春を背負って (文春文庫 さ 41-4)

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (361ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167900472

作品紹介・あらすじ

監督・木村大作、主演・松山ケンイチで感動の映画化!奥秩父の山小屋を舞台に、山を訪れる人々が抱える人生の傷と再生を描く感動の山岳短編小説集。二〇一四年六月東宝より映画公開予定。

感想・レビュー・書評

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  • 再読シリーズその五。

    大学院卒業後、東京の電子機器メーカーで半導体研究を行っていた長嶺亨が一転、亡き父が経営していた奥秩父の山小屋を継ぐことにする。
    バリバリの理系青年だった彼がなぜ亡き父と同じ山小屋のオヤジとなったのか…というその転機については本作を読んで確かめていただくとして、五年経った冒頭では百キロ超えのボッカ(歩荷)もこなしているし、薪割も調理も小屋の修理もスタッフであるゴロさんや美由紀の協力を得て行い、それだけでなく客も増えているという営業努力もしているところを見れば半端な覚悟ではなかったことが分かる。

    物語は山で起こる様々な事件(冬場は麓でも起こる)を通して、登山客や亨周辺の人々の人生に触れる内容になっている。
    自殺を考えるほどに追いつめられていた美由紀はすっかり元気になり、サラリーマンを辞めて『敵がいなくなって味方が増えた』と分かったり、ゴロさんからは『自然体で生きるということ』を学んだり、山での暮らしは良いこと尽くしのように見える。

    が、一方で大抵のことは自分たちでやらなければならないし、自然の中で暮らすからには自然の厳しさも思い知ることもある。
    登山客たちが死と隣り合わせの場面に出くわすこともあるし、『野晒し』になったご遺体を発見することも。

    この作品での一番の魅力的人物はゴロさんだろう。
    彼の人生こそ波乱万丈。笹本さんなら彼を主人公に据えたいところだろうが、そうなるとサスペンス物になってしまうから敢えて亨を主人公にしたのだろうか。

    後半でゴロさんが脳梗塞の発作で緊急手術となる話がある。その時のゴロさんの迷い、亨の決断は急に現実生活に引き戻される感じで辛かった。この話ではハッピーエンドになっているが、ゴロさんや亨が心配する最悪の事態になることだってあったのだ。私もゴロさんの立場なら迷惑を掛けたくないと思ってしまう。

    それから登山客の中では大下恭二郎老人がなかなかのインパクトあるキャラクターだった。
    どういう状況でも慌てず落ち着いて、こんな大変な事態に遭ってもまだまだ登山を続けるとは。周囲に迷惑を掛けない程度に頑張って欲しい。

    ファンタジー要素が多かったような気もするが、それを生死の境目にいる人たちの幻覚と切り捨ててしまうのも違うような、こうした大自然の究極の状況だからこそ見られた特別なものと受け入れるのも良いように思える。

    笹本さんの他の作品にも言えることだが、この作品も登場人物たちの語り口や口調が何となく似ていて、もう少し個性を出しても良かったのではないかなと思ってしまった。
    麓で民宿を経営する亨の母親と亡き父親の夫婦関係は一見矛盾しているようだが分かるような気がする。

  • 山小屋を舞台にしたヒューマンドラマで、連作短編の形をとっています。笹本稜平さんと言えば、長編山岳小説、アクションものというイメージを持っていましたから、意外でした。でも読みやすく、心癒される話でした。

  • 清々しい読後感。映画化になったことに興味を持ち、手に取ったが、読みだしたら止まらない、期待以上の傑作。
    この小説の魅力の一つは、ホームレスのゴロさんのキャラクターであり、彼の存在だ。
    主人公の亨の「欲と夢ってどう違うんだろう」との問いに、「欲しいものを楽して手に入れようとするのが欲だよ。…夢は、それを手に入れるために労を厭わない、むしろそのための苦労そのものが人生の喜びであるかのようななにかだな」と、照れながら話すゴロさん。
    さらに、自殺願望だった美由紀も、「生きるのって、自分のためだけじゃないんだって気がついた…自分というトンネルをいくら奥へ奥へと掘り続けても、出口は見つからない。空気もない光もない世界から抜け出すには外へ向かうしかないんだよ。人のいる場所へ、心と心が触れ合う場所へ」と、語る。こんな二人と山小屋を運営する亨が、なんとうらやましいことか。
    「山は心の避難小屋」
    こんな山小屋の人たちがいる山があるなら、30年ぶりに行きたくなった。

  • 死がテーマの短編6編の連作。当事者はもちろんだが、支援者側のエゴの葛藤がリアルに追随できる作品。自己中心的な考え方を問われ、苦しい場面が多々あるが、自身の思考・姿勢を振り返ることができる良作。
    「雨が降ろうが風が吹こうが、自分にあてがわれた人生を死ぬまで生きてみるしかない」
    「欲と夢ってどう違うんだろう」「欲しいものを楽して手に入れようとするのが欲だよ。」中略「だったら夢は」「それを手に入れるために労を厭わない、むしろそのための苦労そのものが人生であるようななにかだなー」
    「自分というトンネルをいくら奥へ奥へと掘り続けても、出口は決して見つからない、空気もない光もない世界から抜け出すには外に向かうしかないんだよ。人のいる場所へ、心と心が触れ合う場所へ」

  • 亡き父の残した山小屋の経営を引き継いだ亨が、父の愛した奥秩父の山の自然の中で、山と父を愛した人々と出会い、さまざまな思いを受け止めながら成長していく、連作短篇集。

    心をすり減らし脱サラした亨を支えるのは、父の後輩だったという半ホームレスのゴロさんと、亡父の残した写真に惹かれて山小屋にやってきた、元自殺志願者のOL美由紀。
    山小屋を訪れる登山客との触れ合いの中で、3人それぞれがゆっくりと変わっていく様は、自然の移り変わりのようにゆっくりと優しい。


    読後、爽やか。

    山岳小説というほどの厳しさはないけれど、山小屋小説?
    天候が変わった時に逃げ込める小屋のように、下界の暮らしに疲れて遭難しかかった人たちが、山の自然に救われる。
    コレが登山の魅力?

  • 「春を背負って」
    とても素敵な題名です。

    その良さは、この物語を読むと心の中に爽やかに入り込んで
    少し汗ばんだ気持ちのいい疲労感とともに伝わってきます。

    父の営む山小屋を継ぐことになった長嶺亨は、先端技術者としての
    仕事に挫折して脱サラしていた。そしてそこに集まる面々は
    ホームレスのゴロさんと自殺願望のOL。

    春の土の匂いと眩しい緑と。
    美しいシャクナゲの群生と...

    美しい自然に囲まれた山々が、悩める人々の心をほっこり温めてくれます。

    ゴロさんの一言一言が
    いい味わいを添えています。

  • 山岳小説はスリリング、壮絶。。。という形が多い気がするが、この小説は読後に心が優しくなる。

    主人公の亨とゴロさんの掛け合に、美由紀が加わるととっても楽しい。
    ゴロさん、物語の中で面白い事いうし、人生の酸いも甘いも経験しているだけに良いセリフもたくさん言ってくれるじゃないの(笑)
    まだ若い亨と美由紀には、人生の先生だね。
    こんな面白くて人間臭い人、私の身近にいてほしい!2人が羨ましい。

    私は美由紀と同じ病気で退職したから、その気持ちはよく分かる。彼女もずっと辛かったんだよね。きっと。

    表題の他に5つの話が収録されているけれど、どれも読み応えはあるし山岳小説を読んだ事ない方にも読んでほしい。

  • 2017.3.24-30
    都会での仕事で挫折し、父の死後に継いだ奥秩父の小さな山小屋で起こる心温まるショートストーリー。表作他、花泥棒、野晒し、小屋仕舞い、擬似好天、荷揚げ日和。

  • 山小屋に行ってみたくなるよ!!って山友達がオススメしてくれた本!!
    うん。山小屋行ってみたい笑
    奥秩父かー。いつか行かれる日は来るかなー。

    ちょっと文章が好みではない部分はあるけど、楽しく読めた。
    遭難するのが多くて、ソロ登山はやっぱ怖いものだなってビビッてしまった。

    早く山に登りたい♪

  • 父親の遺志を受け継いで、奥秩父の山小屋の管理人となった亨と、一緒に小屋で働くゴロさんと美由起。この3人が主要な登場人物の連作短編。
    3人とも、都会での生活では自分の存在意義を感じることができず、山での生活、山で起こる様々な出来事を通して、生きる意味、自分の存在価値を見出していきます。6作とも、ドラマチックな事件が起こりますが、エンディングではほのぼのとした心温まる感慨にひたることができます。
    私は以前に、東沢釜ノ沢を遡行して、甲武信岳に登ったことがありますが、仮想のこの山小屋が存在する、国師岳から甲武信岳に至る稜線は歩いたことがないので、いつか是非歩いてみたいと思いました。
    また、この続編が出ることに期待しています。

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著者プロフィール

1951年、千葉県生まれ。立教大学卒。出版社勤務を経て、2001年『時の渚』で第18回サントリーミステリー大賞と読者賞をダブル受賞。04年『太平洋の薔薇』で第6回大藪春彦賞を受賞。ミステリーをはじめ警察小説、山岳小説の名手として絶大な人気を誇る。主な著書に『ソロ』『K2 復活のソロ』(祥伝社文庫)他。21年逝去。

「2023年 『希望の峰 マカル―西壁』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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