しょうがの味は熱い (文春文庫 わ 17-3)

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  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (176ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167903602

作品紹介・あらすじ

同棲=結婚じゃないの?!煮え切らない男・絃と煮詰まった女・奈世が繰り広げる現代の同棲物語。トホホ笑いの果てに何かが吹っ切れる、迷える男女に贈る一冊。

感想・レビュー・書評

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  • 『人と一緒に住むことがこんなに大変とは思わなかった。』

    一人暮らししていたアパートの更新タイミングとの関係で一足先に二人が暮らすことになるアパートに引っ越した私。そして三ヶ月後の結婚式の後に越してきた妻。そこから始まった初めての二人だけの生活。ある朝のことでした。飾り棚に置いてあったオブジェの並びが違っているのに気づいた私。あれ、また並びが変わってる、おかしいな、と頭より手が勝手にいつもの並びに直す私。そんな翌日、この部屋に私の希望はなにも通らないの?急に泣き出した妻に驚く私。オブジェの並び替えのことをきっかけに色んな思いが噴き出した妻の叫びに圧倒された私。二人で一つ屋根の下に暮らすことの大変さを思い知った瞬間でした。一つの終点であり、一つの起点でもある結婚。そして、そんな結婚に向かう二人が一緒に暮らすこと=同棲。そんな同棲の暮らしの先にはどんな物語が待っているのでしょうか。

    『絃(ゆずる)、どうかしたの。なんだか沈みこんでるみたいだから。会社でなにかあったの』と『まだ会社での緊張が解けていない肩が、なぜか耐えられないほどに切な』く見える絃に聞く奈世。『ちょっと』、とはっきりしない絃。そんな絃は『また会社から持ってきた仕事に戻る。今日は休日出勤だったのにまだ働いている』という絃のことを『なにをそんなにすることがあるのか。アルバイトしかしたことのない私には分からない』と思う奈世。そんな二人の夕食は『野菜中心の食事で、味付けは薄く素材の味のまま、焼いた魚と蒸した野菜とパンが定番』という絃。そのため『絃が焼き魚のときもパンを食べるのに対して、私は醤油とご飯が必要になる』という微妙感。『味噌汁を飲んで身体が温かくなったら、憂鬱の影が薄くなってきた』という奈世は、『お味噌汁、あったかいよ』、と『今日うまく作れた大根とあげの味噌汁を食べてほしくて』、そう言ってみるものの『パンを口に運ぶ絃は、少し笑って首を振った』、とつれないそぶり。『魚とパンの組み合わせは良いけれど、お味噌汁とパンはだめだなんて、変なこだわり』、と不満な奈世。『会話がなく間がもたなくて、お箸をくわえたまま部屋の中を見回した』という奈世は、『もう一年近くも一緒に住んでいるのに、この部屋での私の存在感は、いつまで経っても増さない』、と嘆きます。『会社の人なんかには分からない良さが、絃にはいっぱいあるよ』、と言う奈世に『どうしたの、いきなり』、と聞く絃。会社で何かあったらしいことを気づかう奈世は『例えば、絃のどこが好きかって言えば、掃除機のかけ方かな』と語ります。すぐに『しまった、変なことを話し始めてしまった。でも止められない』、と絃の掃除機のかけ方の素晴らしさを蕩々と語ります。『僕は普通に掃除してるだけだよ』、と言う絃に『うん分かってるの 普通のことだけれど私には特別に見えるの。そこを大切にして』、と言う奈世。『最後を恩着せがましく締めたあと、また沈黙』してしまう二人。『ああ、肩が凝る』、と思う奈世。そのとき『テレビの出演者の言葉に絃が笑い、私も目を上げてテレビを眺め』るというほっとする瞬間の到来。『おもしろいトークを展開するコメディアンにそっと感謝した』奈世。そんな奈世と絃の微妙な空気感漂う同棲生活が続いていきます。

    奈世と絃の同棲生活を、視点を順に交代させながら、二人の内面にのみ焦点を当てて濃厚に描いていくこの作品。〈しょうがの味は熱い〉、とそれから三年の時間が流れた〈自然に、とてもスムーズに〉からなる連作短編という体裁をとっています。登場人物も限られ、ひたすらに二人の内面がくどいくらいに語られていきます。

    ハッとする表現の数々と、二人の内面の対比が特徴的な作品。まずは、文章の表現についてですが、代表作の「蹴りたい背中」でも冒頭の『さびしさは鳴る。』という綿矢さんの素晴らしい表現に心囚われました。そして、この作品の冒頭も絶品です。『整頓せずにつめ込んできた憂鬱が扉の留め金の弱っている戸棚からなだれ落ちてくるのは、きまって夕方だ』、と少し長めながら、『憂鬱がなだれ落ちてくる』、という普通には思いつかない『憂鬱』という感情に動きを加える感覚は絶妙です。この作品に展開する不安定な二人の感情の動きをも予感させる書き出しだと思いました。そして『今日の夜空は星も月も出ていないのに明るい。雲のぼんやりした半熟の白みが、空を覆いつくして闇をさえぎり、夜を完全にしない』、という表現にも魅かれます。絃との微妙な同棲生活の中、絃との少し気まずい時間を過ごした後の奈世の感情を表す表現ですが、うまくいかないながらも辛うじて、まだ未来に繋がっている二人の同棲生活のぼんやりとしたイメージが上手く反映されているように感じました。もう一つは、実家に帰ってきた奈世の感情表現です。辛い現実から逃げるかのように、ずっと帰っていなかった故郷に舞い戻った奈世。そこには『まるで時なんて流れていないかのように、いつまでも昔とおなじ風景』がありました。すっかり傷ついてしまった心を癒す時間が必要な奈世。『そんな土地にふりそそぐ陽光は、うまくできたたまご焼きのように、しあわせな黄色をしているものです』、と、また、たまごに繋げる表現が登場しますが、今度は白身ではなく、幸せを象徴するかのような黄身を用いての表現です。人の感情というものには実態は存在しません。あくまでその人の心の中にぼんやりと存在するものです。綿矢さんはこの作品で、たまごという一般的かつ誰でも思い浮かべることができるものを、直接的な表現ではなく敢えて抽象的な表現に置き換えて用います。その結果、読者の心の中にふっとその感情のイメージが浮かび上がってきます。ひたすらに内面描写が続くこの作品には、こういった表現はとてもあっているように感じました。

    次に二人の感情の動きです。そもそも私には同棲の経験がないので、その時にそれぞれがどういったことに戸惑い、どういったことに悩み、そしてどういったことに喜びを感じるのかについてはっきりとしたことは全くわかりません。しかし、この作品の二人、奈世と絃の間には全く相反する、極端に相反する考え方、感じ方があることだけは、誰の目にも明らかです。不自然なまでに真逆な二人が寄り添う生活、あらゆることにおいて正反対な二人。例えば、人が生活する上で欠かせない『食』について、奈世と絃の間には嗜好に大きな違いがあります。『主菜が同じでも主食が違うと、全然違うものを食べているみたい』、と『主菜』と『主食』という単語を並べてその違いを表現する綿矢さん。レストランで好き勝手に注文する場面でもなければ、普通には『家族と囲んでいた食卓では、みんな同じものを食べていた』、となるものだと思います。それが普段の食卓に並ぶものが二人で異なるという様子は『別々のものを食べる食卓は、たとえいっしょに食べてもどこか距離を感じる』、と奈世が感じるのは当然のことだと思います。そういった二人の間に潜在するズレを意識すればするほど『彼の自分と違うところを愛し、彼の自分と違うところにさびしさを感じる。彼の一つ一つに胸が高鳴り、同時にしめつけられる』、という微妙な感情を奈世は抱きます。そして、そんな感情の蓄積が『愛と相性は別なのかもしれません。愛はなくても相性の良い男の人とは友達として付き合っていけるけれど、愛はあっても相性の悪い男の人とは、結婚しても二人とも苦労するだけなのかもしれません』、と整理されていくのは、これはもう、あまりに納得の結論に感じてしまいます。でもこれはあくまで奈世の理性の結論です。一方でそんな奈世の感情の結論がどうなるか。そして、そんな感情の結論が勝つ結末をどう感じるか、この作品の好き嫌いが極端に分かれる一つの分岐点かな、と思いました。

    『二人ともずっと一緒にいて幸せになりたいという思いは同じなのに、そこにたどり着くまでに歩みたい道がちがう』という二人の感情の微妙なズレが、最初から最後まで痛々しく伝わってくるこの作品。その両者の気持ちのズレを唯一知るのは読者である私たちだけです。でもそんな読者にはどうにもできないもどかしさに苛つく読書。第三者的立場から見た、主人公二人のある意味での面倒くささ、ある意味でのばからしさ、そして真面目に思い悩む二人のドタバタを一種のエンタメとして楽しむ読書。

    「しょうがの味は熱い」、味を表現するのに『熱い』という形容詞を使う不思議感。そんな綿矢さんの絶妙な表現の数々と、主人公二人の痛々しさが同居する、そんな作品でした。

  • 読んでいると凄くもどかしくなるけど
    かなりリアルだと思う。

    結婚という言葉を使わずに
    相手の意思を知るには確かにどうしたらいいんだろう。

  • 気になっている作品が多数ある綿矢りささん。
    初読みです。

    女性!!をプンプン香らせている文章がとても好みでした。脳内で目まぐるしく考えを巡らせている他人の頭の中を覗き見するのはやはり楽しい。燃えた男女がそうでなくなっていく様の表現や、同棲生活での些細な一コマに共感できる部分もあったが、奈世と絃カップルは好きではない。

    寂しく感じて連れ戻したいからプロポーズ、実家の前にいるのに親に挨拶もしない、帰りのバスの中ですぐに結婚延期。ここで親に謝罪できない男なんて結婚しても上手くいかないんじゃない?
    でもそんな絃よりも、好きにのまれすぎてそういうことを絃にきちんと言えなかったり、違和感を持つべきところでそれを感じれない奈世の方が問題あり。
    父親があれほど怒る気持ちがわかるよ。絃はそれほど奈世のこと好きではないもん。結婚が地獄に変わってしまうか、ぶつかって成長していくのか、この二人の三十代が気になる。

    奈世が友達なら、とりあえず仕事しな?の一言に尽きる。笑

    綿矢りささん他の作品も読みたい。

  • 綿矢りさ 著

    タイトルからして、もっと家庭的な温かいものを
    少し想像していたが、そうではなかった。
    流石、綿矢さんらしい観察力の鋭さが際立つ。
    最初は、何だか暗いという感じとは違う、ネチネチした感じの女性、奈世の登場から始まり、どうやら、絃という繊細な…神経質な?男性と同棲生活を送ってるらしい 明るい同棲生活の始まりのはずが何故か不穏な空気に包まれた感覚で物語は展開される。
    しかしながら、解説でも最初触れてたように、綿矢さんの才能溢れるものに、期待感しか抱けず読んでしまっていた。
    奈世は不思議な女だ…観察力凄いのに、KY的な雰囲気だ それに比べて、常識的かと思えば、観察されてる事に怯えてさえいる同棲相手の絃も変な奴だって気もする。
    こんな相性合いそうにない2人が、よくもまぁ…同棲する気になったなぁ、なんてことが気になった。

    しかし、恋愛って付き合い始めは勿論、恋人として付き合ってる時は、多分、相手の良い部分しか見えないものだと思うし、嫌だなと思う部分さえ愛おしく誤解?いや感じて盲目的になってしまうものだ。

    でも、一緒に生活することは現実的で、相手の見えなかった部分、アラ…?本性みたいなものが垣間見えるものだ こんな事を気にする人だったのか?とか、自分の神経質さを棚に上げて相手の気楽さに苛々したり…しかし、それも慣れて 慣れる事自体愛情かと思えたり?しかし、最初は、本当はよく知りもしない他人と暮らすのは、ウキウキというより面倒な事が際立ってくる。
    この、登場人物のカップルは何だか不思議で不穏な雰囲気に包まれているものの、それは第三者から客観的に見ているからだという事に気付かされる。

    奈世の感じ取る絃の所作や考え…
    絃の感じ取る奈世の所作や感じ方に対する人間像

    これは、小説ならではの二人称になっているから
    どちらの考えにも不満を持ち、共感したりする。

    男と女の感じ方の違いさえも顕になる

    もともと、自分という個体と相手とは違う人間なんだから、違ってて当たり前だし、付き合ってる間は、お互いが相手に必死に合わせようとしているから、気が合う、相性が合うと思い込んでしまうものだけど、やはりそれは、似ていて非なるものなのかもしれない。

    斯く言う、自分自身も、思い当たる節はある
    よくつまらない事で、諍いを起こして、相手に(主人)に怒りを覚えても、10秒我慢して、深呼吸してから次に繋げよって耳にするが、怒ってる時に、そんな余裕はない事の方が多い(笑)

    文面の中に 奈世が思うこんなのがあった…
    「あれ、そういえば絃が起き出す前は何を考えてい
     たんだっけ。大切なことを考えて考え過ぎて、
     皺のよった眉間の感触だけ残っている。
     あることをいっしんに考えていたのに、ふっと
     別の事に気を取られた瞬間、何を考えていたのか
     忘れてしまうことはよくある…」

    なんて…そんな事は私にも、しょつちゅうある。
    結局…何にそんなに怒ってたのかも、話を逸らされただけで、それにも腹が立って、最初何について争っていたのかも、、だんだん、どうでもよくなってくる。
    つまり、元を正せば…きっと、そのくらいつまらない揉め事に過ぎないのだって思ってしまう。
    家族に対しては…何故か、そこに引っかかって、
    何それ?って気分を害す事あっても、
    不思議と外の世界では人に寛容な気分で接する事が出来、冷静でいられる(つまらない事に、怒りの感情が起こらない)
    なら、何故って思うが、同居人に対して厳しい。
    同じ空気の中で長い間生活しているというのに、
    自分の事をこんなにも知らなかったのか?理解してないのか?って愕然としてしまう事がある。
    それとは、反対に一緒に長く居るからこそ、気が許せるというか、意外に相手の性質を知って思いやったり思いやられて、嬉し恥ずかしくも思ったりするものなのだが…。

    しかし、小説の中で お互いの思惑を二人称で描いてくれている、この作品を読んで、自分もそんなふうに、相手を冷ややかに見たりショックを受けたりしてる分…相手も自分に対して、そうなのかもしれないなぁって 何だか、久しぶりに謙虚な気持ちになれた作品でした(変な感想だけど…(笑))

    それにしても、綿矢さんは作風は違っても冴えているなぁって思った。

  • 手紙を読んでいるような文章。読みやすかった。
    同棲してるカップルのあるある話。女の人は結婚に執着しちゃうものだよな。そして時が経てば経つほど、"結婚"ってワードが気まずいものになる。
    もう少し先も読みたかったな。お父さんと仲直り出来たのか、そして無事結婚出来たのか…。

  • 奈世は同棲中の絃との結婚を望んで、日々相手の機嫌を損ねないようガマンの生活を送っている。神経質なところのある絃は、奈世の雑なところがイチイチ気になって、円形脱毛になりながらも一緒に暮らしていたが、ある日奈世が実家に戻る。3ヶ月経ってやっと奈世のいない暮らしが寂しいと感じて、プロポーズする。
    二人はともに東京に戻ることにするが、奈世の両親に反対されたこともあり、結婚はしばらく様子を見てから、ということに。
    ホントにこのまま結婚できるのか、どっちに転んでもおかしくない終わり方で、読者の解釈に委ねられているんだと思うが、個人的にはもう少し希望の持てる終わり方が好きだなぁ。

  • 奈世と同じ26歳なのであるある、、と思って胸がキュッとなった。
    結局、結婚してして!っていうよりスッと相手から離れてみるほうが男としてはいいんだろうな。
    押してダメなら引いてみろ。

  • ひさしぶりにいつも読まないジャンルの本よんで、どうも入り込めない自分がいて、読み進められなすぎて、ブクログのみんなの感想を途中挟んでなんとか読んだ。
    せっかくの三連休だし、もどかしい男女の同棲の話よんでヤキモキするくらいがちょうどよい気分転換にはなった。
    あの時こうしてたら良かったのかなと、過去を振り替えると思うことあるんだけど、若いときは自分のことで必死だし、憧れとか勘違いとかあって、ちゃんと思いやれることでききなかったよなーと。と遠い目。を何度かした。

  • 「婚期」に対峙した男女をとても冷静に描写している。(作品とはズレた感想になるかもしれないが、)改めて「結婚」って不思議な制度だなと思う。

  • 綿矢りささんの本はこれが初めて。
    そういえばインストールも蹴りたい背中も読んでなかったな。。。

    結婚したい女性と結婚するのが面倒な男性の話。
    前半が同棲、後半が再び一緒になるまで。

    前半の
     私あなたのカルシウムになりたい
    や後半の
     年齢はいっているのに、全身を羽毛で覆われている、むくむくのひな鳥
    は、よくこんな表現思いつくなーって感じです。
    前半は重たい女性を、後半はおばさんの表現です。

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著者プロフィール

小説家

「2023年 『ベスト・エッセイ2023』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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