新・雨月下 戊辰戦役朧夜話

著者 :
  • 徳間書店
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感想 : 10
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  • Amazon.co.jp ・本 (496ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784198629052

作品紹介・あらすじ

白河口は膠着状態にあった。西軍側は伊地知正治と共同で指揮をとるため、土佐の板垣退助が加わった。奥羽越列藩同盟軍による白河の小峰城奪回の総攻撃は8回とも失敗。長岡城を奪還したものの、負傷した越後の蒼龍・河井継之助は斃れ、そして秋田久保田藩が西軍側に寝返り、続いて三春藩が裏切った。奥羽越列藩同盟の瓦解が始まった。戊辰戦争がもたらしたものとは…常に叛史の視点から作品を生み続け、冒険小説を牽引してきた船戸与一が、近代への幕開けに真っ向から取り組んだ渾身の巨編。

感想・レビュー・書評

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  • 戊辰戦争はつらい。為政者である武士が意地をはったばかりに、領民がひと方ならない苦労をする。そういう意味では、容保の責任は、重い。兄さんの慶勝の処世の方が
    なんぼか領民は救われたであろう。しかし、尾張では、人は泣かない。桑名、会津で泣ける。そこまで追い込む必要があったのか。薩長でも人物を得ることが、なかった。それも不幸であった。

  •  船戸与一による戊辰戦争、正確には奥羽列藩同盟の戦史小説である。史実に創作の主人公を加えることで、政府あるいは藩や征討軍の視点ではなく、庶民や間諜などの下からの視線で描いている。
     そもそも会津若松城の攻防に関しては、白虎隊に代表されるように多くの本があるが、白河城や長岡城の戦いについても関連付けて記した本はあまりないように思う。その辺りの歴史を知る上でも役に立つように思う。本書では、創作の主人公たちと、歴史上の実在人物が交じり合うものの、大枠では史実で、細部は創作とおおよその区別はつくからだ。
     戦争なので血なまぐさい話は多いものの、それでも時の流れというか勢いには抗しえないとか、現実的な官軍に対する観念的な会津藩とか、武士の理屈とは次元の異なる百姓町人の生き方とか、今に通じる様々な状況が含まれているのは、さすがである。単なるおもしろい小説ではなく、船戸与一らしさに溢れた本である。作者を知らずに読んでも、これは船戸与一の作と分かるに違いない。代表作のひとつに数えてもいいと思うできである。

  • 慶応4年3月11日の江戸開城から同年(実際には直前に元号が変わって明治元年)9月22日までの、わずか半年ばかりのお伽噺なれども、読み疲れた。元ネタたる会津戦争も、著者が描くとやはりハードボイルドで、歴史を見失いそうだ。奥羽越列藩同盟と新政府軍、烏合の衆同士が争う。ともに内輪の同盟藩を信用できなかったり、牽制しあったり。そうした内戦の辛い結末を伝える重い小説において、物部春介とモモの舞台装置はどうにも違和感がある。長編なのに多くの登場人物たちそれぞれが通り一遍に描かれていて、もうひとつ入っていけず仕舞い。

  • 戊辰戦争の中で、特に東北戦争で奥羽越列藩同盟の滅びを描いた小説。船戸与一なので、当然、目線は新政府軍ではなく奥羽越列藩同盟寄り。頑迷な会津藩を、進取の気性に富んだ英傑揃いの薩長軍がやっつけました的なイメージはきれいに壊される。内戦とはこんなものだろうなと思わせるような話がたっぷりつめこまれた歴史エンターテインメント。タイトルが新雨月になっているからといって、雨月物語のような怪異譚ではない。登場人物が雨空に月を繰り返し見る場面が登場するので、新雨月というタイトルになっているようである。

  •  『満州国演義』の手法は、従来の船戸的叙事詩というよりも、歴史小説的醍醐味を味わわせてくれる。ただし満州を舞台にした戦争への前夜の暗黒史を、四人の兄弟のそれぞれの個を描くことによって、様々な個性の視点に絡めた戦争と時代とその悲劇の本質を見極めようとした挑戦の志に満ちた新しい小説でもある。

     その手法をそのままに、戊辰戦争を描いたものが本書である。京都の蛤御門の変でもなく、新撰組の記録でもなく、函館戦争でもなく、その狭間、最も苛烈な篭城戦となった会津城攻防に至る奥羽越の列藩の動きのなかで翻弄される個の魂たちのこれは碑である。

     船戸与一は山口の出身である。このことは、実は、幕末から帝国主義の歩みを始める日本の歴史を叛史の視点から見定めようとする船戸の作家的存在価値からは重要な要点であるように思う。なぜ薩摩長州が日本を治める戦いに勝ったのか、その反勢力である会津、また榎本武揚率いる艦隊はどのように敗戦の道を辿ったのか、この史実をあくまで叛史の文学がどのように表現するのかについて極めて興味深い。

     主人公は三名。長州藩の間諜として僧に成りすまし一揆を誘発させる物部春介、河合継之助に心酔し博徒から足を洗い歴史の目撃者となる布袋の寅蔵。会津戦争を内側から体験する奥垣右近。それぞれが会津、庄内、長岡、仙台などを駆け巡り、徳川幕府対官軍の権力争いの戦闘の中、日本の夜明け前の泥濘を血まみれになって駆け回る。

     全体の歴史像を認識していない読者でも、このリアルな戦場からの語り部に耳を傾けることにより、日本の現在(いま)がどのように幕を開けようとしたのかその真実の一端に触れることができるだろう。

     奥羽越に今も生きる人々の間にはあの戊辰役は内乱であったとの認識が強い、と聴く。あのとき幕軍についたか官軍についたかという藩毎のサバイバル・チョイスが今なお敵対心や怨恨を残すとも言われる。廃藩置県から遠く現代においても、藩の時代の城主たちの選択が日本をニ分割した戦争にある方向性を確実にもたらしたことは確かであり、作中のある人物が語るように、時の流れに逆らうことができなかったのかもしれない。

     最後に船戸自身の口から終章が語られるのだが、この戦争を生き延びて、勝ち組に名を連ねたり、負け組としてさらに重用されたりした人物のその後、さらには血と殺戮の時間を背後に置きやって風のように消えていった実在の人物たち、そうした背景が、枯れ野原のようになった古戦場に唸る風の音のように語られる。

     その先に日本帝国主義が誕生せざるを得なかった国内の軋み、天皇を担ぎ出して官軍と名乗ってきたことの後世への不条理、庶民ではなく、常に権力者たちによってのみ弄ばれ行く国家的悲喜劇と、その中で常に翻弄されるしかない残酷なまでの市井の民たちの累々たる屍の山ばかりが切ないほどに瞼に残る。

     叛史の立場から取られた筆は、『満州国演義』へ繋がる同じ地平で、船戸の日本史観を徐々に明らかにさせているように見える。

  • 一将成りて万骨枯る。枯れゆく万骨を見つめ続ける叛史の人。ハードボイルドやわぁ。

  • 船戸作品は、基本的に読みづらい。背景となる設定の情報量が多いため、軽い気持ちでサクサク読み進める、というわけにはいかないのだ。
    中でも、今作は特に読むのに苦労した。人名・地名がバンバン出る。一回こっきりの出番の人物の名前もバンバン出る。「登場人物の数」では歴代最多ではなかろうか。巻末の「実在した登場人物のその後」だけでも30ページ弱、100人超の情報が記されているくらいなのだ。

    呉越同舟。油断大敵。独特の台詞回しに多彩なキャラクター。怒涛のクライマックス。悲愴。混沌。滅び。そして生き残る人々。
    船戸作品の魅力は今作でも健在である。初心者にお勧めするには難がありそうだが、ガッツリ「叛史」に浸れるのは間違いない。

  • 書き込んでいるが、やや散漫な印象。絞り込んでいればもっと面白かったと思う。
    ただし、クオリティはさすが船戸与一

  • 時代の流れに逆らうことはできないのですね・・・後書きで、戊辰戦争後の説明も詳細で歴史を学べます。若いってすごいですね!!

  • 正規藩士(又はそれに準じるもの)でありながら非戦闘員という三人の主人公を西軍×東北連合軍の双方に配置することによって戦いを俯瞰させ、読者を感情移入させないという手法はまさしくハードボイルド。私は、日清・日露戦争と一次対戦・二次対戦って個別の戦争として認識していたんですが加藤陽子さんの『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』を読んでその戦争が全部一直線に繋がっていたことを最近気付かされて驚いたんですが、実は鳥羽伏見から太平洋戦争までが一直線だったように思えました。それにしても「○○魂」の胡散臭さ。「薩長はこんなことはしない」と言いながら、結局「大和魂」で意味のない特攻に殉じ、婦女子は航空機に竹槍で対抗しようとし、本土決戦となれば集団で自刃。長い長い終章が物語の血生臭さをちょっとだけ緩めてくれた感じです。それにしても斎藤一の「その後」には驚いたなぁ。モモの位置づけだけがよく判らない。政治とは無関係の農民・民衆の象徴なんだろうか?

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