中上健次の生涯 エレクトラ (文春文庫 た 79-1)

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  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (463ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167773908

作品紹介・あらすじ

和歌山県の"路地"と呼ばれる被差別部落に私生児として生まれた中上健次。彼はいかなる宿命を背負い、作家となったのか。肉親、同級生、新宿の荒くれ時代の仲間、担当編集者などへの取材を通して、中上健次という作家の「核」を説得力のある言葉であぶりだす。現代文学の巨人の生と死を渾身の筆で描いた傑作評伝。

感想・レビュー・書評

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  • 中上健次という作家の魅力は幾つもある。土着的な世界を1つの神話として現代に構築したその想像力、独特の文体、魅力的な人物造形・・・。しかし、その中でも最も僕を惹き付けるのは、やはり彼が自らの「血」の問題を徹底的に考え抜いて、小説の世界に昇華させた点である。

    全ての芸術は完成した途端に作家の手を否応無しに離れていくことを考えれば、その作者の生涯と作品自体には何の関係もないと言える。にも関わらず中上健次の半生を追い、なぜ作家となったのかという点を描いた本書は、単なる伝記批評の枠に留まっていない。それは中上健次という作家の作品が、「路地」と呼ばれる被差別部落出身であり、「路地」を1つの可能性の中心として見ていたこと、そして、本書の著者である高山文彦がその「路地」の緻密な取材に基づき、中上健次という作家の核を描くことに成功したことにある。


    これを読んで、親友の柄谷行人による彼の追悼文を読み返した。本書でも何度か泣いてしまったが、この追悼文でまた泣きたくなった。中上健次とは僕にとってそういう作家である。

    「そもそも中上健次以上に「文学」を信じている奴はいなかった。私は、中上がいるから「文学」とつながっていたのだ。その逆ではない。ニューヨーク・タイムズで彼の死を知ったポール・アンドラが今日、中上はほとんど重力の無い環境に重力をもたらした、という手紙をファックスで送ってきた。その通りだ。私は今、重力の喪失を感じる。」
    (柄谷行人 『坂口安吾と中上健次』pp196より引用)

  • 中上健次は気になる作家の一人だが、なぜかこれまでその作品に触れたことがなかった。
    苦手な純文学、芥川賞作家、難解な表現、更に作家から匂う暴力的な風貌が自分の中で危険信号となって増幅し、
    触れてはいけないイメージと重なって、ずっと敬遠していたのかもしれない。
    中上の生涯を描いた高山文彦『エレクトラ』は、このところの出張の友として鞄に入れていた。
    作者は被差別部落で生まれ育った中上の少年時代から、作家として認められていく過程をあますことなく綴っていく。
    46歳で逝く晩年では、中上が故郷・新宮の路地にこだわる心境を見事に分解、分析してみせる。
    この手法は出世作となった『火花~北条民雄の生涯』で確立した、執拗なまでの取材が基盤となっている。
    これまで中上作品を読んだことがない僕にも、すぐに手に取ってみたくなる魅力的な表現があふれているのだ。
    あまたのノンフィクション作家がいるが、高山文彦は自分の中では格別の存在として位置づけたくなった。

  • 二十歳代によく読んだ中上健次の評伝。

  • 中上健次は昭和を代表する作家です。
    「岬」とか「枯木灘」なんかは読んでて
    血がたぎるというかすごい小説です。
    ずいぶん前になりますが、初めて読んだときは
    どえらいものを読み始めっちゃったぞって感じでした。
    はっきりいって面白いとかではないんですが、
    むせかえるような、圧迫されるような異様な迫力があるんですね。
    読みたくなくても、なぜか引っ張り込まれちゃう吸引力がある。
    その迫力と吸引力の正体はどこからやってきたのか?
    というのがこの評伝を読んでみると、少しわかった気がしました。
    この評伝によれば上記の二冊を始めとする
    熊野サーガと呼ばれる作品群の中で描かれているエピソード
    被差別部落で生まれ、複雑な血縁関係の中で育った日々、若くして自死した兄などの話。
    これらはほとんど中上自身の人生で実際に起こったことなんですね。
    中上自らは故郷を出て上京するわけですが、
    物語として描かれる熊野サーガの中では
    もしも自分がそのまま地元に居続けたらどうなるか?
    というパラレルワールド的世界を描いていたんですね。
    そしてその物語内で中上の分身である秋幸は悲劇的な事件を起こしてしまうわけですが。
    もちろんその事件を起こしてしまう元となる感情は
    中上自身の頭の中にあったんでしょうね。
    まぁそのあたりの作品自体のことはまた別の機会に考えたいとして
    この評伝で興味深いなぁと思ったのは、中上がデビューする際の
    編集者とのやりとりも取材してあって書かれていることなんですよ。
    書き始めたばかりの中上が書いてきた原稿をある編集者が
    書かれているテーマの重要性を認めつつ
    今の中上の力量ではまだ世に出すべきではない、
    このテーマはもっと力をつけた上で改めて書くべきだ、と突っ返すんですね。
    なんか、そのあたりの部分を読んでて思ったのは、
    そこにはビジネスとしての文筆であるとか
    芸術でございみたいなものを
    はるかに超えたところでの切実なやりとりだったのだらうなぁ、
    みたいな迫力も感じちゃいましたね。
    もちろんビジネスとしての文筆を否定するという意味ではないのですが、
    それを超えて、これを書かなくてないけないという作家と、
    それを売れようが売れまいが世に出さなくてはならないと感じる編集者の
    心意気というんでしょうか、また別の見方をすれば、
    そんな仕事をすることができる、または出版社としてもさせることができる
    時代でもあったのかな?なんてことも思えます。

  • 「枯木灘」(中上健次著)を読んで、この壮絶な小説を自分の家族をモデルに書いた作者はどんな人生を…?と興味が湧いて、読んでみました。
    作者が非常に丹念に、中上健次が枯木灘を生み出すまでの日々を調べ、交流のあった人や地域を訪ねながら記した
    ドキュメンタリーのような小説。ひょっとすると小説以上に?壮絶な一生でした。

  • 若い時に「枯木灘」(大傑作)を読んで心底たまげて、その熱量に圧倒された。中上健次。被差別部落に生まれ、三人の父を持ち、兄は自殺。酒を飲んでは暴力を振るうことでも有名。借金をしつつ、故郷熊野に尽くした。小説家としての業を背負った私小説的物語作家であり、いわば村上春樹の対極的存在である。

    本書は、そんな中上健次の生涯を、中上健次を支えた人達に対する丹念な取材と小説の読み込みで、愛情を込めて、丁寧に描写する。若い頃のジャズバーでの放浪時代、結婚や子との関係は本書ではじめて知った。その大きな体に抱える、論理性を凌駕する、熱量と攻撃性と優しさと甘えと矛盾。やはり、中上健次は、心をざわつかせる小説家であることを改めて認識した。なお、著者の力点の置き方から察せられることだが、「枯木灘」と「紀州 木の国・根の国物語」が中上健次の頂点だとの点には全く同感である(だからこそ、その後が痛々しいのだが・・・)

    直近の村上春樹のロングインタビュー(MONKEY所収)にあったが、若い時に、中上健次と対談をしたことがあったとのこと。両局にある両者の対談。読みたい・・・。何が語られていたんだろう?いずれにせよ、あれも文学、これも文学。面白い。

  • 中上健次ほど、「いとおしさ」を背後に秘めた作家はいない。
    出生の秘密、作家としての立身、路地の現在状況、などなどが渾然一体となって中上の豊穣な文学を作り出しているのだということがわかる。
    そして新宿の生活、永山則夫への過剰とも見える共感。
    すべてが彼の文学的資産になった。

    そしてさらに、小説だけでなく、韓国文学の紹介者、義父七郎との対立ともなる部落解放運動など、
    行動者としての側面もしっかり描かれている点は勉強になった。

    作家がスターである時代は、三島の死によって終焉したが、
    中上は間違いなくその資格をもっていた。
    私小説がまだ有効であった時代の波を受けて、彼なりの翻案が生きる。
    (車谷長吉の私小説はまがいものである……褒め言葉です)

    読んでいて何度も涙腺を刺激された。
    評伝の傑作。
    中上のテキストを丁寧に読み込んでいるのが、またよい。

  • 深い。厚い。広い。

  • ふきこぼれるように存在したひとだと思っていたが、すこし印象が変わった。

  • すべてを晒し、中上はそれが糧となるが、仲間にとっては当面の苦痛しか残らない。悩ましい。

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著者プロフィール

1958年、宮崎県高千穂町生まれ。法政大学文学部中退。2000年、『火花―北条民雄の生涯』(飛鳥新社、2000年)で、第22回講談社ノンフィクション賞、第31回大宅壮一ノンフィクション賞を同時受賞。著書に『水平記―松本治一郎と部落解放運動の100年』(新潮社、2005年)、『父を葬(おく)る』(幻戯書房、2009年)、『どん底―部落差別自作自演事件』(小学館、2012年)、『宿命の子―笹川一族の神話』(小学館、2014年)、『ふたり―皇后美智子と石牟礼道子』(講談社、2015年)など。

「2016年 『生き抜け、その日のために』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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