夢を与える

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著者 : 綿矢りさ
  • 河出書房新社 (2007年2月8日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (308ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309018041

夢を与えるの感想・レビュー・書評

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  • 何とも形容し難い、というよりもレビューし難い。
    ストーリーは、ひとりの少女の成長期。
    チャイドルとしてデビューし、チーズのCMでお茶の間に浸透した「ゆーちゃん」こと夕子が、高校生でブレイクするも、恋にのぼせあがってスキャンダルにより大転落、周りにそっぽを向かれて捨てられる…というもの。

    「人に夢を与えるような女優になりたい」とインタビューで言うたび、舌がざらつく感覚を覚え、夢ってそもそも何なのか、「与える」なんて高飛車でおかしいと言っていたブレイク前。

    過密スケジュールで日々が目まぐるしく過ぎていく中、「阿部夕子」そのものを演じるようになるブレイク後。不思議な高揚感に満たされながら夕子は言う。
    “「阿部夕子が本当に人に夢を与える瞬間は、出演している役を演じているときじゃなくて、私自身の人生で、普通の理想の人生を歩んでいるときなんだから。私は私の人生自体で人に夢を与えているの」”

    そしてスキャンダルで体を壊して入院後、夕子はぼんやり思う。
    私は、自分の人生を生きたことで多くの人を裏切ったのだ、と。
    “夢を与えるとは、他人の夢であり続けることなのだ。だから夢を与える側は夢を見てはいけない。恋をして夢を見た私は初めて自分の人生をむさぼり、テレビの向こう側の人たちと12年間繋ぎ続けてきた信頼の手を離してしまった。一度離したその手は、もう二度と戻ってこないだろう。”

    「夢を与える」という甘美な言葉に隠された罠。
    夢も希望もありゃしないラストなのに、「あー後味悪かった、はい次の本~」とはならなくて、妙な余韻が残って悶々とする。(綿矢さんならこの「悶々」にうまい比喩を思いついてくれそうだけど、私には思いつかないのがざんねん。)
    最初の方、淡々と進むなぁ、と思ったんだけれど、後半は勢いが増す。
    救いを残したりなんかしない、綿矢さんのこの容赦のなさったらない。母視点で読むと、最初から最後まで、さらに容赦がない。
    綿矢さん自身、前作「蹴りたい背中」から3年以上もの間、書けずに苦しんだとのこと。この作品は、やはり、苦しみ続けた作者自身の投影に思えてしまう。特に後半、夕子の高揚感と浮遊感、痛みと喪失感。我が身を削るように息を詰めて書き上げたんだろうなぁ…と。(勝手な想像だけど。)

    綿矢流コミカルさが陰を潜め、冷酷さや残酷さの増した三人称のこの作品。一人称のほかの作品の方がテンポがよくて、感情移入もできて、コミカルな表現が中毒的に面白くて好きだけれど、これもまた、不思議ともう一度読んでみたいと思う。この闇にひかれる部分がある私の中にも、同じような闇が潜んでいるんだろうかと恐れつつ。

  • 綿矢りさってこういう物語が描けるようになったんだと。今までの作品とタイトルの付け方も違うし文体も違う。丁寧な描写と生臭さと希望も何も見えない終わり方が強く印象に残った。ただ最後に感じたのは芥川賞でデヴューを飾って一躍文壇のスター的取り上げられ方をされた作者本人の思いのたけとどこかで破滅してしまいたいという願望があったのだろうかとか勘ぐってしまった。多分この作品を生み出すのって苦労したんじゃないかな。

  • 子供の頃からCMに出演していた容姿端麗な女の子が、高校生になって本格デビューし、人気が得られるも、そのうち恋をして…という話。

    残るのは虚しさばかりといった感もあるが、10代で芥川賞を取って時代の寵児となった作者そのものの思い出・あるいは願望が投影されているのだろうか。

  • 最初の5ページほど読んだだけで嫌な予感がしていた。だから読み進められなかった。
    何とか読み終えた今、はあ、気が重い。
    これが出たとき「これは、綿矢さん自身の話なのでは?」と訊かれ(もちろん、それは穿ち過ぎだ)、本人は否定したらしいが、そう読まれて仕方ない部分もある。
    彼女自身、敢えてそこにシニカルに切り込んで、この作品を仕上げたという見方もできるけれど。

    2004年の芥川賞受賞後、出版業界は彼女をヒロインに仕立て、カンブリア村上氏言うところの出版不況好転を願って、「綿矢先生、是非、次の作品はうちで」というオファーがたくさんあったに違いない。
    P46:「この子は日本で一番きれいに咲き誇ることのできる花ですよ」と事務所の社長が夕子に言ったように。
    さすがに
    P144:「綿矢先生(夕ちゃん)は今ブレイクするときなんだ」或いは
    P145:「あなたに来ている波は、今出版界(芸能界)のなかで一番大きな波だ」
    註:()内が原文
    とまでは言わなかったにしても。

    『人の噂も七十五日』とはよく言ったもので、時が経てば経つほど話題性は薄れていく。
    これは芸能界も当時の出版界も同じ。
    結局、この次作を世に出すまでに3年半の歳月を要することになる。
    その間、ストーカー被害に悩まされ、*実りのない恋に激怒し、どこかの誰かに「愛してる」と言われ、狂ったように引越しを繰り返した。(*文藝 2011年 08月号、本人談)
    ところが書けない。
    書いては破り書いては破りの繰り返し。悩み、もがき、苦しみ抜いた3年。
    そして「一人称の限界を感じ、三人称に挑戦」(本人談)。
    だが、そこは出版界も同様。
    3年以上も経ってしまっては話題性も薄れ、そのせいか、内容のせいか、部数も「蹴りたい背中」の127万部に対し18万部と激減。
    もちろん部数が作品の良し悪しを決めるものではないが、この作品が受賞の翌年にでも発表されていたら、少なくとも「蹴りたい背中」の半分くらいまでは届いたのではないか。
    そうすれば河出書房新社もホクホクだったろうに。

    P303:「信頼の手を離してしまったからです。信頼だけは、一度離せば、もう戻ってきません。でも……そうですね、別の手となら繋げるかもしれませんね。人間の水面下から生えている、生まれたての赤ん坊の皮膚のようにやわらかくて赤黒い、欲望にのみ動かされる手となら」
    「でも、今はもう、何もいらない」
    夕子(綿矢りさ)は見えない何かと決別、或いは諦観してしまう。

    結局、次作「しょうがの味は熱い」で、再び一人称に戻すことになる。
    ただし、そこでは、もう一人の男性視点での一人称も加えるという試みに挑む。
    試行錯誤を重ねながらの「しょうがの味は熱い」のラストの場面。
    「この部屋を出て行こう。一人暮らしの自分の部屋に戻ろう」
    明るく開き直り、というか再び決断し、「自分の書きたいものを書こう」という方向へ向かう。
    その結果、次の作品「勝手にふるえてろ」では、存分に弾けまくる一人称視点への回帰。
    こんな時系列を勝手に思い浮かべながら「夢を与える」を読めば、この作品の立ち位置は結構興味深いものがある。
    かなり穿った見方なのは分かっているけれど、ね。

    内容は、芸能界でよくあるチャイドルの転落物語。新鮮味は全くないですね。
    これが発表されたのは2006年ですが、今ではテレビ番組で、昔子役で頑張っていた子が実は裏ではすごいことをしていた、なんて話を暴露するのが当たり前の状況だし。
    実際、芸能界とか、RQの世界とか、こんなものです。
    ストーリーも、次はこうなるよな、だから彼はこうするだろうし、母親と父親はこうなるに決まってる。
    と誰もが思う予想通りの展開。
    唯一、多摩君との話が心を少し軽くしてくれるのだけれど、それも、あっという間。
    救われない物語でした。
    彼女にしか書けない美しい日本語、巧みな比喩はいったい何処へ消えた?
    いくつか所々に散見されるものの、おそらく現在2012年までに発表された彼女の作品の中では最も長い小説にもかかわらず、綿矢さん独特の表現や、話し言葉や、比喩は少ない。
    三人称視点で、なおかつこういったストーリーでは彼女の素晴らしい感性による表現力は発揮できない気がする。
    この文体で、このストーリー展開で、途中に
    「で、夕子の下のふせんも俺が取ってあげるよ、ってか。正気か。」
    などという文章を挟みこめるはずもないし。

    一人称視点の長所は、感情描写がしやすく、語り手への感情移入もさせやすい。
    短所は、読者が語り手に共感できなかった時に拒絶されやすい。
    読者の感情移入しやすい人物が、悩み考えながら何かをする小説に向いている。
    三人称視点の長所は、主人公と関わらない場所でも他の人物も書けるし、他の視点ほど読者を選ばない。

    これを冷静に判断すれば、綿谷さんの作品は、内なる心の葛藤を表現する文章でこそ、彼女独特の感性を発揮し、美しい日本語、巧みな比喩、或いは口語が書けるわけだから、一人称視点に向いているのは明らかだろう。

    彼女の作品を時系列で追っていくと下記の様になります。 
    *◎などは、私の個人評価(未は未読)
    1.◎ インストール              『文藝』2001年冬季号
    2.◎ 蹴りたい背中              『文藝』2003年秋季号
    3.〇 You can keep it .  河出文庫収録 2005年10月
    4.× 夢を与える           『文藝』2006年冬季号
    5.△ しょうがの味は熱い      『文學界』2008年8月号
    6.◎ 勝手にふるえてろ        『文學界』2010年8月号
    7.未 自然に、とてもスムーズに  『文學界』2011年1月号
    8.未 かわいそうだね?     『週刊文春』2011年2月10日号~
    9.〇 亜美ちゃんは美人      『文學界』2011年7月号
    10.未 トイレの懺悔室       『文藝』2011年夏季号
    11.× 憤死       『文藝』2011年秋季号
    あらためて見ると、2011年になって、突然雪崩のように作品を起こし続けているんですね。

    註:初の三人称に挑戦と書いたが、実際は「You can keep it . 」も三人称。ただ、この作品の場合は「インストール」文庫化に当たり、彼女がそれまで書き溜めていた作品を再構築したのではないかと推測される。でなければ、本人が「夢を与える」について語った時、「一人称の限界を感じ」と言わないだろう。

    うーむ、堅すぎて、かつ長すぎてつまらないレビューになってしまった。反省。
    ということで、あまり悩まずに「綿矢さん、書きたいものを書いてください。あなたは時代と日本語に選ばれた天才なのだから」という強引な終わり方にします。

  • 単行本が出たころに、新聞で書評を読んで、あのころは綿矢りさが芥川賞で騒がれていて間もなくて、『蹴りたい背中』は中学生ながらに不思議な気持ちを持って、これ読みたい読みたいと思いながらもずっと読めず、いつの間にか文庫も出て、ついに図書館で単行本を借りて読んだのですけど、もう10年近く経っている。
    時がずいぶん過ぎてしまったんだなぁ、というのがいちばんの感想で、この本の旬は確かにもう少し前だったのかもしれない。
    核家族という名前の宇宙船の息苦しさや、密接な人間関係のときの鋭い目線が、女独特のきつくにおう身体、が、面白いのだと思う。

    漫画の「溺れるナイフ」を思い出した。あっちはハッピーエンドだけど、少女くささ女くささとか、不良少年が好きと思うあたり、「ヘルタースケルター」よりも近いのかなと。
    そういえばこれもナイフも小松菜奈だ。

  • 今60ページ程読み終えたけど
    正面言って最後まで読む自信がない。
    冒頭部分、幹子が結婚に漕ぎ着けるまでは文章も生き生きとしていて面白かったんだが、その後徐々に...。
    難解なわけじゃなく、退屈。ストーリーで読ませようとしているだけで、引き込まれるような表現がないせいかも。

  • 一気に読みきりました。綿矢りさくらい若くてこんなに書ける女性の作家はいないような気がします。あと芸能人として普通ではない人生を送るヒロインの名前が「夕子」っていうのが潔いです。若い作家って、思い入れをこめて主人公に今風の名前を付けることが多いから。

  • フランス人と日本人の間に生まれた夕子ちゃんが、
    子役デビューして大人になるまでのお話。
    それ以上、語るべき内容が見当たらないのが哀しいところです。

    綿矢りさのデビュー作を読んだ頃、私は、この人が同い年とは思えなかった。
    たかだか20年弱の人生で、これほどまでに差がつくのかと、愕然とした。
    デビュー作以来、綿矢りさの作品には触れていない。
    あの頃の煽動を期待して読んだ。
    冒頭何行か読んで思った。「これは、本当に綿矢りさの書いた文章か?」
    最後まで、その思いは消えなかった。
    残念です。
    他の作品で、またあの感動を思い出させてほしい。

  • 2001年『インストール』文藝賞受賞デビュー、2004年『蹴りたい背中』芥川賞。そして、2007年、『夢を与える』。ここには、あの清新で鮮烈な綿矢りさのイメージはない。うんとプロの作家に変貌したという感じだ。もし、これが彼女のデビュー作なら、若いのになかなかに上手い作家だと評されただろう。その代り、それほど注目されることもなかっと思われる。この時期は作家、綿矢りさにとっては、脱皮し、あらたに変貌を遂げていく重要な時期なのだと思う。物語は、やりきれない暗さに満ちているが、また実によくできた小説でもある。

  • 今まで孤独だった学校生活も、進級してから良好になったため、通学時間に中々本を読む時間が取れなくなりました。
    最近は綿矢りさブームで、綿矢りさばかりを読んでいました。
    柴村仁は生理ネタが多いですが、綿矢りさはレズのネタが多いと感じました。

    ざっくりした流れとして、チーズのCMに小さき頃抜擢されて、世間の目を気にして生きていかなくてはいけなくて、同時進行で親の浮気問題があり、主人公が恋愛をしただけで芸能界追放。という感じでした。

    所々、今の自分の恋愛に重なって、グサッと来ました。
    "これだけお互いの気持ちの重さが違うのに付き合い続ける意味はあるのだろうか。"
    私は今の彼と結婚したいのですが、彼は全く逆で、一生結婚しない派。
    しかも東京行っちゃうんですよね(´・ω・`)
    とか思いながら読み進め、最後に

    "「無理やり手に入れたものは、いつか離れていく。そのことは、お母さんが誰よりも知っているでしょう」"
    とこられ、もう終始(´・ω・`)でした(笑)
    恋愛ってどうしてこうも人生を左右するものなんでしょう。

    支え合って生きていくことが、こうも難しいなんて

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夢を与えるの作品紹介

私は他の女の子たちよりも早く老けるだろう。チャイルドモデルから芸能界へ-幼い頃からTVの中で生きてきた美しくすこやかな少女・夕子。ある出来事をきっかけに、彼女はブレイクするが…少女の心とからだに流れる18年の時間を描く。芥川賞受賞第一作。

夢を与えるの文庫

夢を与えるのKindle版

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