村上春樹『1Q84』をどう読むか

  • 127人登録
  • 3.12評価
    • (2)
    • (7)
    • (18)
    • (7)
    • (0)
  • 15レビュー
制作 : 河出書房新社編集部 
  • 河出書房新社 (2009年7月22日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (222ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309019338

村上春樹『1Q84』をどう読むかの感想・レビュー・書評

並び替え:

表示形式:

表示件数:

  • 数多くの人が1Q84について感想を述べたが、何人かに共通した印象を纏めると村上春樹の書くファンタジーはどうもご都合主義で、空気さなぎを評した作中の言葉を引用すると怠慢にあたるのではないかということだった。確かに、村上春樹の小説は基本的に一つの事象と一つの事象が絡み合った形での流れや文脈を重んじ、静的な構造についてはあまり重視していないように思える。豊崎由美の言う通りSFやミステリーでは話にならないレヴェルの矛盾があちこちに見られる。にもかかわらず、村上春樹が言うように1Q84が「総合小説」として、少なくともその片鱗が表れている小説とて見られるのはどうしてだろうか。また、ここまで読者を引きつける要因は何なのだろうか。書評の中に、1984以前は学生運動なりなんなり具体的な世間のある種の象徴が見えていたがそれ以降は宗教や資本主義社会が作り上げた構造のせいで弱者たちの叫びが埋め立てられてしまった、そしてその代弁者として1Q84が現れたのだとかなんとか。あちらの世界とこちらの世界が地続きで存在している時、それはパラレルワールドではなくただ単にあちらの世界であるということが別の世界の可能性というものを感じさせるうんぬんかんぬんとかなんとか。
    そういうことが言われているが結局答えは出てこない。答えがないということは読者に読者なりの解釈を任せることになるか、あるいはよく分からないと匙を投げられるかのどちらかになる。私自身もこの小説を読んでいる時、生まれてこのかた感じたことのない感覚に襲われた。それは敢えて説明するなら苛立ちと解放だった。苛立ちは村上春樹特有のいつもの換喩で察しの通り(決して忌み嫌うものではなく、むしろそれがくせになって大好きだ)だが、それと同時に解放された感覚があった。それをカタルシスと呼ぶならそう解釈してくれて構わないが実際自分が感じた感情はそんなものではない。体全身の細胞が一瞬で入れ替えられたような、元々体のどこかに封じ込められていた魂がどこかに飛ばされてそれからまたどこかから新しい魂が体の中に入り込んだような、例えると泥んこのまま洗車した車がピッカピカになって帰ってきた時の感覚に似ていた。それについて詳しく述べるとここで書くどころの騒ぎじゃないくらい長い説明が必要になるので割愛させて頂くが、とにかくそれくらい私に大きな衝撃を与えた作品だった。要するに言いたいことは、村上春樹はどうやら着実に総合小説なるものを完成させようとしていたということだ。1Q84は本当にいい小説だった。長い小説だけれど、また時間を見つけて読み直そうかな。

  • 村上春樹はお祭りが終わってからひっそりと鑑賞するのが好きなので、遅ればせながら先日、book3まで読んだのだが、今この評論集を読むと、book2までしか読んでないのにこんなに騒いじゃって、お前らもちつけ!と言いいたくなる。そもそもbook2というからには最低でもbook3が出る可能性が高いわけで、book2で完結させるつもりなら上下巻にするだろうよ。でも自分もこの祭りに参加したかった気もしないでもない。

  • ふかえりが逃げ出してくるもんだいのカルト集団はこの長編小説では大きな意味を占めている。それはヤマギシかオウムか、それは意味がない。

    ユダヤ人は歴史的に被虐民族だった。それが20世紀にはパレスチナ人を加害している。

    ナチスの本質とは戦争のための戦争、自らをも含む死と滅亡が一致する絶対的瞬間へ。トーマスマンは速くから予言していた。

  • 一つの作品にこれほどの文芸時評が集まることは稀だ。
    『1Q84』はお祭りだが、こういうことでもないと批評は商品たり得ない。

    この手の本はどうしても、賛成寄りの意見がかなり紙幅を占めることが多い。
    これだけ賛否両論が忌憚なく出てくる批評本も珍しい。
    読者それぞれの思いに近い評があれば、なるほどと膝を打つ評もあるし、それ誤読じゃないのと思う評もあれば、踏んづけたくなるような評もある。
    それだけでも、まともな時評本となっていると思う。

    一つ問題があるとすれば、『1Q84』が完結していない可能性があることか。

    この本をきっかけに「批評というものがあるんだな」と思わせたら、この本の目的としては正解であると思う。

  • 加藤典洋、島田裕己、内田樹、沼野充義、豊崎由美ほか書評の世界で著名な方々の評論です。青豆が天吾の中の作中人物?などという推測とか、天吾が新しい「さきがけ」のリーダーになる予兆がふかえりとの交わりだとか、ふかえりと天吾の間に存在する「あざみ」が今後どのような役割を果たすであろうという予想とか、考えもしなかった視点を教えられ、「へぇ~」の連続でした。正にこの本が日本の普通の小説の域を超えて、ドストエフスキーの小説にも比すべき存在になっているのだと思いました。春樹氏の昨年のエルサレム賞でのスピーチの反響は「世界の村上」だからこそだったことが、改めて納得いく思いです。

  • こんなことは外道だろうが、今回はこの本を読んでから、『1Q84』を読み始めることにした。

  • よくわからないけどひかれる。

  • 2011/06/17読了

    「1Q84」について、文章の中身、用語、キャラクター、過去作品、著者の背景やスタイルやら色々
    様々な面から35人の意見があるが、実に35人35色である。
    好意的、批判的もまた様々。
    平野先生が言っていたようなことも、私が思っていたようなことも書いてあった。多い意見では「村上春樹はどうしちゃったんだYO!」っていうやつ
    とまあ、この本についてはこんなところかな。
    読んでいて新しい発見や思うところもあった。面白いのはこの本は、BOOK3の存在がまだ分かっていない、BOOK2でぶつ切りにされていた頃に出版されていたものなので、BOOK3は出るのか、出すべきだ出さないべきだという意見然り、「青豆が死んだ」「これは天吾が書いていていた物語だ」という読みもあり(特に青豆死亡説から論理が展開されているものが多いのだが)
    BOOK2までの知識ではそうとしか考えられないというのも分かるなあ。
    実際にBOOK3のそこにあたるところまで「1Q84とは点吾が作っている長編で、1984と1Q84の青豆が居て、パラレルワールド的な表現をあちらこちらに展開してるからとってもわかりにくいんじゃないか?」とか「てか青豆さああああああん!」とか自分も思っていたし。今となってはミスリードもええとこですね。
    1Q84 BOOK2で青豆は死んだと述べた人はBOOK3を読んだりしたのだろうか。
    (どうでもいいけれど、「砂時計」が出てきたことは少し嬉しかったです。うはは)
    村上春樹のスピーチやスタイルがどう生み出され反映されるかとか、あの村上龍とのコンビとか、面白い意見もありき。
    村上春樹の日本における立ち居地というか、そういうもんを良く見るのが重要なのだとも考える。
    続刊にたいしての考察とかないかなあ。こないだのスピーチもあるから材料は揃っていると思うのだけれど。

  • 自分自身の読みを深めるために読んでみた。発売後間もないことで粗い内容もあったが、続編(Book3)を大方の人が予想していたのはさすが。10.6.27

  • BOOK2まででは、はてながいっぱいなので読んでみた。
    みんなホントに理解できてて、おもしろくて、売れてんのか、そこんところどうなのよ的なかんじで・・・
    で、いろいろ深読みしている人もいるみたいだけど、結局、わけわかんなくてもありということで納得。
    と同時に、なんで自分が村上作品を敬遠してきたのかもわかった。

全15件中 1 - 10件を表示

村上春樹『1Q84』をどう読むかに関連するまとめ

村上春樹『1Q84』をどう読むかを本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

村上春樹『1Q84』をどう読むかを本棚に「読み終わった」で登録しているひと

村上春樹『1Q84』をどう読むかを本棚に「積読」で登録しているひと

村上春樹『1Q84』をどう読むかの作品紹介

大傑作?問題作?35人の論客が今、問いかける。

ツイートする