日本人はなぜ特攻を選んだのか (一般書)

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著者 : 黄文雄
  • 徳間書店 (2013年11月21日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (213ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784198637057

日本人はなぜ特攻を選んだのか (一般書)の感想・レビュー・書評

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  • 特攻について深く考えたことはなくて、その意味なども巷で聞いたことをなんとなくそうなのかなと思っていました。
    けれど特攻に焦点をあてたこの本を読んで、大西中尉の言葉を知って、特攻を選んだ理由が分かった気がします。いくつかのことが腑に落ちました。日本人として、この本を読んでおいて良かった。

  • 特攻作戦はよろしくないが,特攻に行った青年を責めるのはさらによろしくない。特攻という言葉に拒否反応を示して、見ないふりをするのが今の日本の戦争教育だ。

  • 日本人なら誰でも太平洋戦争末期に、連合艦隊の空母が壊滅となって打つ手がなくなり「捨て身の攻撃」をしたと理解しているのではないでしょうか。恥ずかしながら私はそうでした。

    「なんて無駄な戦法を取ったのだろう」という思いは、私がそれまで知っていた神風特攻隊に関する知識(作戦開始直後のみ少し効果あって、後半は殆ど効果なし)と共にありました。

    しかしこの本の記すところでは、実数をあげて、かなり多くの米国の軍艦・輸送船に被害を与えていて、通常攻撃よりもはるかにダメージを与えていたというくだりもありました。米国兵に恐れられていたのは事実(当時は軍事機密だったようですね)で、特攻隊の効果はかなりあったようです。

    戦後70年近くになり私達は幸せに暮らしていますが、それも彼等が命を張って日本を守ろうとしてくれたお蔭なのだと思いました。

    以下は気になったポイントです。

    ・1944年10月のレイテ沖海戦とフィリピンにおける日米両軍の攻防は、大東亜戦争における天王山であった、このフィリピン決戦において戦局打開のために行われたのが特攻(空中特攻、水上特攻、水中特攻、陸上特攻)である(P13)

    ・特攻隊員の殆どは、下士官と学徒出陣の士官(将校)であった、下士官は、海軍では予科練(飛行予科練習生)、陸軍では少年飛行兵といった生え抜きが主軸、学徒出陣の士官においては、海軍は飛行予備学生、陸軍は主に幹部候補生・特別幹部候補生・特別操縦見習士官出身者、年齢は10代後半から20代(P20)

    ・レイテ沖海戦以降、特攻によって撃破・撃沈した連合軍の艦艇は278(一説では322)隻で、米軍死者は1.2万人以上、特攻による被害が最も大きかったのは沖縄戦、34隻の米軍艦艇沈没、368隻が損害(P25)

    ・これまで白色人種の西欧列強に勝つことなど到底無理と思っていたアジア各国に希望を与えたのが、日本が戦った大東亜戦争である(P36)

    ・日本人は名誉を重んじて死ぬこと(玉砕)をよしとする民族、アッツ島・マキン島・タラワ島・サイパン島・グアム島・テニアン島・硫黄島・沖縄などの玉砕は世界を驚かせた(P48)

    ・ワシントン会議において日米英の主力艦保有総トン数が3:5:5と制限されたので、新兵器の開発をした。米英より射程距離の長い艦載砲、爆薬量2倍の93式酸素魚雷、人間魚雷「回天」は93式の3倍の魚雷である(p75)

    ・伊58は1945.7.30に、米重巡「インディアナポリス」に魚雷を命中させて轟沈、終戦になって新潟市に投下する3発目の原子爆弾を運搬中との伝聞もあった。(p77)

    ・本土決戦において、日本海軍は殆ど壊滅であったが、本土防衛兵力は100万人、1万機の軍用機は温存、2000人以上の特攻隊員もいた(p79)

    ・台湾でも朝鮮でも、もともと徴兵制は敷かれておらず1944年になってようやく施行、当時において徴兵を受けるというのは、正真正銘の日本国民として認められたことを意味する、他の国の植民地では、このような平等政策は行われていなかった(p92)

    ・中国では兵は、たいてい流民か乞食を強制連行して編成していた、なので中国の軍隊には後ろに督戦隊とよばれる自軍を見張る部隊がいた、日中戦争中には、日本兵はたいてい1対10で中国軍に勝っている(p135)

    ・武士以下の階級は切腹する権利がなく、死をもって償うためには処刑されなければならなかった、武士は切腹という特権を確保し、自死は武士としての名誉と体面を守った(p142)

    ・ハルノートの要点は、1)日本軍の中国、付印からの完全撤退、2)中国は重慶政府のみ認める、3)日独伊三国同盟を太平洋地域に適用しない(p158)

    ・大日本帝国は、インドネシア・ベトナム、ビルマ、マレーシアの支配者だった、イギリス・フランス・オランダを追い出したので、日本の敗戦後に旧宗主国は戻ってきたが、植民地には戻らなかった(p171)

    ・新生中華民国は政府が乱立、1938年の武漢陥落後、中華民国内ではアメリカが支援する蒋介石の重慶政府、ソ連が支援する毛沢東の延安政府、日本が支援する中国内各政府を統合した汪兆銘の南京政府の三つ巴の代理戦争が繰り広げられた。(p173)

    ・1942年2.15のシンガポール陥落は、白人支配の終焉を告げる大きな象徴的な出来事になった(p181)

    ・イギリスは18世紀中頃から、イギリス東インド会社によってインドを植民地化、1877年にはイギリス領インド帝国を成立、ビルマも同様、インドネシアは17世紀からオランダ東インド会社の支配が続き、1824年からはオランダ領となった、インドネシアを救ったのは日本(p189)

    ・戦後、戦争に負けた国だけではなく、勝った国も植民地統治ができなくなっていた(p204)

    2013年12月23日作成

  • まだまだ自分は勉強不足なので、様々に語られる、太平洋戦争、大東亜戦争に関してはまだわからない。
    ただ、台湾人の筆者の視点というものもあるのかなと思う。
    もっと勉強して、自分の中での戦争観を築いていきたい。

  • もともと、特攻隊ものは大好きだが、これだけ、素直に褒める事の出来る、
    外国人(台湾生まれ)も、珍しい。本当に、なぜ、日本人は特攻と言う、世界でも例を見ない、作戦を行ったとか?
    日本人、すべてに読んでもらいたい一冊。
     皆さん、もう一度、この精神を見直しませんか?

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戦後の日本では特別攻撃隊に対して、とかくマイナスのイメージが強かった。「国家による洗脳と強制による無駄死だった」といった否定的な論著が多かった。だが海外ではこの特攻に驚愕し、日本だけがなし得た「奇跡」だと評価する声も多いのである。外国人の論評とともに、日本国内で歪められてきた特攻隊の実像に迫り、彼らの犠牲が日本の将来を決定づけたことを解説。単なる戦争回顧ではなく、日本人論、日本精神論にも迫る秀作!

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