インターナショナル・スタイル (SD選書 139)

  • 鹿島出版会
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  • Amazon.co.jp ・本 (232ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784306051393

感想・レビュー・書評

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  • 本書は1932年にMoMA(ニューヨーク近代美術館)で開かれた<Modern Architecture>展に合わせて刊行された。展覧会はヨーロッパの前衛とライト、ノイトラといったアメリカ人、15カ国40人の作品が展示された。ヒッチコックとジョンソンはこれらの建築の特徴を抽出して、アメリカにヨーロッパの前衛を定着、浸透させることが目的だった。そこで彼らは、「ヴォリュームとしての建築」「規則性」「装飾付加の忌避」の三つを原理とした。

    「インターナショナル・スタイル」を字義通りの意味、すなわち、国際様式として捉えるのではなく、指導者たちの作品がはっきり区別されにくい程度の意味で使っていることに注意しなければならない。そうはいっても、展覧会を開き、本を出版している点で、彼らが国際的に展開しようとしていたのではないかとは思われる。

    インターナショナル・スタイルが誕生するまでの経緯の説明では、まず19世紀において重要なのは2つ。RC造やS造などの、組積造に変わる建設方法が生まれたこと、アンリ・ラブルーストなどが、過去の様式から自由なデザインを行なったことである。そして、第一次世界大戦以前のヨーロッパでは、インターナショナル・スタイルの諸概念が個々に独立して出現していたことを指摘する。例えば、ペーター・ベーレンスによる産業建築が、量塊からヴォリュームの表現になっていることなど。しかし、新様式が早く進んでいたのはアメリカだった。ヘンリー・ホブソン・リチャードソンが構造の直接的表現を行い、サリヴァンが摩天楼からヴォリュームの表現を見出した。では、具体的にインターナショナル・スタイルの建築が現れたのはいつなのだろうか。それに関して本書では述べられていないが、『テキスト建築意匠』には、アドルフ・ロースが1910年に設計したシュタイナー邸と書かれている。そして、ル・コルビュジエが新様式が誕生しつつあることを初めて世に告げ、彼や、アウト、グロピウス、ミースが新様式の諸原理を流布した。

    読んで見てわかったこととしては、ヴォリュームとして建築を見せるために、窓ガラスをできるだけ壁面の外側と同面になるようにしていることや、インターナショナル・スタイルは、白のスタッコとガラスだけのイメージだったが、大規模ならレンガもヴォリュームとして見れることが分かった。また、規則性に関しては、ギリシャが相称性シンメトリー(中心軸が強調されていないシンメトリー)、バロックが軸性シンメトリーなのに対して、近代はアシンメトリー。ただ無理にアシメに変形するのは好ましくない。

    機能的として語られることも多い近代建築を美学的な観点から様式化しようとしている点は面白いと思うが、なぜ優れた建築家は相称性シンメトリーに近づくのかということ、装飾付加の忌避から変わった、構造の分節について、詳しく書かれていない点で星四つ。

  • これは理論書でも予言書でもない。その当時に見られた建築状況を同時代人の視点から抽象化し、解釈したものである。本書以前には「インターナショナル・スタイル」と呼ばれるような様式は存在しない。誰も「インターナショナル・スタイル」としてまとめられた三つの原理から演繹的に作品を作ってはいない。「インターナショナル・スタイル」は本書が発表されてから教条化し、「インターナショナル・スタイル」として様式概念化された、と見るべきである。それは著者たち自身が補遺というかたちで後に述べたように、著者たちの意図するところではない事態だったとしても、展覧会を開き、本としてまとめ流通させれば、必然。

    今の時代の建築学生が読めば、本書は、何を今更、と退屈に思うのだろう。僕だってそうだ。全十章のうち、近代建築の三原則として有名な<量塊よりもヴォリュームとしての建築>、<シンメトリーでなくアシンメトリーな規則性>、<装飾(オーナメント)の否定>がそれぞれ一章ずつ当てられているが、この三章が一番つまらない。すでに感覚として身に滲みている以上のことは書かれていなく、本当に何を今更、である。やはり理論書ではなく、解釈によるいち報告書という性格が強い。

    けれども、読むべき価値のない本だとは一概には言えないだろう。たとえば、機能的であることを最上であるとすれば全くデザインしないという手段はあり得るのか、とか、現在世界中の都市に星の数ほど建てられている何の面白みのない高層ビル(以後、駄ビルと呼びます)は「インターナショナル・スタイル」の建築と呼べるのか、などの近代建築に関する情報の錯綜によってこんがらがっている思考をほぐす良い本だと思う。そもそも本書がその錯綜を織っているひとつの糸であるわけだし、「近代論」論ばかりではなく原書に当たることが、近代建築に対する確実な認識を作るカメの一歩となるはずである。

    面白いとすれば「インターナショナル・スタイル」の建築とそれ以前の建築、20世紀初頭の建築と19世紀折衷主義建築との関係を語る歴史的記述の箇所だろう。単一の様式を拒否して様式を折衷した19世紀、その折衷主義建築の失敗を目の当たりにして様式や形式そのものを疑い個人主義へ走り始めた20世紀初頭、そこに依然として様式的なものが残っている様を見てより自由でラディカルなデザインを達成した「インターナショナル・スタイル」の建築。これは自律的建築をキーとして18世紀から20世紀までを語ったエミール・カウフマンの建築史観ととてもよく似ているように思う。あるいは、近代建築を構造の革新性からゴシック建築へ、デザインの静謐性からギリシア建築へむすぼうとする箇所などはあまりに素朴であり、逆に新鮮である。

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