これでいいのだ―赤塚不二夫自叙伝 (文春文庫)

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著者 : 赤塚不二夫
  • 文藝春秋 (2008年10月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (223ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167753276

これでいいのだ―赤塚不二夫自叙伝 (文春文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 赤塚不二夫と言えば、手塚治虫や石森章太郎と共に、昭和を代表す
    る漫画家の一人ですが、ギャグ漫画というジャンルのせいか、或い
    は、まるで漫画のような破天荒な生き方のためか、どうも一段低く
    見られてきた人のように思います。しかし、その世界観と言語感覚
    はいつの時代にも古びない新しさに満ちていて、他の追随を許しま
    せん。実際、最近、漫画にはまっている小三の娘が、もっとも熱心
    に読んでいるのが、赤塚不二夫の作品です。時代を超えてゆく力が、
    赤塚不二夫のギャグ漫画にはあります。

    本書は、そんな不世出の漫画家の自叙伝です。前半は、昭和10年に
    満州で生まれ、終戦で引き揚げるまでの満州生活が、後半は、引揚
    者として日本で暮らし、漫画家として成功するまでが描かれます。
    しかし、大人になってからは本当にさらりと描かれるだけで、満州
    と日本での少年時代が中心の記述となっています。

    父親は満州で特務警察官をしていました。命と隣り合わせの危険な
    仕事です。しかし、この父親がかなり破天荒で、まだ10歳に満たな
    い赤塚少年を色々なところに連れていきます。抗日ゲリラを襲撃す
    る場面やその打ち上げの宴席、或いは中国大陸を蝕んでいた阿片の
    原産地であるケシ畑などに連れていかれたと言いますから、相当で
    すよね。一方で、警察官としては、非常に清廉潔白な方で、中国人
    とも対等な人間としての付き合いを心がけていたため、敗戦後も、
    中国人に何かと助けてもらえ、生きながらえたのだそうです。

    この父親の生き様から受けた影響は相当のものだったようで、「こ
    れでいいのだ」が口癖のバカボンのパパの性格や思想は、この実父
    をモデルにして編み出されたものだと言います。

    日本に引き揚げてからは、シベリア抑留で不在の父に代わり、一転
    して母親との思い出が中心になります。この母親への敬慕の念は極
    めて強く、漫画の中で母という存在をギャグの対象にしないのも、
    実母に対する敬愛の念からだと、本書で明かしています。

    「おやじとかあちゃんに感謝のココロを捧げるのだ」と扉にあるよ
    うに、本書は、自叙伝というより、亡き父母への手紙のようなもの
    と言えるでしょう。その底に流れる父母への想いが胸に沁みます。

    本書を読んでいると、激動の時代に、この父母の下で生まれ育った
    からこそ、赤塚不二夫のような不世出の才能が開花したのだという
    ことがよくわかります。でも、だからと言って、戦争が正当化され
    るわけではありません。実際、赤塚氏自身、父母の人生を滅茶苦茶
    にし、家族を悲惨な目に合わせたあんな戦争を二度と起こしてはい
    けないと、あとがきで書いています。

    家族の絆や困難な時代を生き抜く上での精神のありようについて多
    くを教えてくれる一冊です。戦後70年を経て、戦争の記憶が急速に
    風化している今だからこそ、読んでおきたい一冊です。

    ぜひ、読んでみて下さい。

    =====================================================

    ▽ 心に残った文章達(本書からの引用文)

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    当時、日本人の大人も子供も中国人に対して多かれ少なかれ優越感
    を持ち、こちらが欲しいものは相手の気持ちと関係なくもらって当
    然、という風潮があった。他国や多民族を侵略するということは、
    末端の人間の気持ちにも無意識にこういう傲りを持たせるものだと
    思う。

    天才バカボンのパパがよく口にする"これでいいのだ"は、ぼくのお
    やじの生き方と共通するものがある。果たして"これでいいのだ"と
    いう人生をおやじは生きたかどうかはわからないが、少なくともそ
    ういえるような生き方を目指したことはたしかだと思う。

    小学校時代、揚子江を一家が筏で下る話を先生から聞いて感動した
    ことがある。
    上流で伐採した木を何十本も筏に組んで連ね、下流へ下るわけだが、
    1日や2日で下れる距離ではない。一つの筏には土を盛って畑とし、
    一つの筏には家畜の小屋を作って豚や鶏を乗せ、別の筏には掘っ立
    て小屋を建てて家族が寝起きする。こうして一家で下流に向かうの
    である。雨が降り、風が吹き、水上での明け暮れが気が遠くなるほ
    ど続いたあと、一家は目的地へ流れ着く。そこで木を売り、見知ら
    ぬ他郷で一家はまた新しい人生をはじめるというのである。この自
    然と融合した人生感覚は驚嘆だ。

    なんで大人は酔うと嘘つきになるのだろうと、ぼくは思った。

    (撃墜されたB17の展示品を見て驚いたのは)救命ゴムボートに積
    んであった釣り道具である。海に着水したとき、ゴムボートに揺ら
    れながら釣り糸を垂れるなどというのは、それがたとえ食料を得る
    目的だとしても、"生きて辱めを受けるよりは国のために潔く死ぬ"
    といった教育環境にいたぼくにとっては、信じられない装備品だっ
    た。

    大人の男たちがみんなシベリアへ連れて行かれ、大人の女たちがソ
    連兵を怖れて戦々恐々としていたあの時期、いちばん自由で活発に
    生きていたのは子供たちだった。

    土地がコの字形ならコの字形にベースを置いて野球をする。誰に教
    わらなくとも、どんな条件のもとでも、子供は大人など想像もつか
    ない遊びを創り出す天才なのだ。

    トウモロコシが実ってひげが茶色になると、これがまた遊び道具に
    なった。みんなで裸になって、トウモロコシのひげをむしり取り、
    チンチンの周りにつけ、
    「毛が生えた」
    とはやしながら町を練り歩くのだ。

    エジソンや野口英世の伝記を読みながら、ぼくは勇気がわいてくる
    のだった。理由はただ一つ。彼らがいずれも少年時代、貧乏だった
    ことである。??境遇がぼくと似ている。ぼくも貧乏だから、これは
    絶対うまくいくにちがいない。

    かあちゃんはいつも暗いうちに起き、子供たちに食べさせるお粥を
    炊く。そして出かける前に必ずぼくの枕元にきて、顔をぼくの耳も
    とに近づけ、小さな声で言うのだ。
    「フジオ、行ってくるからね」
    そして枕元に毎朝10円を置いて出かけた。ささやくような小さな声
    は、隣で寝ている妹と弟の目を覚まさないためだ。同時に、父親の
    いない一家の長男であるぼくに〈うちのことは頼んだよ〉と伝える
    意味もあったようだ。さらに〈この子たちと一緒に、今日も一生懸
    命生きます〉と自分自身に言い聞かせる、一種のお祈りであったの
    かもしれない。

    化学工場で働きながら、毎日、アイデアを考えて日記帳につけた。
    少なくともアイデアが一つ出るまでは寝ないことにした。毎月、4
    コマ漫画を10点投稿し、そのなかから一つか二つ、載るようにな
    った。いくらかコツもわかってきた。

    (手塚治虫は)こんなアドバイスをしてくれた。
    「漫画ばかり描いてちゃダメだよ。一流の音楽を聞きなさい。一流
    の芝居を見なさい。一流の映画を見なさい」

    「おやじ、長生きしたいか?」
    あと数日しか生きられないと言われ、ぼくはおやじに聞いてみた。
    いよいよ息苦しくなってきたのだろうか、おやじは声をしぼり出す
    ようにして答えた。
    「ああ、したいなァ」
    その言葉に思いがけないほどの執着が感じられて、ぼくは思わず問
    い返した。
    「長生きして、どうするんだ?」
    「生きてたら、…オモ…シロイ」
    晩年になって、もう一度人生を取りもどしたおやじは、毎日、生き
    ているために新しく味わえる人生の喜びを噛みしめていたのだ。そ
    してもっと生きたい、と思い続けていたのだ。

    おやじは昭和20年から24年までの4年間、シベリアに抑留され強制
    労働をさせられた。木材伐採、橋脚工事、氷割り…。ロシア人の飼
    い馬が死んで土中に埋められると、おやじたちは夜中に掘り起こし、
    みんなでその肉を瞬く間に食べつくしたほど飢餓状態が激しかった。
    それに極寒の地である。頑健な体が自慢のおやじだったが、シベリ
    アにいた40歳前後のときは、栄養失調で40キロちょっとの体重に
    までやせ細った。
    この後遺症は、日本に帰ってからも長く尾を引いた。体力・気力と
    も充実せず、社会的にも不遇で、不本意な時期を過ごしたようだ。
    だが、おやじは出口を探して生きた。おやじは自分に問いかけてい
    たはずだ??"これでいいのか?"と。

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    ●[2]編集後記

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    娘が二週間のキャンプから戻ってきました。水道も電気もガスもな
    い山の中での、子どもだけでの生活。三度の食事も、毎日の活動内
    容も、すべて子ども達が話し合ってきめます。見守りと最低限の手
    伝いをするために大人はつきますが、あくまでも子どもが主体です。

    内容が内容だけに、基本、小学5年生以上を対象にしたプログラム
    なのですが、縁あって小3の娘も参加することになったのです。

    今回のキャンプで与えられたミッションは「森の役に立つための仕
    事をすること」。子ども達が選んだ活動は、歩道の整備でした。要
    は、土木作業です。道を直し、橋をかけ、ベンチをつくり、案内板
    を設置するというものです。

    土木の知見がない子ども達のサポートでキャンプの後半に付き添っ
    たのですが、正直、小3の娘にはきつい内容でした。わかっていた
    ことですが、メンバーは中学生中心。体力も知力も全然かないませ
    ん。余裕があるときはフォローしてくれる年上の子達も、作業が切
    羽詰まってくると、できない人間を構う余裕はありません。皆が忙
    しそうに働く中、娘が一人、やることを見つけられず、所在なさげ
    にしているシーンが度々ありました。

    チームの一員として役立てないから仲間意識も持ちにくい。皆と距
    離があるから、自分から話しかけたり、仕事をもらいに行くことも
    しづらい。その結果、どんどん孤立していく。その悪循環です。

    表面上は飄々としていましたが、恐らく相当に葛藤があったと思い
    ます。最終日、キャンプを終えて、一人一人が感想を述べていく場
    面、皆が仕事をやり遂げた達成感や高揚感を熱い涙と共に語る中、
    娘だけは、何も話せず、ただただ慟哭するだけでした。あんなに激
    しく娘が人前で泣くのを見るのは初めてでした。何の涙だったのか、
    本人もまだ言葉にできていないのでわかりませんが、喜びや感動の
    涙でなかったことだけは確かです。

    泣き続ける娘を見ていて、ちょっと背伸びさせ過ぎたかと胸が痛み
    ました。でも、彼女なら、きっと乗り越えていけることでしょう。
    今回の体験をどう咀嚼していくのか。焦らず見守っていこうと思い
    ます。

  • 泣いた。
    一心不乱に目標に向かって、自分に肉付けをしていく姿が、学歴や肩書きじゃない、誰にでも好きなものに向かって前進することの可能性があることを、人生の転機はふとしたキッカケであったり、たくさん参考になる実話で書かれていて面白かった。
    両親への愛情に溢れていて、自身の結婚や家庭にはあまり触れていなかったけど、後書きの解説で納得した。
    これでいいのだ。
    いい響きに聴こえる。

  •  漫画家赤塚不二夫の自伝。満州で生まれ戦中を過ごし、戦後日本に引き揚げ後も極貧の生活という波乱万丈の彼の人生を描いている。また、離れ離れになった両親への愛情が随所につづられている。
     天才バカボンのパパの最後の決め台詞は「これでいいのだ」だが、このキャラクターは、潔癖で正義感あふれる父をモデルにしているという。
     本書の最後のシーン。ガンに倒れた父の臨終の間際に、「おやじ、もういいよな」と聞く赤塚に、父は声にならない声で「うん」と答えた。赤塚は、あれはきっと「うん、これでいいのだ」と続くはずだったと思う、と言う。いろいろあったが我が人生に悔いなしと、全てを受け入れる「これでいいのだ」の言葉の持つ奥深さを感じた。

  • あなたは赤塚不二夫のギャグ漫画みたいな人だねと言われて、気になって読んでみた。

    ギャグがどこから生まれるんだろう?と思えるくらい繊細な人。

    水木しげるも亡くなって、自分が心底楽しんでいた時代の漫画家がいなくなっていく。
    あの時代のアニメ、漫画がなかったら、つまんない子供時代だったと断言できる。

    さみしい。

  • 赤塚不二夫を知らない人はあまりいないと思うけど、この本を読んで「全然知らなかった!」と思わざる終えなかった。生きること、いま世の中で起きてる少年犯罪、親を思ったり、自分が親であることなどなど…思いがけず、心に残る1冊になった。

  • メチャクチャなんだけど、繊細さも力強さも感じる。

  • 150315 自伝だが9割以上自分の周りの人の話。そして7割が両親の話。トキワ荘で「マザコンの極致」と呼ばれるくらいマザコン。それゆえに漫画でも母親だけはネタにしなかったという。
    度重なる困難が驚くほどサラっと書いてあるので深刻さはあまり感じない。他人のため、好きなことの為に平気で自分のことを捧げてしまう人という印象を受けた。
    手塚治虫に会った時に言われた言葉
    「漫画ばかり描いてちゃダメだよ。一流の音楽を聞きなさい。一流の芝居を見なさい。一流の映画を見なさい。」

  • これでいいのだと言う言葉に秘められた親の教えと愛情を感じた。

  • もともと魅力的な人だなぁと思っていたが、この本を読んで お父さんに惚れた(笑)

  • 戦争を生き抜いた家族!
    古き良き時代感じたり
    戦争の残酷さ感じたり
    色んな気持ちなる本

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これでいいのだ―赤塚不二夫自叙伝 (文春文庫)の作品紹介

「これでいいのだ!」の人生観で波瀾万丈の生涯を楽しんだ不世出の漫画家・赤塚不二夫。そのスピリットは父親から受け継がれたものだった-。旧満州での少年時代、漫画との出会い、伝説のトキワ荘などを綴るこの自叙伝から、破天荒な赤塚ギャグの奥深くに息づく"家族"というテーマが見えてくるのだ。

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