麗しのUS

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著者 : 平中悠一
  • 河出書房新社 (1992年5月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (215ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309007571

麗しのUSの感想・レビュー・書評

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  • 平中悠一さんといえば僕が高校生の頃からのフェイバリットなわけだけれど、この作品だけはどうしたって何十回と読み返してしまう。

    話の筋は単純で、モチーフもシンプルだ。
    中編三本からなるこの本では、おそらく同一人物と思われる主人公の、高校時代と大学時代の恋の一場面が描かれる。長々と展開するようなお話ではなく、本当にいちにちの、せいぜい午後か夜のひととき。
    その意味では、90年代前半の、いかにもおしゃれ小説という体裁ではある。

    でも、作品全体を貫くテーマは、もう少し重くて、哀しい。
    第一の作品。季節は、制服が冬服から夏服に変わる頃。主人公は、彼女に対して少なからぬ不満を抱いている。もう付き合い始めて随分経つのに、自分の気持をはっきりと伝えてくれない、自分の中のルールにこだわっている彼女に。
    そんな彼女とのデート。彼女はとても不機嫌そうだ。その原因は彼にある。乗り込んだ電車、二人を見るなり睨みつけてくる女の子。まったく、誰が喋ったんだよ、と冷や汗の彼。

    とはいえ冷戦的なニアミス以上の事態には至らず、二人でいつもの公園に。そこでも彼の不満は、彼女の気持ちの「わからなさ」に向けられる。もっとわかりやすく自分のことを好きでいてくれたら、俺だってあんな子に、なんて。

    ただの身勝手な高校生のお話と言ってしまえばそうなのだけど、背景にあるのは、『星の王子さま』における、王子様とバラのモチーフだ。気位が高くていつも王子さまを惨めな気持ちにさせるバラと、そんなバラに尽くす王子さま。やがて王子さまはバラを置いて旅にでるわけだけれども、まさにこのときの主人公は、そんな王子さまのような心境だったのだろう。

    二人のその後が語られるのは、第三のお話。大学生になった主人公は、一人暮らし。妹のような存在と言い切る高校生の彼女を車で拾って、自宅に連れ込んでしまうあたりの軽さは相変わらず。でも制服が冬服に変わるともう卒業で用なしになってしまう、最後の夏服を着た彼女はとても生意気で、怖いもの知らず。

    二人の会話は、いかにもまどろっこしい。遠まわしに「あたしにしときなよ」と迫ってくる彼女は、いかにも10代の女の子にありがちな、相手に主導権を握らせない言い方をする。自分からお膳立てしておいて、最終的には相手が望んだかのように持っていくそのやりかたは、第一の物語で出てきた彼女ととてもよく似ていて、主人公はそこに惹かれる一方で、ある種の諦めを感じてもいる。というより、恐れている。始まりが彼女と同じなら、終わりも彼女と同じだろう、と。

    恋は掌に掬った水のように、いずれ零れてなくなってしまう。だからこそ同じ事の繰り返しに怯えてしまう彼と、次の水を掬おうとする彼女。王子さまがバラにしたように、たくさんの時間をかけたからこそ、愛しくて仕方がなかった彼女が、やっぱり二人は違ったのだ、という。だとしたら「あなたは私を仕合せにできるのよ?」と迫ってくる彼女と次の恋を始めるのに、一体何を信じたらいい?

    お前は僕のかあいい妹、と宣言して逃げ回りながらも、同時に彼女に近づいていく彼の姿勢は、高校生の頃とはまた違った意味で身勝手なものだといえるだろう。怖いのは、臆病なのは自分だけではないということが、頭の中に入ってこない。手に入らなかったものへの恨み言を頭の中で繰り返しながら、別の女の子を傷つけている自分が見えない。

    この作品は、そんなどうしようもなく身勝手で、王子さまになりそこねた男の、どうしようもないお話なのだ。

    僕がこの作品に惹かれてしまうのは、そのどうしようもない身勝手さが、ひたすら美しい風景の中に溶け込んでいくように描かれるその文章にある。制服、日差し、川辺のきらめきや夕暮れのカリヨン。震災で「永遠に失われてしまった」と著者自身が語る、1990年前後の神戸の山手の風景がそこにはある。

    そしてもうひとつ僕にとって大きいのは、予想もしなかったことだけど、僕自身がまさに著者の出身大学に教員として就職し、風景は違えども、彼の見て、生きた世界の中で育ち、恋をして訣れてきた若者たちと接するようになったことだ。この描写はどこそこの駅だとか、女子高ってあそこのことかな、とか、あるいは彼らから実際に聞かされる恋の話は、まるで著者が描く世界そのままで、なんだか目を細めてしまわずにはいられない。

    冬服が夏服に変わり、また冬服に変わる。その繰り返しを、まるでひとりだけ取り残されたように何度も見つめ続けるのが、教師という立場だ。毎年毎年夏になるたびに読み返していたこの作品を、いま僕は夕暮れのカリヨンを聞きながらまた読み返しているのだけど、もしかすると僕はこの作品にとらわれすぎて、自分自身の時間すら止めてしまったのかもしれない。

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