井沢式「日本史入門」講座〈1〉和とケガレの巻

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著者 : 井沢元彦
  • 徳間書店 (2006年9月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (370ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784198622312

井沢式「日本史入門」講座〈1〉和とケガレの巻の感想・レビュー・書評

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  • 弟がお見舞いに来てくれた際に、ハードカバーを4冊持って来た中の1つ。
    非常に面白かった。ユダヤ、キリスト、イスラムの一神教の成り立ちを時系列で整理してくれたところとか、目から鱗ですよ。すごくよく分かった。この話は是非ムスメや友人に伝えたいですね。一神教を理解する、というより世界の常識として知っておきたい。
    穢れについては、ちょうど昨日差別の社会学の本を読んでおり、えたひにんの「えた」が穢れが多いという意味だと知ったのでリンクした。革製品もね。昨日の本でえたは革製品を扱う職が多いと書いてあったけど、その理由もこの本で理解できた。
    あと、聖徳太子の分析も秀逸ですね。彼の憲法17条に日本人の「和」の宗教の根底が書いてあるとは

    国の成り立ちの話や、オオクニノミコトとアマテラスの関係とか知ってて知らないことのオンパレード。みんなよむべきだなあ。

  • 再確認。

    日本人の宗教、世界の宗教。
    自分達の『和』の精神。

    井沢さんの歴史感は非常に好き。
    日本の歴史教科書は、一体何なんだろうって思う。
    ただおこった出来事を覚えても意味がなく、その訳から日本人とはを学ばないとね。

  • キリスト教の奇蹟、人間にはできないけれども上にはできること、
    マタイによる福音書、
    ユダヤ人が待望するのは、自分たちだけを作ってくれる救世主、ユダヤ人、ローマ人の別なく神は全人類を救うと考えたのがキリスト教、
    キリスト教徒とは、イエスを人間ではなくキリスト、上であると考える人たち。ユダヤ教の信者は、イエスは人間であって、上ではないと考えている。
    イエスの血の責任は我々ユダヤの民衆とその子孫の上に降りかかって良い、新約聖書、
    厚く三宝を敬い、仏、仏の教えである法、仏の教えを実践する僧侶、つまり仏法僧、仏教を尊重しなさい。

  • 日本史 井沢元彦 宗教 天皇

  • ・織田信長→比叡山焼き討ち。昔は,武装した仏(僧兵)が,自分たちの宗教に合わない他の宗教を殺戮したり,寺を焼いたりしていた。織田信長後,宗教テロは一掃された。(元々,日蓮宗が「南無阿弥陀仏」と唱えていれば極楽へ行ける,といって,法華経を読んだのと同じ功徳が得られると言ったことで,老舗の天台宗が起こって天文法華の乱が起きた。比叡山延暦寺の僧兵が寺を焼き討ちし,老若男女問わず,サンバルテルミの虐殺のように文字通り皆殺しにした(京都にあった21の日蓮宗の寺を全て焼き討ちにした)。戦国時代は中央政府である幕府が崩壊していたため,誰もが武装していた。寺院も例外ではなかった)。信長は確かに比叡山を焼き討ちしたが,本願寺が「戦争行為はしません」と誓ったとき,一転して信仰の自由を認めた。
    ・哲学は理性で理解できるもの,宗教は理性だけなく感性がないと理解できないもの。(哲学は基本的に理性的な論証あるいは論理で物事を考える。感性がないと理解できないことというのは,具体的に言えば,神様はいるかいないか,ということ)
    ・最初の宗教は多神教でした。
    ・ユダヤ教が初めての一神教。
    ・世界人口62億人のうち,キリスト教21億人,イスラム教12億人。合計33億人で半数を超える(注:データ古い)
    ・一神教では,この世に何もないときに神様だけがいて,その神様が全てを作ったと考える。一神教がトラブルの原因。それ以外の神を認めるのはあいならん,となる。仏教の信仰の対象は仏様だが,元はお釈迦様で人間。一神教から見れば,いくら悟りを開いたといっても,泥をこねて作った人間を神と信じるのは,とんでもない冒涜。一神教とはかくも排他的,独善的なもの。
    ・ユダヤ教の神はユダヤ人のみを助ける「エホバ」。ユダヤ人は神と独占契約を結び,自分たちだけが救われるとした。モーセはエジプトにユダヤ人が捉えられたとき,大脱出をしたユダヤ人のリーダー。シナイ山で「十戒」を授かり,ユダヤ人とエホバの契約はさらに深まった。
    ・ソロモン王のもと,イスラエルは繁栄したが,その後,王国は分裂して,ローマ人の植民地となる。ローマは多神教。植民地にされてしまった約束の地(イスラエル)の独立を回復することが,ユダヤ人たちの願いと同時に信仰になった。そして,英雄の出現を待ったところ,イエスが表れた。しかし,イエスは,ローマをやっつけよう,ユダヤ人だけを救おう,とはならなかった。(ユダヤ人だけでなく,全ての者が救われる,と説いた)。ユダヤ人は,イエスはメシア(救世主)ではないと怒って,死刑を求めた。
    ・ロシア帝国のユダヤ人差別をきっかけに19世紀後半に始まったシオニズム運動(イスラエルにユダヤ人の国を作ろう)は,ホロコーストにより,「国を持たない民族は馬鹿にされる,やはり国を作らないとだめだ」という動きを加速させ,イスラエル共和国が建国された。それでその時にすんでいたパレスチナ人が割を食った。
    ・キリスト教は「三位一体説」により,(イエスも神,エホバも神,聖霊も神),一神教であることは矛盾しないとした。三位一体説は,初期キリスト教会が頭をひねって考え出したイエスはなぜ神であり続けるか,ということを説明する,神学上の最も重大な理論。キリスト教の99%までは三位一体説をとっている。
    ・カトリックは法王(教皇)を神の代理人と認め,法王をトップにしたピラミッド組織。プロテスタントは神の代理人を認めないため,自分がトップになることができる。だからプロテスタントにはたくさんの宗派がある。神父がカトリック,牧師がプロテスタント。
    ・600年頃,マホメットが「本当の神の声を聞いた」といって登場。「神は一つしかいない。三位一体説はインチキ。神はアッラー。」といった。
    ・一神教は,妥協点がない。
    ・昔,キリスト教とイスラム教は生活圏が違ったので,対立しなかったが,石油の登場により,抗争が生じることになった。一神教が危険という構図は,日本でも天分法華の乱にも見られる。
    ・人を殺してはいけない理由は宗教。神が殺していけないと言っているから。「宗教は人間の基本的な行動を決定するもの。」宗教という言葉に抵抗があるなら,民族の伝統的発想あるいは思想といってもいい。
    ・文明の個性は結論を言えば,宗教に集約される。

    ・聖徳太子の17条憲法(604年)。1条と17条で「和を大切にしろ。話し合いで決まったことはうまくいく。」と書いてある。2条が仏教のススメ。仏教より和を重視している。「和」が日本の宗教観。話し合いで決めたことは必ず正しい,という思想。和とは,協調性のこと。これは,世界の常識で考えれば,おかしい。貴族は王の言うことを聞くし,平民は貴族のいうことを聞かなければならない。論理的でないから,これは宗教と言える。
    ・明治天皇が宣布した「五箇条のご誓文」の第一条も「広く会議を興し,万機公論に決すべし」とあり,聖徳大使の17条憲法と同じ考え方。稟議書は,みんなで決めたことは必ず正しいしうまくいくという,日本人の信仰の一つの形態といえる。「根回し」もそう。権限があっても「根回し」がないと暗礁に乗り上げるのは,話し合い文化のなごり。
    ・仏教,キリスト教やイスラム教は現世の幸福よりも,来世で天国に生まれ変わることを重要視するので,彼岸主義の宗教といえる。現世で苦しんで死んでも良い。
    ・「和に基づく談合主義」が日本を支配する考え方。
    ・「和」は世の中が落ち着いているときはプラスに働く。しかし,状況が悪くなると,あいつもやってるから俺も,となりマイナス面が強くなる。欠点。
    ・神が一つなら,命令もたった一つ。
    ・日本書記は天武天皇(大海人皇子。壬申の乱の勝者。天智天皇の弟)の命令で作成された。
    ・天照大神の前(伊弉諾尊,伊弉冉尊の子供。天皇の発祥)は,オオクニヌシが先住民族の王。国譲りは,和の精神で話し合いで譲り受けた。普通は,新しい民族が入ってきたら,殺すか奴隷にするかして征服するが,日本の場合,最初から話し合い。
    ・出雲大社には,オオクニヌシがまつられている。(参考:伊勢神宮:天照大神,天満神社:菅原道真,厳島神社:宗像三女神(スサノオの剣から誕生。海上の神。八幡神社:八幡神(≒応神天皇),稲荷大社:稲荷神(京都一帯の豪族・秦氏の氏神),祇園神社(スサノオ)
    ・差別の原因は宗教。日本の部落差別は「ケガレ」(古事記に登場。)ケガレは汚れと違って目に見えないが,その存在を信じて,感じている。死をケガレとして,古事記の頃から嫌っていた。ミソギで清らかな見ず,きれいな見ずの中に入ると,流れて消すことができる。ケガレを忌避するため,皮をなめす仕事(動物の死体を扱う)は,差別的に見られていた。日本の皮の世界的ブランド(グッチ,フェラガモ等)がないのも,その理由か。
    ・宗教は一番根本の部分,神がいるということは物理的に証明できないが,それがあることを前提に,その後は論理で語っていく。ケガレもそう。実態として明らかに存在しているわけではないが,日本人は信じている。それによって日本人が動く。頻繁に遷都していたのも,その理由。日本の王者が住むという意味で「畿」と呼ばれ,近畿地方の由来になった。
    ・遷都を回避し日本の首都を発展させたのは,「仏教信仰」のおかげ。葬儀は仏教の担当。ケガレ仕事の外注。武士もまた,ケガレ仕事の外注。武士は最初は民間の自警団。政府が頼りにならないので,自ら武器を持ち,自分たちの生命財産を守る。
    ・「言霊」も万葉集の頃からある日本の信仰。
    ・日本はファーストネームで呼ばない。昔は,本名が知られてしまったら,呪いをかけられうると考えていた。
    ・日本人の危機管理下手は,言霊があるため。不幸なことを言葉で言いたがらない。
    ・天皇家のルーツは弥生民族。
    ・征夷大将軍の征夷は,えみしを征服するという意味。
    ・奈良時代,兵部省の武官が政府の役職として,軍隊の長である征夷大将軍を努めた。坂上田村麻呂は天皇の部下である軍事官僚としての征夷大将軍。
    ・前九年の役と後三年の役,「役」は外国との戦争を指す言葉。安部氏・清原氏(中央の文化と異なる文化)と,中央の源氏(清和天皇の子供から始まる家系)の戦いだが,異民族相手の戦いとみなされていた。
    ・江戸時代の日本は,餓死者の多い国だった(鎖国で,天候不順の場合に飢饉が起きると餓死する者が増える)
    ・米は本来暑いところの方が適している(かつ豊富な日光と水が必要)が,東北地方を征伐していく中で,稲作を課し,工夫を重ねて食べられるようになっていった。(大和朝廷の先住民に対する強制)
    ・焼酎の酵母は色々なものにつくから,米,麦,ごま,何からでも焼酎を造ることができる。酵母は暖かい場所では活性を失う。日本酒の南限は熊本。(日本酒は米麹(こめこうじ)にだけつく酵母を使う)
    ・お茶も温かいところの方が適しているが,水がいらない。
    ・寒いところに適しているのはそば。水もそれほどいらいない。
    ・わさびは寒冷であること,きれいな水が豊富にあることが必要。
    ・さつまいもは肥えていない土でも育つので,さつまの国の餓死者を救った。
    ・葛(くず)も繁殖力が強い。パスタのようにしてくずきりという栄養価の高い食べ物になる。葛の粉をお湯でとくと,葛根湯という薬になる。
    ・日本で年号が使われるようになったのは,大化の改新で天智天皇が蘇我氏を倒したときから。
    ・東北人の反骨精神。伝統的に馬鹿にされてきた。
    ・古事記は万葉仮名(大和言葉の音に中国文字である漢字をあてた),日本書記は漢文。7世紀は中国語が国際共通語。
    ・桓武天皇当たりからは天皇家の血統は,男系男子で続いている。
    ・源頼朝→征夷大将軍に任命するよう朝廷に依頼。征夷大将軍は、東夷を征伐する。東の地の司法権、警察権、立法権も持つ。これで武士の国を作れると踏んだ。元々、清和天皇のルールなので、天皇を殺すことまでは考えなかった。平家との戦いに負け、伊豆に流されたときに、北条政子と出会い結婚。父の北条時政は戦略家であり、大江広元とともに幕府トリオで、優れた政治ビジョンを発揮した。
    ・武士は、地方の農村開拓者。民間の武装兵団。ケガレ信仰があり、天皇は、刑部省の仕事が形骸化したあと、検非違使は作って都を守らせる(中級貴族)が、他は武士にアウトソーシングした。

    ・保元の乱で後白河上皇と崇徳天皇が争い、崇徳天皇が負ける。日本一の大怨霊として恐れられた。戦いは、武士をアウトソースした。武士は天皇など偉い人の護衛に当たっていた。天皇家の公式の戦いに正式介入した武士は、敵味方が官軍として戦い、生き残った平清盛と源義朝がそれぞれ平家と源氏の長者になり、これで平家・源氏が政治の表舞台にたってくる。なぜなら、平清盛の父が白河法皇のお気に入りで、武士として始めて殿上人になった(天皇の歩く御所の廊下に上れる人)
    ・平治の乱(1159年)で、源氏が平家に破れ、平清盛の政権が成立した。平清盛は武士で始めて太政大臣になった。
    ・平家・源氏は、皇族で下のレベルの人たちが「臣籍降下」で姓を与えられたものが発祥。源氏も、清和天皇のルーツや他の天皇のルーツなど色々。基本的には地方へ出て、武士になっていく。

    ・武士→開拓農民。自分で開拓した農地を経営している題上場経営主。私的武装集団。

    ・墾田永年私財法→開拓した土地を所有できるのは、中央の貴族、延暦寺・東大寺などの大きな寺社に限られていた。武士たちには土地の権利は長く与えられていなかったので、源頼朝は武士に土地の権利を与えるのがキーポイントと考えていた。平清盛は、太政大臣まで出世したが、天皇家とくっついて自分の血筋を入れようとしたが、武士の特権は得ようとしなかった。

    ・国司→今でいう県知事。
    ・当時の日本は60の国(今で言う県)からなっていた。このうち30か国以上の国司が平家一族で占められた。平家は中央も地方も抑えていた。

    <皇族のランキング>
    ・天皇→正一位(関白が該当)→従一位(太政大臣が該当。ただし太政大臣は絶対置くポストではなく、いない場合、左大臣が最高位)→正二位(左大臣)→従二位(右大臣)→正三位(正三位上、正三位下、従三位上、従三位下と細かく分類)(大納言、参議など、今で言う副大臣クラス) 
    ・江戸時代の征夷大将軍は従一位(征夷大将軍や関白は、令外官(律令制に入っていない官職))。元々、征夷大将軍は、四位という低い職だった。(蝦夷地を占領するための軍団の司令官という位置づけに過ぎなかったため)

    ・天皇の命令書は「綸旨(りんじ)」といった。王(天皇の孫。子供は親王)の出す文書は「令旨(りょうじ)」これでも三位レベルが言うのとは格段の違いがあるレベル。

    ・氏の正統の後継者を「御曹司」といった。

    ・木曽義仲は、都から平家を追い出すなど、優れた武将だったが、所詮は木曽の山猿、乱暴狼藉を繰り返し、それを統制することもできなかった。政治家としてのセンスなし。これは、後白河法皇が、天皇家までコントロールしようとする平家を疎ましく思って、義仲を利用したともいえる。だんだん義仲も抑えきれなくなってきたので、後白河法皇は、もう一つの系統の源氏(頼朝)を、義仲排除の方向に誘導。頼朝の命令を受けた、弟の義経が都を攻め、義仲は平家同様、都落ちした。

    ・荘園:脱税システム。そのまま農地にしていれば税金がかかるが、荘園(別荘の庭園)ということにしてしまえば、税金もかからなくなる。藤原氏は自分たちのためにこの法律を作り、藤原氏(大臣・官僚)は農村をどんどん増やし、利益を得ていた。(天皇の利益を奪った) 本来は、天皇家の土地、国有地を人民が借りて耕し、その借り賃として天皇家に年貢を納めるというのが当時の日本の租税機構。これを「口分田」という。これが荘園では無税になり、口分田で払うべき年貢より少ない年貢を藤原氏に納めればいいということになる。これで口分田を捨てて、藤原氏の荘園で働くようになる。その結果、政府から正式に貸与された口分田は、捨てられ荒廃していった。捨てられた田んぼは、一年でざ雑草ぼうぼう。これを荒地として、藤原氏が草を抜いてもう一度のうちにすると、そこは藤原氏の土地になる。これで藤原氏がどんどん肥え太っていった。
    ・藤原氏の中でも、近衛、鷹司(たかつかさ)、九条、一条、二条の五つの家は五摂家といい本当のエリート。関白職を独占した。

    ・昔は、都市は西の方が発展していた。東は荒地。白河の関(福島))より北は、人の住む場所じゃない、みたいな感じだった。

    ・欧州藤原氏のルーツは、元々、安部、清原といった東北地方の豪族の末裔(蝦夷の人たちなので、異民族視されていた)。これと、都から来た、ランクの低い藤原家が混ざった。

    ・源氏中興の祖である源義家(頼朝の遠い先祖)が、東北の人と戦った(前九年の役、後三年の駅)。日本史において、異民族との戦争の場合、基本的に「役」が使われた。蝦夷は、外国人のように見られていた。
    ・坂之上田村麻呂が関東から東北にかけて夷たちを追い払った結果、広大な土地が大和朝廷のものとなり、その広大な土地で農地開拓が進められたので、中央で藤原氏に圧迫されてうだつの上がらない人々が新天地を求めてやってきて、彼らが後に武士になった。

    ・朝幕並存体制は歴史的に非常に珍しい。普通は、新しい支配者が旧支配者を皆殺しにする。
    ・近代国家と前近代国家を見分ける方法は「野党」があるかどうか。近代以前の野党は、牢屋の中にいるか、墓の中にいる。
    権力を固めるというのは、悪いようにも聞こえるが、反逆者を消して、世の中を平和にする、という観点もある。
    ・源頼朝が天皇を消さなかったのは、天皇が「信仰の対象」だったから。天皇は神話のキャラクターであり、神。特別な家系であり、保護、保存されるべきもの。という信仰があった。日本人にとっては、単に自分たちの代表ではなくて、シンボル。
    ・天皇家が神聖なのは、神の子孫だから。神話の最初にあるように、天照大神の孫、ニニギノミコトの子孫が天皇なので、「これから私がその家系にとってかわります」とはいえない。

    ・源頼朝は、日本国惣地頭に任命することを朝廷に認められた。惣地頭は公職で、部下の武士たちを彼の権限で地頭に任命できるようになった。「地頭」はその土地の正式な所有者。これで一人ひとりが正式な土地の所有者になるという武士団の悲願を達成。
    ・頼朝は「日本国惣追捕使」という立場も勝ち取った。これは、後に「守護」と呼ばれる役職dえ、反乱や殺人などを犯した凶悪犯を追及するのが役目。自分の部下を任命できるようになった。朝廷が警察権力を武士階級に委任したこととイコール。都には検非違使という特別警察が置かれ、中級以下の貴族がなっていたので、全面的に委任したわけではないが。検非違使も令外官。

    ・源頼朝は征夷大将軍にこだわった。当時は、通信手段もなかったので、外地にいく将軍には、「徴兵権」、「徴税権」、「立法権」、「裁判権」が認められていた。これらは、本来ならば主権者がぜったに手放してはならないもの。しかし、何千キロも離れた場所の人と頻繁に連絡をとることが不可能だったので、これらの権利が渡された。これが幕府の正体。軍が駐屯する場合の臨時の基地。将軍が滞在しているところを「幕府」という。つまり、そこが「戦場」であることが示されている。
    ・征夷大将軍は本来、東国だけを臨時倒置するためのものだったが、承久の乱で天皇家が負けたことによって、征夷大将軍の倒置範囲が西にも拡大され、日本全土を統治するようになった。

    <軍隊>
    上から、大将、中将、少将(これらは将軍(general))、海軍の将官だけは、提督(admiral)という。
    その下に、准将(brigadier general)、その下に大差(海軍ではcaptain、、陸軍ではcolonel(カーネル))
    海軍では、大きな戦艦の艦長は、大概「大佐」。巡洋艦や駆遂艦の艦長は「中佐」、潜水艦あたりだと「少佐」が艦長を勤めたりする。陸軍では、大佐は連隊長クラス。
    だいたい四十ぐらいで中佐。日本の自衛隊もほぼ同じ。自衛隊では大佐、中佐といわずに、一佐、二佐、三佐という。一佐はだいたい40~43歳くらい、30代後半で大佐になったら相当な出世頭。

    陸軍の最小単位は、十人くらいの「班」。班が4つくらい集まると「小隊」、それがいくつか集まると「中隊」、それがいくつか集まると「大隊」、それが集まると「連隊」、それがいくつか集まると「旅団」、旅団が二つくらい集まると「師団」、師団が2~3集まると一万人、二万人規模の「軍団」になる。

    ・昔は、各省庁のトップを「卿(けい)」といい、「かみ」と読んだ。「国」で一番偉い人、中央の朝廷から派遣された今の県知事に当たる人は「守(かみ)」と書いた。

  • 宗教、思想を縦軸にした日本の通史。
    縦軸の補強・論拠として歴史的事実を展開していく手法。
    持論の展開のためだけにざっくりと利用されてる話題もあったが、そのおかげで全体としては一貫性があり読みやすい。
    導入としてはいい本なのではないかと思う。

  • 「和」についての部分は大変興味深く読んだ。ケガレと言霊の部分は少し早足に思える。一冊「和」だけでもよかったかも。

  • 逆説シリーズをコンパクトにしたような内容。

  • 十七条憲法の第一条が「以和為貴」で始まることの重要性を主張しています。初めて読んだので、面白い視点だとは思いました。

    あとこの本で、天文法華の乱(法華一揆)について初めて知りました。

    ケガレや言霊の件については、ちょっと粗い印象です。

    不幸な亡くなり方をした皇族に「徳」という文字が使われているのは、同じ「徳」という文字が名前に入っている自分にとってちょっと気になりますが、これもまた日本人として言霊を信じているからなのでしょうか。

  •  日本の歴史教育はなぜ役に立たないのか!?

     歴史は過去の履歴である。そしてそれは本来、民族の特質を理解するのに非常に役立つものだ。しかし日本の歴史学あるいは日本の歴史はその面であまり役に立っていないと著者はいう。起こった事件の羅列に終始してはその本質を見失う。すべてつながっている一つの流れを見出すこと、その中から共通点をサルベージすることこそ必要なのだ。本書は日本の根本原理、「和」の思想からはじまり、世界宗教のパースペクティブから位置を確認していく。歴史を知るということはどういうことか再確認させられる。

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