まほろ駅前多田便利軒 (文春文庫)

  • 14638人登録
  • 3.80評価
    • (1342)
    • (2611)
    • (1991)
    • (231)
    • (47)
  • 1874レビュー
著者 : 三浦しをん
  • 文藝春秋 (2009年1月9日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (351ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167761011

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

まほろ駅前多田便利軒 (文春文庫)の感想・レビュー・書評

  • なんたるハードボイルド!

    タイトルから勝手に「便利屋を通じて出会う市井の人々との心温まる交流」みたいな話を想像して敬遠していたのだが(あながち間違いとはいえないが)『風が強く吹いている』が抜群に面白かったのと、続編のドラマ化の影響でようやく手に取った。

    多田と行天がどうしても瑛太と松田龍平で脳内再生されてしまう。

     「なんじゃこりゃあ!」
      多田は呆然とつぶやき、
     「それ、だれの真似? 全然似てない」
      と行天は笑った。

    『ジーパン』の物真似に息子がツッコんでいる姿を想像して僕も笑った。

    それにしても三浦しをんさんって女性なんでしょう?
    なんでこんなに、30過ぎた子持ち男の哀愁を描けるのだろう。
    女性作家が書く男性って、スキンケアも万全で高級車のCMに出てくるような人ばかりだと思っていたけれど、この雄の匂いを発散させた輩どもよ! そして格好悪いながらもギリギリのラインで踏ん張る矜持。
    三浦さんってなんか特殊な嗜好でもあるのだろうか(褒め言葉です)。

    多田や行天をはじめ、ルルやハイシー、星と清海、由良公に「元妻」凪子など、善悪では割り切れない「心優しき人々」
    一匹のチワワから細く微かに繋がっていく「縁」がいい。

    病院で買ったお茶にカステラを浸し、ふやかしながら食べる曽根田のばあちゃん。
    スーパー横の暗い道にへばりつく何台もの自動販売機と、必要とは思えないほどの数の証明写真のボックス。
    里山の風景などではない21世紀型の郷愁も凄い。

     金色のスプーンでコーヒーに深い渦潮を作ったり、
    等の、何でもないシーンにも随所にさらりと織り込まれた表現も贅沢。

    軽く読めるエンタテインメントのようでありながら寓意に満ちた味わい深い物語。
    早く続編が読みたい。

  • ひょんなことから高校時代の同級生(話したことない)、行天と暮らすことになった、便利屋の多田。便利屋を頼ってくる人々と2人の人間模様を描く。

    大変面白かった。
    癖がない文体で読みやすい。

    話的には「家族」がキーワードになってくるのではないか。
    違う言い方をすれば「一緒に暮らしてるひと」。

    思いかえせば、この物語では色んなパターンの「一緒に暮らしてるひと」を描いている。
    そこには幸せばかりでなく、様々な苦しみや辛さも描かれていた。そこから幸せに向かおうとしたり、逃げたり、付き合って生きていったりする。

    ただ、登場人物それぞれに明確な幸せが訪れた描写も、明確な不幸が訪れた描写もない。
    誰かと暮らしている限り、どちらもやってくる。

    それを「淡々」と「ドラマティック」の間の感触で書いているのが心地良かったんだと思う。

  • 今更だが、書いていなかったレビューを書く。
    便利屋を営む多田と、そこに転がり込んで来た学生時代の友人行天。この日本のどこかの町で実際に起きていそうな些細な出来事と、こんな奴いるいる!と思わせられる多田と行天のキャラクター。それが、しをんさんのテンポのよい気持ちのよい文章で綴られていて楽しく読んだ。
    ご本人BL好きだからか…BLじゃないけれど、男性二人組の話は大変魅力的に描かれているように感じる。

  • 私きっと、この作品好きだろうなぁ、と前から思いながらなかなか読むタイミングが見つからなくて、ようやく読み終わった今の感想は、やっぱりこの作品好きだなぁ、ということ。

    それぞれ心に傷を抱える多田と行天の物語。便利屋という稼業を通じて彼らと関わり合う人々もまた、それぞれの明と暗を抱えていて。

    こういう作品を読むといつも思う。世の中、誰だって多かれ少なかれ、大なり小なり傷を抱えて生きている。時間を経るごとに皮膚が厚くなり、しわが増えていくように、人生だってさまざまな傷を受けながら、その度かさぶたをつくりながら進んでいくのだと。

    どんな場所であろうと、人が生きている限り、そこには一つの人生がある。そこには一つの命という価値がある。光が当たらなくても、みすぼらしくても、裏社会だとしても。

    事の善悪を別にして、人生の一つ一つに尊さを感じさせてくれるような作品が私は好きです。この作品は、間違いなくそういう類のもので、それゆえとても心に残る一冊となりました。

    外伝である『まほろ駅前番外地』も早く読まなくちゃ。

  • 多田と行天の距離感と本質的な想いが心地よく、
    ワタシにとってはいろいろと共通点もあったりで
    一緒に泣いたり、ぼんやりしたり、再生に向かう光をもらったりした1冊でした。

    状況も事情も違うけど、ワタシも生まれたばかりの息子を
    亡くしたばかりなので、中盤からはそこに触れるのかなぁ…と
    少し澱のようなものを感じながら読み進めつつ…

    多田の心情と自分の心情が重なって苦しかったけど、
    失ったものが完全に戻ってくることはないという覚悟の元に
    でも、形を変えながらも、それを求める人たちのところに
    幸福は何度でもそっと再生していくと、今の自分の心情と同じでもあり
    必死でつかもうとしている一筋の小さな光の欠片だったりと
    重なって、涙は止まらないながらも明るい気持ちになれたラストでした。

    上っ面じゃなく、べたべたせず、ぶっきらぼうだけど
    根っこの部分ではココロで感じなくても本能的に
    相手を思う行動をとってしまう、多田と行天の関係を
    もっとたくさん見ていけたらいいなぁと思いました。続きも楽しみ。

  • 第135回直木賞受賞作。東京のはずれに位置する架空の都市まほろ市を舞台に、便利屋を営む多田啓介と高校時代の同級生にして居候にして疫病神の行天春彦が様々なキナ臭い依頼を解決していく、どこか切ない連作集です。大きな賞をとったということもあって賛否両論あるみたいですが、個人的にはかなりハマった作品です。というのも自分自身ボクサーの傍ら引越し屋で働いているので、便利屋稼業の辛さや切なさをリアルに肌で感じることができたし、物語の根底に流れる『深い暗闇に潜った魂が再び救われるのか』を描いたテーマそのものも自分の胸には痛いくらいに響いてきました。そんな深く重いテーマをうっとおしく感じさせずに、サクサクと読み進められるのは何より三浦しをんの実力であると思うし(惹き付けられる台詞が多々あった)、似たような空虚を抱えながらも全く性格の違う多田と行天を筆頭に、曽根田のばあちゃん、被害妄想気味の岡老人、孤独な小学生の由良公、心優しき娼婦のルル&ハイシー、耳にピアスを沢山付けたヤクザの星などの、なんとも魅力的なキャラ設定の賜物と言えるんじゃないかな。人生は何度だってやり直せる。すべてが元通りにはいかなくても修復することはできる。幸福はいつだってそっと、生きていれば何度だって訪れる。そう気付いた彼らの旅はまだ始まったばかり。最後まで見守っていきたいと思えたいい作品です。

  • パリ往復のTGVで読了。電子書籍って便利だ。
    ようやく読めた直木賞受賞作。

    過去の過ちや後悔を抱えて悩む多田。
    めちゃくちゃで一緒にいると疲れそうなのに、どこかほっとけない行天。

    二人のやり取りと、そこに関わる人間模様が、悲しさの中から温かな光を見つけてくれる。

    人間って簡単じゃなくて、失敗して、悩んで、怒って、笑って、そうやってでしか進めないんだろうな。
    サブを固めるキャラクターもいい味を出していて、物語を楽しく囲んでくれる。

    しかし、実写化のキャスト、瑛太と松田龍平ってハマり過ぎだなぁ。凄い。

  •  映画化された作品でこの作品を知った。瑛太と松田龍平という若い主演陣に興味があり、何となく眺めるでもなく見ていたTVでこの映画が始まったところ、妻がこの原作を読んでいるらしく、身を乗り出してきたので一緒に見るに至った。予想以上に手応えを感じる作品で、なおかつ松田龍平の登場人物が魅力的だった。

     しょぼく、庶民的な、まさにどこにでもありそうな街と、少し昭和の面影すら感じさせる時代でありながら、どことなく古臭いハードボイルド映画みたいな、リズムを感じさせる映画作品であるところにも好感を得た。まるで1970年ベトナム戦争後期くらいにでも作られそうな作品だ。

     時を同じくして映画館では『舟を編む』という映画の予告編を何本も見ることになった。同じ作者三浦しをんの、やはり松田龍平を主演においた作品で、こちらは辞書を編纂する人の物語らしい。そちらは映画も原作小説も読んでいないのだが、何となくいい感じ。おまけに『まほろ…』は直木賞、『舟を…』は本屋大賞を受賞している。

     三浦しをん。ふざけた名前だ。なにせ名前に「を」の文字が使われる作家なんて聞いたこともない。おまけに「シオン」だって? 大物作家だな、と思った。ともかくこれは原作を読まねばなるまい。そう思って今さらながら、25も版を重ね、多くの読者を勝ち得てそろそろそのブームも終わりかけているのだろう時代に、ぼくはこの本を手に取るに至る。

     映画の印象が強すぎたのか、瑛太という俳優については少し小説からの印象は薄いのだが、行天という男は松田龍平以外の誰をも思い描くことができないほど、原作と俳優がぴったりフィットして感じられる原作であった。当然原作を書いていた時の作者は映画化を思い描いて執筆しているわけではないだろうし、行天という男の造形だって松田龍平という実在の俳優の有形な具体像を描いていたものではないと思う。それなのに、不思議とこの小説の中で書かれている行天は、松田龍平以外の誰をも想起させないのだ。珍しい現象、かもしれない。

     そんなわけでこの小説は、行天という男の造形がすべて、であると言っていい。あるひ便利屋を営む多田という主人公のもとに、大して親しかったわけでもない行天という高校時代のクラスメイトが転がり込んでくる。仰天は高校時代を通して誰とも交友関係がないばかりか、会話を交わしたことさえない変わり者であったし、その後言葉を口にするようになり図々しいほどに多田に依存する、成長した行天であれ、まだまだ十分に変人極まりない存在だ。

     しかしその奇人変人が、多田という男の日常に、いろいろな影響を与え始める。多田も、登場人物たちも、埋もれていた記憶や解決のつかないまま眼をつぶっていた宿題の数々を、現在のまほろ市(とんでもない地名を考え出すものだ)に引きずり出して、料理を始める。大人の庶民小説であり、手法はハードボイルドである。男と男のデスマッチや距離感、その中にたまに電光のように走る人間的優しさ、などから、ぼくは三浦しをんを男の作家だとばかり思い込んでいたのだが、最近になって女流作家と知った。男の世界を透視する女性の眼力の鋭さに、まさに恐れ入った一冊である。

  • 何かを喪失し、また何かが欠落している人間たちの物語。
    その心の欠けた部分や過去の苦しみを多くの者は直視しようとせず、かと言って捨て切ることもできぬまま日々暮らして行く。そんな心の「欠け」を主人公の多田が、行天が、浮き彫りにしてゆく。

    この物語の素晴らしいところは浮き彫りになった心の「欠け」に対し、主人公が救済になり切れていないところにあると思う。

    親からの愛情を感じられない小学生に対して自らが望む形の愛を両親から受けることは今後も無いだろうと言うシーンがある。ここからは何でも屋を営む多田であっても人々の心まで動かすことは出来ない、という皮肉めいたメッセージを感じる。

    そして自らが抱える心の闇や行天を傷つけた忌まわしい過去に対しても、何でも屋・多田はどこまでも無力だ。

    それでも、多田は生きていく。
    生まれ育ったまほろ市で。
    毎日依頼をこなしながら。

  • 最後の3行に、この物語のテーマが凝縮されている。

    =======
    幸福は再生する、と。
    形を変え、さまざまな姿で、それを求めるひとたちのところへ何度でも、そっと訪れてくるのだ。
    =======

    失ったもの、切り離されてしまったもの、最初から得られていなかったもの。
    それらすべてを、主人公の2人をはじめとする登場人物みんなが、物語の舞台である「まほろ市」で手に入れていくお話でした。

    全体を包むあたたかな雰囲気と、事件のたびのドタバタ感が絶妙に混ざりあっていたなあと。このトーンはかなり好き。

  • 【第135回直木賞受賞作】
    既に続編にあたる「まほろ駅前番外地」を先に読んでいるのですが(続編とは知らず、間違えて)、本編の方は格段に面白く感じました。テレビドラマで見ているキャストがすごくはまっていることも後押しして、余計に内容に深みを感じました。
    番外地を読んでいて、イマイチ、ピンと来なかったようなところが本書を読むことできれいにつなぎ合わされたのも良かったです。久しぶりに小説を読んで、大変満足でした。

  • これほど人の心を優しく撫でくすぐる小説を私は知らない。多田と行天は正反対の性格のようで実は似ている。それは二人とも家族のいない独り身であり、過去に深い傷を負った経験に起因する。その傷が完全に元に戻ることはないが、傷は修復され、新たな物語が動き出す。人は誰しも、奥底に悲しみを抱きながら生きているものだ。だから、誰かに触れたくなる。触れて愛したいと切望する。全てはそこから、また始まってゆくんだろう。

  • 日常の延長線上にある非日常を楽しめる作品でした。

    登場人物が、どこかにこういう人っているんだろうなって思えるけれど、個性豊か。
    それぞれがこの本に出てくるまでの人生をちゃんと歩んできている、ということが文からにじみ出ている。
    それが人物達の厚みになっています。
    逆に浅さにも感じられるのですが。
    この本以降も彼らの人生が続くことが何となくわかります。
    ここがこの作品のリアルさだと思います。

    多田と行天だから、こんなにも日常が非日常になってしまうのでしょう。
    二人組って恐ろしい。

  • この小説の登場人物である、冷静沈着な性格の「多田」と、飄々としていて気まぐれな性格の「行天」との、意外性を持ったやりとりと、事件性を持った展開が何とも面白い。


    大人になって年を重ねれば重ねるほど、人それぞれの心の奥底には何らかの荷物を背負っていて、それを気にしつつ忘れようとしつつ毎日を生きているのかもしれない。そう、この小説に出てくる多くの登場人物のように。


    そんな私も、一風変わった便利屋である「まほろ駅前多田便利軒」に、自分自身の過去と未来を託して、ちょっと依頼をしてみたくなった。

  • 「探偵bar」が公開になり、即続編が決まったとき、某評論家の方が、
    「続編にするならこっち(=まほろ)のほうがいい」みたいなことが書いてあって、確かに龍平も瑛太も間違いないし(「アヒルと鴨の~」ではたいへんに驚いたのが記憶に新しい」、そういえば三浦しをんて読んだことないし・・・くらいに思っていたら、この度2012年本屋大賞を受賞されたり、もっというと昨年大いに楽しませてもらった「モテキ」監督大根さんが来年これをドラマにするという。これはもう今読まなくていつ読む?!みたいなタイミングで、とうとう初三浦しをんである。いまさら・・・と思われるのかもしれないが、わたしには今来ました。
    実のところつい最近まで三崎亜記と勘違いしていた。
    このタイミングでさらに知って驚いたのだが、三崎亜記て男性なんだ!!
    余談だが三崎亜記は通り過ぎてるな。となり町戦争。

    ともあれ昨晩読了したこの作品。
    折りしも本屋大賞を受賞した時だったので、著者ご本人の動く映像をワイドショーでタイムリーに拝見したが、年代も一緒だし、ちょっとおもろーな人だなという印象が先に入ってしまったのだが(趣味:妄想て言ってた。(笑)

    文章が、例えて言うならのどごしのいいお蕎麦を食べたような、
    するするっと読めるのに、構成や登場人物それぞれに深い味わいがあり、
    なるほどこれはおもしろいと思いました。
    とりわけこの作品がそうなのか。
    そういえばこれ、なにげに直木賞も獲ってたんだ。

    本当にうまいと思う作品て、ほんとにするするっと読める。
    この作品がそれをまた教えてくれたと思う。

    行ったことはもちろんない、モデルになった駅前の風景の描写とか、
    その街の空気みたいなものまで、文章だけで伝わってくるし、
    確かにこの主人公は瑛太と龍平がぴったりくる。てかきた。
    ドラマの兼ね合いもあるけど、これは続編も読まねば。

  •  多田と行天。ともにスネに傷もつ身。ともに孤独。しかし、二人は得るんだな、今までとは違う幸福を。

     いつまでも、いつまでも、二人は便利屋でいて欲しい。そして、いろんな人と出会って、多田と行天の幸せはもちろん、周囲の人の幸せも再生して言って欲しいと願う。
     私の、かつてなくした幸せも、いつか、きっと、形を変えて、私の目の前に知らず知らずに現れているものなんだろう。
     この二人に出会えてよかったと、純粋に思えた。

  • 三浦しおんの著書はまだ数冊しか呼んでいないけれど、社会ではみ出したようなハンパなダメ人間ばっかが主人公で好き。自分もそうだから。この作品もそうだ。ダメ人間ばっかだけど、ちゃんと中身は性善説で意外にちゃんとしてる。で、向かう先にはなんとなく仄明るい光っぽいものが見えるんだ。成功でもハッピーエンドでもないけど、きっとうまく行きそうな予感がして、読み終わった時には清々しさと期待感が残る。この余韻がいいんだ。クセになる(笑)

  • 番外地からの便利軒。順番が逆になったけど、アナザーストーリーを先に読んでからだと、違った楽しみ方になると思った。
    幹はこちらなので、2人の過去とか心に潜んだ暗い部分とかが細やかに描写されていて共感できるところもたくさんあった。
    ところどころに出現するシンプルな幸せに心が温まります。

  • 便利屋の多田と友人の行天。
    彼らに雑用のような依頼を持ち込む人々、娼婦、あぶない薬を捌くお兄さん。
    まほろ市は今日も危険がいっぱい。

    依頼をこなすなかで、見えてくる多田と行天の過去。

    ハードボイルドでクソカッコイイ世界観。

    -------------------------------------------------------

    ドラマ『俺たちの旅 』やアニメ『カウボーイビバップ』を思い出しながら読んだ。
    共同生活しながら、依頼というか仕事いうかそういうものをこなしていく生活。
    ハードボイルド的でかっこいいと心底思う反面、自分にはできないとちゃんとわかる。一緒に生活しながら仕事なんてケンカしまくっちゃう。できないからこその憧れなんだと思う。

    誰かに使われるわけじゃなくて、自分のルールにだけ従って生活するかっこよさはルパンに似てるのかもしれない。
    弱者の味方で、悪者の力には屈しない。でも、マヌケな失敗をちょこちょこして愛さずにはいられない。
    そんなルパンのような、往年のハードボイルド作品のような、かっこよさがこの作品にはある。

    続編も読もう。映画も観よう。

  • でこぼこコンビが織り成すどだばたコメディ!
    うーんマンガ好きにはたまらん。
    特に行天のキャラクターはたまらんと思います。

    行天が松田龍平ってのはぴったり過ぎる。うーんたまらん。

  • 前に映画を見たし、今ドラマもやっているので、
    当然?、瑛太と松田龍平で脳内再生される。

    三浦しをんさんの作品は初めてだったけど、
    文章がスーッと入ってきてとても読みやすかった。
    優しく深く軽い。

    以下引用。
    -----------------
    「黙っていれば、相手は自分にとって都合のいい理由を、勝手に想像してくれるのにさ」
    「女性の心理を、よくご存じで」
    (中略)
    「女を知ってるわけじゃない。関係がうまくいかないときの、人間の心理をよく知ってるんだ」

    --------------------

    不思議だった。どうしてかつては、ためらいなくだれかと抱き合えたのか。つながり重なることで満たされ、相手を知ることができたと信じられたのか。
    たしかに体得したはずの異国の言語が、長く使わないうちにいつのまにか、ついに自分のなかから失われてしまうように。己れのどこをどう探ろうとも、多田はもう、以前のような熱情と希望を見つけられなかった。

    --------------------

    だが、欠落を見抜けなくてもしかたがない。彼女は小学生なのだから。失望と悲しみを味わったとしても、まだむなしさを知らない年なのだから。

    -------------------


    「死んだら全部終わりだからな」
    「生きてればやり直せるって言いたいの?」
    由良は馬鹿にしたような笑みを浮かべてみせた。
    「いや。やり直せることなんかほとんどない」
    多田は目を伏せた。行天が後ろで冷たい部分を抱え、自分たちを眺めているのを感じた。多田はまた視線を上げ、由良をまっすぐに見据えた。
    「いくら期待をしても、おまえの親が、おまえの望む形で愛してくれることはないだろう」
    「そうだろうね」
    由良はドアを開けて家に入ろうとした。
    「聞けよ、由良」
    多田はその手をつかみとめた。「だけど、まただれかを愛するチャンスはある。与えられなかったものを、今度はちゃんと望んだ形で、おまえは新しくだれかに与えることができるんだ。そのチャンスは残されている」

    --------------------

    「はるのおかげで、私たちははじめて知ることができました。愛情というのは与えるものではなく、愛したいと感じる気持ちを、相手からもらうことをいうのだと」
    多田にはなにも言えなかった。かつてたしかに、同じ気持ちを感じたことがあるような気もしたし、それはまったくの幻だったような気もした。

    --------------------

    放っておいてほしい、とハイシーは思う。二十分二千円。それがハイシーの値段であるのと同じように、ハイシーにとっての男の価値だということに、なぜ気づこうとしないのか不思議だ。

    -------------------

    清海は笑う。「でもいいね、友だちと暮らして、一緒に仕事するなんて」
    ちっともよくない。しかも行天はべつに友だちってわけじゃない。心で反論した多田は、「そうか、この子にとっての人間関係は、まだ言葉で規定できるものばかりなんだな」と気づいた。大人になると、友だちでも知りあいでもない、微妙な距離のつきあいが増える。ふつうだったら、行天は「仕事仲間」に分類されるのかもしれないが、行天はふつうじゃないので、それもピンとこなかった。

    -------------------

    「会った日の夜に、どうして本当のことを言う気になったのか、って聞いたでしょ?たぶん、便利屋さんたちが本気だったからだよ。本気で、私の話を聞こうとしてたから」

    -------------------

    いろいろ反論したいことはあったが、多田もおとなしく自分のベッドに入った。一年近くに... 続きを読む

  • おもしろかった。幸福は再生する。だから怖がってはいけない。不幸だけど満足ってことはあっても、後悔しながら幸福だということはないと思う。行天は無茶苦茶なやつだけれどきっと今に満足している。だから本著の後味がいいのだ。

  • 直木賞受賞作品。

    まほろ駅前(架空の街)で便利屋を営む主人公:多田。
    ひょうんな事ことからその便利屋へ居座ることになった友人?:謎多き行天。
    この二人を中心に依頼人達との現実にありそうな、
    でもなんだか不思議な空間での出来事が描かれた物語です。

    三浦しをんさんの他作品を読んだことはないが、
    文体がこの不思議さを生み出しているのかもしれない。
    あとは登場人物の魅力。

    「不幸だけど満足ってことはあっても、
     後悔しながら幸福だということはない。」

    ・・・今の私には敏感に同意できる一文。
    本当にそうだと思う。
    だからこの本の登場人物のように、
    間違ってしまっても失ってしまっても、
    前進することが大事。生きているんだから

全1874件中 1 - 25件を表示

まほろ駅前多田便利軒 (文春文庫)に関連するまとめ

まほろ駅前多田便利軒 (文春文庫)を本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

まほろ駅前多田便利軒 (文春文庫)を本棚に「読み終わった」で登録しているひと

まほろ駅前多田便利軒 (文春文庫)の作品紹介

まほろ市は東京のはずれに位置する都南西部最大の町。駅前で便利屋を営む多田啓介のもとに高校時代の同級生・行天春彦がころがりこんだ。ペットあずかりに塾の送迎、納屋の整理etc.-ありふれた依頼のはずがこのコンビにかかると何故かきな臭い状況に。多田・行天の魅力全開の第135回直木賞受賞作。

まほろ駅前多田便利軒 (文春文庫)のKindle版

まほろ駅前多田便利軒 (文春文庫)の単行本

ツイートする