断片的なものの社会学

  • 1096人登録
  • 4.05評価
    • (90)
    • (89)
    • (55)
    • (7)
    • (3)
  • 93レビュー
著者 : 岸政彦
  • 朝日出版社 (2015年5月30日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (244ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784255008516

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
宮下 奈都
西 加奈子
J・モーティマー...
ミシェル ウエル...
田中正人
三浦 しをん
ヴィクトール・E...
中村 文則
村田 沙耶香
有効な右矢印 無効な右矢印

断片的なものの社会学の感想・レビュー・書評

  • 若干ねちっこい。社会学者が聞き取り調査をし、結果とか過程とか関係なく意味もなく、ただそこにあった存在していた断片的な物語の数々をまとめたエッセイ。怖さはないし全然違うんだけど「遠野物語」のような空気を感じた。

    「あとがき」が一番心に響いた。「誰にも隠されていないが、誰の目にも触れない」、「土偶と植木鉢」、「笑いと自由」、「普通であることへの意志」が特によかった。本の雰囲気がふわっとあたたかいような気がした。


    堅苦しいようなエッセイで、これはエッセイではなくて一種の語りのような気がしたし、著者の自意識の欠片みたいなものを感じて読みにくいなぁ…とか思いつつも読了。序盤と終盤は濃かった。中盤はくどいよ…と感じた。心にしみる内容もあり読み終えて時間が経ってから、自分は内容がある物語よりもあまり意味がなさそうで「だから何?」と思える欠片のような話が好きなんだと改めて気がついた。

    読むか読まないかは別として、この人の(岸さんの)小説(『ビニール傘』)ってどうなんだろう…と、とても気になった。。。他…作品中でも紹介されていたし巻末にも掲載されていた末井昭さんのエッセイ『自殺』も気になる。

  • かなり面白い。
    時間的な余裕で湯船にお湯をはれる日しか読書は出来ないけど、ないよりはマシだ。まとめて時間を取れないので、こういう断片的なものはとても良いなー。
    色んな人が居る、だけどその全ての話を聞いたり、声に耳を傾けたり、考えたり悩んだりは出来ないけど、こうやって知る事が出来る。色んな人の断片的な会話、地下鉄でヘッドホンをはずしてただ流れてくる会話に意識があるような、そういう本。
    そうなのだ、障害者の対義語として健常者があるのではない。そこには健康を当たり前とし障害について考えた事のない人々、というのがあるだけなのだ。
    1ヶ月くらいかかってよーやく読了。
    凄く楽しく面白い本だった。
    世界の本。社会?それは人の話。面白かったー。
    何度も読み返したくなる。突き刺さるような現実が、こんなにも優しいなんて。素敵な事を知った。

  • たとえば日曜の昼下がり、新宿や渋谷の街を行きかう途方もない数の人混みを前にして、こんなにたくさんの人たちが世の中にはいて、自分がいまこうして息を吸って吐いているのと同じように、この人たちのそれぞれにも、普通の、平凡な、にもかかわらずひと言では要約できない人生があるという、それこそ平凡であたりまえの事実に、なぜだか胸が苦しくなってしまった。

    なんて経験のある人は、この本を読んでもきっと同じように、なぜだか泣きそうになってしまうかもしれない。いまこのこぢんまりとした本棚にある中で、ともすると、いちばん多くの人にひっそり手にとってほしい本。

  • 戸川純に「諦念プシガンガ」という名曲があり、彼女をボーカルに迎えたONJE(Otomo Yoshihide New Jazz Ensemble)によるアレンジバージョンが非常に好きなのだが、この曲を聴いて以降、「諦念」という概念に心惹かれ続けている。

    それは何となく考えていた、「特別な自分」というものはこの世に存在せず、自分というものが歌詞の一部を借りるなら「牛のように 豚のように 殺してもいい 我 一塊の肉塊なり」に過ぎないということが、明確に言語化されたからかもしれない。

    気鋭の社会学者であり、マイノリティーとされる人々へのインタビューをベースに彼らの社会学的位相を明らかにする著者による随筆である本書は、そのタイトル通り、道端の小石のような断片的な事象を一切の解釈を挟むことなくそのまま描き出す。「諦念プシガンダ」を思いだしたのは、本書にある次のような叙述が、まさに自身が考えていた「諦念」に非常に近いものであったからである。

    「かけがえのない自分というきれいごとを聞いたときに反射的に嫌悪感を抱いてしまうのは、そもそも自分自身というものが、ほんとうにくだらない、たいしたことない、何も特別な価値などないようなものであることを、これまでの人生のなかで嫌というほど思い知っているからかもしれない。」
    (本書p194より引用)

    しかしながら、これだけであれば単なる厭世主義/シニシズムで終わってしまうところであるが、私が言いたいのはそういうことではなく、「自分自身が本当に下らない存在であるということを認めた諦念の元で出来ることもある」ということである。断片的でフラジャイルで取るに足らない存在であるが故の可能性と美しさ。

    本書では先の文章に続いて次の一文が語られる。

    「ただ、私たちの人生がくだらないからこそ、できることがある」
    (本書p195)

    誰もが何となく感じながら言語化をためらってしまうことについて、その断片性を隠すことなく、断片として提示すること。それが本書に心を惹かれる最大の理由である。

  • 読んだ後に目に入るすべてのものが
    なんとなく愛しくなってしまう本というのがたまにあるけれど
    そういうかんじ

  • 意味を求めたところでなんてことはない人生の断片。拾い上げてみたらば全てがキラキラしてる訳ではないが、ひとつひとつ違う形で、ただただそこに存在する断片。

    ふとそれを取り上げてその形を受け止める。ただそれだけのことなのになんだかとても切なかったり癒されたり。

    仏教の教えにも似たある種の諦観と、他者との違いや多様性を受け止める視点は純文学的でもある。


    「普通であること」を普段意識することはない。壁が高すぎて見えないから。

    世の中白か黒か、善か悪か、すべてに分かりやすい正解を求める風潮の中で、何とも意味を付せられない曖昧な感情や物事にただ寄り添うことがもはや贅沢になっている。


    答えはない。

    どんなに愛する恋人も友達も家族も、頭の中までは遊びに来られないから。自分の「答え」と他者の「答え」は同じものでは決してないのだ。


    意味もない。
    無理に意味を見出すことが良いとは思わない。でも生きていく上で何か大切なことはこんな断片に宿っているのかもしれない。

    感想もなんだか断片を繋ぎ合わせた、意味のあるようでないことばかり。

  • 装丁にひかれて購入した。

    一つひとつの話題が、普段の生活の中ではあまり意識しない、ちょっとした歪みを明るいところに出しているような感じがした。目をそむけたくなる記述も少しあった(書かれていることを想像したら辛くなった)し、明るい話題はほとんど出てこなかったけど、読み終えて前向きな気持ちが出てきたように思う。

    私たちは無力で、絶対に正しい存在ではない。だから自分の主張を言わない、のではなく、いつ・どんな風に・誰のもとに届くかはわからないけど、思ったことを発し続けることは必要である。発し続けることで誰かを助けることもあれば、誰かを傷つけることもある。

    結果はどうあれ、まずは言葉を発することが大事なのだと思う。

  • 自分の住んでいる場所より少し離れなところへ行くと、そこに住む人にはその人の暮らしが生活があることをしみじみ思い、なんだか不思議な心持ちになる。

    誰にも隠されていないが、誰の目にも触れない

    そんなたくさんの人のたくさんの人生が詰まっている。
    その中には色んな生き方を選ぶ人がいる。

    でも、それは、
    いいとか悪いとかではない

    ーつくづく、「社会」というものは、たくさんの「良くないもの」を含みながらも、それで成り立って「しまう」ものなのだと思う。

    ー「一般的に良いとされているもの」はそこに含まれる人々と、そこに含まれない人々の区別を、自動的につくり出してしまう。

    ーわたしたちはうまれつき孤独だということ。だからこそもうすこし面と向かって話をしてもよいのではないか、ということ

    著者の倫理観と社会学者として、人としての葛藤が随所に見られる。そういう眼差しを、自分の常識を疑う事ができる強さを感じる。
    そして埋もれてしまう物語りをただただ凡庸な物語りを救いあげる。
    見ず知らずの誰かを通りすがりの人の人生を思わずにはいられない。

    紀伊国屋 人文学賞1位
    2015年 朝日出版社

  • すぐそこにあるものの見え方が変わる本。それに良し悪しをつけるのでなく、啓発してくるわけでもなく…自分の生きるサイズを違った視点から考えられる、いい感覚の本です。

  • 本屋さん巡りで出会った本。
    その書店で行われているのであろう
    誰かのおすすめの本として置かれていた。

    どんな人でもいろいろな「語り」を持っていてー

    という帯ときれいな表紙と初めて行った本屋さんでふと目に止まったという、勝手な運命の出会いにわくわくして購入。エッセイを読むのは初めて。

    いや〜でもおもしろかった!

    人が好きになる。
    こんな自分でもありなのかもと思える。
    いままでの自分がいかに断片的な知識と勝手な価値観で判断してきたのかを思い知らされる。

    この帯にこの本は何も教えてくれないと書いてある。確かにそう。
    でもいまの自分に必要な本だった。

    2016/01/31

  • 私はよく人から「世の中を斜めに見過ぎじゃないか」と諭される。ナナメに見てるつもりは毛頭なくて、現実を直視したいという思いだけだった。確かに現実を直視するということは、とてもしんどいことだ。実は直視しているようで、もしかしたら世の中の現実を目で覆っていたのかもしれない。この本を読んで、何か得るものがあったとかそんなもんはなくて、ただただ目の前の現実を突きつけられ呆然とする。それだけがこの本の価値なんだろう。

  • 幸せの只中にいる花嫁花婿に向かって、婚姻制度が、家父長制度が、戸籍制度が、強制異性愛主義が、ロマンチックラブイデオロギーが!などと議論を吹っかけるのは野暮である。
    マジョリティの幸せを祝福すること、祝福することを強制することは、そうでない者への暴力となる。その一方で、おめでとうの気持ちも本心で、もう、一体どうしたらええか分からん、と正直に言うてるところが素敵。
    淡々と、時に熱っぽく描かれている、とりとめのない情景や心情にぐいぐいと引き込まれた。

    この本は、ミランダ・ジュライの『あなたを選んでくれるもの』が併売されてあった書店であえて購入。お、分かってるなここの書店、と思える自分にいやらしさも感じつつ。でも、そういう良い書店を応援していきたいのは正直な気持ち。

  • この本は何も教えてくれない。
    帯に書いてある通り、著者の日常生活の中の出来事や対談内容を断片的に記録した日記のようなものである。
    どこの本屋にも置いていなかったため、Amazonで取り寄せて読んでみたが、イマイチ面白さがわからなかった。
    短編集のような作りで、好き嫌いが分かれる作品だと強く思う。
    時間が経ったらもう一度読み直してみたい。

  • どちらかと言えば、あまり陽の当たらない人たちの生き方との関わりの中から、筆者は今の社会を見つめる確かな視点を得ている。
    声高に何かを主張するわけではないのだけれど、その語り口から、わたしたちが忘れてはならないことを指摘してもらえる。
    不思議な魅力を持った著作だ。

  • 何とも言えない虚無感、だけど少し暖かい。
    この本は何も教えてはくれないし、結論めいたことは書かれていない。
    人を見る目、ものを見る目の優しさ、孤独感、そしてニヒリズム。
    普通に生きている人が、それぞれ普通でない生を生きていること、それが普通であること、そういう世界に生き、かすかにつながっているんだなあと、堂々巡りの思考の中に引きこまれる不思議な本。
      

  • マイノリティーの方たちの世界に踏み込むのには、礼節が必要だと知った。親しくなろうとずかずか入るのは、相手との間のどうしようも消せない壁の存在を無視することになる。
    教会の方たちも知らない人たちだ。そんなに親しい人たちではない。姉、兄とか本当は親しくもないのに。そんな知らない親しくない人たちの中に入っていくという決意だ。自分が遠いブラジルへ行ったことなど、教会の人たちにとって他人事。それより自分の問題が優先だ。そういう親しくない人たちが集まっている。

  • 記録にも残らない様な(そういうものにしにくい)ことを感じ取って文章にする。
    質的調査の授業を思い出した。

    すごく読みやすく、すごく良い本だった。

  • いい本。たしかになんの答えも解決策も提示されていないが、けっきょくそういうものだよね、という気にさせられる。すごく心に残る。世界はこういう欠片の集まりで構成されていて、そこに対してどういう視点を持つかで、世界の捉え方は全く違うものになるんだと思う。あんまり繰り返し同じ本を読むことはしないが、また読みたいと思わせる本。ストレスがない。いい本に出会えた。

  • 特に、最後の「物語の欠片」が最高に好き。

  • 大きなストーリーに組み込まれない、ささやかで大切だったり大切でなかったりする生活の一部分が詰まった本。良い。

  •  様々な個人の生活史を社会学の立場から分析する著者が、学問の枠組みには収まらない事柄について書き連ね、思考したもの。「世界のいたるところに転がっている無意味な断片について、あるいは、そうした断片が集まってこの世界ができあがっていることについて、そしてさらに、そうした世界で他の誰かとつながることについて」(p.8)書かれた本ということだが、これまで生きてきた人生や世界の見方を変えさせる、違う視点を教えてくれるような本だった。
     まず無意味なことが無意味なままであることの美しさ、ということがこの本の主題の1つであると思う。表紙や各ページに挿入されている写真が、無意味であるが故の美しさを表しているのではないかと思った。
     人が物語を生きる、というのはよく言われる話だが、物語が「中断され、引き裂かれ、矛盾をきたすときに、物語の外側にある『なにか』が、かすかにこちらを覗き込んでいるのかもしれない」(p.62)の「なにか」について考えを巡らせる視点に気づかせてくれた。
     他にも、人や人生にまつわるあれこれについて、思案されている。「どうしても逃れられない運命のただ中でふと漏らされる、不謹慎な笑いは、人間の自由というものの、ひとつの象徴的なあらわれである。」(p.100)とか、「何も特別な価値のない自分というものと、ずっと付き合って生きていかなければならないのである。かけがえのない自分、というきれいごとを歌った歌よりも、くだらない自分と言うものと何とか折り合いをつけなければならないよ、それが人生だよ、という歌がもしあれば、ぜひ聞いてみたい。」(p.194)という部分は、だからこそ、とてもつもなく人間は自由だ、ということだろうか。さらにその自由の逆の概念としての暴力についての思考の部分も印象的だ。例えば「規範」の暴力から逃れるために、「良いものについてのすべての語りを、『私は』という主語から始める」(p.111)、「良いものと悪いものとを分ける規範を、すべて捨てる、ということだ。規範というものは、かならずそこから排除される人びとを生み出してしまうからである。」(p.112)といったことや、だからと言って、「幸せが暴力をともなうものだとして、それでは私たちは、それを捨ててしまうべきなのか」(p.114)という部分などは、その暴力を振るうことも幸せならば自由なのだ、ということになるのかもしれない。同じように、「それについて何も経験せず、何も考えなくてよい人びとが、普通の人びとなのである。」(p.170)という部分も規範に関することだ。また、自由ではない状態、という意味では著者自身の肉体労働の経験から導き出された思考の部分で、「決められた時間のあいだ、ある感覚を感じ続けることに耐え、その引き換えにいくらかの金をもらう」(p.139)、「肉体を売る仕事とは、感覚を売る仕事であり、そして、感覚を売る仕事とは、『その感覚を意識の内部で感じ続ける時間』を売る仕事でもあるかもしれない」(同)が、自由ではない状態についての思考である。
     そして最後に、我々には何が足りないのか、という部分として、「この社会にどうしても必要なのは、他者と出会うことの喜びを分かち合うことである。こう書くと、いかにもきれいごとで、どうしようもなく青臭いと思われるかもしれない。しかし私たちの社会は、すでにそうした冷笑的な態度が何も意味を持たないような、そうしているうちに手遅れになってしまうような、そんなところにまできている。異なる存在とともに生きることの、そのままの価値を素朴に肯定することが、どうしても必要な状況なのである。」(pp.187-8)、「しかし、また同時に、私たちは『他者であること』に対して、そこを土足で荒らすことなく、一歩手前でふみとどまり、立ちすくむ感受性も、どうしても必要なのだ。」(... 続きを読む

  • 社会学者がフィールドワークの中で出会った「解釈できないこと」を集めたエッセイ。物事の断片を自分の納得のために擬人化したり意味づけしたりせずにそのままにしておくところはレイモンド・カーヴァーの短編みたいだった。

  • 必要以上の意味付けをせず、フェアな立場でとりあえずそのまま置かれたような、そして私自身の心の中にもとりあえず判断を下さずにそのまま置いておきたいような、そんなことごと。
    これを読んだことで得られた視点が、これからの人生のいろんなタイミングで生きてくる気がする。
    人間は断片的ながらくたたちで出来ていて、模倣の寄せ集めで、人生はかけがえのない大切なものなんかじゃないからこそ何かに掛けられる、とか。

    普通に身の回りで起こっているありふれたこと、それぞれの生活史。
    社会学って、生活の中に当たり前に存在する内容なんだな。
    具体的なエピソードが多くてわかりやすく、社会学が身近に思えた。

  • 2017年4月9日に紹介されました!

  • 断片的な人々のストーリーがただ書かれているものと興味を持ち購入したが、主に著者自身がフィールドワークを通して抱いた矛盾と気づきを淡々と述べていくものであった。それはそれでおもしろく、僕自身の仕事における戸惑いとも通じるところがあり惹き込まれた。

全93件中 1 - 25件を表示

断片的なものの社会学を本棚に「読みたい」で登録しているひと

断片的なものの社会学を本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

断片的なものの社会学を本棚に「読み終わった」で登録しているひと

断片的なものの社会学の作品紹介

路上のギター弾き、夜の仕事、元ヤクザ……
人の語りを聞くということは、ある人生のなかに入っていくということ。
社会学者が実際に出会った「解釈できない出来事」をめぐるエッセイ。

◆「この本は何も教えてはくれない。
  ただ深く豊かに惑うだけだ。
  そしてずっと、黙ってそばにいてくれる。
  小石や犬のように。
  私はこの本を必要としている。」

一生に一度はこういう本を書いてみたいと感じるような書でした。
ランダムに何度でも読み返す本となりそうです。
――星野智幸さん

どんな人でもいろいろな「語り」をその内側に持っていて、
その平凡さや普通さ、その「何事もなさ」に触れるだけで、
胸をかきむしられるような気持ちになる。梅田の繁華街で
すれちがう厖大な数の人びとが、それぞれに「何事もない、普通の」
物語を生きている。
 * * *
小石も、ブログも、犬の死も、すぐに私の解釈や理解をすり抜けてしまう。
それらはただそこにある。[…]社会学者としては失格かもしれないが、
いつかそうした「分析できないもの」ばかりを集めた本を書きたいと思っていた。(本文より)

断片的なものの社会学のKindle版

ツイートする