無私の日本人 (文春文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167903886

作品紹介・あらすじ

感涙必至! 人気歴史家が描く、美しい日本人江戸に生きた3人の清冽な日本人の人生を、人気歴史家が資料をもとに緻密に描きあげた感涙必至の物語。真に偉い人物がここに!

感想・レビュー・書評

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  • H30.4.19 読了。

    ・日本にこのような偉人たちがいたことを教えてくれた。特に中根東里が良かった。
    ・「願うばかりでは、未来永劫、なにも変わらない。」
    ・「変化というのは、まず誰かの頭のなかに、ほんの小さくあらわれる。たいてい、それは、春に降った淡雪の如く消えてゆくが、ときおり、それが驚くほど大きく育ち、全体を変えるまで育つ。」
    ・「武士が見事に腹を切るのも、庄屋が身を捨てて村人を守るのも、この身分相応の原理に従ったものであり、この観念は、江戸時代における最も支配力の強い人間の行動原理であった。」
    ・「楽しくなりますよ。自分をひたすら無にしてごらんなさい。」「自分にこだわれば、富貴貧賤、長寿短命、幸不幸、生死、福禍、栄辱みな気になって、かえって苦しんでしまいます。」

  • 無私の日本人として、穀田屋十三郎、中根桃李、大田垣蓮月の三人が紹介されている。

    前書の「武士の家計簿」が歴史として面白く、一個人の成功譚だったのに対して、本書は、現代・未来への問題提起がある。

    現代は競争経済で、経済成長しているのに、昔ほど皆の生活は良くなっておらず(生きるには十分ですが)、数%の高所得者に資産が集まっている。そしてお金持ちさえも、お金だけでは、満たされない何かにぶつかっている。日本もGDPが他国に追い抜かれそう。そういった状況に対する日本人が幸せに生きるヒントがあるように思った。

    サピエンス全史にもある、人間が想像して作り出したやっかいなもの、神、国、貨幣は、無いと困るけど、争いごとのタネになる。

    無私の日本人の3人は、これに囚われず、大きな視点で人生を歩み、葛藤し、そして喜びを得ている。

    ①穀田屋十三郎
    仙台藩からの重い負担(伝馬役)に苦しむ宿場を、私財を投げ打って助ける。

    重い負担は、戦国時代から平安の世になって、余っている武士を食わすために、ひとつの仕事を二重三重、更には細かすぎる分業にする仕組みが、逆に平安の世をねじ曲げて、お百姓を苦しめている。

    では、どう宿場を救うかだが、もうひとり重要人物として、菅原屋という人が登場する。この人物は、知恵ものとして、皆から一目置かれている。菅原屋は、金利を取られる方から、取る方への転換を提案する。お殿様にお金を貸して、利子を取って、永続的に宿場を潤そうという、お百姓から投資家への発想の転換。

    衝撃的!

    何を解決すべきかの課題の設定が、素晴らしい。
    お百姓でも、学が備わっている。

    そして幾多の苦難の末、村民9人で1000両、今にして、1億3000万円を用意する。お百姓って、サラリーマンより金持ってない?と動揺する。

    ただ、これだけだと話がドライすぎて、お上の気持ちを揺さぶることが出来ず、ろくに検討もされず、却下される。(お上の足元を見るとは如何なる所存か!)

    しかし、却下されても諦めない。

    江戸時代は、家意識、家の存続、子々孫々の繁栄こそ最高の価値、先祖を尊ぶ意識が強く、物語の端々にそういった文化が見られる。

    この意識に、浅野屋甚平が先祖代々、十三郎と同じ思想で、コツコツと先代から人知れず、お金を蓄え、家全体で慎ましい暮らしを、自らに課して生活しているということが判明する。(この浅野屋と十三郎の関係性が泣けるが、それは本書をお読み下さい)

    この先祖代々、そして子々孫々までの繁栄、そして個人への見返りを求めないストーリーが合わさり、とうとうお上の心を動かし、宿場を救う。

    穀田屋十三郎、菅原屋、浅野屋甚平は、宿場を救っただけでない。自分達が救ったことは、秘密にし、そして集まりでも下座に座ることを、決める。子孫にも同じことを引き継いでいく。要するに、名誉さえ手放してしまう。

    無私の日本人、すごい。

    ②中根桃李
    儒者。詩文の天才。

    荻生徂徠に弟子入りし、中国語を操り、師に認められ、名声を得る。しかし、文名が上がるにつれ、彼の心は何故か虚しく落ちていく。

    その彼を救ったのが、「孟子」の浩然の気。
    物事にとらわれない、おおらかな心持ち。

    そして一時の徂徠の虚名に頼り、文明をあげようとした自分を恥じて、作りためられた名文をすべて燃やしてしまう。

    その後も幾多の書物をカラクリ人形のごとく読み続けるも、せっかく得た学問では、禄をもらうわけにはいかないと、ろくに士官もしない。

    しかし、自分の使命は、人々に説き、自ら行うこととして、「天地万物一体の理」を説く。

    天地万物は一物、我でないものはない。
    自分にこだわらない。
    自分を無にすれば、みんな同じ。

    人を育て、戦いをやめる、乱暴しない、いじめをしない、これはちっとも他人事ではなく、自分の病を治しているようなもの。

    学問は道に近づくためのもので、四書五経は案内書。ほんとうの価値はその外にあると説く。

    この時代の誰もが疑わない真実(四書五行)をひっくり返して、更に広い視点で世界を捉えている。

    ③大田垣蓮月
    尼僧、歌人、陶芸家。

    美しさ、強さ、好奇心から幾多の才能を輝かすが、家族とは辛い別れを繰り返し、尼になるが、美しさゆえに苦しむ。(中盤まで結構長く、ツライ気持ちになる)

    しかし、苦しみの果てに、自他平等の修業に辿り着く。心に自分と他人の差別をなくする修業。そして、物にこだわらない。

    そして、その悟りを得てから、蓮と和歌の陶器を手ぐすねで作りだす。

    のちの文人画家の富岡鉄斎との出会い。
    そして少年時代の彼との会話、注ぐ愛情には、心揺さぶられる。

    自分に必要なものを、必要な分だけ、時代の大きなうねりにも動じず、徹底して自他平等を貫く。

    ただ、辞世の歌で「願わくは のちの蓮の花の上に 曇らぬ月をみるよしもがな」と書き残されている。
    清らかな生をまっとうしたように見えても、来世は曇らぬ心の月をもちたいと願っていた。

    ずっと心の内では、己と戦っていたということ。
    もう言葉にならない。


    余談ですが、筆者の磯田さんは、古文書ハンターと呼ばれ、小さい頃に古文書に引き込まれ、学校の勉強をほったらかして、古文書を読む為の勉強に邁進される。歴史のことを本当に楽しそうに興奮気味に話されると、こちらまで引き込まれる。とても魅力的な人です。

  • 著者は、江戸期に生きた、世にあまり知られていない穀田屋十三郎、中根東里、大田垣蓮月という3人の生き方を、あまり残されていない史料を繋ぎ再現してくれた。

    動機は、日本人ならではの清い生き方を、自らの子どもや、未来の人たちに伝えたいと思ったからだそうだ。

    最初の穀田屋十三郎は、映画「殿、利息でござる」を観たので、ここを読むのは省略してしまった。本当は、原作と映画でそれぞれ味わってみるというのがよいとも思うのですが。

    余談だが、著者もこの映画に出演しているとの事だが、それをあとから知ったので全く気がつかなかった。

    二つ目の中根東里については、彼の清貧な生き方よりも、その師であった荻生徂徠の悪徳ぶりのほうが印象に残った。歴史の教科書では、偉人の一人として称えられているが、本書を読むとクソ野郎としか思えない(笑)。磯田氏が教科書に書かれていない本当の歴史を追究されている意味がよくわかる。

    三つめ、大田垣蓮月の生き方もまさに無私の歌人であり、陶芸家だ。晩年、陶芸を通じて富岡鉄舟を育てた。鉄舟は西郷とも関係が深い。

    少なからず、その人格形成に影響を与えたことからすると、彼女は幕末の流れに影響を与えた女性であると言えると思う。

  • 穀田屋十三郎、中根東里、大田垣蓮月、この江戸時代後期の日本人を知っている人はどのくらいいるのでしょうか。史実に基づいて書かれた3人の歩んだ半生を読むと、ここまで自分を律して困っている他人のためになれるとは!と感嘆します。そして、彼らを後世の私たちが知らない理由も然り。善行をしたなどと知られないように奢らず高ぶらず、地道に暮せと遺言を残したり、有名にならないように自分の形跡を消したり、作品の出版を拒否したりなど徹底的に無私の行動をとっているからです。
    穀田屋十三郎さんの話は宮城県の宿場町を取り上げた内容で、映画化もされているのでワクワクしながら読みました。伊達藩の宿場町だった吉岡にこんな秘話があったとは知らずに過ごしてきてしまいました。このお話は庶民の智恵と勇気、気高い道徳心など江戸時代の庶民文化の粋と、組織の肥大化によって機能が麻痺し、私利私欲に走っていた武士社会の愚かさが比較の構図になっていてよりドラマチックでした。映像化された世界も楽しみです。

  • 中編「穀田屋十三郎」「中根東里」「大田垣蓮月」の3作品所収

    「穀田屋十三郎」は最近、映画「殿、利息でござる!」になっている

    この中編も感動したけれども、「中根東里」に強く惹かれた

    中根東里
    天才詩人と言われていても(当時、江戸時代は漢詩であるが)後世に名を知られず
    作品がほとんど遺されていず、生涯もあまりわかっていない人らしい

    作者の磯田さん「じゃあ、どうやって調べて、書くのか?」
    という疑問がわくが、文学研究者で社会経済史的な史料を読みこなす術にたけた方

    『武士の家計簿 「加賀藩御算用者」の幕末維新』
    と、これも映画でブレイク「武士の家計簿」の原作者でもあり

    司馬遼太郎さんの史観とはまた一味違う、どちらかと言えば山本周五郎さんに近い
    この3編をまとめて「無私の日本人」としているところが
    性善説に富んだ史観から書いていらっしゃると思う

    さて
    「中根東里」という儒者の人物像
    書物が好きで朝から晩まで寝食忘れて読んでいる人

    貧なるが故、小坊主としてお寺に出される
    そこで成長したが好奇心旺盛な彼は
    漢詩を極めるため唐音(中国語)を学びたいとて京都黄檗山万福寺に行く

    (余談だが、わが家はこの黄檗宗の宗派、親近感を持ったけれど)
    彼は初期の目的、中国語はすぐ上達したが
    禅宗とは「禅の心は行住坐臥のふるまいに宿る」で書見を禁じる場所
    書物からも学びたい彼は失望し、そこも離れる

    (えええっ、わたしも興を削がれた、というのはどうでもいいが)
    江戸にもどって「荻生徂徠」なる博識・文章家の評判を聞く

    そしてそこでもかれは失望するのだ、紆余曲折があって
    書物を読みに読み
    ついに道をさとるというか、今でいう哲学を知るのである

    磯田さんの文章による東里の到達したことは

    「みなさん、書物には読み方というものがあります。書を読む人は、読む前に、まず大どころは、どこかを考え、そこをきちんと読むことを心掛けてください。(後略)・・・みなさんは道を得るために、まっしぐらに、書物のなかの大切なところをみつけて読んでいかなくてはなりません・・・」

    書物は解説を解いていくのではなくみつけるもの、言うなれば書物は読まなくてもいいくらい
    「天地万物一体」がわかればいいらしい

    なんか、わたしもこう書いてきてわかったようなわからないような(笑

  • 涙流さずして読めないような三話でしたが改めて…「この国は豊かになった」のだと思いました。貧しさや悲劇の傍らにある心ある人の心に触れ、心温まる思い出した。何故そこまで他人の為に…自らを犠牲にしてまで…主に忠誠を(この本ではありませんが)誓うことができる? 本作歴史小説ですが、説明がとても丁寧で読みやすく、かつての日本人の心に触れられた気がします。感動です。

  • あっぱれな人がたくさん登場します。慈愛に満ちているのか、それともただの怖いもの知らずかは定かではありますが、大変素晴らしい人々です。映画館には思わず何度も足を運びました。本が苦手な方はぜひそちらからでも観賞していただければと思います。

  • [評価]
    ★★★★★ 星5つ

    [感想]
    3人の人物の伝記のような小説だった。
    特に映画にもなった穀田屋十三郎の物語は江戸時代にこのようなことを考え、実行に移すことでき、実際に成立させた人が存在したことに非常に驚いた。
    他の2人に関しても十分にすごい人物ではあると思うのだけど、町人という当時としては一線を画する身分であることが非常に驚いた部分になるのかな。

  •  『殿、利息でござる』の穀田屋十三郎ら、江戸時代に大きな名声はないが私欲なく生きた小さな偉人を記す。

     穀田の他には、ひたすら本を読み続けた儒学者中根東亜、短歌によって間接的に江戸無血開城に導いた大田垣蓮月。
     司馬遼太郎っぽい文章で当時の人々の感覚や社会の様子を交えつつ書いていて、興味深く読ませてくれる。

     大きなことを成さなくても、清く一つのことに打ち込む人々は美しく、後世にそれを伝えてくれる人もいる。いい読書体験をさせてもらった。

  • 一つ、人生観が変わる本だ。

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著者プロフィール

磯田道史
1970年、岡山県生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程修了。博士(史学)。茨城大学准教授、静岡文化芸術大学教授などを経て、2016年4月より国際日本文化研究センター准教授。『武士の家計簿』(新潮新書、新潮ドキュメント賞受賞)、『無私の日本人』(文春文庫)、『天災から日本史を読みなおす』(中公新書、日本エッセイストクラブ賞受賞)など著書多数。

「2022年 『日本史を暴く』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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