株式会社という病 (文春文庫)

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著者 : 平川克美
  • 文藝春秋 (2011年10月7日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (269ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167801557

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株式会社という病 (文春文庫)の感想・レビュー・書評

  • 電通残業自殺問題が最近の大きな話題である。みなさんご存知の通り、残業が続いたため若手女性社員が自殺してしまったという事件である。

    まだ社会経験も少ない若手女性社員を自殺まで追い込む電通という会社組織に大きな問題があることは間違いないのだが、この事件の本質と問題点はどこにあるのだろうか。

    それを解くカギは、「会社とはいったいなんなのか」と「会社というものに対するわれわれの抱く幻想」にある。

    結局のところ会社というのは利潤追求の組織。それ以上でも、それ以下でもない。しかしながら、人がつくったはずのこの会社という組織が、あたかもモンスターのように人を支配し、社会に影響を与え、もはやその暴走を人がとめられなくなりつつある。

    そして、"会社から給料をもらってるんだから"と思考停止してしまった幹部たち。

    この本は、会社というものの本質、そしてわれわれはそれを自覚したうえで会社というものと付き合っていかなければならないこと、を教えてくれる。

    若きビジネスマンたち、これから社会に出ようとする就活中の学生たちに一読おすすめしたい。

    そして、若き命を絶ってしまった女性社員のご冥福をお祈りしたい。

    【このひと言】
    〇株式会社というシステムが、その内に病を抱え込んでいるとするならば、それは人間の病でもあるわけである。

  • 株式会社のやり方だけで全てがうまくいくと思うのは変だ。そういうことがわからなくなってる。

  • 株式会社について触れている間は良かったが、
    4章あたりから論を広げ、そこからは議論がぼやけたあやふやな感が否めない。株式会社という存在を考察するためには人間の本性を探らなければいけないという著者の言う文学的な姿勢は正しそうだが、十分に処理しきれていないようだ。

    とはいえ不祥事の原因などを株式会社の歴史、性質をかいつまみながら説明しているところは興味深い。

  • 株式会社を学校現場と読み換えても、共通するところが多々あった。
    多くの人に読まれるべき著作と思う。

  • 平川克美さん『株式会社という病』(文春文庫版)読了。

    株式会社に勤めているにも関わらず、
    ここまで深く株式会社について考えたことがありませんでした。
    まずは、文庫版の冒頭15ページの、
    文庫版のためのまえがきを読んだだけで、
    筆者の平川さんの苦悩、そして私自身の内に静かに増え続けている
    苦悩の存在に気が付かされました。
    その苦悩は、株式会社が生まれながらに内在している病が原因の一つでした。

    ≪会社という法人格をもった存在は、ひとつの考え方をもっており、それは私たち個人個人の考え方を集合したものでもないし、代表しているわけでもない。「会社の命令」という言葉があるが、それを発しているのは社長でも、人事部でもない、まぎれもない「会社」という仮構された人格なのである。≫

    ≪確かに、会社は利益のための機関である。しかし、そこで働いているのは生身の人間であり、人間は必ずしも功利性だけで生きているわけではない。いや、功利的な人間と、利他的な人間の二種類の人間がいるのだとすれば、集団を二分すればよいだけだ。だが、そんな人間というものは世界中のどこにも存在していない。ひとりの人間とは、功利性に強く惹かれながらも、功利性だけでは生きられない一見矛盾した生き物であるのだ。だからこそ、会社には悲劇が生まれ、時にひとは喜劇的な行動を余儀なくされる。≫

    ≪「触れてはいけない部分」とは曖昧な言い方であるが、判りやすく言えば本来商品でないものを、お金の威力によって売り買いするということである。お金とは本来、商品の前では万能であるが、もともと商品でない人間の精神的な領域、つまりは矜持、義理や人情、友愛や意地の前では無力であるべきなのだ。≫

    ≪以前は、機関投資家の運用の場であった株式市場には、インターネットの普及も手伝って、個人が参入し、株価に一喜一憂するようになっていった。そこで売買されるのは株式会社の株式である。株式の売買とは個人的には運用だろうが、会社から見れば、その「所有権」が売買されるということでもある。それは、株式会社というものが商品を生産する場であると同時に、自分自身が商品になったということを意味している。≫

    ≪今日、CSR(=企業の社会的責任)ということが盛んに言われるようになった。コンプライアンス(=法令遵守)という言葉も企業の中に定着してきている。しかし、CSRといい、コンプライアンスといい、それが会社の課題となるには、会社が利益を出しているということが前提である。損失を出してまで、社会的責任を全うしようなどという会社は、そもそも会社設立の目的に反した事故矛盾なのである。CSRといいコンプライアンスといい、それがないよりはあったほうがいいに決まっているが、企業が持つ本質的な病を解決することにはならない。≫

    ページをめくるたびに、ヒントが一杯でした。
    経営や経済の分野に強い方にとって本書がどのように映るのかは分からないのですが、
    素人の私にとっては極めて有益な一冊でした。
    これ、また読み返さないといけないほんやわ。

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    会社が不正を犯すすべての因子は、会社そのものの性格の中に潜んでいる――繰り返される企業不祥事。その原因は経営者にあるのではなく、株式会社というシステムそのものにある。欲望という病を抱えた成り立ちから限界まで、その本質を思考した画期的な書。「文庫版のためのまえがき――株式会社と原発事故」を収録。
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  • 読んで登録忘れ

  • 内田樹さんの本によく出てくるのでいずれ読みたいと思っていてやっと読んだ。
    こういう本に出会えるから読書はやめられない。
    頭がいいというか、複眼的に思考できるとはこういう人のことを言うのだと思った。
    現時点で絶対かなわない。その敗北感が心地よい。
    単に感情的にぶった切るのではなく、論理的に解説するのでもなく、否定するのでもなく、違和感や直感という物を大切にしながら、ファクトベースで思考されている。
    その解説が圧倒的にわかりやすい。
    思考トレーニングにもなる。

  • 資本主義至上主義に一石を投じる。

  • 就活の時に読んでおきたかった一冊という言葉を見て読んでみた。思想的(哲学的?)な話も絡んできとって、全部理解できたとは思えんかったけど、これから先、期間をあけながら何度も読み返す事で消化できていくんやろうな、と思った。

  • 経済本かと思いきや、やはり平川さん、思想の話になっちゃいました。


    「神の見えざる手」〜フリードマンが提唱する自由主義経済は、しかしアダム・スミスが「国富論」で唱えた理想の社会とは異なっている。

    株式会社というものが構造上人間の欲望を増幅させるものであり、(お金以外の)人間の幸福とは乖離するものであると知る必要がある。

    会社価値と株主価値とは異なるものである。

    なぜ個人は会社のために法をも犯すのか。

    なぜものづくりよりも「カネでカネを売買する」金融のほうがはるかに儲かるのか。

    そんなことについて深く考えさせられる。

    そして筆者は単純な二項対立を厳しく戒める。どっちが正しいか、という幼稚な議論がおそらく社会を悪い方向に進めていくのだ。

    この本が書かれた2007年より、確実に事態は悪化しているように見えるが、若い人たちを中心に行きすぎた経済偏重主義に疑問を持つ人間は確実に増えていると思う。その声を拾い上げて行きたいと思う。

  • 株式会社という病・病とはそれをつくり出す(醸し出す?)ものの中に内包している。善悪ではなく、それはどういうものなのかに対して冷静にそして普通のビジネス書では触れない側面から捉えようとする。直接間接を問わず、株式会社という病にわれわれは「epidemos」している。その表層だけ捉えて美しい、美しくないと言うのは問題を捉え違えているのではないか、と再三平川氏は疑問を投げかける。それは光の差す範囲と方向を見すえる目を失った盲目のゴルギアスか。株式会社の存在を再見する興味深い著書。

  • この本で指摘されている、企業の論理を適用すべきでない領域にまで適用しようとする傾向というのは自己評価の低い人や鬱傾向の人を多く生み出しているのではないかと思った。生産性の低い従業員はリストラすべきで、劣った企業は市場から退場すべきだという論理はたやすく自分自身を襲う。そんなとき、企業の論理を内面化しすぎて個人の論理と区別が付かなくなっていれば、反論することができずに自己否定に向かう。そんな絶望、する必要ないのに!

  • 「株式会社という病、それは欲望の異名。」(p 142)
    会社「の」病ではなく、会社「という」病。この洞察力が平川さん。
    企業による不祥事は、悪い社員や悪い経営者によってたまたま起きたと考えるのではなく、会社の本質として内在していた何かの出現と考える方がよい、と言う。
    中の人(株式会社の現役経営者)だけど外の視点を持つ人が、ゆっくり噛みしめるように検討してキラッと光る言葉を置いていく。
    「ビジネスの本質は交換」「知識を積み重ねても知性にはならない」など。
    『国家の品格』にも、『ウェブ進化論』にも、釈然としないものを考じるというその感性もいい。論理はなるほどと思うが感情が嫌がる、といいその理由を掘り下げる。そして、前者には他者への敬意が欠けていることを、後者には知というものを量で測ろうとする姿勢があることを指摘する。なるほど。
    ただし、堅くて読みにくい文体。この本に限らずブログでもエッセイでも共著でもいつも同じことを感じる。取っ付きにくくて閉口する。

  • 私事ながら今日、新入社員の分際で会社の上司と衝突した。詳しいことは書かない。

    このとき、うちの会社の実態は全体主義と管理主義を思考停止で隠しているものの、異物が現れたときの矯正処置の徹底さは異常であることがよくわかった。恐ろしさすら感じる。

    この本読んだのは、2週間前なのだが、「会社は個人を平気で裏切ることは覚えておくべき」ということが書かれていたのを思い出した。

  • 株式会社というシステムの内包する矛盾を自覚する事の大切さ。

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株式会社という病 (文春文庫)の作品紹介

会社が不正を犯すすべての因子は、会社そのものの性格の中に潜んでいる-繰り返される企業不祥事。その原因は経営者にあるのではなく、株式会社というシステムそのものにある。欲望という病を抱えた成り立ちから限界まで、その本質を思考した画期的な書。「文庫版のためのまえがき-株式会社と原発事故」を収録。

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