理不尽な進化: 遺伝子と運のあいだ

著者 :
  • 朝日出版社
3.69
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感想 : 73
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  • Amazon.co.jp ・本 (448ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784255008035

作品紹介・あらすじ

99.9%の生物種が消える?
生存も死滅も運次第?
この世は公平な場所ではない?

「絶滅」の視点から生命の歴史を眺めるとどうなるか。
進化論が私たちに呼び覚ます「魅惑と混乱」の源泉を、科学と人文知の接点で掘り当てる、進化思想の冒険的考古学!


「生き残りをかけた生存競争」「ダメなものは淘汰される」「環境に適応しなければ」……こういった物言いを、私たちは毎日のように耳にします。

ここでは、「進化論」(ダーウィニズム)が、世の中を説明する根本原理、あるいは自然法則のようなものとして使われています。現代において進化論は、科学理論の枠を超えて、この世界を理解するための基本的なフレームワークになっているといっても過言ではありません。

しかし、進化についての私たちの常識的なイメージが、生物進化の実相とかけ離れているとしたらどうでしょうか。実は、進化論という名のもとに、私たちがまったく別のものを信じ込んでいるのだとしたら?

本書は、「絶滅」という視点から生命の歴史を眺めながら、進化論という史上最強の思想が私たちに呼び覚ます「魅惑と混乱」の秘密を明らかにしていきます。生命の歴史が教えるのは、地球に出現する生物種の99.9%以上が絶滅してしまうという事実。
この驚くべき事実から出発して、本書は、おもわず息をのむような、生物進化の「理不尽さ」という眺望にたどりつきます。それは、私たちがふだん信じている、「生き残りのサクセスストーリーとしての進化論」とは、まったく異なる認識です。

それだけではありません。超一流の専門家たち、たとえばリチャード・ドーキンスとスティーヴン・ジェイ・グールドがどうして激しく争わなければならなかったのかも、この眺望のもとで理解可能になります。そして、私たち素人と第一線の専門家がともに直面する共通の課題が浮かび上がってくることでしょう。

科学の時代における哲学・思想のありかたに関心をもつすべての人、必読の書です!

感想・レビュー・書評

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  •  これは進化論を扱っているのですが、理系の本ではなく、はっきりいって哲学書のようなものです。しかもユーモアに富んでいます。不思議な本です。

     これまで地球上に出現した生物種の99.9%までが絶滅している、しかも絶滅した生物は遺伝子が悪かった(適応能力が劣っていた)のではなくたまたま運が悪かったのだ、従って生物の進化というのは自然淘汰(=適者生存)だけでは説明できないのだということから話が始まります。

     ここで著者は「適者生存」という言葉がトートロジーではないかという疑念を持ち出します。この言葉は「適者が生存する」ということだが、では何をもって適者と判断されるのか? それは生き残ったことをもってではないのか? であれば「適者生存」とは「生き残ったものが生き残る」という同義反復であり、いわば「独身者は結婚していない」というのと同じことではないかと断じます。その後、進化論主流派のドーキンスと反主流派のグールドの争いを通じて、議論は進化論に留まらず「科学とは何か?」という方向で深まって行き「宗教・芸術論」や「人間論」にまで達します。

     本書には重要な示唆がちりばめられています。
    ① 私たちが日常出会う「進化論」は、単に科学的な進化論のアイデアを「言葉のお守り」として用いた誤解に満ちたものである。
    ② ダーウィンの登場によって進化論が社会に普及したが、それはむしろダーウィン以前の「発展的進化論」の蔓延であった。
    ③ 適応主義をめぐってグールドが「なぜなぜ物語はいらない」といったのに対してドーキンスは「なぜなぜ物語こそ必要だ」と反論した。ところで、進化論における適応主義はパングロス主義のような盲目的信仰ではなく入手しうる最善の科学的方法論であった。この点でグールドに論争での勝ち目はなかった。
    ④ 進化論のハードコアは自然淘汰と生命の樹という二つの仮説でありこれらが連動しているので、自然淘汰説は必然的に生命の樹という歴史理解の領域に足を踏み入れざるを得ない。
    ⑤ ガダマーは「説明と理解」の枠組みを破棄し、それを「方法と真理」という別の区分をもって代えた。何故なら、「理解」とは「説明」と対立するような学問的方法論ではないからである。
    などなど。これだけだと何のことだか分からないでしょうけど、本書を読むとよくよく腑に落ちます。

     全体を通じて、著者の読みの深さに驚かされました。著者は膨大な量の文献をしっかり読み込んでいます。著者が微妙な概念を的確な言葉で表現することで、不明瞭なイメージにはっきりとした輪郭が与えられていきます。ただ、全体の纏めに相当する「私たちの『人間』をどうするか」という最後の節だけはあまりにも観念的・形而上学的な論の運びについて行けませんでした(著者のいわんとすることは理解できるものの、大風呂敷の過剰な議論に感じてしまう)。

     著者が「本書の主目的は進化論を解説することではなく、私たち自身の進化論理解を理解するという点にある」と書いているとおり、本書は「進化論」の本ではなく「『進化論』論」の本です。少々難解ですし、「ええっ? それはちょっと飛躍し過ぎでは?」と首をひねりたくなるような強引なところもなきにしもあらずでしたが、「科学とは何か? その人間との関係はいかにあるべきか?」ということを多面的に考えるうえで一読の価値はあると思います。

  • 吉川浩満の隠れファンとして、読まねばならぬ一冊。
    少しシニカルな語り口の巧妙さで、文量にもめげずに引き込まれて読み切ることができました。

    章を重ねるごとに内容が難解になっていくのがみそ。
    キャッチーでタイトルにもなっている「理不尽な進化」だけさらうなら序章でいいかもしれんが、クルードの論説に踏み込んで、進化論の科学的な部分と歴史学的な部分の狭間の矜持を主張するまでついていく価値あり。

    確かに素人な私のために繰り返しが多いサービス精神に少し疲労する感はあるが、何度も反復することで理解度が増したり、勘違いが是正されたりと非常に有効。
    補註の参考図書がいつも通り魅力的で読みたいリストが増しましですね。

    あとは、「ブックカタリスト」の紹介してるエピソードで復習だな。

  • ・僕はダーヴィンの「進化論」とは、外部環境が変化した時に、その変化に適切に対応した生物が生き延びるという「適者適存」の理論だと理解していたが、これが大きな勘違いだと分かったことは大きい。きりんのはなが長いのは、サバンナで遠くに外敵(ライオン)がいるのを見つけやすいと同時に、高い木にある葉っぱを食べられるように、きりんが「進化」したからだと思っていた。
    第一章 絶滅のシナリオ
    ・ビジネスの社会においては、進化論な考え方は僕も含めてみんな大好きで「進化しない企業はつぶれる」「外部環境に適応せよ。さもないと市場から淘汰される。」「わが社のDNAは・・・」といった文脈の中で使われることが多いから、あたかも進化論を自然科学の原理原則のように漠然と考えていたことも大きいと思う。
    ・絶滅への3つのシナリオは
    ①弾幕の戦場(field of bullets)
    ②公正なゲーム(fair game)
    ③理不尽な絶滅(wanton extinction)
     ・理不尽な絶滅とは、ある種の生物が生き残りやすいという意味ではランダムでなく選択的だが、通常の生息環境によりよく適応しているから生き残り易いというわけではない絶滅。突然のルールの変更。
    で③が最も影響力があるシナリオ(ラウプ)

    ・地球上の生命体の99.9%は絶滅するのだ。その理由で最も有力なのは③の理不尽な絶滅。

    第二章 適者適存とは何か
    ・適者適存とはあくまでも結果としての適者適存にすぎない。条件は
    ①個体的に性質の違いがあること
    ②その性質の違いが残せる子孫の数と相関すること
    ③それらの性質の違いが次世代に伝えられること
    ・だれが生き残るのか?それは最も適応したものである。では誰が最も適応したのか?それは生き残ったものである。適者適存はそれ自体にトートロジーの概念を含んでいる。
    適者は事後的に定義されざるを得ないということは、自然選択の母集団が(予めきまった方向の変位や組み換えではなく)「ランダムな変異や組み換えでしかない」という積極的事実に対応している。適者を結果論的トートロジカルに定義したことが、ダーウィニズムの最大の経験的テーゼ。
    ・ダーウィン以前の進化論は、ラマルクであり「用不用説と獲得形質の遺伝」を唱えた。キリンの首が長いのは、先祖のキリンが高所の葉っぱを食べるために首をのばす努力を続けて、その努力の成果が多くの世代に渡って伝えられたため。
    ・ダーウィン以前は進化=進歩であり、進化を予め決められた方向への前進であるとみなしていた。いわゆる発展的進化論。一方で、ダーウィンの考え方には進歩も定向進化の考え方もない。そして、この考え方はスペンサーの社会進化論へと繋がる。社会進化論は産業革命後のイギリスを参考にしている。
    ・ダーウィンの考え方は、生命の樹(tree of life)。進化の方向性は予めきまっているわけではなく、予見不可能な偶然性に支配されているもの。

    第三章 なぜダーウィニズムはそう呼ばれるのか
    ・素数ゼミ。
    ・適応主義。適応の目的は、遺伝子の保存およびその増殖のため。でもパングロス主義のように足は半ズボンをはくためにあるのではない。。
    ・荒野に石がおちており、その理由をきかれたら、ただそこにあるからという。では、精巧な腕時計ならどうか。これは誰かの企みだと思う。そして誰かとは神のことだ。ダーウィンはそうではなく、その理由を過去の歴史に求めた、ボトムアップのアプローチなのだ。本質はエンジニアリングであり、アルゴリズムである。
    ・ダーウィンの革命性は生物進化が自然淘汰というアルゴリズミックなプロセスの結果であることを見出した点にある。
    ・進化論とは自然淘汰のアルゴリズムをリバースエンジニアリングにより解読すること
    ・進化論が行うリバースエンジニアリングによって中心的役割を担うリサーチプログラムが適応主義である。
    ・遺伝子の保存および増殖の根源的な計画の単なる断片あるいは局面とみなす自然淘汰説。
    ・スカイフック(神)とクレーン(歴史による実証)

  • 「ワンダフル・ライフ」に心躍らせ、「パンダの親指」に唸った経験の持ち主は多いことだろう。そんなグールドがどこで誤り、それをどのようにドーキンスが超克していったのか、それを素人でもわかるように解きほぐして解説している内に、進化論そのものがはらむ現代性や問題点など(いや、逆か、われわれが進化論に対して抱く問題点か)についても語り、大きなうねりとして科学の一つの分野を物語ってくれる本。400pはあっという間。でも、文体に多少好き嫌いはあるかも。

  •  打ち合わせ・会議・対話をよくする人に読んでもらいたい本である。どうして議論は紛糾するのか。その本質が見えてくる。
     進化。科学者が探究するも結論が出ていない。その背景について述べた本である。
     新商品/新サービス/新事業企画、研究開発。新しいものを生むことを生業にしている。もしくは関係しているのであれば、読むと良いと思う。
     本書の言う「理不尽」とは何か。これは99.9%以上の種は絶滅してきている。それも遺伝子の良し悪しではなく不運による。これが本書の主たる主張である。
     ダーウィンの進化論を考える時。私たちは今いる生物を基準に考えがちである。一方、絶滅している99.9%以上の種がある。大絶滅が5回も生じている。そちらからの視点で見る。この方が自然であると感じた。
     また、生物が複雑な目的を持って複雑なものに進化したと考えがちである。上記の通りほとんどの種は絶滅しておりたまたま生き残ったものが複雑なものだったということである。
     また適者が生存する訳だが適者の基準も不明確になりがちである。これもメリットから考えがちである。一方、よく調べてみると隠れた制約がありそれに適合しているだけだったりする。
     これを最初に提示した新しいものを作ろうとするビジネスに適応して考える。すなわちほとんどのビジネスは失敗する。たまたまうまくいった例を分析することがほとんどである。
     この本をよむと実はそうではなく制約の方に目を向けるのが良いと分かる。制約自体が時を経て変化する場合もある。見えていないこともある。それを見つけることで生き残る確率を高めることもできるのかもしれない。
     こういう話だとスティーブ・ジョブズが脳裏に浮かぶ。彼が素晴らしいのは他の人には見えていない隠れた制約を見つけ出す能力に長けていたということなのだと思う。
     ボタンを一つにする。無くす。ペン型のポインティングデバイスは廃して指だけで操作する。今となっては当たり前だが誰もそれが重要だとは気が付かなかった。
     進化の場合は紙はサイコロを振り続けている。一方、こういう天才は裏のロジックを知っている。つまりサイコロをふるのをスキップして結論に達せられる。そういうことなのだろう。

  • 偶然絶滅を免れたものが生き残り、進化している。ただ、生き残ったとしても環境適応しているはずだが。
    パンダの親指(6本目の指):実は手首の骨の一部が進化。途中段階では役に立たない。パンダ以外の熊でもこのような進化があったのか。
    グールド『進化理論の構造』(未邦訳) The Structure of Evolutionary Theory。三中。電子書籍版。

  • 前半はエッセイのような書き出しで読みやすいが、後半に向かうにつれて、基礎知識が蓄えられていないと参照や理解に時間がかかる内容になっており、筆者が想定する一般の読者がどこまで複雑な議論展開について来られるかは分からない。(実際に私も完全に理解できているかというと、そうではない。)他の感想で「冗長」と評価されるのは、理解を深めるための言い換えや繰り返しが多すぎるほど多いからである。しかし、それも専門知識が元から備わっている訳ではない一般人が理解するために必要であると筆者が考えるからであり…

    のような文章で書かれている。
    面白くスラスラ読める箇所と、繰り返されすぎて面倒になり、読み飛ばしてしまう箇所の差が激しい。分野が多岐にわたるため、深く理解するにはだいぶ時間がかかると思う。

    初めて知る概念は面白く、都度関連書籍が紹介されているのは有り難い。(けど読みながらお腹いっぱいになってるので調べるまでには至らなかった。)

  • ドーキンスvsグールドを読んだときのモヤモヤがかなり整理された気がする。グールドにとっての躓きの石が我々一般人の進化観と実は表裏一体のものだったという展開はスリリングで思わず引き込まれてしまった。
    随所に散りばめられた注釈ならぬブックガイドも多分野にわたる古今の名著があげられていて価値がある。

  • 進化論をめぐる論争を敗者の側から描いたロマンと哲学にあふれる論考。自分はそもそも進化論をわかっていなかったことが、この本を読んでようやくわかった。

  • まず、「理不尽な進化」というタイトルから、なんとなくグールドのエッセイのような「末端肥大的な部位の発達とかが極端になって生きづらくなり、生物として行き止まりになってしまって絶滅せざるを得なかった進化」的な各論が載っている本かなあと思って読み始めたら全然違ったので、なんでかそう思い込んでいた自分に驚いた。
    ざっくり分けると、前半は日常に溢れる誤った「進化」的言説の使われ方にまつわる話、後半はグールドが自爆テロ的論争に突入した話であった。
    個人的には前半の方が面白かった。「進化」って紛らわしい言葉で誤解を招きやすいと常々感じていたので、その根っこがスペンサーとラマルクにあることが確認できたのが大変納得。特にスペンサーについてはあまりよく知らなかったので、また関連書を読んでみたい。この本はどのトピックについても参考書がどっさりと紹介されているので、こうやって興味を持った点について辿りやすい点が良い。
    後半部分については、私自身がグールドの書く文章が大好きであるせいで、なかなかつらかった。原典で理解可能ならグールドとドーキンスを直に読むのが良いと思う。
    「理不尽」という言葉はマイナスのイメージが大きく(もちろんそれを意図してのタイトルだとは思うが)、「進化」と同じく、誤って定向的なイメージに導く恐れがあるとも思った。本来「進化」はプラスでもマイナスでもないはずだ(というのはこの本でも繰り返し語られる)。人間の限られた認知力では生のみが意味を持ち絶滅=死はなんの意味もないように思えるが、もしかしたら絶滅した種は涅槃で階梯を昇っているのかもしれず、生き残るのがプラスとも限らないではないか? まあこれは屁理屈ではあるが、生き死にをそのままプラスとマイナスと考えることそのものが科学的な態度ではないように思う。科学はその部分でさえニュートラルなものではないだろうか。これまで存在した種の99.9パーセントは「理不尽に」絶滅したのではなく「単に」絶滅したのであり、他も「単に」生き残ったのであって、意味などないのだ。
    余談だが、受験に出そうな文章だなあと思った。特に、鶴見俊輔を引っ張り出して「お守りとしての進化論」を述べる下り。本当に出てたりして。
    余談その2。造本がとても良い。ハードカバーでないだけでなく、白を基本にした表紙に白亜紀の哺乳類エオマイアのイラスト1点のみをあしらったシンプルな装丁。ちょっと手垢がつくのが心配なところだけが難点だけど、図書館で借りたのでフィルムが貼ってあって安心でした。

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著者プロフィール

吉川浩満(よしかわ・ひろみつ):1972年鳥取県米子市生まれ。文筆家、編集者。慶應義塾大学総合政策学部卒業。書評サイトおよびYouTubeチャンネル「哲学の劇場」を山本貴光とともに共同主宰している。おもな著書に『哲学の門前』(紀伊國屋書店)、『理不尽な進化増補新版』(ちくま文庫)、山本との共著に『人文的、あまりに人文的』(本の雑誌社)、『その悩み、エピクテトスなら、こう言うね。』(筑摩書房)、『脳がわかれば心がわかるか』(太田出版)がある。

「2022年 『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である 増補新版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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