死刑 人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う

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  • 朝日出版社
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  • Amazon.co.jp ・本 (328ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784255004129

作品紹介・あらすじ

人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う。書き下ろし最新作、死刑をめぐる三年間のロードムービー。

感想・レビュー・書評

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  • 死刑制度に賛成か反対か。
    筆者とともに、私も迷いながら読んで言った。

    この本以外にも死刑についての本を何冊か読んだ事はある。
    被害者が死刑を望む気持ちはもちろん分かる。
    ただ死刑囚と関わる人(看守、教誨師等、死刑執行のボタンを押す人)の事を考えると、筆者が最後に言ってたように「死んで欲しくない」って気持ちは間違いないと思う。

    自分もどちらかといえば、死刑反対とは思うが、死刑となる事により初めて悔い改める人が出てくるのも分かるので、やっぱり必要なのかなー
    うーん、やっぱり分からない!

  • ノンフィクション作家の森達也が死刑囚、刑務官、教誨師、元検事、存置派、廃止派など様々な人にインタビューをして、死刑制度について考えていく。著者は基本的には、最初から最後まで死刑には反対の立場をとっているが、心は揺れ動き、迷いや葛藤が素直に書かれている。
    今まで知ることのできなかった(というより、知ろうとしてこなかった)死刑の実態を知ることができ、改めて死刑について考えるきっかけになったという意味で、とても有意義な本だった。

    事件の加害者、被害者に対して、私たちは第三者であって、当事者にはなれない。でも、この国のすべての行政手続きは主権者である私たちの合意のもとにあるので、死刑制度について私たちは同意していることになる。つまり、死刑制度については、私たちは当事者なのだ。という著者の主張はもっともであり、見ぬふり、知らぬふりをしているわけにはいかない。答えを出すのが難しくても、考える責任がある。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「答えを出すのが難しくても、考える責任がある。 」
      白黒ハッキリさせるコトだけが正しいような風潮の中で、森達也は貴重な発信者だと思う。
      ...
      「答えを出すのが難しくても、考える責任がある。 」
      白黒ハッキリさせるコトだけが正しいような風潮の中で、森達也は貴重な発信者だと思う。
      死刑の理不尽さや、冤罪による取り返しのつかない事態を思うと同時に、被害者(の遺族)の思いも汲み取る。。。
      2014/05/14
  • 死刑存置か廃止かを考えるための一冊。だけどジャーナリズムの在り方を考えるためのものでもある。ジャーナリズムとはって観点からみるとめっちゃ★5つだけど、死刑とはって観点からからみるとそうではない。つまりこれを読んだことによって、ますますわからなくなった。多分それが死刑の本質のような気もするし、そういう意味ではわかったといってもいいのかもしれないけど。

  • すごくよかった。読んでよかった。それを考えない自分じゃなくてよかった

  • 日本では現在80%以上に人が存置に賛成との世論調査もあり、死刑制度が簡単になくなるような状況にはないようだ。
    しかし、死刑制度を維持するべきという考えそのものは、論理的には破綻していると思う。犯罪抑止力もないし、死刑囚の「人権」の面からもいっても世界的な潮流に反している。それでも日本に死刑制度が存在するのは、森氏が言うように、日本人の「情緒」がそれを許すからである。「人殺しに生きる資格はない」、「被害者感情を考えたら、命を持って償ってもらうしかない」とか、そういう感情。
    日本の死刑制度はかなり不思議だ。一般的には、死刑そのものがどういうものであるかはまったく知らされず、誰が処刑されたかも、死刑囚の処遇もわからず、とりあえず存在だけしてる制度。被害者の遺族が処刑を見ることも無く、誰にも知らせずに死刑囚を処刑するなら、死を持って罰を与えるという本来の意義はどこにいったんだか?と思う。
    しかも、死刑について公に議論することはとても難しい。死刑制度に反対する議員連盟も、数はわりと多いのにひっそりやってるらしいし、その手の民間運動はいつも白い目で見られる。この傾向は、オウム事件や残酷な少年犯罪を経て年々強まっているようだ。
    制度として存在しているということは、国民にも必要とされてるということなどで、存在意義など語る意味なし!というところか。制度として議論不可能というところは、天皇制と似ている。

    本を読み終わって、日本の死刑制度は、「遠山の金さん」の最後の場面に良く似ていると思った。金さん(司法)が、弱きもの(被害者と遺族)に代わって、「死罪とせよ!」と言うアレ。首切りはもちろん出てこない。テレビだから当然。視聴者(国民)はそれを見て、「ああよかった、これで可哀想な主人公は救われるね、悪い奴もこの世からいなくなるね、めでたしめでたし!」と喜ぶんである。
    実際、日本の死刑制度を支える国民感情は、この程度の覚悟の無さにたどり着いてると思う。

    さて、この本の森氏は、世論の「情緒」に対して、自分も情緒を持ち出して対抗しているようだけど(本人は情緒ではないと書いているが)、どこまでいっても水掛け論で、結局日本の死刑制度は変わらないんだろうなあ・・・という思いが残った。
    死刑のない国(カナダ)で暮らしていると、本当に、死刑存続の意味が理解できない。日本は(アメリカも中国も)なんて野蛮な国なんだろう、こういう国には住みたくないなあと思ってしまう(帰りたいのはやまやまだが・・・)。

  • 門田隆将さん著「君はなぜ絶望と闘えたのか」と合わせて読んだので、どちらかに寄るというよりは、制度自体が被害者にとっても(冤罪の可能性を含む)加害者にとっても、また、執行のボタンを押す人にとっても、乱暴なのだろうと思う。

  • 「13階段」を読んだときにも思ったこと。

    死刑について、ほとんど知らない。

    悪いことしたら、牢屋に入らなきゃいけないよ、
    人を殺したら、死刑になるんだよ、

    という、子どものころに聞かされた程度のことを、
    認識としてもったままだった。

    しかし、実際、人を殺しても、死刑にならないものもいるし、
    無期懲役は、一生牢屋、ではない。

    本文内に、事件被害者の経費は実費だと読んで、
    そういったことも初めて知った訳で、

    まずは、多くの人が、犯罪にまつわるあれやこれやを、
    「知ること」
    そして、被害者たち、加害者たちがどういう扱いを受けるのか、
    「知ること」
    それに尽きるなと思った。

    存置か廃止かは、簡単には決められない。
    もっと「知らなければ」。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「もっと「知らなければ」。」
      知れば知るほど、悩んでしまいます。
      「もっと「知らなければ」。」
      知れば知るほど、悩んでしまいます。
      2014/05/14
  • 人は人を殺せるし、人は人を救いたいと思う。嗚咽、

    教誨師という存在を初めて知った。死刑執行の時に、死刑まで追い込む検察官はその場にはいないし、どうやって死刑になるのか知らない人ばかりだし、そこらへんの仕事はしてる人はその話がタブーなわけで、、、
    死刑囚になる大半の人はたぶん孤独であったことが、犯罪を犯してしまう大きな原因なんだろうけど、そこで死刑にしたからといって、被害者遺族に応報するのかと言ったら、被害者が戻ってくるわけではないし、という堂々巡りの思考が頭の中一杯になる。

    存置か廃止、私には全然決め切れないけど、
    死刑制度がある限り死刑になりたくて犯罪を犯す人もいるわけで、解決方法にはなってないんだろうなと、それについては強く思う。
    やっぱり、人と人は助け合えるから人として生きれるんだと思う。うん。

  • 森達也さんの著書はいつか読もうと何冊も積ん読してあるけれど、どれも内容が重いのでなかなか読めずにいる。今回は「死刑執行人サンソン」を読んで、ちょっとこちらも読んでみようという気になりました。
    森さん自身は死刑廃止の考えを持っているけど、けっして、死刑廃止論を押しつけるような本じゃない。森さんの、悩んで悩んで真摯に向き合って考えて、という姿勢が本当に好感が持てる。存置派も、廃止派も、日本国民であるなら死刑についてもっと知るべきなんじゃないか、ということを訴える本。
    でも、読んでも読んでも、日本という国は死刑の具体的なことについては隠そうとしているんだな、ということが分かるばかりでもどかしい。開かれた司法と称して裁判員制度を押しつけるくらいなら、刑場を公開するとか他にすべきことがあるんじゃないだろうか。死刑がどういうものかもよく分かっていない一般人が、裁判員裁判で死刑判決を出すことに、すごく矛盾を感じた。

  • 死刑。
    自分もずっと考えている。死刑とはなにかを。

    存置か廃止、そんな簡単にうすっぺらい言葉で自分の想いは表せない。いや、表せないのは自分の結論が出ていないからなのかもしれない。

    でも、私も森さんと同様、救いたいと思っている気がする。というか生きて欲しいと思うんだと思う。
    他者と共に生きていくこの世界において、私は簡単に人を見捨てることなど到底できない。それは論理ではないのかもしれない。論理というよりは感情なんだと、そう思う。

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著者プロフィール

森 達也(もり・たつや)
1956年、広島県呉市生まれ。映画監督、作家。テレビ番組制作会社を経て独立。98年、オウム真理教を描いたドキュメンタリー映画『A』を公開。2001年、続編『A2』が山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。佐村河内守のゴーストライター問題を追った16年の映画『FAKE』、東京新聞の記者・望月衣塑子を密着取材した19年の映画『i-新聞記者ドキュメント-』が話題に。10年に刊行した『A3』で講談社ノンフィクション賞。著書に、『放送禁止歌』(光文社知恵の森文庫)、『「A」マスコミが報道しなかったオウムの素顔』『職業欄はエスパー』(角川文庫)、『A2』(現代書館)、『ご臨終メディア』(集英社)、『死刑』(朝日出版社)、『東京スタンピード』(毎日新聞社)、『マジョガリガリ』(エフエム東京)、『神さまってなに?』(河出書房新社)、『虐殺のスイッチ』(出版芸術社)、『フェイクニュースがあふれる世界に生きる君たちへ』(ミツイパブリッシング)、『U 相模原に現れた世界の憂鬱な断面』(講談社現代新書)、『千代田区一番一号のラビリンス』(現代書館)、『増補版 悪役レスラーは笑う』(岩波現代文庫)など多数。

「2023年 『あの公園のベンチには、なぜ仕切りがあるのか?』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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