無面目・太公望伝 (潮漫画文庫)

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  • 潮出版社 (2001年12月1日発売)
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  • Amazon.co.jp ・マンガ (318ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784267016127

感想・レビュー・書評

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  • 日本では独自の漫画文化が発展しましたが、その漫画界の中で
    もひときわ異彩を放つのが諸星大二郎。古代の神話や宗教や哲学を
    題材に、歴史的事実も織り交ぜながら、めくるめくような物語の世
    界をつくりあげる奇才ぶりは、かの手塚治虫をして「天才」と言わ
    しめたほど。人間存在の根源をつきつめていくそのディープな物語
    世界は、ひとたびはまると抜け出せない麻薬のような魔力を持って
    います。

    そんな諸星作品の中でも、一部で最高傑作と絶賛されているのが、
    本書『無面目・太公望伝』です。

    最初の作品「無面目」は、『荘子』に出てくる「混沌」という名の
    神様の寓話を題材にしたものです。混沌は、天地開闢と共にある古
    い神様で、目鼻口耳のない、のっぺらぼうでした。ある日、他の神
    様が混沌のために目鼻口耳の七つの穴をあけてあげたところ、七つ
    の穴をあけ終わったところで、混沌は死んでしまいます。『荘子』
    ではたった75文字で描かれるこの寓話を、人間界に降り立った堕天
    使の遍歴物語として描き換えたのが「無面目」です。

    もう一つの作品「太公望伝」は、実在した人物「太公望」呂尚の人
    生を題材にしたものです。呂尚は、周の文王に見出され、殷から周
    への王朝交代を政治・軍事顧問として支えた傑物で、釣り人の代名
    詞になった「太公望」や、「覆水盆に返らず」の故事成語でも有名
    な人物です。「太公望伝」では、呂尚の一生が、殷の奴隷生活から
    逃亡するところから始まります。逃亡生活の中で、神秘体験をした
    呂尚は、再びの神秘体験を夢見て、流浪の人生を送ります。放浪と
    貧困の末にようやく自己の人生の意味を悟りますが、時、既に70歳。
    しかし、そこから太公望の俗界での成功が始まるのです。

    「無面目」は、人間の感覚と感情を得ることによって自分を見失っ
    てしまった神の話。一方の「太公望伝」は、神を求める流浪の末に、
    ついに自己の内にある神と出会う人間の話。天から地、地から天と
    二作品は対照的なベクトルを描きますが、「自己の捕われ」「真の
    自己であることの自由」という、共通したテーマを扱った作品と言
    えます。

    目をつぶし、耳をかきむしりながら、五感が、自分を本来の自分か
    ら切り離している、と絶叫する混沌の姿に、私達は、自分自身が本
    当の意味で世の中の物事を見て、聴くことができているのか、恐れ
    と共に自問させられます。

    また、周の文王と呂尚との出会いの場面、「釣れますかな、ご老人」
    と問いかける文王に対し、「釣れましたとも、わし自身が」と答え
    る呂尚の言葉には、自分自身の内奥に深く釣り糸を垂らしていき、
    自分自身と出会うことの大切さを教えられるのです。

    優れた漫画作品は、下手な哲学書よりもずっと人生のことを考えさ
    せてくれます。諸星大二郎の作品は、その深遠さにおいて、他の追
    随を許しません。是非、読んでみてください。

    =====================================================

    ▽ 心に残った文章達(本書からの引用文)

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    外界の刺激が邪魔をする・・・!
    目が・・・耳が・・・言葉も・・・匂い・・・手の感触・・・
    顔に受ける陽射しも・・・!
    こ・・・これらがすべて私を閉じこめている!
    私を・・・本来の私から切り離して捕らえている・・・!

    混沌は顔を得てから人間のように外部の刺激に反応し
    その感覚器官を通じて行動するようになった・・・
    そして限りなく人間に近くなっていった
    食事をとり、眠りを知り・・・暴力を・・・快楽を・・・
    幸福を・・・愛をおぼえ・・・
    そして死を得てすっかり人間になったのじゃ
    内部の深い瞑想こそが混沌の本質じゃった・・・
    わしらはその混沌に目鼻をつけることによって、その本質を殺して
    しまったのじゃ (以上、「無面目」より)

    考えてみれば、わしはずっと不自然なことをしてきたような気がす
    る・・・
    名も正体も知らぬ神を探し求めて旅をしたり、易によって天地の秘
    密を知ろうとしたり・・・
    (中略)
    四十年のわあしの放浪は何のためだったのじゃろう・・・?
    すべて無駄だったのか・・・
    ではわしの一生は何なのじゃ・・・?わしは何のために生きて・・
    わしの人生の意味は何なのじゃ・・・?

    これか!?わしが四十年間求めてきたもの・・・
    神に会えばかなうと信じてきたもの・・・それは自由か!?
    奴隷からの自由・・・殷からの自由・・・
    特に殷のあの恐ろしい神々からの自由・・・
    生活からの自由・・・生きることからの自由・・・苦痛や悩みから
    の自由・・・死の恐怖からの自由・・・
    人間をあらゆる束縛から解放する自由・・・
    その力があの神にはあるのか?
    しかし、わしはそのこと自体に縛られてきた
    あの神に会うことに・・・
    あの神からの自由・・・?

    そうだ・・・あの時、神が言っていたな。邪心をすてて大自然の中
    に身をゆだねろと・・・
    そうだ わしはそれを忘れていた・・・
    あの神に会いたいと思いつつ いつの間にか邪心ができてしまった
    神の正体を知りたいという気持ちが易に手をそめ
    自然の秘密を知ろうという野心をおこし
    ついにはそれによって出世しようとまでした・・・
    (中略)
    わしはいつのまにか はじめの純粋な気持ちを忘れてしまっていた
    (以上、「太公望伝」より)

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    ●[2]編集後記

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    家計を助けようと働きに出るお母さん達が増えたそうで、今年は保
    育園に入るのが大変です。杉並区でも例年になく厳しい状態で、ど
    こにも入れないという事実が判明してから、娘の居場所を探しての
    狂想曲を繰り広げてしまいました。娘にもそんな親の焦りや不安が
    伝わってしまったのでしょう。一時期、とても不安定にさせてしま
    いました。やはりどんなことがあっても、親は泰然自若としていな
    いといけませんね。「うぶ気」の塊のような子どもの柔らかな心は、
    親の心の乱れをまともに受けてしまいますから。

    しかし、区が急遽、各所の定員を増やして対応しているようで、驚
    いたことに、あきらめていた自宅そばの認可施設から入園許可の通
    知が来たのです!

    それで早速、土曜日に、入園面接なるものに行ってきました。対応
    したのは園長、副園長、主任の3人です。

    が、この3人の対応を見て、唖然としてしまいました。あまりにも
    社会的な感覚からズレています。「選ばれたことが幸運なのですか
    ら、文句は言わないでください」とか「子どもの面倒を見るのはお
    母さんですから、父親が手伝ってくれないと不満を言うのはやめま
    しょう」みたいなことを平気で言うのです。キリスト教系だからと
    安心していたのに、この傲慢な態度は何なのでしょう?

    施設面は申し分ないです。見て回った中では一、二を争う充実度で
    す。が、正直、こんな園長がやっている保育園には娘を任せられな
    いな、と思いました。しかし、そこは区役所を通じて、勝手に選ば
    れる立場の弱さで、こちらに選ぶ権利はないのです。嫌だったら、
    認証の保育所に行きなさいと言われます。認証や無認可にもしっか
    りしたところはありますが、マンションや雑居ビルの一室になって
    しまいますから、わんぱく盛りの娘には窮屈です。

    これが現実なんだな、と思い知らされた気分です。母親の闘病の時
    には、「すい臓がんの権威」と言われる大学病院の医師達の傲慢さ
    に唖然とさせられました。どうも、医療や教育の現場では、「先生」
    と言われる人達の前に、人間の尊厳が踏みにじられているような気
    がしてなりません。

    件の保育園にはとりあえず通わせます。しかし、娘や妻の尊厳が踏
    みにじられるようなことがあれば、断固、戦い抜くつもりです。

著者プロフィール

1974年、「生物都市」で手塚賞入選。「週刊少年ジャンプ」で「妖怪ハンター」連載デビュー。民俗学、中国の古典、SF等を題材に、幅広い分野で活躍する漫画家。代表作に「暗黒神話」「マッドメン」「西遊妖猿伝」がある。その独創的な作風から、高い評価を受け、2000年に手塚治虫文化賞マンガ大賞、2014年に芸術選奨文部科学大臣賞、2018年に日本漫画家協会賞コミック部門大賞等、受賞歴は多い。ジャンルを越え、多くのクリエイターに影響を与えたとされる。

「2019年 『幻妖館にようこそ 』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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