反論の技術―その意義と訓練方法 (オピニオン叢書)

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著者 : 香西秀信
  • 明治図書出版 (1995年8月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (184ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784181650087

反論の技術―その意義と訓練方法 (オピニオン叢書)の感想・レビュー・書評

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  • レトリックを駆使して相手を論破する技術の解説、というわけではなく、もっとまともな内容でした。議論が成立するには必ずある意見への反論が存在し、むしろそれが本質である。もっと反論の技術をしっかり学ぶ必要がある、といった内容です。具体的な文章とそれに対する反論がなかなか辛口な著者の論評とともにたくさん掲載されていて勉強になります。反論の仕方には「主張」型と「論証」型の2種類があるという認識は重要だと感じた。まずは「論証型」の反論の訓練が必要のようです。後半、著者が大学で講義するときの具体例も掲載されていて役立ちそう。

  • 議論が苦手で、会議やプレゼンが大嫌いですが、逃れることは出来ませんので、どうせなら勉強してみようと思い購入。議論の本質に気づかせてモラエタ気がし、私にとっては、とても勉強になりました。

  • ある意味「銃の扱い方」に匹敵する、有用で危険な書物。
    「総論賛成」の意見を提示することは全くの無意味である。議論は異なる意見の応酬をもって構成される。
    著者が頭が良すぎる故、作中で「明らか」とされることが意外にそうでもない。
    技術は悪用されるもので、反論が目的化し、反論の技術を濫用している者も当然いる。俗に逆張りマンと呼ばれる。技術すら無い者はクソリプマンと呼ばれる。

  • 議論は反論の積み重ねであり、その技術について述べている。
    教科書的なので、実践的ではなく、とっつきにくさもあるが、議論の本質をついていると思う。
    議論に勝つためのスキルを伝授する本ではない。
    会議に参加されるか方は読んでほしい。
    特に、反論の基礎練習事例は秀逸だと思います。
    良書。

  • フムフム。硬い文章だけど、論旨がシンプルだからわかりやすい。
    世に真理はないのであるから、持論が正しいということを立証するには、反論をつぶしていくことしか方法はない。よって、反論の技術が唯一の立証の技術である。

  • ちょっと前に読んだこれの「資料編」がひどかったので、「本編」を再読。
    やっぱこれは名著なんだよなあ。著者がかなり力を入れて書いたことがよくわかるし、数ページに1か所は「なるほど!」「確かに!」とうなずける。知的興奮に満ちたスリリングな書。

    世の論理好きなら必携の本だと思うな。

  • とてもよくできた本だった。反論の意義からはじまり、反論の指導法に進んでいくという全体の構成も大変すっきりしており、目次にもそれは一目瞭然だ。明瞭でありながら、かつわかりきったことをただ整理するというのではなく、次々と常識への反駁の議論が展開され、しかも説得力がある。いくつか興味深い点について。

    著者は意見とは本質的に反論である、という主張に基づき「誰も反対しないことを主張させる現行の意見文指導」がいかに空疎であるかを訴える。
    僕も常々そう思っていたのだが、それでも実際この国の教育はそれでまわっていて、学生に意見を出させればそのようなものばかりが出てくる。新聞やテレビ(特にNHK)などのマスコミも、「命の大切さ」や「平和の大切さ」など、誰もが当然だと思っていることをただ繰り返すだけに相当な時間を割いている。挙句のはてには、政治など、そこで議論をせずにどこで議論をするのだ、というような場においてさえ、政党の主張を見れば、「税金の無駄遣いを減らす」などというそれ自体には何の異論もありえないようなものが公約にならぶ。しかし本来の論点は、「何を無駄だと考えるか(あるいはどのような優先順位をつけるか」というところにこそあるはずなのだ。

    著者も私も、こんな状態に我慢がならぬという点では一致しているのだが、ではあらためて、なぜそんな無意味な「意見」が世の中に横溢しているのかに著者は触れない。
    自明といえば自明なのかもしれないが、このことについて触れずに、反論の意義を一方的に述べても、現状に一石を投ずることはできないのだろうか。

    なぜ、日本の教育は「だれも反対しないことを主張する」意見の再生産を繰り返すのか。それは誰かが反対するようなことを「意見する」ことのリスクを、個人的にも・社会的にも重く見ているからだろう。社会全体の理念としては、他者への反論がなされることで、集団に波風が立ち、その和が崩れることは望ましくないと考えているのだろう。個人的には、反論を口に出すことで、その個人が「敵」の代表と目されて集中攻撃を浴びるのが怖いのだ。マナーの悪い人間に、多くのものが腹を立てていながらも、誰も注意できないのと同じ構図である。

    日本はずっとこのような国であった。こうした無反論体制の中で、かつて日本は、無謀な戦争に突き進み、天皇が出てくるまでそれを終わらせることもできなかった。当時の政治リーダーの多くが、こんな戦争とても勝てるわけないと考えていたにも関わらず、いったんできあがった「正論」の空気にのまれていき、判断を先延ばしにしていった挙句、結果どうにもならない事態へと進んでいったのだ。

    無反論の国、日本の体質がもっとも悪く出た出来事だったが、その後も日本社会のこうした性格は何も変わらず今に続いている。

    もう一つ興味深かったのは、「反論の目的は、議論の相手の説得ではない。議論の相手は論破するのみであり、説得の相手はその議論を聞く聴衆である。だから、反論は面白くなくてはならない」という筆者の主張である(pp.95-97)。
    上記の議論と組み合わせれば、反論によって立つ波風が問題になりがちな日本においては、論争相手のメンツをつぶさない配慮や、対立をより高次元なレベルに昇華するユーモアが、欧米における議論の場以上に重視する必要がある、ということになるのだろう。

  • 議論の基本は反論にあり、それを練習するにはまず型からはいろう、という主張。なるほど、勉強になる(と鵜呑みにしてしまうと反論の技術を学んでないということになるパラドクスw)

  • 福澤一吉氏(『議論のレッスン』『論理表現のレッスン』)推薦。
    「主張は誰かの考えに反論するからこそ生まれるものであり、反論がないのであればそもそも主張などする必要がない。反論こそが論証を開始するときの出発点である」

  • なし

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