古書の来歴

  • 武田ランダムハウスジャパン
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  • Amazon.co.jp ・本 (508ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784270005620

感想・レビュー・書評

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  • 謎につつまれた一冊の本がある。実在の本で、発見された地の名を取ってサラエボ・ハガダーと呼ばれている。ハガダーというのは、ユダヤ教信者が過越しの祭りで読む、説話や詩篇を綴った本のことだ。謎というのは、教会で使用するものではなく、家族の間で用いられる本であるのに、そのハガダーには金銀の他に貴重な塗料である瑠璃(ラピス・ラズリ)を使って描かれた挿絵が全頁に挿入されていることだ。偶像崇拝を禁じているユダヤ教の書物に細密画が付された例はそれまでなかった。

    いずれは富裕な商人層の持ち物でもあったのだろうが、美しく彩色された絵やヘブライ語の書き文字は誰の手になり、留め具のついた装丁を施したのは誰なのか、誰から誰の手に渡り、どういう経路でサラエボに流れ着いたのか、表題通り『古書の来歴』を探る、本好き、古書好きにはたまらない古書ミステリであり、古書が成立するに至る過程で経巡ることになる、ウィーン、ヴェネチア、セビリアといった都市を舞台に、古書をめぐって人々が巻き起こす歴史ロマンの貌も併せ持つ。

    古書ミステリの探偵役はオーストラリアに住む古書の保存修復家のハンナ。シドニーのハンナに仕事を依頼する電話がかかる。相手は同業者のアミタイで、仕事は国立博物館所有の有名なサラエボ・ハガダーを調査し、データを集めた上で修復し、論文を書くこと。修復後は博物館のメインの展示物となり修復家の栄誉ともなるこの仕事が、何故若いハンナに任されることになったのかとえば、ボスニア・ヘルツェゴビナという多民族国家ならではの宗教、政治による利害の対立関係にあるイスラエル、ドイツ、アメリカなどの国を除外した結果という皮肉なもの。

    章が代わるたびに、現代のハンナの行動を追うストーリーとハガダーの中から見つけ出した痕跡や古書の中に残された遺物にまつわる、時代も場所も異なる人々の物語が交互に語られる構成になっている。第一章「ハンナ一九九六年春サラエボ」の次に来るのは「蝶の羽一九四〇年サラエボ」。「蝶の羽」というのは、ハガダーの中に挟まれていたウスバシロチョウの羽を指す。その羽がハガダーに挟まれることになった経緯が、まるで一篇の短篇小説。

    一九四〇年のサラエボ。ドイツの反ユダヤ主義が、サラエボに住むユダヤ人家族に襲い掛かる。母と妹を国に残し、パルチザンの仲間に加わったユダヤ人少女ローラが、チトー指揮下の軍に見捨てられ、危険を冒して故国に舞い戻ったところをイスラム教を信じる博物館の学芸員に助けられるまでを描く。一冊の古書が歴史の生き証人となって、奇しくも古書と関わることになった人々の数奇な人生を物語る。

    一方、現代を生きるハンナにはハンナの物語がある。修復家の道を選んだことで優秀な脳神経外科医である母とは修復し難い関係となっていた。しかし、内戦のさなかにハガダーを守った当の学芸員オズレンを愛し始めるようになったハンナは、彼の娘の病状について相談しようと母を訪ねる。仕事第一で、子育てをないがしろにしてきた母は、それを詫びることもなく、高飛車な態度を取り続ける。この母と娘の葛藤がハンナのストーリーを貫通する主題である。副主題はもちろんオズレンとの関係の行方。

    しかし、読者の興味は古書の来歴にある。蝶の羽の後に来るのが「翼と薔薇一八九四年ウィーン」の章。「翼と薔薇」というのはハガダーに付されていた精巧な留め具のこと。ウィーン分離派やマーラーが活躍していた時代、ウィーンを席巻していたのはデカダンスの気分だけではなかった。梅毒に侵された装丁家は、高額な治療費の代わりに依頼された古書についていた銀の留め具で支払うことにした。こうして、ハガダー本体と留め具は別々の道を行くことになる。

    「ワインの染み一六〇九年ヴェネチア」で語られるのは異端審問。説教上手で知られるユダヤ教のラビと、異端審問に携わるカトリックの司祭とは、気脈を通じた友人でもあった。その二人の間に投じられたのがハガダー。ユダヤ人を援助してくれる婦人の家に伝わる大事な品を預かったラビは、異端審問にかけられる恐れがあるかどうかを判断してもらおうと司祭を訪ねる。司祭は文章に問題はないが絵の方にあると指摘する。なんと、地球が丸く描かれているではないか。容赦のない指弾の裏には異なる宗教を信仰するライヴァル同士の確執があった。

    この他にも古書に残っていた塩の結晶や、一本の白い毛の由来を物語る「海水一四九二年スペイン、タラゴサ」、「白い毛一四八〇年セビリア」など、異国情緒たっぷりに描かれる物語は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、というもともとは兄弟関係にある三つの宗教が混在していた時代、地域ならではの葛藤、軋轢に、異端審問官による拷問や妖艶な美妃をめぐる愛憎劇の要素を加味し、絵の中に描かれた黒い肌をした女性の正体に迫るなど、物語好きの読者なら随喜の涙を流すにちがいない場面が次々と展開される。

    古書ミステリに『ミッション、インポッシブル2』のスパイ・アクション的なスパイスを添え、どんでん返しも用意するという大サービスの本書。翻訳ミステリー大賞受賞作というのもうなづける。古書の保存修復に関する実際の作業工程や、痕跡の鑑定の技術等についても詳しく、古書好きにはたまらない一冊に仕上がっている。ランダムに明かされるハガダー成立の過程についての物語の展開の仕方もよく練られていて興味が尽きない。古書の来歴に触れる章に強烈なインパクトのある年号を選ぶなど、あまりにも精巧な拵え物といった感がつき纏う点が唯一の憾み、というところか。

  • サラエボ・ハガダーと呼ばれるヘブライ語の祈祷書の六百年を超える、スペインからサラエボへの逃避行の物語。

    扉のハイネのエピグラフ「書物が焼かれるところでは最後に人も焼かれる」。だから、ヨーロッパの迫害、異端審問・魔女狩り、焚書や数々の戦争、民族闘争を越え、1冊の稀覯本が現存することは奇跡かもしれない。そして、同時に奇跡を繋いだ名もなき人たちの”命”が引き換えられた証拠かもしれない。

    ハガダーに残された、蝶の羽、留め金の跡、ワインの染みなど。その原因となった事件を追いながら、本の歴史を辿る。創作とのことですが、事実のようにも感じさせる。似たようなことはあったに違いないと。そして、一つひとつの出来事が、また、泣かせてくれます。人は、異なるものにこんなに残酷なのだろうか、と。

    ただ、この祈祷書を創る土壌・コンビベンシアもあったことを、初めて知った。そのまま、いろんな違いを認めていけばよかったのに、と。
    もう一つ、主人公の母親の話が切ない。ガラスの天井の存在を、どこでもいつまでも、感じる。

    本書を閉じて、現物を。と、思ったけど、さすがに、サラエボは遠いかな。でも、Webで沢山の画像があがっていたので、画面を見ながら、六百年の旅に浸ってしまいました。

  • ユダヤ教の祭礼で用いる経典「ハガダー」。偶像崇拝を厳しく禁じているはずのユダヤ教において、大変珍しい挿絵入りの古書「サラエボ・ハガダー」が発見された。本に残るほんのわずかな染みを一つずつ最新の科学技術で分析することで、本辿った数奇な運命が解き明かされていく。

    ストーリーは著者の想像の産物とのことだが、時代考証の緻密さが覗われとにかく滅法面白い。
    イスラム教徒に占領されたイベリア半島をスペイン人が取り戻すレコンキスタ運動にユダヤの資金力が存分に活用されたこと。そしてイスラム教徒が駆逐されたとたんユダヤ排除・異端審問が激化したこと。

    17世紀のヴェネツィアではすでに、少なくとも教養ある人々はサイコロの出る目の確率について色々な条件の有利・不利を数学的に理解していたこと(あるギャンブルの大損でハガダーが商人の手に渡ることになる)。

    サラエボに進駐してきたナチス・ドイツ軍からユダヤの文化遺産を命がけで守ったのがイスラム教徒の学芸員であったこと。そして反ナチスゲリラ戦に参加し、最後の最後にチトー率いる共産党に裏切られるあまりにも悲惨なユーゴ・パルチザンの運命。

    こうした歴史の中で書物が人から人へ手渡され現代までたどり着くさまが描かれる。

    ウンベルト・エーコの「薔薇の名前」など、「隠された歴史」物が好きな人にとっては必読ではないだろうか。

  • 「古書の慟哭が聞こえる」

    古書鑑定家のハンナ・ヒースは国連の依頼により、中世のスペインで作られたユダヤ教の希少本サラエボ・ハガターの調査修復に当ることになる。古書に残された微かな痕跡をたよりに、ここに明かされるその奇跡の来歴とは…。

     みごとな小説世界です。ハンナとハガターの出会いからその修復調査の経過が彼女自身の出自や高名な外科医である母との確執を絡めながら書かれていきます。彼女の調査によって見つけられた、蝶の羽、見事な細工の銀の留め金、ワインの染み、海の塩に白い毛と、それらの痕跡一つ一つに畳まれた物語が順を追うごとに100年、200年と遡って挿み込まれ語られてゆきます。

     それらは本来ならば、ハンナはもちろん今を生きる人間には決して知り得ない物語です。その見事なまでの想像力で明らかになったのは、遥か昔から連綿と続いてきたユダヤ教徒の迫害と受難の歴史でした。ハンナが雲を掴む思いで求めている物語を、読者はまさに今目の前で繰り広げられるドラマとして知ることができるわけで、これはもはや神の観点といえるでしょう。

     ですが同時にこうして形にして見せられたことによって、人は歴史というものの真実を知ることができないのだと逆に思い知ることにもなるのです。

     一冊の書物でありながら、奇跡としか言いようの無い物語を秘めて今に伝えられたサラエボ・ハガターが、いつの間にかもの言えぬ一個の人格に思えていました。キリスト教、イスラム教、そしてユダヤ教が混沌として同居するヨーロッパを舞台に、彼、あるいは彼女は、自分を巡って繰り広げられた無数の物語をきっと語りたかったに違いありません。この世に存在してから今日まで生きながらえてきた、その語るべき物語を決して語ることができない。本書に貫かれているのは、そんな古書の慟哭なのです。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「そんな古書の慟哭なのです」
      形あるものは必ず滅する、それを早める人の行為によって取り返しの付かないコトになった事実が多くあります。この一冊...
      「そんな古書の慟哭なのです」
      形あるものは必ず滅する、それを早める人の行為によって取り返しの付かないコトになった事実が多くあります。この一冊を巡る話は失われた全ての本を背負っているのだと、、、
      伊藤悠のマンガですが、西夏文字を巡る「シュトヘル」も興味深いです。
      2012/08/04
    • yomikaさん
      >この一冊を巡る話は失われた全ての本を背負っている
      おっしゃる通りだと思います。
      『古書の来歴』は、失われた本たちの無念をも払拭するかのよう...
      >この一冊を巡る話は失われた全ての本を背負っている
      おっしゃる通りだと思います。
      『古書の来歴』は、失われた本たちの無念をも払拭するかのような作品でしたね。
      2012/08/04
    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「失われた本たちの無念をも払拭するかのような作品」
      yomikaさん上手く言いますね。
      焚書や文化財の破壊を行った歴史を知る度に、「何処かに...
      「失われた本たちの無念をも払拭するかのような作品」
      yomikaさん上手く言いますね。
      焚書や文化財の破壊を行った歴史を知る度に、「何処かに破壊を逃れた一冊が残っているますうに」と願わずにおれません。。。
      2012/08/06
  • とてもよくできた歴史ミステリ。
    知的好奇心をビシバシと刺激され、エンターテイメント性の加減もよく、読んだ後に充実感が残ります。
    ユダヤ民族に対する迫害の歴史が主要なテーマであるので、辛い場面はどうしても避けられないのですが、その辛さをも飲み込んでなお、楽しめる本。

    100年の間行方のわからなかった稀覯本「サラエボ・ハガダー」が見つかった。
    ハガダーとはユダヤ教の過ぎ越しの祭の晩に使われる本で、ユダヤ人のエジプト脱出の歴史が書かれており、家族でその歴史を読みあい、民族の歴史を確かめるためのもの。この「サラエボ・ハガター」が貴重なのは、偶像崇拝を禁じているはずのユダヤ教の聖典であるにかかわらず、キリスト教的な美しい挿絵が描かれていること。
    古書鑑定家であり文書修復のスペシャリスト、ハンナが、ハガダーと向き合う。はさまっていた蝶の羽、小さなしみ、はずされた蝶番、一本の細い毛……それら一つ一つが物語るハガダーの歴史と謎とは。

    ハンナがハガダーのヒントを一つ解明するごとに、時間がさかのぼり、その当時の場面が描かれる、という構成。
    混沌としたヨーロッパの歴史の中で、ハガダーが作られ、生き延びてきた過程がドラマチックに描かれます。
    ハンナ自身をとりまくドラマも薄っぺらなものではなく、過去の物語と、ハンナの現代の物語がお互いに支えあって小説全体の厚みを増している感じ。

    「サラエボ・ハガダー」は実在する本で、実際に調査によって明らかになったことなども盛り込まれているようですが、この小説のほとんどはフィクションです。

    映画化されるとか、されないとか。
    結構面白い映画になるかもしれない。うん。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「映画化されるとか」
      されたら良いなぁ~、宗教間の争いが少しでも減るコトを希って。。。
      「映画化されるとか」
      されたら良いなぁ~、宗教間の争いが少しでも減るコトを希って。。。
      2012/12/18
  • とても面白かった。小さな手がかりから導かれるそれぞれの物語はハンナの妄想か、それとも古書のみる夢か。サラエボ・ハガダーの歴史は、民族(特にユダヤ人)の迫害の歴史でもある。
    ローラの話は、漫画「石の花」を読んでいたのが、とても助けとなった

  • 現存するサラエボ・ハガダー、こちらのサイトで多くの画像を見ることができる。http://www.talmud.de/sarajevo/textbildansicht_1.html

    本書の主人公ハンナが感嘆したように、ラピスラズリをすりつぶして作られた青色の鮮やかなこと。
    過越しの祭のセデルのテーブルの絵では、なるほどテーブルをはさんで向こう側に家族が座り、こちら側にただ一人、“漆黒の肌にサフラン色の長衣をまとった女性”の姿が。

    奇しくも二度にわたってイスラム教徒の手によって消失の危機から救われ
    たハガダー。
    “イスラムの細密画家の筆”で、“キリスト教的な画風”で描かれたユダヤの祈祷書。まるで寛容と融和の象徴のようなこの本は、どのような人によってつくられたのか。そしてどのような運命を経て現在に至るのか。
    時を遡り、ハガダーに関わりのあった人々の人生が、そして制作者の人生が語られていく面白さ。それは、とりもなおさずユダヤの人々の迫害の歴史を知ることでもあるのだけれど。

    ラスト、ハガダーの制作者と現代のハンナが結びつくシーンでは、同時にこの祈祷書に関わったすべての人の声を聞く思いがする。
    「わたしは、ここにいたのだ」と。

       People of the Book by Geraldine Brooks

  • 東京創元社さんから文庫化されたタイミングで、評判がいいので気になっていた。
    親本はランダムハウス講談社。なつかしい…

    作品はとても面白かった。ゆっくり読もうと思っていたけど、一気読みしてしまった。
    1冊のハガダーをめぐり、シミから歴史を辿ろうとする専門家の時代と、それらの手がかりが残された時代が交互に描かれる。
    過去パートは何代も持主を遡り、ついに作者(画家?)までたどり着いたときには長い旅の終着点まで来られた、と感じる。

    ユダヤ人迫害の歴史に翻弄されながら、ハガダーが現代まで残存したことに感動をおぼえる。
    モチーフは史実で、エピソードは創作のようだが、十分楽しめる。

  • ・本に関係がありさうだとすぐに買ひたくなつてしまふ。それでまた1冊、ジェラルディン・ブルックス「古書の来歴」(創元推理文庫)である。これは帯に「焚書と戦火の時代、伝説の古書は誰に読まれ、守られてきたのか?」とある通りの内容である。従つて、ミステリーであらうがなからうが、私には買ひである。この古書を「サラエボ・ ハガダー」といふ。 Sarajevo Haggadahと書く。「この小説はサラエボ・ハガダーとして知られるヘブライ語の実在の書物に着想を得たフィクションである。そのハガダーの現時点で明らかになっている歴史に基づく部分もいくつか含まれているが、大半の筋と登場人物は架空のものである。」(「あとがき」571頁)と著者が書くやうに、基本的には実在の書にまつはるフィクション、物語である。これは「14世紀中葉のスペインで作られたハッガーダー。(中略)中世の細密画が描かれたヘブライ語の本としては最古に属する。」(Wiki)といふもので、検索すると、ハガダーの由来等、本体に関する内容が多く出てくる。大体は細密画がついてをり、うまくいけばほぼ全体を見ることができるサイトもある。現在はサラエボの国立博物館蔵である。複製も含めて、この手の本を、当然のことながら、私は手にしたことがない。しかし、その絵は細密画におなじみのもので、いろいろなところで、似たやうな細密画を写真で見たことがある。そのハガダーに残されたいくつかのものから作品は生まれた。残されたとい つても隅から隅まで目をこらして見なければ見落としさうなものである。それが物語となり、次の物語を生んでいく。時代をさかのぼるやうに作られてをり、最後はハガダー制作現場に行き着く。1996年から始まり1480年までゆく。その後に2002年があるのだが、これは別と言ふべきかどうか。この500年間の物語は実におもしろい。実際にこんなことがあつたのではと思つて見たりする。
    ・物語の中心にゐるのはユダヤ人である。ヘブライ語の書だから当然のことだが、ハガダーはユダヤ人に守られてきた。それがいくつもの物語になつてゐる。そこに共通するのは虐げられたユダヤ人である。ナチスドイツの時代も含めて、ユダヤ人は虐げられてきた。15世紀も同様である。そんな中でこのハガダーがいかに作られたのか。1480年は「白い毛」と名づけられた物語である。その毛は猫の毛であつた。ただし、「毛表皮から、猫の毛にあるはずのない粒子が検出されたわ。黄色のとくに強い染料に含まれる粒子が。」(426頁)といふものであるがゆゑに、この毛がい かなるものかは分からない。それを明らかにするのが「白い 毛」である。その最後、主人公 がモーセの魔法の杖の話をききながら、「もし、ここにもそんな杖があれば、私も自由になれる。」(490頁)と考へる。 さうして「自由と祖国。そのふたつこそユダヤ人が切望していたもの」(同前)だとして、「大海がふたつに分かれて、私は歩みだす。故郷へ通じる乾いた果てしない道を悠然と。」(同前)本当に歩き出したのかは分からないのだが、自由と祖国を求めるユダヤ人の心がここにある。これは1996年の物語にも共通する。のみならず、現在進行中のガザの戦争にも共通する。常識的にはそれがいかなる悪であれ、ユダヤ人には祖国と自由を求めるためにはさうせざるを得ないといふことであらう。それでも、イスラエルはガザの戦ひから直ちに手を引くべきだと私は思ふ。手を引いて自由と祖国、自由な祖国が得られるかどうかは分からない。本書はそんな政治的物語ではない。あくまでハガダーをめぐるミステリーであつた。

  • 発見された貴重な本、サラエボ・ハガダーにまつわる物語でした。物語は本の保全修復家のハンナが、その過程で得た本にまつわる手がかりと、その手がかりがどうして本に残されたのかが描かれる歴史物語とが、交互に描かれます。
    知的好奇心を刺激される、とても面白い物語でした。特に、サラエボのユダヤ人ローラの物語が、心に残りました。
    全体的にとても満足度の高い内容でしたが、ハンナの最後の物語がスパイ小説のようだったのが少し残念でした。

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