- Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
- / ISBN・EAN: 9784167820015
作品紹介・あらすじ
茗荷谷の一軒家で絵を描きあぐねる文枝。庭の物置には猫の親子が棲みついた。摩訶不思議な表題作はじめ、染井吉野を造った植木職人の悲話「染井の桜」、世にも稀なる効能を持つ黒焼を生み出さんとする若者の呻吟「黒焼道話」など、幕末から昭和にかけ、各々の生を燃焼させた名もなき人々の痕跡を掬う名篇9作。
感想・レビュー・書評
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幕末から昭和30年代にかけて東京に暮らした市井の人達の短編集。前の話で登場した人達の影がちらつくゆるい連作が良い。表題作『茗荷谷の猫』やっぱり百閒だったかの『仲ノ町の大入道』苦難?のモテ男の『隠れる』と映画館支配人と映画好きの若者の短くも深い交流が描かれる『庄助さん』が好み。
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幕末から昭和へかけて江戸・東京で暮らす市井の人々の話。全編に共通するのは人生は思い通りにいかないということ。味わい深い作品。
「染井の桜」「茗荷谷の猫」「てのひら」が良い。 -
江戸時代から昭和にかけて、地名で言えば現在の文京区台東区豊島区当たりの市井の人々を書いた連作短編。それぞれの短編には地名が振られている。
それぞれの短編の主人公たちは自分にとっての”何か”を見つけて、それが執着に出たりしている。
武士の身分を捨て新たな桜の品種の掛け合わせに没頭する植木職人と妻とのすれ違い/「染井の桜」
気鬱の人を幸せな気分にする黒焼きの研究のために隠遁する男/「黒焼道話」
夫との死別の後、自分も絵も変わった女性と彼女の家に住みついた猫の家族とそして別の何か/「茗荷谷の猫」
東京に出てきたばかりの男が関わることになった奇人の作家/「中之町の大入道」
人と関わりたくないということに全神経を使い、断ることさえ面倒臭がるためにどんどん苦境に陥る男/「隠れる」
浪曲への道を諦めた映画館支配人と、映画監督への夢への輝きに満ちた青年と、戦争/「庄助さん」
戦争を生き延びたが、家族を失い闇市で生きる男たちの話/「ぽけっとの、深く」
上京した娘が、憧れだった母との再会で生じた違和感/「てのひら」
憧れの家での生活を夢想する男の日常/「スペインタイルの家」
登場人物たちは直接の知り合いではないが、前の話の人物が次の話で「その後」が語られたり、人はそれぞれの人生を生きていると感じさせられる。
しかしどうもすっきりしないところもある。
こういう「登場人物は知らないけれど、読者(または視聴者)には示される真実」の書き方にしては、すべてが明らかになるわけでなく、謎のままだったり想像のしようも無かったりというところも。
さらにどうもすっきりしないのは、登場人物たちが悩みや孤独がコミュニケーションの薄さのせいで起こっていることか。
きっと分かっているだろうと思って言わない、言っても分からないだろうと言わない、こういうことを言ったら嫌がるだろうと言わない、察してほしいから言わない…これで結局孤独に陥り、読者にだけ心が示されてもちょっとすっきりしない。 -
まだ書店員をしていた頃、派手ではないもののコンスタントに売れていた本書が常に気になっていた。木内昇という名前を知ったのもこの作品だったが、気になりつつも月日は過ぎ、ようやく木内デビューとなったのは、小説を発表する前のインタビューもの。その文章の美しさに魅せられ、この度やっと小説を読む機会を得られた。
幕末から昭和までの東京を描いた9つの短編は、ゆるく連作形式で繋がっている。つかみどころのないような独特の寂しさを湛えた作風かと思いきや、ユーモアを滲ませたものもあり、思いがけない方向に転がる展開を楽しんだり。時に怪しく時に切なく、時代と場所を変えながら東京のそのときそのときを映し出す。あの時の人物のその後がさりげなく描かれ、その控えめさがちょうどよい。どの短編も好きだがとりわけ響いたのは、戦時中の昭和が舞台の「庄助さん」、戦後の「ぽけっとの、深く」かな。
喜怒哀楽の感情が全て混ざり合い、作品によっては楽が強めだったり哀が印象的だったりするものの、その輪郭は見事に曖昧。そして、余韻が美しい。その余韻にいつまでも浸っていたくなる作品だ。 -
フォローしている方の本棚にあって、借りてきました。
読んでよかったと、読書が趣味でよかったと(読書好きというほど読めてませんが)思える本です。
(すごく好みです。これ、買います。)
自分の本の好みと似ている方をブクログでフォローして、そこからお気に入りの本と出会える、
まさにブクログの醍醐味ですよね。
巻末の解説もいい。うんうんと頷くんだけど、この解説だけじゃない、もっと違う受け取りかたもできる。
短編連作。
「染井の桜」を読んで、次々と短編を読み続けて、「ぽけっとの、深く」を読んだ後にもう一度「染井の桜」を読むと、妻の突き刺すような一言が、違う意味にも聞こえたりします。
20代の私が読んだら、全く見向きもしなかったかもしれない本。
逆に、10年後の私が読んだら、また違う窓を開くように、違う情景がのぞけるかもしれない本。
「てのひら」では涙が出ました。「スペインタイルの家」はこの短編の中で、私の一番。
でも、どの短編も素晴らしいし、愛しいです。 -
どの短篇も心地よい余韻が残る。著者はきっと明治〜大正頃の日本文学が好きなんだろうな。
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都内のいくつかの地名をタイトルに、江戸から昭和にかけてそこに住んでいた人の暮らしを描いた短編集。
明るい結末の話がないなが残念だが、それが現実というものなのか。
中でも印象に残ったのは、2編。
浅草の演劇場で働く"庄助さん"では、映画を作るとヤル気満々だった青年が、ある日赤紙を受け取り、夢を諦めて兵隊になる、という時代に翻弄される様子を描いている。
池之端の"てのひら"は、上京してきた母を東京見物に連れていく娘が、やたらと遠慮する母に苛立ちを覚え、ついには直接心ない言葉を言って自己嫌悪に陥る話で、なんだか身につまされてしまった。 -
猫好きにはスルーしにくいタイトルに惹かれて手に取り。現代の話かと思ったら少し前、大正から昭和中期くらいまでを時代背景とした連作短編。
あまりその頃を背景にした小説を読んだことがなかったので少し新鮮でした。
著者の作品は今回はじめて手に取りましたが、これまで親しんでこなかったタイプの作風だなと感じました。しかし読みにくいわけでなく、淡々とした描写のなかに浮かび上がってくるやるせなさと言うか、生きる哀しさと言うか、一編一編が独特の読後感をもたらしてくれます。正直「え、これで終わるの?」と言う作品も何作か。
連作になっていることで物語に奥行きが出ているとも思います。文庫版は解説が春日武彦先生であるのも良かったです。
ただ一つだけ難を言えば、猫好きとっては登場する猫は残念な扱いだったよな、と言う1点だけです(笑) -
美しい文章が近代小説風の書きぶりの中から香り立ちます。読み進めると、連作のように話がつながり驚きました。ここに出てくるのは名もない市井の人々ですが、その来し方は地層のようにその土地に積み重なっていくのですね。一編一編の完成度が高く、珠玉のような名作です。作家が表現者であることに改めて気づかされる、小説らしい小説に出会えました。