羽生 21世紀の将棋

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著者 : 保坂和志
  • 朝日出版社 (1997年5月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (194ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784255970141

羽生 21世紀の将棋の感想・レビュー・書評

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  • 【目次】
    第1章 棋士と個性-棋風を超えるものは何か
    第2章 最善手-羽生は「最善手」の概念を逆転させた
    第3章 対局中の心理-対局中羽生は何と闘っているのか
    第4章 読むこと-読みは盤上の意味の形成である
    第5章 局面の複雑化-「将棋の結論」への指し方とは
    第6章 コンピュータ観-21世紀の「人間に残された将棋」とは

  • 書道とも、ひいては「生」とも、親和するところがある考察だなと思った。

    ●以下引用

    個性、スタイルとは、可能性を狭めるものだと考えている

    個性とは事後的にしかわからない

    寄せにおける最善手というのは、対局者が「考える」ものではなくて、「見つけ出す」ものなのだ。それは人間の主体的に任された自由な手順なのではなくて、局面に隠されている手順なのだ。

    ねらいよりも深いところに一局の法則がある

    曲というものの主導権は作曲者ではなくて、曲それ自体にある

    絵画でも、詩でも小説でも映画でも、すぐれた芸術作品というのは、すべて作者の意図を超えて、その作品固有の運動・法則を持っている。作者の仕事とは、いわば、自分が作り続けているその箇所が、当面出来上がっているところまでの運動を損ねることがないか、目をこらすこと

    芸術というのは、すべて作者個人の意図を超えて、作品固有の運動性を持つものなのだから、完成するはるか以前、作り始めてかなり早い時点から、作品は作者の手から離れている

    作品が作者の意図を超えて動き出すときが、作品が声明を吹き込まれるとき

    個人の、こうしたい、こうしたくない、という意図を超える

    最前手はそこまで指した手が決めるもの

    最善の手順が実現されていくことにこだわる

    形勢判断にも棋風にも読みの根拠を求めず。ただそれが最善であるかどうかということだけを考えて読み続ける

    すべての可能性を網羅しないで、不要なものを考慮の対象にしないで切り捨てられることは、将棋に限らず、何かに精通することにおいて、非常に重要な能力

    これらの性質の異なる要素を、明快に、誰もが納得するように、客観的に、評価する方法はない

    形勢判断は常に主観的なもので、曖昧さ、不確かさから逃れることができない

    駒の幸せを考えていれば、駒から愛され、駒は自然と働いてくれる

    非の打ちどころがなく論理的だ、しかし論理的でしかない

    羽生は、網羅的な思考法とは違う思考法をとる。

    カンは、通常の言語化の範囲を超えた、その人自身にさえも言語化しえない要素を見ている。つまりそれは論理の側にある。

  • 将棋理論を深く追究した名書。

  • 別に、将棋は僕は興味ないし、基本的なことしかわかっていないのだけど。で、たぶん、将棋に詳しい人から見たら、こういう保坂さんのような主張ってのは、あんまり受け入れられないのかもしれないけれど、でも、たぶん、的を射ているんじゃないだろうか、て思える部分はなきにしもあらず。(11/5/29)

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羽生 21世紀の将棋の作品紹介

人は将棋を指しているのではなく、将棋に指されている。羽生善治のいきついた将棋観を大胆に読み解く、芥川賞作家の画期的「羽生」論。

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