茗荷谷の猫 (文春文庫)

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167820015

感想・レビュー・書評

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  • まだ書店員をしていた頃、派手ではないもののコンスタントに売れていた本書が常に気になっていた。木内昇という名前を知ったのもこの作品だったが、気になりつつも月日は過ぎ、ようやく木内デビューとなったのは、小説を発表する前のインタビューもの。その文章の美しさに魅せられ、この度やっと小説を読む機会を得られた。
    幕末から昭和までの東京を描いた9つの短編は、ゆるく連作形式で繋がっている。つかみどころのないような独特の寂しさを湛えた作風かと思いきや、ユーモアを滲ませたものもあり、思いがけない方向に転がる展開を楽しんだり。時に怪しく時に切なく、時代と場所を変えながら東京のそのときそのときを映し出す。あの時の人物のその後がさりげなく描かれ、その控えめさがちょうどよい。どの短編も好きだがとりわけ響いたのは、戦時中の昭和が舞台の「庄助さん」、戦後の「ぽけっとの、深く」かな。
    喜怒哀楽の感情が全て混ざり合い、作品によっては楽が強めだったり哀が印象的だったりするものの、その輪郭は見事に曖昧。そして、余韻が美しい。その余韻にいつまでも浸っていたくなる作品だ。

  • フォローしている方の本棚にあって、借りてきました。
    読んでよかったと、読書が趣味でよかったと(読書好きというほど読めてませんが)思える本です。
    (すごく好みです。これ、買います。)
    自分の本の好みと似ている方をブクログでフォローして、そこからお気に入りの本と出会える、
    まさにブクログの醍醐味ですよね。

    巻末の解説もいい。うんうんと頷くんだけど、この解説だけじゃない、もっと違う受け取りかたもできる。
    短編連作。
    「染井の桜」を読んで、次々と短編を読み続けて、「ぽけっとの、深く」を読んだ後にもう一度「染井の桜」を読むと、妻の突き刺すような一言が、違う意味にも聞こえたりします。
    20代の私が読んだら、全く見向きもしなかったかもしれない本。
    逆に、10年後の私が読んだら、また違う窓を開くように、違う情景がのぞけるかもしれない本。
    「てのひら」では涙が出ました。「スペインタイルの家」はこの短編の中で、私の一番。
    でも、どの短編も素晴らしいし、愛しいです。

  • 美しい文章が近代小説風の書きぶりの中から香り立ちます。読み進めると、連作のように話がつながり驚きました。ここに出てくるのは名もない市井の人々ですが、その来し方は地層のようにその土地に積み重なっていくのですね。一編一編の完成度が高く、珠玉のような名作です。作家が表現者であることに改めて気づかされる、小説らしい小説に出会えました。

  • どうでも良い、負け組負け犬の米粒のような市井の人のお話です。ビジネス本的な。成功成果主義な物差しでは。
    これを読んだからと言って、成功には一歩も近づかないし、具体に役に立つこともありません。
    努力に向けて拍車がかかる訳でもありません。
    大変に素晴らしい小説でした。僕は大好きです。

    実はこれも<ゆるい読書会>の課題図書。
    僕自身は全く予備知識なしの、ノーマーク。
    恐れ入りました。脱帽、圧巻ですね。こんな素敵な小説があるのを知らなかったななんて。
    というか、こんな素敵な小説と、同時代の小説家さんを発見できたのが、嬉しいですね。
    (って…もう十分にメジャーな作家さんなんですが。たまたま僕がここまで食わず嫌いで)

    なんとも説明の難しい、連作短編小説。
    共通点は、「東京が舞台」ということと、それぞれの短編が微妙に時代をずらしながら、微妙に登場人物がカブっていく、ということですね。
    そしてあとは、有名人も出てきますが(内田百閒さんとか)、基本は無名な市井の人が主人公。
    誰も、そんなに栄光ある人生を歩みません。
    時代に翻弄されたり、不幸になったり。儚い夢を追ったり、淡々と暮らしているだけです。
    そんな中に貫きとおる、ため息みたいな哀感というか。
    もののあはれと言いますか。
    不幸やちょっとした偶然や皮肉、敗北の味や叶わなかった夢や希望の香り。
    それがふっと。花の匂いに感じる縁側の夕暮れ時。みたいな小説ですね。我ながら、伝わらなさそうですね。ごめんなさい。

    備忘録。
    ①染井の桜
     江戸時代。桜の配合に全てを掛けた、植木職人。妻に見捨てられ、色々なものを失いながら、無名を貫いて、染井吉野を作った。傑作。

    ②黒焼道話
     いもりなどを、焼いて、粉にして売る。黒焼きに魅せられて、黒焼きの開発に全てを掛けて、そして報われずに終わる男のオハナシ。
     これまた、異様な迫力と切なさで美しい一篇。

    ③茗荷谷の猫
     左程売れない絵描きの女性。未亡人。なんだけど…実は夫は事故で死亡したのではなくて蒸発なのか?
     通ってくる画商の人物造形が素敵。一言もそういうことが書かれていないのだけど、恋心が香る心地よさ。大人だなあ…。

    ④中之道の大入道
     暢気な一篇。
     田舎から出てきた旋盤工見習いの若い男性が、大家に頼まれて内田百閒のところに借金の催促に行く。本など読まぬ職人と百閒先生の交流。
     作者の、近代日本文学への、沁みついたような愛情を感じて微笑ましいです。

    ⑤隠れる
     これも、凄味がありつつ暢気で壮絶な、名編だと思います。
     乱歩ばかり読みふける、高等遊民?…うーん、中等遊民かな…遺産で暮らす暢気な中年男性。
     これが、世間と外れて生きていきたいのに、偶然皮肉で近所の社会で「良い人」として思われて、構われてしまう。
     そのうざさ。
     そして、不可解不条理怪奇小説のような超絶なラスト(笑)。これ、上手く言えないけど素敵。「理研」の奥さんとの駆け落ち。

    ⑥庄助さん
     このあたりから、時代設定とともに、痛み、切れ味が増してきますね。
     十五年戦争直前の世相。どうやら③で蒸発した旦那が、今は映画館の館主。
     通い詰める奇妙で暢気な青年、映画監督希望の「庄助さん」との交流。そして、赤紙…。

    ⑦ぽけっとの、奥深く
     メロドラマ要素で言うと、最も高い1篇。
     「火垂るの墓」の世界、戦後焼け跡闇市。戦災孤児、復員兵。
     貧しいホームレスの、今で言えば南米やアフリカのストリートチルドレンの世界。
     それぞれに当たり前に喪失体験の末にひねくれた少年たちの交流と、孤独と、ほのかな助け合い。泣けますね。

    ⑧てのひら
     戦後、30年代か。
     東京の娘、田舎の母。「東京物語」風に、老いた母を東京に迎えて東京見物させる娘。
     ところが、かつて毅然と憧れた母が、大東京ではどうにもあか抜けない…貧乏性…。
     思いあっているのにすれ違う想い、というのはよくある売り文句ですが、結局はどこかで自己愛を他者愛と誤認していることから起こるんですけどね…。
     でも、それはそれで、ニンゲン的で、切ないですね。

    ⑨スペインタイルの家
     ⑦の戦災孤児の一人が、長じて無事堅気の職人になっている。小さくつましく、妻と東京で暮らしている。
     スペインタイルの家の前を通り、自分が与えられなかった人生の機会を想う。
     なにげないモノクロ写真のような味わい。



    #####

    好みですが、やはり①②…は圧巻でした。
    ③の好きだし…⑤は工夫と曲芸にため息。
    ⑥⑦は、ある意味ストレートにグっと来るし…⑧⑨の小品ながらキラリ、というのも悪くない。
    捨て曲無しのフルアルバム、って感じです!


    …文章が、素敵です。
    文章が気が利いているんですよね。
    …みたいな、とか、まるで…だ、みたいなこととか。
    短文と長文のリズム。
    写生、説明と心情のバランス。

    パチパチ。脱帽です。

    この人の小説は、この先も愉しみに読んでいきます。
    巡り合えて幸せな同時代の小説、嬉しいものです。

  • 江戸時代から昭和中期までを舞台に、名もなき市井の人々を主人公に据えた連作短編集です。連作とは言いつつも各編の繋がりは緩く、独立したお話として一話一話を楽しむことができます。
    一読した印象としては緩急のつけ方が抜群というか、どの作品も短い分量の中でひねりやオチ、時折超常現象のようなものも出てきたりして、読んでいて飽きませんでした。前半はコミカルな作風のものが目に付きますが、昭和に入ってからのお話は切ない系のものが多く、読後いい作品を読んだなあという余韻に浸れる読者も多いと思います。登場人物の造詣もこれといって突飛なものは無いのですが、様々な事物に対する思いの強さというのは読んでいて胸に響くものがあり、なかなか味わい深いです。
    とにもかくにも上手いです。短編はこうやって書くんだよというお手本のような一冊だったのでした。傑作。

  • タイトルと装丁で手に取っただけで、ほんわかした内容を想像していたらまさかの江戸時代の短編から始まった。
    最初の一話は引き込んでおいて呆気なく終わってしまう。
    次の話しは主人公も背景も代わり、時代が少し進む。そうして東京の町に暮らす人々が主役で、その中で他の話の人の行く末が分かる。

    後の話にお慶の文が出てくるが、お慶の死後に見付けた徳造を想像して一話の呆気ない最後に思いが跳ぶ。

    話の中で自分の感想や考えてることが後半の文章に出てくる。
    意図してではないと思うけど本の内容と相まってどきりとする。

    人にすすめたい本だった。

  • タイトルに猫が入っていたので、著者のこともよく知らぬまま思わず手に取った。普段は時代小説を読まないためわからない言葉や表現は必ずググって丁寧に読んだ。生きたことのない時代の出来事だけれど、それぞれの物語の日常を読み手に想像させる余韻が心地よい。読み切り短編でありつつ、その後が別の話で語られるなど、思わぬところで繋がっているのもいい。『隠れる』と『庄助さん』が特に良い。

  • 幕末から戦後まで東京を舞台にした連作短編集。植物だったり、一軒家だったり人が馴染んでいたモノが繋がっていくのが新鮮。話の中に時折文豪たちがひょいと顔を出す。作者がいかにたくさんの書物に触れて親しんできたのかがよく分かる。『仲之町の大入道』と『隠れる』は滑稽、『庄助さん』と『てのひら』は切なくて切なくて。舞台となった東京の町、いつか訪れよう。その町の曲がり角のその先に木内さんが描いたあの人やあの家がある気がするから。幻想と現実の曖昧さをぼかし融合させる、そんな力を備えている木内さんにわたしはぞっこんです。

  • 名もない市井の人々の物語。時代が流れても、人々の営みは続くが、その名を後世に留める者も、そうでない者もある。
    いくつかの舞台になる家にしても、家は家として在り続けるだけで、それらの歴史が住まい手に受け継がれることはない。
    ご一新の代から震災、戦争を経て高度成長期まで、変わり続ける東京の片隅で生きた、庶民の暮らしは、では取るに足らないものだろうか。ひとりの人生は、時代の中ではかなく消えゆくように思えても、ひとの強いおもいは消えずに、受け継がれていく。連作の中のなかのささやかな繋がりが、それを示唆してくれるように思える。
    あっというまにその時代にタイムスリップさせられる手腕は見事で、相変わらず心地よい。

  • 雰囲気のあるお話で、楽しめました。
    『漂砂のうたう』のほうが、好きかな。

著者プロフィール

1967年生まれ。出版社勤務を経て、2004年『新選組 幕末の青嵐』で小説家デビュー。08年『茗荷谷の猫』が話題となり、09年回早稲田大学坪内逍遙大賞奨励賞、11年『漂砂のうたう』で直木賞、14年『櫛挽道守』で中央公論文芸賞、柴田錬三郎賞、親鸞賞を受賞。他の小説作品に『浮世女房洒落日記』『笑い三年、泣き三月。』『ある男』『よこまち余話』、エッセイに『みちくさ道中』などがある。

「2019年 『光炎の人 下』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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