茗荷谷の猫 (文春文庫)

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著者 : 木内昇
  • 文藝春秋 (2011年9月2日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167820015

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茗荷谷の猫 (文春文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 江戸時代から昭和にかけて、地名で言えば現在の文京区台東区豊島区当たりの市井の人々を書いた連作短編。それぞれの短編には地名が振られている。

    それぞれの短編の主人公たちは”何か”を見つけている。

     武士の身分を捨て新たな桜の品種の掛け合わせに没頭する植木職人と妻とのすれ違い/「染井の桜」

     気鬱の人を幸せな気分にする黒焼きの研究のために隠遁する男/「黒焼道話」

     夫との死別の後、自分も絵も変わった女性と彼女の家に住みついた猫の家族とそして別の何か/「茗荷谷の猫」

     東京に出てきたばかりの男が関わることになった奇人の作家/「中之町の大入道」

     人と関わりたくないということに全神経を使い、断ることさえ面倒臭がるためにどんどん苦境に陥る男/「隠れる」

     浪曲への道を諦めた映画館支配人と、映画監督への夢への輝きに満ちた青年と、戦争/「庄助さん」

     戦争を生き延びたが、家族を失い闇市で生きる男たちの話/「ぽけっとの、深く」

     上京した娘が、憧れだった母との再会で生じた違和感/「てのひら」

     憧れの家での生活を夢想する男の日常/「スペインタイルの家」

    登場人物たちは直接の知り合いではないが、前の話の人物が次の話で「その後」が語られたり、人はそれぞれの人生を生きていると感じさせられる。

    しかしどうもすっきりしないところもある。
    こういう「登場人物は知らないけれど、読者(または視聴者)には示される真実」の書き方にしては、すべてが明らかになるわけでなく、謎のままだったり想像のしようも無かったりというところも。
    さらにどうもすっきりしないのは、登場人物たちが悩みや孤独がコミュニケーションの薄さのせいで起こっていることか。
    きっと分かっているだろうと思って言わない、言っても分からないだろうと言わない、こういうことを言ったら嫌がるだろうと言わない、察してほしいから言わない…これで結局孤独に陥り、読者にだけ心が示されてもちょっとすっきりしない。

  • どうでも良い、負け組負け犬の米粒のような市井の人のお話です。ビジネス本的な。成功成果主義な物差しでは。
    これを読んだからと言って、成功には一歩も近づかないし、具体に役に立つこともありません。
    努力に向けて拍車がかかる訳でもありません。
    大変に素晴らしい小説でした。僕は大好きです。

    実はこれも<ゆるい読書会>の課題図書。
    僕自身は全く予備知識なしの、ノーマーク。
    恐れ入りました。脱帽、圧巻ですね。こんな素敵な小説があるのを知らなかったななんて。
    というか、こんな素敵な小説と、同時代の小説家さんを発見できたのが、嬉しいですね。
    (って…もう十分にメジャーな作家さんなんですが。たまたま僕がここまで食わず嫌いで)

    なんとも説明の難しい、連作短編小説。
    共通点は、「東京が舞台」ということと、それぞれの短編が微妙に時代をずらしながら、微妙に登場人物がカブっていく、ということですね。
    そしてあとは、有名人も出てきますが(内田百閒さんとか)、基本は無名な市井の人が主人公。
    誰も、そんなに栄光ある人生を歩みません。
    時代に翻弄されたり、不幸になったり。儚い夢を追ったり、淡々と暮らしているだけです。
    そんな中に貫きとおる、ため息みたいな哀感というか。
    もののあはれと言いますか。
    不幸やちょっとした偶然や皮肉、敗北の味や叶わなかった夢や希望の香り。
    それがふっと。花の匂いに感じる縁側の夕暮れ時。みたいな小説ですね。我ながら、伝わらなさそうですね。ごめんなさい。

    備忘録。
    ①染井の桜
     江戸時代。桜の配合に全てを掛けた、植木職人。妻に見捨てられ、色々なものを失いながら、無名を貫いて、染井吉野を作った。傑作。

    ②黒焼道話
     いもりなどを、焼いて、粉にして売る。黒焼きに魅せられて、黒焼きの開発に全てを掛けて、そして報われずに終わる男のオハナシ。
     これまた、異様な迫力と切なさで美しい一篇。

    ③茗荷谷の猫
     左程売れない絵描きの女性。未亡人。なんだけど…実は夫は事故で死亡したのではなくて蒸発なのか?
     通ってくる画商の人物造形が素敵。一言もそういうことが書かれていないのだけど、恋心が香る心地よさ。大人だなあ…。

    ④中之道の大入道
     暢気な一篇。
     田舎から出てきた旋盤工見習いの若い男性が、大家に頼まれて内田百閒のところに借金の催促に行く。本など読まぬ職人と百閒先生の交流。
     作者の、近代日本文学への、沁みついたような愛情を感じて微笑ましいです。

    ⑤隠れる
     これも、凄味がありつつ暢気で壮絶な、名編だと思います。
     乱歩ばかり読みふける、高等遊民?…うーん、中等遊民かな…遺産で暮らす暢気な中年男性。
     これが、世間と外れて生きていきたいのに、偶然皮肉で近所の社会で「良い人」として思われて、構われてしまう。
     そのうざさ。
     そして、不可解不条理怪奇小説のような超絶なラスト(笑)。これ、上手く言えないけど素敵。「理研」の奥さんとの駆け落ち。

    ⑥庄助さん
     このあたりから、時代設定とともに、痛み、切れ味が増してきますね。
     十五年戦争直前の世相。どうやら③で蒸発した旦那が、今は映画館の館主。
     通い詰める奇妙で暢気な青年、映画監督希望の「庄助さん」との交流。そして、赤紙…。

    ⑦ぽけっとの、奥深く
     メロドラマ要素で言うと、最も高い1篇。
     「火垂るの墓」の世界、戦後焼け跡闇市。戦災孤児、復員兵。
     貧しいホームレスの、今で言えば南米やアフリカのストリートチルドレンの世界。
     それぞれに当たり前に喪失体験の末にひねくれた少年たちの交流と、孤独と、ほのかな助け合い。泣けますね。

    ⑧てのひら
     戦後、30年代か。
     東京の娘、田舎の母。「東京物語」風に、老いた母を東京に迎えて東京見物させる娘。
     ところが、かつて毅然と憧れた母が、大東京ではどうにもあか抜けない…貧乏性…。
     思いあっているのにすれ違う想い、というのはよくある売り文句ですが、結局はどこかで自己愛を他者愛と誤認していることから起こるんですけどね…。
     でも、それはそれで、ニンゲン的で、切ないですね。

    ⑨スペインタイルの家
     ⑦の戦災孤児の一人が、長じて無事堅気の職人になっている。小さくつましく、妻と東京で暮らしている。
     スペインタイルの家の前を通り、自分が与えられなかった人生の機会を想う。
     なにげないモノクロ写真のような味わい。



    #####

    好みですが、やはり①②…は圧巻でした。
    ③の好きだし…⑤は工夫と曲芸にため息。
    ⑥⑦は、ある意味ストレートにグっと来るし…⑧⑨の小品ながらキラリ、というのも悪くない。
    捨て曲無しのフルアルバム、って感じです!


    …文章が、素敵です。
    文章が気が利いているんですよね。
    …みたいな、とか、まるで…だ、みたいなこととか。
    短文と長文のリズム。
    写生、説明と心情のバランス。

    パチパチ。脱帽です。

    この人の小説は、この先も愉しみに読んでいきます。
    巡り合えて幸せな同時代の小説、嬉しいものです。

  • ◆人びとはなにを考え、どのように生きたのか。この一冊を一言で表すとしたら、人が生きる物語としかいえないのかもしれない。

    ◆舞台は幕末から戦後の東京まで。各作品は時間の流れに沿いながらわずかにつながっている。その物語を全て味わったとき、時の流れが残すものや消し去ってしまうもの、そして、時の流れが浮かび上がらせるものがあるのだと気がつき、なんともいえない感動を覚えた。

    ◆この本に描かれているのは、運命や宿命といった自らの外にある強大な力と立ち向かい、自分自身の存在理由を求めながら生きた人びとなのではないか。無為のままに暮らしていた人が、はじめてなにかに惹かれ、あるいは畏怖し、懸命にそれと向かい合う。そして懸命にあがき、ときには挫折する。◆人生には、自分で選択できる部分以上に、どうしようもない部分のほうが多いように思う。人生を長く歩んできた人間は、自分はどうしようもない旅路を経てきてしまったのだ、という感覚にときおり陥るのではないか。そこに自分の人生に対する後悔があるわけではない。なぜなら、人生の道のりは必ずしも自分の意志で選択するわけではなく、生きるための成り行きでそうなったという部分が多分にあるからだ。だからこそ、本作の俊男のように「自分の人生には、別の可能性があったのではないか」と思い描いてしまうものなのかもしれない。

    ◆この本には著者からの問いかけというか、読んでいておやっと引っかかるところがたくさんあった。各作品の人物が自然を畏怖する(桜を”めっける”)点で共通していることもあれば、猫を嫌う点で共通していることもある。結局のところ、茗荷谷の猫とはなんだったのだろう。猫の住処に潜んでいた黒い物体はなんだったのだろう。各物語それ自体は、後味の悪い疑問が残るような終わりではない。けれど、読み終わっても「この文章から、まだ自分は何かを引き出せていないのではないか」と疑わざるを得ない。そんなところも、本書が「小説らしい小説」と呼ばれる”ゆえん”なのかもしれない。これはすごい本だと思った。じっくり読みたい一冊。

  • 幕末から戦後まで東京を舞台にした連作短編集。植物だったり、一軒家だったり人が馴染んでいたモノが繋がっていくのが新鮮。話の中に時折文豪たちがひょいと顔を出す。作者がいかにたくさんの書物に触れて親しんできたのかがよく分かる。『仲之町の大入道』と『隠れる』は滑稽、『庄助さん』と『てのひら』は切なくて切なくて。舞台となった東京の町、いつか訪れよう。その町の曲がり角のその先に木内さんが描いたあの人やあの家がある気がするから。幻想と現実の曖昧さをぼかし融合させる、そんな力を備えている木内さんにわたしはぞっこんです。

  • 名もない市井の人々の物語。時代が流れても、人々の営みは続くが、その名を後世に留める者も、そうでない者もある。
    いくつかの舞台になる家にしても、家は家として在り続けるだけで、それらの歴史が住まい手に受け継がれることはない。
    ご一新の代から震災、戦争を経て高度成長期まで、変わり続ける東京の片隅で生きた、庶民の暮らしは、では取るに足らないものだろうか。ひとりの人生は、時代の中ではかなく消えゆくように思えても、ひとの強いおもいは消えずに、受け継がれていく。連作の中のなかのささやかな繋がりが、それを示唆してくれるように思える。
    あっというまにその時代にタイムスリップさせられる手腕は見事で、相変わらず心地よい。

  • 連作短編集。想像以上だった!木内さんの「人」の捉え方に惹かれる。独特の余韻。人生は儚い、無常なんだなと改めて。

  • 雰囲気のあるお話で、楽しめました。
    『漂砂のうたう』のほうが、好きかな。

  • 題名に惹かれて読む。
    大学卒業後、10年ぐらい茗荷谷の4畳半1間のアパートで1人暮らしをしていたので。

    不思議な小説だなあ。

  • ・人に薦められて、そのときたまたま読む本もなかったので読んでみた。猫ものかなと思っていたがそれは良い意味で裏切られた。この本で木内昇が好きになり、他の色々も読めたので、出会えて良かった一冊。
    ・江戸~昭和の東京を舞台にした、ゆるーくつながる連作短編。繋がりかたの「露骨でなさ」が、人の世ってこういうものだよなあと思えて良い。特に1.染井吉野の登場のしかたが好き。作り手の望んだ通りにこの桜は東京に浸透していったんだな、と。
    ・2.黒焼道話、これけっこう強烈で好き。この主人公が4.では「東京で成功した」と誤解されてるところがまた切ない。
    ・3.表題作だけど、私はあまりぐっと来ず。
    ・4.田舎から東京に出てきて旋盤工としてせっせと働いて生きていくつもりだった青年が、文学に出会ってしまい、逃走。面白い。
    ・5.人と関わりたくなくて、嫌なやつになって悪評たってほしいと思い人の嫌がることをしているのに、なぜか裏目に出て(?)感謝されたり好意を持たれたりしてしまう青年の話。これ、同じ筋書きでも、作家さんによっては、漫画っぽいタッチで面白おかしくはあるけどただそれだけ、みたいなつまらない作品になりそうなところを、こうも品良く書けるとは。すごい。
    ・戦中、戦後の6.と7.は哀しい。
    ・8.美しかった、憧れだった母の老いを受け入れがたい娘の話。親の老いって、親が生きているなら、自分が年をとっていくなかで必ず経験することなのに、そうなるまで全然想像していなかったことだなーと思う。
    ・9.3.に出てきた男性の家の話でこの作品しめくくり。きれい。
    (2015/3/8記。数年前に読んだものを再読。)

  • 美しい文章が近代小説風の書きぶりの中から香り立ちます。読み進めると、連作のように話がつながり驚きました。ここに出てくるのは名もない市井の人々ですが、その来し方は地層のようにその土地に積み重なっていくのですね。一編一編の完成度が高く、珠玉のような名作です。作家が表現者であることに改めて気づかされる、小説らしい小説に出会えました。

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茗荷谷の猫 (文春文庫)の作品紹介

茗荷谷の一軒家で絵を描きあぐねる文枝。庭の物置には猫の親子が棲みついた。摩訶不思議な表題作はじめ、染井吉野を造った植木職人の悲話「染井の桜」、世にも稀なる効能を持つ黒焼を生み出さんとする若者の呻吟「黒焼道話」など、幕末から昭和にかけ、各々の生を燃焼させた名もなき人々の痕跡を掬う名篇9作。

茗荷谷の猫 (文春文庫)の単行本(ソフトカバー)

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