上。でした。学校の読書感想文を書くために『解説』だけ読んで残りは想像でやっつけて提出する。随分いい加減なことをやっていたものです。時は流れ、今は『読む(読書後)』です。『解説』を書かれる方がどのように選ばれているのかは分かりませんが、著名な作家から本屋の店員さんまで多彩な方が登場します。しかし、その出来はピンキリだとも思います。こんな著名な方が書いてこれ?というような『解説』を読むと本編が素晴らしかったのにすっかり味噌をつけられたような気分になることもあります。一方で、素晴らしい『解説』に出会うと、本編が読後から輝きを増して、さらに幸せな読後感に包まれるようなこともあります。どうしてこんなことを書くのか。この作品の『解説』が後者の絶品だったからです。

    全体で200ページしかないのに11もの短編で構成されたこの作品。当然に一つひとつの作品のページ数も短かくなり、7ページで終わってしまうものまであります。でもそこは短編も得意とされる森絵都さん。このページ数で納得できる読後感を次々と提供してくださいます。安心・安定の森絵都クオリティここにあり!そして、11の短編の統一感を出すために全て第一人称は『私』で統一されています。『駅前商店街にある百円ショップの店頭で、目玉商品の陳列棚を前にする』私、であったり、『おじさんの還暦祝いを兼ねた温泉旅行二日目の午後、露天風呂の湯煙の中にいる』私だったりします。そして『私』がいる場所は国内だけでなく、遠くドバイにまでおよびます。でも、場所が変われど、そこでは『まったく何も』起こりません。呆れるほどに誰にでもある普通の日常のしかも何もないところをわざわざ切り取ったような普通の時間が描かれます。この辺り、人によってはただただ退屈と感じられる方もいらっしゃるかもしれません。ただ、読んでみてその何もない日常に隠されていた事ごとに気づく場合もあると思います。私のように…。

    『当たり』ばかりの傑作群ですが、中から一つだけご紹介。書名でもある〈架空の球を追う〉です。この作品はたったの7ページという超短編なのですがもう冒頭から引き込まれます。『天から注ぐ西日がグラウンド一面にホースで撒いたような橙を広げている。無数の小さな靴底がその色を蹴散らし、光が拡散する。光の粒子とも砂ともつかないざらざらがたちのぼり、うごめく人影を不透明な膜で覆う。白球が、その膜を切り裂くように貫いていった』少し長い引用で恐縮ですが、どうでしょうか?7ページと限られている枠内で一気にこの作品世界に連れて行かれるような魅力に満ち溢れている導入だと思います。何せ7ページなのでこれ以上はネタバレなので書けませんがこの作品で『私』は子どもたちの野球練習を見る母親たちと一緒に座っています。そして練習を見ているだけ、そして母親たちの話を聞いているだけです。それだけなのに読後には何とも言えない余韻が残ります。特に子育て中のお母さん方にはたまらない余韻が残るのではないかと思いました。

    他にも『パパイヤ一個二千円 え?思わず息を呑んだ。ここで怯んではいけない』という『私』が登場する〈パパイヤと五家宝〉、『ボスが発見した当初はライチ程度の塊だったのが、あれよあれよと増殖し、今じゃ遠目にもメロンくらいの大きさはありそうだ』という『私』が大騒ぎする〈ハチの巣退治〉などこの長さでよくそこまで展開してまとめられるものだという作品がズラリ揃っています。

    そして、11の魅力ある短編に満足した私を待っていたのは、白石公子さんによる絶品の『解説』でした。実は一つ目に挙げた〈架空の球を追う〉の魅力に気づいたのはこの『解説』を読んだからでした。本編の内容が瑞々しくもノスタルジックに蘇る不思議なインパクト。『一瞬が永遠になっている』という極めて的確な表現とともにこの作品の読後感を一段上に持ってきていただけました。まるで12編目に〈11編の想い出〉という短編として存在するかのように作品に溶け込んだ素晴らしい『解説』でした。

    短く紡がれる短編。長編の魅力とは全く違うところにその素晴らしさは凝縮されていると思います。そうです。短い表現の中に作者の想いが凝縮された逸品。『そのひとつのセリフやシーンの背後にあるもの、描かれていないところに、複雑な物語を感じてしまうからかもしれない』と『解説』の白石さんが書かれる通り、短いが故に最小限の言葉の中から読み手はその世界の空気を吸い、温度を感じ、そして人々の気持ちを読んでいく、その眼差しの見つめる先に共に想いをこめていく。そういう意味では短編を読むというのは読者の想像力の飛躍度が試されているのかもしれません。そんなことも感じた森さんの素晴らしい短編集でした。

    • ロニコさん
      さてさてさん、おはようございます^_^

      森絵都さんのこの短編集は、はじめて知りました。
      内容の濃い素敵な作品のようですね。
      中学校での読み...
      さてさてさん、おはようございます^_^

      森絵都さんのこの短編集は、はじめて知りました。
      内容の濃い素敵な作品のようですね。
      中学校での読み聞かせにも丁度良いのではないか、と思います(持ち時間が10分弱なので)。
      読み聞かせは、放送なので適した本を探すのはなかなか大変です。
      また、レビューを参考にさせて頂きますね。
      ありがとうございました^_^
      2020/05/13
    • さてさてさん
      ロニコさん、こんにちは。
      森絵都さんの短編集は三冊目でしたが、短い割には上手くまとめられているものばかりでとても良かったです。雰囲気感がとて...
      ロニコさん、こんにちは。
      森絵都さんの短編集は三冊目でしたが、短い割には上手くまとめられているものばかりでとても良かったです。雰囲気感がとてもよくて後味爽やかです。〈パパイヤと五家宝〉なんか誰が読んでも、クスッとなると思いますし、読書に興味が生まれるんじゃないかと思いました。
      …と、書いていると、また、森さんの作品が読みたくなってきました。
      2020/05/13
  • 様々な場面を切り取って削ぎ落した11の短編集。“ハチの巣退治”や“パパイヤと五家宝”のような軽妙なタッチの著者作品には触れたことがなかったので新鮮。“太陽のうた”が若干異色だが、配置の妙で際立たない。“静かな苦笑い”...納得の一冊でした。

  • なんとも不思議な話の連続だった。小さな疑問と不思議な余韻が長く続く、初めて体験する形容し難い読後感。

  • 短編というよりは掌編でしょうか。ほとんどこれといったストーリーはないので、感性で感じるような作品です。感覚的に好きか嫌いかということだと思います。最初の「架空の球を追う」と最後の「彼らが失ったものと失わなかったもの」が特に好きです。特に「彼らの~」は人間としての在り方について考えさせられますし、凛とした雰囲気がいいです。

  • ドバイ@建設中、が一番記憶に残っている。ドバイ、クレーン、ベリーダンス…今の私と関係の近い物が多いからかな?上手く自分を隠しおおせたつもりで、実は相手に見破られている。そんなシーンに自分が重なってどきりとした。帯には思わず苦笑する〜的なことが書いてあったけど、苦笑どころかどきりとさせられっぱなしだった。誰にでも当て嵌まる、そんな瞬間が集められた小品集。苦笑するか、どきりとするかは、その時の自分次第ってことかな。

  • 普通の人の日常を切り取った中にある幸せを見せてくれる魅力的な短編集。特に最初の2作にはやられてしまった。
    うまいよ。誰もが持つ何気ない生活でのシーンに、こんな幸せがあったなんて。大変満足しました。

  • たまたま手に取って読んだ。たぶん思わせぶりなタイトルと素敵な絵に釣られて。

    11の短篇はどれもよかったけど、記憶に残るのは、
    『パパイヤの五家宝』、『ドバイ@建設中』、『あの角を過ぎたところに』の3篇。

    『パパイヤ』ラストの牛脂のくだりがクスッと笑える。

    『ドバイ』石油会社の御曹司の描写は、ジョジョ8部の田最環を想像してしまった。発狂したドイツ人の子どもを庇う場面がカッコいい。それで惚れ直す女性の方も。

    『あの角』思いがけないことがあってもいいんだよな、って、9年同棲した彼女をそんな理由で振っちゃだめだしょうよ。。。

  • いろんな国の何気ない日常のひとこまを集めた短編集、
    人間観察をしているみたいに登場人物の気持ちの変化が読み取れた。

  • タイトルに惹かれた小品集。標題作の意味を理解して笑えた。愛すべき作品とあまりピンとこないものが程よく混ざっている。

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著者プロフィール

森 絵都(もり・えと):1968年生まれ。90年『リズム』で講談社児童文学新人賞を受賞し、デビュー。95年『宇宙のみなしご』で野間児童文芸新人賞及び産経児童出版文化賞ニッポン放送賞、98年『つきのふね』で野間児童文芸賞、99年『カラフル』で産経児童出版文化賞、2003年『DIVE!!』で小学館児童出版文化賞、06年『風に舞いあがるビニールシート』で直木賞、17年『みかづき』で中央公論文芸賞等受賞。『この女』『クラスメイツ』『出会いなおし』『カザアナ』『あしたのことば』『生まれかわりのポオ』他著作多数。

「2023年 『できない相談』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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