傷を愛せるか

著者 :
  • 大月書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (174ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784272420124

作品紹介・あらすじ

心は震えつづける。それでも、人は生きていく。旅先で、臨床現場で、心の波打ち際にたたずむ。トラウマと向き合う精神科医のエッセイ集。

感想・レビュー・書評

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  • 熊本地震の時に支援者支援の報告書を作成した際参考にした、『震災トラウマと復興ストレス』での環状島モデルをもう少し勉強したいと思った。
    たまたまシンポジストとしての講演を拝聴する機会があり、著書を手に取った。
    『心的外傷とストレス』が著書であるトラウマ治療の方向性を示したジュディス・ハーマンとも交流があられるとのことで、何らかの心が傷ついた方々への眼差しがとても優しい。戦争体験を傷のある風景として、ベトナム戦没者記念碑についての「低さ」に対する傷跡としての認識がとても印象的だった。
    「傷を愛せるか」という問いに対して、「傷がそこにあることを認め、受け入れ、傷のまわりをそっとなぞること。身体全体をいたわること。ひきつれや瘢痕を抱え、包むこと。さらなる傷を負わないよう、手当をし、好奇の目からは隠し、それでも恥じないこと、傷とともにその後を生き続けることと。」と締めくくっている。
    「ポスト・トラウマティック・グロース(外傷後成長)」を信じたい。

    覚書
    患者や病者、被害者や弱者がもつ、ある種の逆転した「権力」。まわりの者が振り回されていく感じ。人生を変えさせられてしまうこと。
    「あなたはいつかきっと幸せになれる」といった予言の言葉、「あなたが幸せになっていくのを、わたしは見守っている」といった約束の言葉が、命綱になることがあると思うのだ。
    自分がだれにも連絡を取らず、だれからも連絡がないまま休日が過ぎると、世界にひとり取り残された気がして、自分なんて存在しなくてもいいんじゃないかと思ったりする。そういうときも「ああ、これは明日の出会いの前の静けさなんだ」と思える。
    自分の中の子どもの部分をいつまでも活性化させておくのは、とても大切なことである。
    過去を受け入れ、同時に未来への希望を紡ぎつづけるには、おそらくほどほどの無力感=宿命論と、ほどほどの万能感=因果論を抱え込むことが必要なのだ。
    身体を使う「肉体労働」、頭を使う「頭脳労働」、気を遣うのが「感情労働」
    右脳 パラレルプロセッサー いまここにある存在感をイメージや身体の五感として受け取り、エネルギー的存在として人びととつながり合い、一体となったものとして世界を感じる 左脳 シリアルプロセッサー 今受け取っている情報の詳細を、過去の情報と照合させ、将来の可能性に結びつけて分類し、そして現在すべきことを判断・指示していく
    景観の変容 「聖別」 慰霊碑や記念碑を建て、記憶を永続化
    「抹梢」 事件の痕跡はすべて破壊され消し去られる
    「選別」 そこで重要な事件が起きたということを示す行為
    「復旧」 事件の痕跡を取り払って元の状況や通常の使用に復帰させるもの

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      ⭐︎ベルガモット⭐︎さん
      判り易く要点を纏めたレヴューになっていて感動しました!
      ⭐︎ベルガモット⭐︎さん
      判り易く要点を纏めたレヴューになっていて感動しました!
      2023/08/21
    • ☆ベルガモット☆さん
      猫丸さん、お褒めの言葉ありがとうございます!
      私のレビューが参考になりましたら嬉しいです。こちらの著書で、宮地さんの言葉の持つ癒しの力に気...
      猫丸さん、お褒めの言葉ありがとうございます!
      私のレビューが参考になりましたら嬉しいです。こちらの著書で、宮地さんの言葉の持つ癒しの力に気づかされました。
      だいぶ忘れていて振り返る良い機会になり、こちらこそ感謝しております。
      2023/08/22
    • 猫丸(nyancomaru)さん
      ☆ベルガモット☆さん
      宮地尚子の真摯に向き合う優しさって何所から来るんだろう?
      大きい或いは深い事象と対峙するには、それと同等以上の大き...
      ☆ベルガモット☆さん
      宮地尚子の真摯に向き合う優しさって何所から来るんだろう?
      大きい或いは深い事象と対峙するには、それと同等以上の大きさが必要なんだろうなぁ。。。
      そんなコトを思っていました。
      2023/08/23
  • こういう本にもっともっと出逢って生きたい。

  • P165
     傷は痛い。そのままでも痛いし,さわられると,もっと痛い。
     傷を愛することはむずかしい。傷は醜い。傷はみじめである。直視できなくてもいい。ときには目を背け,見えないふりをしてもいい。隠してもいい。
     …ただ,傷をなかったことには,しないでいたい。

    傷がそこにあることを認め,受け入れ,傷のまわりをそっとなぞること。身体全体をいたわること。ひきつれや瘢痕を抱え,包むこと。さらなる傷を負わないよう,手当てをし,好奇の目からは隠し,それでも恥じないこと。傷とともにその後を生きつづけること。

    P167
     傷を愛せないわたしを,あなたを,愛してみたい。
     傷を愛せないあなたを,わたしを,愛してみたい。


    P15
     受験生の飛び降り自殺のニュースをテレビで見て,
    「ま,わかるが,こんなことみんなも経験することだしなあ」とつぶやく父に,加南は心の中でこう答える。

     でもパパ――
     あたしたち当人にとっては
     「こんなこと」じゃない
     パパはおとなで受験よりも苦しい経験をしてるから
     「こんなこと」になるのかもしれない
     あたしが中学の時
     死ぬほどいやだった髪の悩みも
     今はもう忘れかけているのと同じ
     いつだって今の悩みがいちばん
     あの幼い日に悩んだ重さは その内容はちがっても
     今 悩んでる重さとほとんどちがわないはずなの

    ―――

     傷,その醜さとともに生きていく。
    それは不完全な私たち人間にとって,自然なことなのかもしれない。
    しかし,それは不完全な私たちにとって,難しいことのほうが多い。

     それなら,

    どう向き合っていけばいい?
     どう触れていけばいい?
     どう見守っていけばいい?

     どう生きていけばいい?

  • 虐待や暴力で受けた傷から、自分を傷つけていく。
    するとその衝動に、周囲も傷ついていく。

    それをどこかで少しでも、連鎖させない方向に持っていくには受傷した本人が

    「このことは消えない」
    けれど、それはもう、ここで一度、
    「このことはもういい」と思い定めること。

    そこに未だ傷はあるが、徒らに触れないことで
    痛みから解放される必要があると思う。

    逃げとは、これは違って。
    その傷を無視するのではない。

    傷があるのを自覚しながら、それ以外のことにも目を向けゆるやかに再生するために、不必要な痛みや、周囲に痛みを見せることから生じる軋轢を減らすことが大事かな、と考えるのだ。

    私自身も苦しい経験をし、セラピーも受け、専門家として援助した経験もあるのでそう考えている。

    深すぎる傷、癒しきれない傷というのは現実にあるもので完治すれば良いが、これは難しいな、と自分がクライアント側であっても思う時がある。

    くっきりと線の引かれた「完治」という状況。
    もう平気だという状態を目指すのは当然だが、
    それよりも。

    その傷以外のことに、人生の時間や視線を向けてみようかと考える時初めて回復への道がついたように、自分では思う。

    だから、この本の内容の紹介を読んだ時、こういう切り口の精神医学のエッセイが出てきたのか、と、とても惹かれた。

    現実のトラウマとの向き合いは、時間がかかる。数週間や数時間というレベルではない。数年、数十年の場合だってある。

    その時間に、本来だったら出来ていたことを考えると、傷に振り回されるより、そっとその傷に手を当て、これ以上痛まぬようにして、痛み以外のことに向かっていくほうが、ずっと良かったと思うのだ。

    解決らしい解決だけが正解ではないこともある。

    ここには痛い場所がある。

    自分の痛みだから、なかったことにできない。
    痛みも持って生きていかなければならない。
    だとしたら。

    痛かったね。つらかったね。

    といたわってでも、どうにか凌いでいくしかないのだ。

    その傷と生きた時間が長くなり、ふと、そうだったともう一度目が向いた時には、もう傷は癒えて、痕は残っているが血は流さなくなっている。

    そういう癒し方もあるのだと、教えてくれる。

    別に大きな悩みを抱えていなくても、ふっといたわられる瞬間がある本なので、心静かになりたい時、繙かれることをおすすめする。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「どうにか凌いでいくしかないのだ。」
      心の奥底に、ぎゅーっと小さくして押し込んでしまうのでしょうね、、、
      もし押さえつけていたものが、反...
      「どうにか凌いでいくしかないのだ。」
      心の奥底に、ぎゅーっと小さくして押し込んでしまうのでしょうね、、、
      もし押さえつけていたものが、反発して爆発しそうになったら、大きな声でHelpを発して、きっと誰かが駆け寄って呉れるから。。。
      2014/04/01
  • めちゃくちゃにスゴかった。ハンパなく面白かった。

  • 丁寧な言葉選びや観察眼に、人間味のあるあたたかさを感じる。
    雑誌のコラムで、作者が美しい言葉を紡ぐには、美しい言葉の引き出しを増やすこと。映画の翻訳前の字幕を眺めること。日々日記を残すこと。と書いていた。わたしも日々、心を動かされる表現と出会い、自らの引き出しに幅を持たせられるようになりたいと、改めて。

    傷を愛すること、傷を愛せないあなたを、愛すこと。
    恐怖にすくんだ人が足を伸ばし、歩き始めるには、未来を捕捉する言葉が必要になる。人は何かが、もしくはだれかが、自分の安全を守ろうとしてくれてると感じる時のみ、人として生きられる。

    予言や約束で、願いや希望を未来に投げかける。
    あなたが溺れそうになったら命綱を投げて助けようとする人がいるのだということを、思い出してもらう。

  • 後ろめたさや醜い感情も含めての自分を生きていく、その手助けをしてくれる本。

  • 結構良い本だったと思うけど積読でダラダラ読んでたのもあって印象に残った部分が思い出せない エッセイとかであっても付箋をつけながら読むのを習慣にしたい
    人生は基本苦であって人に傷つけられたりあるいは人を傷つけたりしながらそれでも私たちは生きていかねばならない訳ですが、日々生まれるそういった傷に対して一つ一つ丁寧に向き合っていきたいですね

  • 2018年29冊目。

    「傷を抱えながら生きるということについて、学術論文ではこぼれおちてしまうようなものを、すくい取ってみよう」あとがきに書かれている著者の言葉。まさにその通りの一冊だった。

    「医師は傷ついてはいけない」という固定観念があるかもしれない。宮地さんはそれを退け、自身も大いに傷つくことができ、その痛さ、もどかしさ、無力感に蓋をしていないと思う。だから言葉がすごく「近い」感じがした。医者や研究者らしく客観的であるよりも、主観や実感が伴った言葉は、洗練されていて、やさしい。なんとなく、「待ってくれていた」と思わせてくれる本だった。

    どのエッセイにも感銘を受けたけど、その中でもヴァルネラビリティ(脆弱性)に関する考察はすごく興味深かった。

    -----
    男性の被害者を見ていると、性被害そのものよりも、そのために傷ついた「男らしさ」を必死で取り戻そうとすることのほうが、逆に傷を深めていってしまうという印象を受ける。(中略)ヴァルネラブルであってはいけないという縛りこそ、ヴァルネラビリティになってしまうという逆説が、そこにはある。(p.110)
    -----

    何事においても、「戻りたい」「取り戻したい」という衝動と向き合うには、大変なパワーがいると思う。それを備えていられた頃との落差によるどうしようもない無力感。今の自分ではダメだという焦燥感。「こうありたい」という未来への希望ではなく、「こうあるべき」という過去への義務感に対する疲弊。「取り戻したいと思うほど過去の自分は優れていたのか」という、見え隠れする自分の傲慢さに対する猜疑心と嫌悪感。そういう負の気持ちが増幅していって、自滅していく。

    レジリエンスとは、「元に戻る力」以上に、「基本的な目的を保持し続ける力」であると、何かで読んだことがある。築きあげてきた家が崩れたのであれば、元あった家の姿のままを再現し、建て直すことが全てではない。「安心して暮らせる場所が欲しい」という基本的な目的を思い出せば、「今の自分にとっての安心」に基づいた、新しいタイプの家を建てることに目が向くかもしれない。落ちてきた崖を、落ちてきた方向(取り戻したい過去)に向けて登り直すのではなく、未知である崖の反対側を登ってみる意志が生まれるかもしれない。崖の下でも暮らしていける方法を見つける適応が可能になるかもしれない。

    自分が痛んでいることに対する罪悪感を抱くこと。そうして罪悪感に囚われている自分を見て、さらに嫌悪感に染められていくこと。そうやって、何重にも自分を苦しめる思考が覆いかぶさっていくこと。これほど辛いことはないと思う。

    「弱さ」や「傷」を、いけないもの、恥ずべきことと思わないでいい。いけないもの、恥ずべきことと思わずにはいられない自分がいるのなら、おそらくそんな自分をも包むようにいたわればいい。すべて抱えたままでいい。そんな感覚を、読み進めるにつれてじわじわと染み込ませてくれる本だった。

    抱えたままでいるのであれば、相変わらず痛むとは思う。だけど、どこかで「それすらも抱えていていい」と思うことができれば、次々と覆いかぶさってくる自己卑下が、止まるときがくるかもしれない。自分に真っ黒な布を何重にも覆いかぶせてきたその外側を、「もう十分だよ」と、柔らかい白い布が包んでくれる。そういう希望の兆しを、この本からもらえる人は少なくないのでは、と感じた。

  • トラウマ関連の書籍を読んでいて、だんだん辛くなってきて、どうしよう、、と思っていた時に出会ったエッセイ。

    宮地尚子先生の『トラウマ』はまだ読みかけで、どうしても状況をリアルに心に描いてしまって苦しくなるので、読み終えるにはもう少し時間がかかりそうなのですが、その中から感じる、ほんわりとあたたかいものが気になって、先にエッセイを読ませていただきました。

    手当てをすること。
    包むこと。
    恥じないこと。
    傷とともに、生きつづけること。
    幸せを、祈り続けること。

    読み終えた時、心の中に静かなあたたかさが訪れました。

    こんなふうに誰かと関われたらいいな、と思いました。

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著者プロフィール

宮地尚子(みやじ・なおこ)一橋大学大学院社会学研究科教授。専門は文化精神医学・医療人類学。精神科の医師として臨床をおこないつつ、トラウマやジェンダーの研究をつづけている。1986年京都府立医科大学卒業。1993年同大学院修了。主な著書に『トラウマ』(岩波新書)、『ははがうまれる』(福音館書店)、『環状島=トラウマの地政学』(みすず書房)がある。

「2022年 『傷を愛せるか 増補新版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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