生きるぼくら

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著者 : 原田マハ
  • 徳間書店 (2012年9月13日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (385ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784198634711

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生きるぼくらの感想・レビュー・書評

  • この本の主人公の、人生(じんせい)くん。
    三浦しをん作『神去なあなあ日常』の、勇気くん。
    誉田哲也作『幸せの条件』の梢恵ちゃん。

    お節介な仲人おばさんと化して3人のところに押しかけ、意気投合させて
    「日本の第一次産業を引っ張ってくぞー!の会」結成の瞬間を
    ぜひ見てみたい♪ なんて妄想してしまいます。
    「男子ふたりの名前が揃いも揃って暑苦しい」と、梢恵ちゃんに突っ込まれそうだけれど。

    マーサさんのおにぎりが、亡くなった母が握ってくれたおにぎりに重なって
    ああ、あのおにぎりを、もう一度食べたいなぁ!と思いました。
    友達のお母さんが握るおにぎりは、小さい俵型とか三角とか、どれも可愛らしいのに
    母のおにぎりはゲンコツみたいに大きくて、まんまるで
    幼心になんだか恥ずかしかったりもしたのですが。
    小さいおにぎり、三角おにぎり、ゲンコツおにぎり、そのどれにも
    炊き立ての熱々ごはんを握ってくれた人の想いが込められていて。

    そして、そんなおにぎりをリュックに詰めて出かけた遠足。
    バスの車窓から「きれいだね~」と無邪気に眺めた青々とした田んぼでは
    ひと粒の種籾から4000粒のお米が取れるのだと言うけれど
    その4000粒をつつがなく収穫するまでには、気が遠くなるくらいの
    手間と時間がかかっていて、そこにも、関わった人の想いが乗っかっていて。

    今も田んぼを「きれいだなぁ」と眺めるばかりの私が
    簡単に感動した!なんて言うのは申し訳ない気がするのですが、
    いじめ、引きこもり、加齢、認知症など、生きていればこその辛さを
    自分たちの血となり肉となる米を作ることで、キツさも喜びも含めて
    じわじわと乗り越えるつぼみや人生に
    うん、そうだろうなあ、そうでなくちゃ!と、やっぱりうれしくなるのです。

    自分で作ったお米で、大切な人におにぎりを作ってあげたい。
    そんな具体的で、現実的で、がんばればきっと手が届く希望を胸に米を作り
    誰かが握ったおにぎりに、生きることをやめない力をもらう。
    そんなふうにして続いていく人の営みが、しみじみ愛おしくなる1冊です。

  • 高校生のとき、ひどいいじめにあったことがきっかけで引きこもり生活を送る、24歳の麻生人生。食事は母親が準備したコンビニのおにぎりやカップ麺。ずっと支えてくれていた母親も生活に疲れ切ってしまい家を出た。一人残された彼は残されていた年賀状を頼りに、父方の祖母が暮らす蓼科の家を目指す。

    ようやくたどり着いた家には、父親の再婚した相手の連れ子である、21歳のつぼみがいた。不機嫌そうな彼女もまた、両親を失い、祖母であるマーサばあちゃんを頼ってきたのだった。
    頼みの綱の祖母は、息子を失ったショックが引きがねとなり、認知症の症状を呈し、人生のことを思い出せないようで・・・。

    それでも人生のことを気の毒に思った祖母が用意してくれた食事の、とくにご飯のおいしさに目を見張る人生。今までの彼は空腹を満たすためだけにものを口にしていたことに気付き、相手を思って用意した心のこもった食事によって心も満たされていく。

    祖母の家を自分の居場所として根を下ろすことを決め、仕事に就き、ついには、つぼみや周りの人たちの助けを借りて、無農薬の不耕起栽培で稲作に挑戦することを決意する。


    なんといっても、収穫した米をかまどで炊き、豚汁や漬物とともに、米作りを助けてくれた人たちと一緒に味わうシーンがいい。苦労してきた過程の一つひとつが味わいを深め、本当にうまいご飯を笑顔でほおばる人生たちがいる。
    香りや匂いは脳に直接届くらしいんだけど、うまい!という感情も脳を直撃しそうな気がする。
    それらの苦労と味わいによって、人生は祖母や母親に対して「ごめんなさい」と「ありがとう」が心の奥から引き出されてくるのだけど、相手を思って行うことが、結局自分の足元をしっかりと固めてくれていたんだよね。


    年末年始ハレの食事が続いて、出かけた先で贅沢して非日常が続いていた私。どれももちろんおいしく満足だったんだけど、日々のごはんも暮らしも無理のない範囲で(←現実的!)大切にしたいなあと、読み終わって思うのでした。

  • 母子家庭でのつましい暮らし。ひどいいじめをきっかけに高校を中退し、就職口を探すも見つからず。。いつしか引きこもり4年目を迎えた人生。そんな折、母が突然失踪し困り果てた彼は蓼科でひとり暮らす祖母を訪ねることにしたのだが、ようやく会えた彼女は認知症を患っていた・・・。

    マーサおばあちゃんと人生、そして「もうひとりの孫」つぼみと。奇妙な3人の生活が始まり、、、

    トラウマから抜け出せず、梅干しを食べられない人生と両親を失い、心ない人々のせいで対人恐怖症になったつぼみ。マーサおばあちゃんの認知症の進行を食い止めるきっかけになればと、自然農法による米作りを再開しようとする二人だがそれは思った以上に困難な道であった・・・。

    愛情を込め、人の手で握られたおにぎりの味。自分たちで育てたお米の甘み。赤くて酸っぱい梅干し。

    いじめ、ひきこもり、認知症、介護、就職難・・・現代の問題を包括しながらも、美しく厳しい蓼科の自然と、あたたかくパワフルなおっちゃん・おばさんに囲まれて変わっていく若者たちが清々しい。

  • いじめ、とか身内の死、とか老いによる痴呆とか。
    それまではすっきりと晴れ渡っていた青空が
    突然現れた暗雲に覆われてしまうと
    途端に
    不安になる。
    泣きたくなる。
    絶望する。
    そして
    時に死にたくなる事さえある。

    だって
    もう見上げても(生きる)希望なんてどこにもないから。
    私達の心は
    鏡の様に空を映す、まるで海の様だな。

    でも、
    心は海でも体は違う。
    体は単純に生きたがる。
    腹が減ると
    ぐうぐう鳴って
    (食べましょう!食べましょう!)
    と、騒ぎ出す。

    食べましょう、食べましょうとは
    即ち
    生きましょう、生きましょう、と同じ事。

    『生きるぼくら』は、
    私にとって、晴耕雨読小説だ。

    晴れた日はくたくたになるまで
    働き、
    (物語では米作り、これが相当楽しいっ♪)
    何にも出来ない日は
    読書で一休み。

    表紙では物語の主人公の若い二人が
    お日様みたいな笑顔で手を振っている。
    その裏表紙には木陰で2人を見守るおばあちゃんの姿。

    私はどっこいしょ、とおばあちゃんの隣に腰掛け、
    宮沢賢治の詩集と
    東山魁偉の画集を広げ、
    この素晴しいひと時を楽しむのだ。

    暗い雲の事など、読後にはすっかり忘れてしまうだろう。

  • とてもいい話でした。
    ひきこもりの若者が立ち直っていく話が、淡々と自然に、じつは熱をこめて、描かれています。

    学校でのいじめがきっかけで、ひきこもりになった麻生人生。
    母は働きづめで、毎日おにぎりと大量のカップ麺を用意しておいてくれたが、人生が24歳のある日、疲れたと出て行ってしまう。
    その正月に来た年賀状を見るようにという書置きを残して。

    蓼科に住む祖母のマーサ(真朝)には、両親の離婚後会っていなかったが、年賀状を見て訪れることに。
    座敷童子のような女の子が同居しているのに驚くが、つぐみというその子は相次いで両親を失って対人恐怖症になっているという。
    マーサおばあちゃんは認知症になっていた‥

    マーサおばあちゃんは古来からある農法で米を作っていて、農薬を使わないために大変な手間がかかる。
    近所の人に教わりながら、マーサおばあちゃんの田んぼで米を作ることにした人生。
    やや上手く行き過ぎの感もありますが、これだけ一気に環境が変わると、そういうこともあるかもしれない。
    農業の描写に熱がこもっているため、説得力があります。
    作者が何度か取材したというレベルでなく、1年にわたって通い続けたからなんでしょうね。

    就活に行き詰って家に逃げ帰ってきた大学生に、さりげなく物を教える立場にいつの間にかなっているという。
    母親になかなか連絡を取らないのが気になっていました。
    お母さんは本当に疲れたんだろうなあ、でも今突き放せば何とかなるのではないかという感触もどこかであったのでは‥それにしても、はらはらしていたことでしょう。
    最後は感動的で、心からほっとしました。

  • 原田マハさん、やっぱり好きです。
    数ページ読んだ時点で、ぐっと本の中に引き込まれる。
    近くの図書館に原田マハさんの蔵書が少ないのが残念・・・

    中学から壮絶ないじめにあっていた「人生」は高校中退し引きこもりに。
    ある日、母が突然いなくなり、母以外身寄りのない人生は1枚の年賀状を頼りに父方の祖母マーサおばあちゃんが住む蓼科へ。
    そこには認知症を患っていた、マーサおばあちゃんと、人生の父が再婚していた女性の子供、つぐみがいた。つぐみもまた、対人恐怖症で母も父も亡くし行くあてがなく、彼女もまた1枚の年賀状を頼りにマーサおばあちゃんのところにやってきた。
    そこから3人の生活が始まるんだけど、人生が引きこもりだったとは思えないくらい、どんどん成長していく姿に「えらい!!頑張ってるね」といってあげたい。

    人生とつぐみはマーサおばあちゃんの田んぼで、なんとか米作りをしようとみんなの力をかりて頑張ります。この米作りおばあちゃん流の自然のやり方で、苗も1つ1つ手で植えていく。本当に大変な作業だと思う。
    本を読みながら自然と水田の風景が浮かぶ。といっても、家の目の前に水田がひろがっているんだけど・・
    いつもなにげなく見ている風景だけど、こうやってお米を作ってくれてるから私たちは美味しいお米が食べられるんだな~と感謝せずにはいられません。今はまだ小さい苗が愛おしく思えました。

    人生もつぐみも周りの人の力を借りながら、田んぼにマーサおばあちゃんのお世話に頑張ります。若者が頑張る姿っていいな~と私も生きる活力をもらえるような本でした。

    マーサおばあちゃん、かわいくって素敵だし、人生の周りにいる人たちはみんな素敵でした。

  • 一気読みでした。
    つくづく私は、こういう物語が好きなんだなぁって…。

    お米づくりも、認知症も、介護も、引きこもりからの脱出も、
    現実はこんなに甘くはないだろうけど…。
    それでも「あ~面白かった~」とにっこり♪

    人生とおばあちゃん、つぼみ、志乃、純平、そして父と母。
    蓼科の風景、東山魁夷の絵画、お米の花が咲く瞬間、
    心に残るシーンがいっぱいです。

    少し前まで、自分のことしか考えられなかった人生が、
    純平のお兄さんみたいになったときは、思わずにんまり。

    ”おにぎりは、人の手でむすばれた形。
    ふたつの手と手を合せて、ほっこり握る。
    「これを食べる人が、健康でいっぱいご飯をたべられますように…」
    と作った人の祈りの形。”

    読んだら絶対おにぎりが食べたくなります!

  • 高校で酷いイジメにあい、中退し定職にもつかず引きこもりをしている主人公・人生は、とうとう母親にも見放されてしまい手元にあるのは5万円と年賀状数枚。これからどうすれば良いか路頭に迷った人生は子供の頃の思い出を胸に父方の祖母のいる蓼科に向かう。
    引きこもりで自暴自棄だった主人公が生きる意味や価値を得るという有りがちなストーリーだが、逞しく変わっていく若者たちに清々しさを感じた。蓼科の空気と稲作、温かい人々が気持ちをほっこりさせてくれ、読み始めた頃は人生に対して嫌悪感があったのに、終わる頃には全ての登場人物が愛おしく思えた。小説とはいえ、人はちょっとした事で変われるんだなぁと思える一冊。

  • 麻生人生、引き篭もり、母に見捨てられ24歳で捨て子に…。大好きなばあちゃんが余命数カ月と知りいざ蓼科へ!
    人生はばあちゃんを手伝い昔ながらの機械を使わない『自然の田んぼ』で米作りをする事になる。
    かっこいい大人たちに囲まれながら人生は稲と自分を成長させていく。彼は一番食べて欲しい人におにぎりを渡す事が出来るのか⁉︎
    かっこいい大人にはなれそうにない私だけど、自然のまんま、そのまんま、がんばらなくてもいいんだよ、ってばあちゃんが言ってくれた気がする。
    東山魁夷の絵、宮沢賢治の詩、美味しいおにぎり、母の愛、こんなに心地よい小説は久しぶり。

  • 先週、土日に行われたセンター試験の国語の問題が新聞に掲載されていたので、取り組んでみた。
    さすがに現代国語は殆どできたけれど、古文や漢文は分からないな、もう。
    世界史もやってみたけれど、遥か忘却の彼方だ。
    現代国語は小林秀雄大先生の評論からの出題で、彼の評論など久々に読んだ。
    さすが、たいしたものですな、小林先生は。
    刀の柄に関する話なのだが、文章の流れといい、構成といい、難解な内容を申し分ない論理展開と的確な比喩や表現力で書き表した、まさに見事な評論です、はい。
    こういうものをたまに読むと、自分が偉くなったような気になるね(笑)。
    やはり、読みやすいものだけではなく、たまには難解な日本語を駆使した評論や小説を読まないと思考力が鈍くなるなとあらためて感じました。

    さて、この小説。
    三浦しをんちゃんの「神去なあなあ」シリーズは林業小説だが、こちらはもっと珍しい農業小説だ。
    ひきこもりだった主人公「人生」が、母親からも見放され、突然一人ぼっちに。
    頼れるのは、信州は蓼科にいるおばあちゃんだけ。
    わずかばかりのお金を懐に茅野のおばあちゃんを訪れれば、なんと自分のことを覚えていない。
    おばあちゃんは認知症にかかっていたのだ。
    そして、父親のもう一人の娘との出会い。
    そこから、主人公「人生」の新しい生活が始まる。
    一年の歳月をかけて、お米の栽培。
    そこで暮らす人々とのつながり。
    「生きる」ってこういうことなんだ。
    お米も頑張っているんだ。
    田んぼに生息するすべての生き物も頑張っているんだ。
    だから──。
    しっかりとした目的を持った「人生」の新しい“人生”が書き綴られていく。

    爽やかな読後感。
    林業にせよ、農業にせよ、こういった地味な題材を小説として読ませるものに仕上げるのはなかなか難しいと思うのだけれど、それをいとも簡単に創り上げる力量はさすがだ。
    やはり、原田マハさんの作品には外れがないなあ、と思ったのでした。

  • ひきこもりだった青年「人生」がふとしたことがきっかけに信州でコメ作りを通じながら自分の人生を取り戻していく。

    話の筋としてはまあ、ありがちかなという感じがする。内容も予定調和的な感が否めない。決して悪くないんだけど。
    私の中で違和感を消せなかったのがマーサばあちゃんの言葉づかい。信州のおばあちゃんてこんな言葉づかいするかな??元教師って設定にしても無理があるような・・・。リアリティに欠ける。
    これだと何だか八千草薫が和服着て田植えしてる感じ。

    「楽園のカンヴァス」で原田マハってこれだけ書けるんだ!って感動しただけにちょっと残念。

  • 原田マハさんによる農業お仕事系な一冊、食育的な要素も。

    主人公はいじめが原因で引きこもっている麻生人生、24歳。
    両親は既に離婚し、母親に頼り切って生きていたのですが、、

    とある日、その母親が失踪してしまいうところから物語が始まります。
    このままでは路頭に迷ってしまう、人生。

    わずかに残された資金と祖母からの年賀状を頼りに、
    両親との思い出に呼ばれるように、蓼科の祖母の家を訪れることに。

    そこには、息子(人生の父)を失ったショックで認知症となった祖母・マーサと、
    祖母にとってのもう一人の孫、つぼみ(21歳・ツンデレ)が暮らしていました。

    記憶の中の元気な祖母とのあまりの落差に愕然とする人生ですが、
    そんな中、祖母の用意してくれた食事の“美味しさ”にガツンとやられます。

    右往左往しながらも、現地で仕事を見つけて、祖母と共に生きていこうとする人生、
    そのキーになるのは「無農薬&不耕起栽培での稲作」を復活させようとの想い。

    周囲の人に助けられながら、一つ一つ成長していく人生とつぼみの様子が、瑞々しく。

    美味しそうな食事を題材に、「食べる」ということ、「いただきます」との言葉、
    そして「ありがとう」との想い、、それが自然と引き出される環境が素敵です。

    自然に根ざして美味しいものをたくさん食べたくなる、そんな一冊です。

  • 親の離婚、執拗ないじめ、就職難民のあげく引きこもりになってしまった人生くん。
    疲れ果てた母親にも捨てられて、途方に暮れた挙句、むかし大好きだった父方の祖母・マーサばあちゃんに会いに蓼科に向かいます。
    そこで出会う血のつながってない妹・つぐみと、認知症を患ったマーサばあちゃんの世話をして、外で仕事をはじめて、おばあちゃんの田んぼで常識的でない米作りに挑んでいく。

    人生くんとつぼみちゃんが必死にもがいてがんばって、変わっていく姿
    昔ながらの自給自足の生活で、みんなから愛されるマーサおばあちゃん
    認知症の家族を支えることの大変さ
    毎日食べてきたお米の作り方
    人の手で握られるおにぎりの味

    いろんな角度から物語を味わえて、いろんな経験ができたような充実感がありました。
    ただの立ち直り話ではない、とてもいい話でした。

    ちゃんと母のもとに帰ってくるところがすごくいい。
    梅干しおにぎり、とびきりおいしいんだから。

    むかし、「人生とは、人が生きるではなく人が生みだすと書く」と言ってた人がいたなぁと、思い出しました。

  • 小説で感動して泣いたのは久しぶりでした。丁寧で優しくて色んなことを教えてくれるお話。
    親子愛、たべものへの感謝がぎっしり詰まっていた。
    人が死ぬから泣ける小説はあまり好きじゃない。それを読んで、いつかはいなくなる周りの人を大切にしようと思うのはいいことだと思うけど、どうせなら一緒に生きていくことを想像して、いつまでもおいしいごはんを一緒に食べられるようにと考えるほうが楽しいと思った。
    大切な人たちと、感謝しながら食事をし続けていくこと、「生きるぼくら」。

  • ほかほか炊きたてのご飯とともに、家族で一緒に食卓を囲めるありがたさをあらためて感じました。

    自分の子どもも、おにぎりをよくお弁当にリクエストしてきます。お米があっつくて手にべとべとくっつくので、実はあまり作るがの好きではなかったけど、次からは心をこめてにぎろうと思います!

  • 米を食べよう!

  • 原田マハさんも9作品目になるのですが、様々な事情で少し生きづらくなっている主人公が、素敵な巡り会いや、頼りになる周りの人達によって本来の姿、生きやすい姿を取り戻していくストーリーが多いのかな、という印象です。この本もそうでした。そんな自由自在に病状が変わるのか、という疑問はありますが、特に引っかかる所もなく清々しい読後感でした☆あー、差出人にそういう裏があったのか、と知った時は涙、最後はまたまた涙で読了です。さらっと読めました。

  • 忘れかけていた物を思い出させてくれ、何故かほっとする優しい心になっている自分。感謝の一冊。「お米の力を信じよう」「自分の力を信じよう」って意識は意外と弱く、時として弱きな心に惑わされるんだよね。

  • マハさんの本だから…と安心して手に取ったのだがやはり作家がタイトルに「生きる」というワードをつけるにはそれなりの覚悟が必要なようで本作もいつになく重々しいタッチのプロローグ。
    しかしそれも束の間で骨太のテーマはそのままに彼女らしいクセのない爽やかな文章で期待通りのハッピーエンドに導いてくれます。
    そしてもうひとつのサブテーマは稲作、それも自然有機農法。農業新聞に載る故いい加減な知識では通用しないのだがそこはお得意の神技的取材力でさらりと本格に迫っているところも好感。
    またひとつの名作が産まれた、とってもとってもいい本です

  • 昔ながらの手作業のコメ作りを実践してきた祖母のマーサ。

    これに挑戦する事となった引きこもりだった青年・人生と、対人恐怖症のつぼみ。師匠の祖母は田植えが始まる前に認知症が進行し携われなくなってしまう。

    人生を立ち直らせようと、あえて自分が消える事で息子に生きる道を開かせようとした母。

    周囲の人々に助けられながらも厳しい米づくりをやり遂げた時、人生はそんな母の気持ちに気づくことができる。引きこもりでバーチャルな世界だけでも生きていけると思っていた人生が、人とのかかわりや厳しい経験で何倍も素晴らしい生活に切り替わる。

    原田マハさんらしい切り口のおかげで、素直に物語に入っていくことができた。

    私も新米を栃木の親戚と鹿児島の友人からいただく。その艶と甘みと美味みともちもち感にいつも感激するが、これだけの苦労を知るとより有難く思える。マーサさんが孫たちに語った「お米の一生は人の一生に似ているのよ。」「ひと粒のお米には七人の神様が住んでいらっしゃるのよ。」というおばあちゃんの知恵袋的なお話しはあたたかく心にしみた。

  • 登場人物がみんな素敵だった。特にマーサばあちゃんは別格。認知症になってしまったのは切ないが、かわいらしい部分は残ってて、勝手に自分の祖母のような気持ちで見つめていた。
    認知症や老いていくことは仕方がない事だけど、それにどう付き合っていくか。あんなに可愛がってくれた人が自分のことを忘れてしまうなんて辛いだろうな。身近な問題で身につまされた。
    主人公の人生がみるみる変わっていく姿はちょっと出来過ぎだけど、あれだけ劇的に環境が変わると、人も変わらざるを得ないのかも。
    生きる力、生きることをやめない力を信じること、っていうマーサばあちゃんの言葉に励まされた。
    一生懸命働いて、ごはんが美味しいってのが、いちばんシンプルで幸せなのかと。
    マーサばあちゃんのおにぎり食べたい。お米ってすばらしいな。

  • 良かったです。久々にボロボロ泣きました。

    引きこもりの人生(主人公の名前です!)が、助けを求めた蓼科のマーサばあちゃん。
    そこで出会った座敷童子(!?)風の娘・つぼみ。
    茅葺き屋根の古い家で、三人の共同生活が始まります。
    ちょっとベタな再生物語の設定ですが、なかなか深いです。

    彼らを取り巻く人々も本当に優しくて、頼りがいがあって、かっこ良く素敵な大人たちです。
    助けを求めること、頼ること、大切なんですよね。
    人生やつぼみにとっては、一番しんどいことですが…。

    マーサばあちゃんが語った、お米の話。
    「お米の生きる力、生きることをやめない力を信じる」
    なんともシンプルだけど心に染みる言葉です。

    そして、手で握ったおにぎりを無性に食べたくなります。

    美術館のキュレーター出身の原田さん。
    やっぱりいいところで、素敵な絵画がでてきます

  •  「生きるぼくら」ってうまい表現だな、と読んで思った。読むまでは違う想像をしていた。
     引きこもりから抜け出して、生きていることを実感していく様は一生懸命さが
    よく伝わってきた。支えてくれる人たちはあたたかくて、こんなふうに人と人との関わりが
    広がればいいなあと思った。
     おもしろかった、けれど現実感がわかず、展開もある程度よめてしまって物足りなかった。

  • love米が小説になってる!
    両方読んでいるからこそ、また深いかも知れない。
    マハさんの小説は出てくる人たちがみんな一生懸命生きてる。
    上手には生きられていないかもしれないけど、下手な分だけ、人の痛みもよくわかっている。
    読む度に、私も頑張ろうと思える本。

  • 心がとても温かく揺さぶられる作品でした。
    主人公である引きこもりの24歳「人生」(という名前)が、母子家庭ながら自分を育ててくれた母の失踪を機に、田舎の婆ちゃんの所へ行き、昔ながらの米作りを通して家族の絆、大切にしなければいけないものは何かを見つける物語。

    なんかうまく感想書けないけど、「逃げないことの大切さ」を感じました。

    ″大切なことなのに面倒なことは先送り″
    甘えられる状況だととかく陥りがちですが、「自分に厳しく」というよりは「自分に誠実」に生きなきゃダメだとこの作品で教えられました。

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生きるぼくらの作品紹介

生きるぼくらは原田マハさんの作品です。
波乱万丈な人生の24歳の主人公の人生は大好きなおばあちゃんのために蓼科に向かいます。おばあちゃんと一緒に機械を使わない昔ながらの田んぼ作りを体験していきます。自然の中でおばあちゃんと暮らしながら自分を成長させていきます。日本人としてお米を食べたくなってしまう気持ちになる作品です。

生きるぼくらのKindle版

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