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この作品に関連する談話室の質問
この作品からのみんなの引用
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「なにもかもひどくて もう力もつきはて、ある夜、あの川べりの 大岩まで行った」まずしい、ひとりの鉱夫がはなすのでした。「岩まで行ったら、小さな子供が しゃがんで 泣いていて、とぎれとぎれの声が こうきこえてきた。――どうすれば、どうすれば いいんだろう」
「それをみて おれは」とまずしい男はいいました。「なんでか知らぬが、やっぱり生きようとおもって 鉱山にもどった」
― 25ページ -
つめたい雨の十一月の夜、あのひくい谷底の町を とおったとき、ふと、こんなこえが きこえてきたのです。「そう、なめらかな きんの蜜を、お日さまのいろの蜜を。たったすこしで いいんです」
― 22ページ -
秋になったので、こうちゃんは行きたがっています。かえりたがっています。どこへ? さあ それは、こうちゃん自身 しらないでしょう。
― 14ページ
みんなの感想・レビュー・書評
酒井駒子さんの絵に惹かれて手に取ったが、難解だった。きれいな言葉、口当たりのいい言葉が多い印象はあったが、読み終えたあとも覚えているような強い一文がなかったようにも思える。漢字とかなの配分や文章のリズムも読んでいるときにつっかかってしまいちょっと残念。しかし雰囲気はとても好きなので時間を置いてじっくりと読み直したい。
今のところ立ち読みなので、早く手元にお迎えしたいなぁとそわそわ。
この本を部屋に置いて、いつもいつだってこうちゃんに会いに行きたい。
こうちゃんって誰なんだろう。
私の心の中にもいたような。もう思い出せないくらい遠い昔に。
美しい詩のような文章は素敵だけど、なんだか物悲しい感じがした。
酒井さんの絵は相変わらず柔らかく、穏やかな気持ちになれる。
胸の奥深く、こんな本を1冊持っているのは、大事なことだ。
誰にも知られない、しみじみと素直な、柔らかな場所に。
酒井駒子さんの絵に惹かれて手にとった一冊。
ストーリーは正直、よくわからなかったのですが、絵に、心をかきたてられました。
なんだか不思議な本でした。
なんだかそら恐ろしいような気がして恐る恐る読み進める。
そうするうちに、気持ちが温かくなって子供の頃、私にもこうちゃんがいた様な気持ちになった。
須賀敦子の空気や風を感じさせる重く響く言葉が特徴的。
須賀敦子がただひとつ残した小さな物語。日本とイタリアの風。こうちゃんとはいったい誰なのか?2010/3
「こうちゃん」というのは誰なのでしょう。 男の子か、女の子か、何歳なのか。 その解説は一切ありません。 本の中にあるのは、酒井さんが解釈した「こうちゃん」の絵と、季節ごとの 美しいささやかな風景。 どれも、遠い記憶のように淡くかすんだ油絵です。 須賀さんの紡ぐ言葉は、句読点の部分をひとマス開けた、ゆったりとした やわらかな日本語。 詩のようでもあり、懐かしい音楽のようでもあります。... 続きを読む »
言葉、絵、どれをとっても美しい絵本。
季節の移り変わるにおい、いろ、おと。
ゆっくり、ゆっくり、言葉を食べること。
淡くてやわらかい、声に出したい日本語。
くつくつ笑うこうちゃんの声に、気づけるかなあ。
Efterklang / Mirador がbgm!
絵本というより哲学書。
よくわからないけれど、何度も読みたくなるし
読むたんびに深く響くモノがある。
一人になりたいけど独りになりたくない時におすすめな一冊。
「ああ こうちゃん ごめんなさい。
ほんとうに うつくしいものを みていて、
ひとにはなしかけられたときの、あの かなしいような
はずかしいようなきもちを わたしだって
よく知ってるはずだったのですもの。」
こうちゃんはあなただけのもので、わたしだけのもの。大人になって薄まるのではなく強く濃くいてよ、こうちゃん。でもそれはこうちゃんにお願いするんじゃなくて私に。物語、ではなく、1つの長い詩のようで儚い。形容しがたい1冊。大人、こそが、読むべき絵本なのではないかなあと。
ゆったり ヒリヒリ とくん キュン うるり、と。
静かに流れる時間の中で、言葉では言い表せないような、不思議な気持ちになる。こうちゃんは誰なのか?どこから来たのか?ただ、切なくなるのはどうしてだろうか?すてきな絵にうっとりしながら、こうちゃんの声を聞く。
もの悲しさが底に漂っている話。
こうちゃんをぎゅうっと抱きしめてあげたい。「いたいよ・・・」と言われても、抱きしめていたい。離したくないお話です。
ページを開くと、思いがけず世界に入りこんでしまう。
なんでもない言葉になくしたものを感じる。






