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小室直樹の中国原論

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著者 : 小室直樹
  • 徳間書店 (1996年4月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (363ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784198604561

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小室直樹の中国原論の感想・レビュー・書評

  • ・中国のことが非常に良くわかる良書。
    .・中国の人間関係は多重構造になっている。最も中心に位置するものが帮。帮の規範は全てにおいて優先する。三国志の桃園の誓い、三顧の礼しかり。次はチンイー。知人→関係→チンイー→帮。
    ・中国では契約を結んでから本格的な交渉が始まる。一緒に仕事をするために、まず契約を結びましょうという感じ。人間関係が深まるにつれて契約が変更されるのは当然と考えられている。知人→関係→チンイー→帮。このどの段階にいるかで契約の意味も異なる。
    ・ギブアンドテイクが徹底している国。特に注意が必要なのは、個人間のギブアンドテイクが一般社会のルールより優先するということ。特定集団の規範が社会の普遍的期半より優先されることがある。中国は二重規範の国である。人間関係こそが全ての事情に優先される。
    ・縦糸は宗族。父系家族。日本の親戚とは違う。親戚はどこまでがそうなのかはっきりしない。父系集団は共同体であり、中と外ははっきりしている。 中国人は何れか一つの宗族に必ず所属する。
    ・中国に性が無い人はいない。宗族は父系集団であるから、姓は一生変わらない。もし、自分に子がいなければ、同族内から養子をとる。それもできなければ、家を断絶させることも厭わない。
    ・一方日本には、血縁共同体も地縁も宗教の共同体もない。あるのは、協働共同体である。会社組織が共同体になった。
    ・表向きは儒教で裏は法家で統治している。
    ・儒教の目的は良い政治をすることのみ。個人の救済なんて関係ない。
    ・良い政治をするための法術を定めたのが韓非子。なので、法律とは施政者のもの。西洋の法律が施政者から人民を保護するために生まれたのとは全く逆。従って、施政者側の事情が変われば法律が変わるのは当たり前。法律の解釈を役人がするのは当たり前。統治のために都合が悪くなれば法律は廃止していい。まあ、裁判所が判断するアメリカとは違い日本も法律解釈を役人が行うのは同じ。
    ・中国の中心にあるのは刑法。欧米は民法。
    ・儒教と法家の違いは、儒教が道徳、経済、軍備の順に重要なのにたいして、法家は経済、軍備、道徳の順。
    ・中国には近代的な所有の概念がない。なので、どこからが自分でどこからが他人のものかという線引きも曖昧なので、役得となり汚職となる。でも自覚なし。昔の日本もそうだった。占有と所有の線引きがあいまいな場合もある。

  • 中国・中国人の在り方がよくわかります。中国に働きに行くビジネスマンも、ぜひこの本を読んで欲しいです。

  •  社会科学系学者の小室直樹氏による中国原論。中国人の人間関係や法と歴史に対する認識を整理し、最終章で経済問題を論じている。
     この本が出版されたのは1996年は改革開放政策を薦めていた鄧小平が存命であり、安価な労働力を求めて外国企業の中国進出が始まった時期であろう。しかし、当時は成功例よりも失敗例の方が多かったようで、中国展開に戸惑う経済人の声に応えるために小室氏は本書を執筆したのであろう。
     現在は当時よりも相互理解が進み、中国展開の成功例も珍しくはなくなったが、中国の影響力は今まで以上に大きくなった。しかし、小室氏によると外部環境が変わっても中国社会の本質は変わらず、中国の「歴史は繰り返す」と言う。それが真実であれば、中国社会の普遍的な特質について言及した本書は今後も大きな価値を持つであろう。しかし、中国の歴史は中央集権化とその崩壊の繰り返し。中国共産党もまた同じ歴史を歩むのだろうか?

  • 中国人は信用ならんという話しを聞いたことがあったが、そのバックグラウンドが分かった。
    ●今日のなるほど
    ・中国社会の経緯は、タテの共同体たる「宗族」と、ヨコの共同体たる「幇(ホウ)」である。
     これらの共同体の存在によって、中国は幾重もの二重規範(ダブルノルム)が入り乱れた社会になっている。
      幇=中国独自の人間関係 例)三国志の桃園の義盟
         幇の人間関係と幇外の人間関係は全然違う 
        ∴二重規範となる
         → この命題こそ中国仁理解のための公理、大法則
    ・中国における人間形成は、一般的に漸進的(「あっという間に」とはいかない)
    ・中国では,資本主義と違って、契約は絶対ではないから「事情変更の法則」が乱用される。
    ・宗族は姓を有する父系集団
    ・歴史は中国人の「聖書(バイブル)」
    ・外国人が中国人と関係(クアンシー)、情詛(チンイー)の段階まで進むことは困難である。
    ・中国の契約は、内容より結んだことに意義がある

  • 「宗族」や「帮」といった中国特有の共同体の説明はとても新鮮でした。15年前に書かれたものですが、現在中国ビジネスに携わっている方にも参考になると思います。

  • 横のつながりである、輪と帮。縦の繋がりである宗が中国理解のエッセンス。法概念は古くから進化しているが、近代的法との概念が違う。儒教の裏の法家。信賞必罰。

  •  中国社会を分析的に眺めるには、横の糸の「幇(ほう)」と縦の糸「宗族」を見なければならなら無いと説く。■幇は、言ってみれば、利害を超えた犠牲を超えた愛みたいなもので、相手のためには命も惜しまない献身が成立する。極めて強固な人間関係によって出来ている。が、幇の規範の外の社会には、殺戮から権謀術数まで、ありとあらゆる手段は、幇を守り抜くためには使っても咎められるものではないという強力紐帯を軸として成り立っている。幇という普遍規範の前にはこの方の規範社会の段階の前が、情誼(チンイー)の規範社会である。情誼は、利害関係を含み情誼に反したものは、徹底的に排撃される。国家に反しても、情誼は守られなければならない。■宗族(そうぞく)は、姓を有する男系集団であり、血縁共同体のことである。同一宗族間では結婚できない。富、名誉、権力などは、同一宗族に分配され、その上で宗族内の各構成員に配分されることが多い。■どの宗族にも属さない中国人はいない。二つの宗族を持つものもいない。それに対して幇は、重複して入ることが出来る。無論情誼も重複所属可能である。情誼は、中国の現代倭寇(歴史的に中世で活躍した倭寇は、後期では日本人より中国人が多かったとされる)ともいえる蛇頭(じゃとう)はこの段階の集団だろうと判断するが・・・。■幇あるいは情誼と宗族という血縁社会によって、中国の資本主義は、完全競争が実現できない。完全競争は無個性なアトム化した個人が想定され、一物一価の原則と、「契約」絶対の観念が必要だからである。宗族の内部では、契約の遵守より、宗族の分配が重視され、契約は反故にされても宗族重視でいいのである。またこれが情誼の規範を市場より優先させるとすれば、情誼外の者たちには、一物一価という定価など守らなくてもよく、ボッタクリが多発する根拠ともなろう。■中国の契約観は、これから交渉の始まりであって、これからの交渉を本気で行いましょうという意思表示に過ぎない。双方が守るための契約ではないのである。幇と情誼の人間的結合の深い段階では、「契約」などいらないのであって、口約束で充分なのである。必ず守られるからである。よって、中国官僚と企業家が、情誼の段階にある人間的結合があれば、所有の観念が不在であるから、国家のものであっても企業家に与えることが不正とはならないことになる。近代成熟社会では汚職となることが、情誼の中では、人間的結合が賞賛されることになる。■粛清も宗族単位で行われると、たちどころに2万人、3万人といった多くの犠牲を出すこともこれで説明できる。■小室の視点は、経済にも及んでいるが、1996年の発刊であるにもかかわらず、中国の金融の不良債権の解決が困難であることをすでに説いているのは卓見であろう。

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