断片的なものの社会学

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著者 : 岸政彦
  • 朝日出版社 (2015年5月30日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (244ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784255008516

断片的なものの社会学の感想・レビュー・書評

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  • 若干ねちっこい。社会学者が聞き取り調査をし、結果とか過程とか関係なく意味もなく、ただそこにあった存在していた断片的な物語の数々をまとめたエッセイ。怖さはないし全然違うんだけど「遠野物語」のような空気を感じた。

    「あとがき」が一番心に響いた。「誰にも隠されていないが、誰の目にも触れない」、「土偶と植木鉢」、「笑いと自由」、「普通であることへの意志」が特によかった。本の雰囲気がふわっとあたたかいような気がした。


    堅苦しいようなエッセイで、これはエッセイではなくて一種の語りのような気がしたし、著者の自意識の欠片みたいなものを感じて読みにくいなぁ…とか思いつつも読了。序盤と終盤は濃かった。中盤はくどいよ…と感じた。心にしみる内容もあり読み終えて時間が経ってから、自分は内容がある物語よりもあまり意味がなさそうで「だから何?」と思える欠片のような話が好きなんだと改めて気がついた。

    読むか読まないかは別として、この人の(岸さんの)小説(『ビニール傘』)ってどうなんだろう…と、とても気になった。。。他…作品中でも紹介されていたし巻末にも掲載されていた末井昭さんのエッセイ『自殺』も気になる。

  • かなり面白い。
    時間的な余裕で湯船にお湯をはれる日しか読書は出来ないけど、ないよりはマシだ。まとめて時間を取れないので、こういう断片的なものはとても良いなー。
    色んな人が居る、だけどその全ての話を聞いたり、声に耳を傾けたり、考えたり悩んだりは出来ないけど、こうやって知る事が出来る。色んな人の断片的な会話、地下鉄でヘッドホンをはずしてただ流れてくる会話に意識があるような、そういう本。
    そうなのだ、障害者の対義語として健常者があるのではない。そこには健康を当たり前とし障害について考えた事のない人々、というのがあるだけなのだ。
    1ヶ月くらいかかってよーやく読了。
    凄く楽しく面白い本だった。
    世界の本。社会?それは人の話。面白かったー。
    何度も読み返したくなる。突き刺さるような現実が、こんなにも優しいなんて。素敵な事を知った。

  • 友人に薦められて読んだ。
    日常の通り過ぎてしまうかもしれなかった事柄を集めたエッセイ。少し読みにくさはあったが、何度か読み返して読了。
    沖縄についての考察はあたたかくも鋭くて身に沁みた。
    習字の手直しの時に先生との触れ合いについての文章は、昔のことを思い出してじんときた。

  • たとえば日曜の昼下がり、新宿や渋谷の街を行きかう途方もない数の人混みを前にして、こんなにたくさんの人たちが世の中にはいて、自分がいまこうして息を吸って吐いているのと同じように、この人たちのそれぞれにも、普通の、平凡な、にもかかわらずひと言では要約できない人生があるという、それこそ平凡であたりまえの事実に、なぜだか胸が苦しくなってしまった。

    なんて経験のある人は、この本を読んでもきっと同じように、なぜだか泣きそうになってしまうかもしれない。いまこのこぢんまりとした本棚にある中で、ともすると、いちばん多くの人にひっそり手にとってほしい本。

  • 戸川純に「諦念プシガンガ」という名曲があり、彼女をボーカルに迎えたONJE(Otomo Yoshihide New Jazz Ensemble)によるアレンジバージョンが非常に好きなのだが、この曲を聴いて以降、「諦念」という概念に心惹かれ続けている。

    それは何となく考えていた、「特別な自分」というものはこの世に存在せず、自分というものが歌詞の一部を借りるなら「牛のように 豚のように 殺してもいい 我 一塊の肉塊なり」に過ぎないということが、明確に言語化されたからかもしれない。

    気鋭の社会学者であり、マイノリティーとされる人々へのインタビューをベースに彼らの社会学的位相を明らかにする著者による随筆である本書は、そのタイトル通り、道端の小石のような断片的な事象を一切の解釈を挟むことなくそのまま描き出す。「諦念プシガンダ」を思いだしたのは、本書にある次のような叙述が、まさに自身が考えていた「諦念」に非常に近いものであったからである。

    「かけがえのない自分というきれいごとを聞いたときに反射的に嫌悪感を抱いてしまうのは、そもそも自分自身というものが、ほんとうにくだらない、たいしたことない、何も特別な価値などないようなものであることを、これまでの人生のなかで嫌というほど思い知っているからかもしれない。」
    (本書p194より引用)

    しかしながら、これだけであれば単なる厭世主義/シニシズムで終わってしまうところであるが、私が言いたいのはそういうことではなく、「自分自身が本当に下らない存在であるということを認めた諦念の元で出来ることもある」ということである。断片的でフラジャイルで取るに足らない存在であるが故の可能性と美しさ。

    本書では先の文章に続いて次の一文が語られる。

    「ただ、私たちの人生がくだらないからこそ、できることがある」
    (本書p195)

    誰もが何となく感じながら言語化をためらってしまうことについて、その断片性を隠すことなく、断片として提示すること。それが本書に心を惹かれる最大の理由である。

  • 読んだ後に目に入るすべてのものが
    なんとなく愛しくなってしまう本というのがたまにあるけれど
    そういうかんじ

  • 意味を求めたところでなんてことはない人生の断片。拾い上げてみたらば全てがキラキラしてる訳ではないが、ひとつひとつ違う形で、ただただそこに存在する断片。

    ふとそれを取り上げてその形を受け止める。ただそれだけのことなのになんだかとても切なかったり癒されたり。

    仏教の教えにも似たある種の諦観と、他者との違いや多様性を受け止める視点は純文学的でもある。


    「普通であること」を普段意識することはない。壁が高すぎて見えないから。

    世の中白か黒か、善か悪か、すべてに分かりやすい正解を求める風潮の中で、何とも意味を付せられない曖昧な感情や物事にただ寄り添うことがもはや贅沢になっている。


    答えはない。

    どんなに愛する恋人も友達も家族も、頭の中までは遊びに来られないから。自分の「答え」と他者の「答え」は同じものでは決してないのだ。


    意味もない。
    無理に意味を見出すことが良いとは思わない。でも生きていく上で何か大切なことはこんな断片に宿っているのかもしれない。

    感想もなんだか断片を繋ぎ合わせた、意味のあるようでないことばかり。

  • 装丁にひかれて購入した。

    一つひとつの話題が、普段の生活の中ではあまり意識しない、ちょっとした歪みを明るいところに出しているような感じがした。目をそむけたくなる記述も少しあった(書かれていることを想像したら辛くなった)し、明るい話題はほとんど出てこなかったけど、読み終えて前向きな気持ちが出てきたように思う。

    私たちは無力で、絶対に正しい存在ではない。だから自分の主張を言わない、のではなく、いつ・どんな風に・誰のもとに届くかはわからないけど、思ったことを発し続けることは必要である。発し続けることで誰かを助けることもあれば、誰かを傷つけることもある。

    結果はどうあれ、まずは言葉を発することが大事なのだと思う。

  • 自分の住んでいる場所より少し離れなところへ行くと、そこに住む人にはその人の暮らしが生活があることをしみじみ思い、なんだか不思議な心持ちになる。

    誰にも隠されていないが、誰の目にも触れない

    そんなたくさんの人のたくさんの人生が詰まっている。
    その中には色んな生き方を選ぶ人がいる。

    でも、それは、
    いいとか悪いとかではない

    ーつくづく、「社会」というものは、たくさんの「良くないもの」を含みながらも、それで成り立って「しまう」ものなのだと思う。

    ー「一般的に良いとされているもの」はそこに含まれる人々と、そこに含まれない人々の区別を、自動的につくり出してしまう。

    ーわたしたちはうまれつき孤独だということ。だからこそもうすこし面と向かって話をしてもよいのではないか、ということ

    著者の倫理観と社会学者として、人としての葛藤が随所に見られる。そういう眼差しを、自分の常識を疑う事ができる強さを感じる。
    そして埋もれてしまう物語りをただただ凡庸な物語りを救いあげる。
    見ず知らずの誰かを通りすがりの人の人生を思わずにはいられない。

    紀伊国屋 人文学賞1位
    2015年 朝日出版社

  • すぐそこにあるものの見え方が変わる本。それに良し悪しをつけるのでなく、啓発してくるわけでもなく…自分の生きるサイズを違った視点から考えられる、いい感覚の本です。

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断片的なものの社会学の作品紹介

路上のギター弾き、夜の仕事、元ヤクザ……
人の語りを聞くということは、ある人生のなかに入っていくということ。
社会学者が実際に出会った「解釈できない出来事」をめぐるエッセイ。

◆「この本は何も教えてはくれない。
  ただ深く豊かに惑うだけだ。
  そしてずっと、黙ってそばにいてくれる。
  小石や犬のように。
  私はこの本を必要としている。」

一生に一度はこういう本を書いてみたいと感じるような書でした。
ランダムに何度でも読み返す本となりそうです。
――星野智幸さん

どんな人でもいろいろな「語り」をその内側に持っていて、
その平凡さや普通さ、その「何事もなさ」に触れるだけで、
胸をかきむしられるような気持ちになる。梅田の繁華街で
すれちがう厖大な数の人びとが、それぞれに「何事もない、普通の」
物語を生きている。
 * * *
小石も、ブログも、犬の死も、すぐに私の解釈や理解をすり抜けてしまう。
それらはただそこにある。[…]社会学者としては失格かもしれないが、
いつかそうした「分析できないもの」ばかりを集めた本を書きたいと思っていた。(本文より)

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