助けてと言えない 孤立する三十代 (文春文庫)

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  • 文藝春秋 (2013年6月7日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (254ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167838638

助けてと言えない 孤立する三十代 (文春文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 私の身近にも「助けて」と言えない30代がいるので、他人事ではないと思いながら読んだ。
    なぜ「助けて」と言えないのか。だって「助けて」なんて言ったら「甘えるんじゃない」と突き飛ばされるに決まっているから。あるいは決まってると思い込んでいるから。
    なんとかする、自分の責任だから自分でなんとかする。必ずそういうのだ。
    でもなあ。基本的なスキルが欠落している人も多いし、本書では触れられていないけれども、発達障害などがあって根本的にコミュニケーション能力が欠けていたりする場合もあるのだ。そうなると、本人がどれだけ真剣で真面目であろうとも、表に出てくる現象としては遅刻だとか、態度の悪さだとか、そういうマイナス面ばかりになってしまうことが往々にしてある。
    他人のことだと実に簡単に「ちゃんと探せば仕事なんていくらでもあるよ」などと言ってしまうけれども、面接に行っても落とされてばかりだったり、やっと見つけた仕事が犯罪スレスレ(ブラック企業にはありがち)だったり、どうしてもできないような職種しかなかったりすると、やっぱり仕事にありつけない状態になってしまうこともあるのだ。
    そういうものをすべてひっくるめて「自己責任」にしてしまい、ダメな奴は救ってはもらえないのだ、という雰囲気が形成されているのが今の世の中の一面なのである。
    親にも言えない、という感覚は、わからなくもない。ずっと「人に迷惑をかけてはいけない」と教えられて育ってきたのだから、親にだって迷惑はかけられないと思うだろう。そうして負のスパイラルに巻き込まれて、最後は死ぬところまで追い詰められてしまうのだ。
    どうすればいいのかは私にはわからない。でも、決して見捨てない、何かあったら手を貸すよ、という気持ちだけはずっと持っていたいと思っている。
    少しでも「助けて」と言える人が増えるといいと思う。そしてそれを「自己責任」という言葉で切り捨てることがなくなるといいと思う。

  • 北九州で餓死した39歳の男性、所持金わずか9円。
    メモ書きで「たすけて」の言葉。

    本書はこの事件から、30代のホームレスについての
    現場をまとめた一冊です。

    誰しもが思う疑問、バイトでも何でもやればいい、非常事態だから
    親・友達に金を借りて生き延びればよい、それが何故出来なかったか。

    ”現代は努力はもちろん必要。その一方で、一度の失敗やきっかけで
    人生がうまくいかなくなったとき、そこから這い上がることが困難なこと”
    を、まず現実社会の問題としてあげています。

    この餓死した男性、決して堕落人間でもない、友人もいます。
    しかし困窮している自分の現状を伝えることはしなかった。
    もちろん友人たちも、そんな状態を知らなかったという、
    救うことが出来ない悲劇(この章では、絶対に事件のことを
    話さないという友人も出てきます)から、ホームレスの
    実態について取材が進みます。

    ホームレス支援を行う奥田さん(この人の温かさは素晴らしい)の
    活動として、ホームレスの人に言いにくいことを伝えてもらうために
    手紙、そして500円分のテレホンカードを入れるという
    活動をしています。
    自分の口から困っている、助けてを言えない人のためへの配慮です。
    しかし、その反応はほとんどないという事実が
    この餓死事件の縮図かも知れせん。

    「自分の責任で何とかします」
    この言葉を言わせる、言わなければならない社会になってきている
    ことが少なからず問題です。

    本書で一例として出てくる人。
    プレッシャーで精神的に追い詰められて
    帰り路に常に自分に言い聞かせる。「しっかりしなきゃ、しっかり」
    結局、真面目な人ほど苦しむのだろう。

    そしてこうした問題は家族や親子では解決できない、部分も
    あるという事実。
    肉親であるが故に話せないこともある、ので
    第三者のサポートは必要なのだろう。

    3.11を経て、真剣に生きようとする30代であればあるほど、
    いま「助けて」という言葉を口に出せずにいるのではないか。
    (中略)
    しかし、忘れないでほしいのは、一人ひとりのタイミングで
    「助けて」の言葉を発していいということだ。

    この言葉が、社会全体に広がることを願いたい。

  • 北九州で餓死した39歳の男性。「たすけて」と書いたものの誰にも出せなかったその手紙の横で、冷たく横たわっていたこの男性の名は北原学(仮名)。彼の死をきっかけにして、助けを求められず困窮する30代の人々の現実を追ったルポ。
    弱いものを救うことができる社会。これが"発展した社会"の定義だと個人的には思っている。弱いものと弱い"ふり"をするものの選別は必要だ。しかし、それは個別具体的でならないと思う。一般論で語ることは間違いなく必要だが、一般論では語れない人たちを切り捨てる社会であってはならない。そう思うのだ。
    この本を読みながら迂闊にも泣いてしまった。正社員で実家暮らしだけど、一度転職しているし、上司とだって馬が合うとは言えない。この先どうなるかなんて予測できない。こんな自分を弱いと思うし、根性が必要だと思う。事情は違うがこの本に出てくる30代と大差なんてない気がする。すべては必然ではなく、偶然だという気もする。人に頼るのは弱いと、なんとなくそう思ってしまうけど、せめて同じ世代でなんとか現状を変えることはできないのだろうか。…なんだか思っていることの羅列になってしまったけれど。。。
    一頃、生活保護の不正受給が問題になった。批判は強まり、なんだか生活保護を受給することがすべて悪だと言わんばかりの風潮になりかけている今、不正受給をした者の罪は相当に重い。

  • 読中に思い出していたのは、大学時代の友人のこと。

    自分が新卒で入社した会社は割と名の知れたブラック企業で、何年かは必死でぶら下がっていたものの耐えきれなくなって、退職を考え始めた時期があった。
    でも、じゃあ辞めてどうするの? 地元は最寄りの電車駅まで自家用車で30分くらいかかるようなド田舎で、帰ったところでやりたい仕事もない。再就活も難しい。というよりも、実家に帰ったら家族に甘えてしまって、ずぶずぶと沼にはまってしまう気がするので帰ろうとは思えなかった。

    その頃友人は独り暮らしをしていて、自分の住む2DKのアパートの1部屋が物置状態になっているから、そこにしばらく住めばいいと言ってくれた。そのお陰で会社を辞める踏ん切りがついて、フリーターをしつつ再就活を進めて、間もなく正社員として職に就くことができた。短い間だったけれど、大学時代から仲が良く、人間的にも尊敬できる友人とのルームシェア生活は楽しいものであったし、社会人生活を経て改めて自分を見つめ直すのに充分な時間を与えてもらえたと本当に感謝している。

    その後、その友人が体を壊して入院してしまうことがあった。彼自身、実家とは疎遠になっていて、先立つものを用意するのに頼る当てがないという。困ったときはお互い様だ、俺自身お前に助けられたんだから、と工面してやって、友人は無事に手術を受けることができた。ヘルニアの。

    その友人が行方を晦まして久しい。昔から不安定なところがあったのだけれど、体を壊してから何年か後にメンタルの不調で仕事を辞めることになり、横浜の実家に連れ戻されたというところまでは聞いている。それ以来、何度か理由を付けてメールを送ってみたりもしたけれどいつも返事はなくて、最近ではそれすらしなくなってしまった。けれど大学時代の共通の友人に会うたびに、なんとなく「彼はどうしているだろうか」という話をいつも持ち出してしまう。やっぱり少しでも、彼の消息に関わる情報を知りたいと願っているのだ。

    どうか、無事であって欲しい。元気で、とは言わない。せめて生きていてほしい。
    それから、「助けて」と言える相手が、どうか、彼のそばにいますように。
    もしそうでないのならば、ぼくに何かできないだろうか。彼の助けになれないだろうか。どうか「助けて」と言って欲しい。

  • かなり笑えない。本当に明日は我が身。
    非正規雇用が増えて、正社員すら足下がぐらついている世の中で、働き盛りの人達すら、ホームレスになる可能性は十分ににある。

    ホームレスとして取材された人達は、少なくとも怠けてるとか、能力が圧倒的に低いなんて事は、絶対ないです。
    でも全員が強い責任感を通り越して、殆ど脅迫概念に近い考えを抱いているのが胸が痛くなります。
    「人様に迷惑をかけてはいけない」「自分が悪い」「何とかなる」。
    折角自分で生活保護を申請しようとしたり、NPOの人が気にかけても、助けを求める事はどうしても出来ないんです。「1人で何とかしないといけない」という考えが強過ぎて。助けを言うのも、彼らにとっては勇気が居るんです。炊き出しのお誘いですら、彼らには勇気が居る事なんです。

    勿論彼らは何かしら働いていた時期がありました。
    でも紹介された1人のお話には、社員同士全員余裕無い上に、仲間じゃなくって敵という考えを持っている。その人だけじゃなくって、誰しもがそういう状態。みんなびくつきながら働いている。
    会社に努めても誰にも心開けない、社員は道具みたいな扱い。でもこういう会社は多い。
    皆余裕がない。助け合いが出来ない。必死。
    働いても働かなくっても苦しみしかないこんな世の中に、個人ではとても太刀打ち出来ません。
    世の中の多くの人が身動きとれない。読んでいてそういう印象でした。

    生活保護を受けるにしても、受けられないのは「自分で何とかしなくては」という事もある様子ですが、生活保護を受けている人そのものに対する印象の悪さも後押ししているんじゃないでしょうか。
    TVに紹介されている生活保護者はどうも悪者として報道されがちなイメージを私は持っています。
    本の取材の中にも「ホームレスと思われたくない」と思ってらっしゃる人は居ました。
    彼らは人として強いプライドを持っている・・と言うよりは、世間のホームレスや生活保護受給者の印象の悪さが、『仕事の無い可哀想な人』というよりも『怠け者の悪い奴ら』という考えを推しているんじゃないでしょうか。
    「自分の努力不足」と思っている人はいました。
    私が非常に印象強く思ったのは、ある1人のホームレスの人が少し自分の事を語ってくれたときの言葉です。
    「(30代に対する身近な理想を)誰しも夢見る幸せな過程だとか、色々あったと思うんですが、そこで失敗している。自分自身の責任」
    彼らは誰にも責任転嫁しないんです。どうしても「自分が悪い」。
    どうすれば、ホームレスの人達もギリギリの状態で働いている人達も全員が助けてと言える世の中になるんでしょうか。読んだ事はそれで頭がいっぱいでした。

  •  自己責任論。
     今の世の中に痛いほど響く声。
     人生に失敗した人間が、どん底に落ちる。そのときに、落ちた責任がその人の無責任な行動にあることを理由に救済しないなら、それは人の世ではない。

     私はそう思う。

     たとえ無責任な行動の結果であっても、救済もせず放置する社会は間違っている。

     なぜか言う理由はない。おそらく、困った人を助けるという単純な思いが人類の発展につながったという最近の研究成果とも関係ない。
     ただ、私がそのように思うだけだ。


     この本には三十代という私と同年代の人たちの苦境が描かれている。
     これを読んで、この間読んだビックイッシューの挑戦にも同じようなシーンがあったのを思い出した。

     それはイギリスのビックイッシュー代表者が日本に来たときに漏らした言葉だ。
     なぜ彼らは暴動を起こさないのか?

     おそらく、その答えは自分の置かれている状況は自分の責任で社会に責任がないと思っているからだろう。

     誰にも迷惑をかけたくない。

     そんな日本社会。

     震災のときに、混乱せず整然としていることが美徳として世界に報じられた。
     しかし、その美徳の裏にはこんな暗部がある。あの美徳を支えている感情と同じものが、どん底にあって救済を拒むのだ。


     なかなか複雑な思いがする。


     明日は我が身。

     まったく、その通りだ。

     今が平穏で、今まで努力をしていたから大丈夫などとなぜ思えるのか。私には理解出来ない。

     努力が支えるものは明日の平穏ではないのに…。
     個人の努力など自然の猛威や社会の波で一瞬に消え去るのに。

     そんな経験を何度もしたからこそ、人間は助け合うことこそが生存と繁栄のために必要な力だと学んだはずなのに。


     戦争を忘れたことを平和ぼけと言うらしいが、助け合うことを忘れるということはなにぼけと言えばいいのか?


     助けて!
     助ける!


     このツーとカーこそが人類の基本であることを思い出してほしい。
     これこそ、努力が紙のように軽い時代に、生き残った人類の知恵なのだ。


     こんなことを書くと、必ずこういう人がいる。

     無責任なことをやって、その後で安易に助けを求める奴が出てくる。

     それなら、助け方を考え直せば良いのであって、助けることを否定してはいけない。
     安易に助けを求められた方が助けるのも楽なのだ。
     一部の特殊な例を持ち出して、救済が後手に回る社会を作るべきではない。
     安易に助けを求める社会こそ構築すべきなのだ。
     その方が、社会はより発展する。

     社会の力というのは、そこに存在し活動する人間の総和以上にはなり得ないのだから。

  • 出張先から戻る途中の新幹線ホームのキオスクで購入。
    キオスクで本を買うのは初めてだったけど、ビキナーズラック的大ヒット。

    団塊ジュニア世代で、就職難の時期に社会に出なければいけなかった現在の30代後半の方々。
    親が実現していた生活に手も届かない、周りは仕事も家庭も充実しているが自分は仕事がない、それは『自分が悪い』。そう考えて『助けて』がなかなか言えず負のループにはまっていく。

    きりきり胸が痛む内容だった。
    確かに私の会社も30代後半の人間ってかなり少ない。
    現在の30代が受けてきた教育環境や、親の世代の特徴まで踏み込んで取材して書き込んであるところはさすが。

    締めくくりの言葉を引用。
    『助けて』と言える人は、人の『助けて』という声にも耳を傾けられる。『助けての言葉に耳を傾けあえる社会』が、いつか生まれることを願っている。

    このテーマに限らず、自分を責め、助けを求める道を自ら閉ざす事って沢山ある。

    どうしたらそんな社会ができるか?
    それ以前に、どうしたら『助けて』と言える?
    それを考えたい。

  • 2010年初版の文庫化。

  • 明日は我が身…か。
    色々難しいことは分かるけど、助けてと言われたら何も考えずに手を差し伸べられる社会の方がいいなと思った。

  • 他人事ではない。明日は我が身。いろいろな世代に読んで、30代の苦境について知ってほしいと思う。

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助けてと言えない 孤立する三十代 (文春文庫)の作品紹介

派遣切り、ホームレス、餓死。今、三十代に何が急増する三十代ホームレス。その多くが社会に助けを求めないのはなぜか? 就職氷河期世代の孤独を描き、反響を呼んだ番組を文庫化。

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