冥土めぐり

  • 1177人登録
  • 2.93評価
    • (21)
    • (107)
    • (236)
    • (121)
    • (32)
  • 247レビュー
著者 : 鹿島田真希
  • 河出書房新社 (2012年7月7日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (156ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309021225

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

冥土めぐりの感想・レビュー・書評

  • 少し前にTVで鹿島田さんの生活が流れていた。
    ご主人は脳に障害のある方で、
    その傍らで優しく穏やかにいらした鹿島田さんの姿が印象的だった。
    そういった環境の中書かれたという事で読んでみたくなった。
    実際内容的にも似たような夫婦が登場しているし。

    こっちが心配してるほど、当事者は辛くないのかな。
    何も考えないって1番幸せな事なのかな。

    「99の接吻」は以前読んだ鹿島田さんの内容と登場人物的に似てた(笑)
    彼女には姉妹がいるのかな~
    本の内容より、鹿島田さん自身に興味が沸いた。

  • 主人公の視点で読んでいるうち、濁った重たい水のような、「家」という呪縛の中で、もがいても抜け出せず、もがくことさえ諦めてしまったような感覚に陥る。最後には、そこから浮かび上がるためのささやかな希望の光を感じられるので救いはあるのだが、読後感は…。共感はないものの、巧みな心情描写によって胸に主人公の感情がジワジワと入り込んでくる感じが良かった。

  • と、言っても、私が読んだのは文藝春秋の全文掲載なので、読んだのは表題作のみ。

    以前、鹿島田さんの作品を読んだ時、正直、印象は薄く、私の中で、彼女は女性作家のその他大勢に分類されてしまっていた。

    私はこういう、不条理で理不尽で、でもそれこそが現実で、主人公がそれにどう向き合っていくのか、っていうお話はすごく好きで。
    こんなにも深く突き刺さってくる作品を描く人だと思っていませんでした。
    受賞インタビューでも、最後にすごく印象的なことを話されていたので、少しだけ略しながら引用。

    「人間がすごく不幸なのは、国家や社会規模の"公的な不幸"を抱えながら一人一人に固有の"私的な不幸"を抱えているところです。その公的な不幸と私的な不幸の比重というのは同じだと意識することが、うまく生きるコツかなと私は思います。たとえばいま、東北の震災がニュースで取り上げられたかと思うと、いじめで自殺する子どものニュースが報じられます。この二つの不幸は同じ比重だと考えるべきだと私は思うんです。不幸の大きさは、公的であろうと私的であろうと変わりません。
    私的な不幸を、『たいしたことないから』とか『もっと大変な人がいるから』などと言って忘れたことにして乗り越えようとするのは違います。『自分の悩みは結構深刻な問題だぞ』と自覚するのは意外と大切なことで、私的なことだから人に相談したりSOSを発するのは恥ずかしいとは思わないほうがいい。大人でも子どもでも一緒です。
    私自身、デビュー後、つらい時期がありました。その時は憂鬱そのものを直視した本を読み、自分の精神状態の大変さを自覚することで、少し救われました」

    私も普段から大切にしていること。でもそれを、こんな風に、文字にして表現する人には、なかなか出会えない。

    私が求めていた作品、作家さんが、まさにここに。さかのぼって、他の作品も読みたいです。

  • 芥川賞受賞作

    過去と肉親とうまく距離をとることができない主人公奈津子。

    体が不自由になっても、それにとらわれず淡々と日々を過ごしていく夫太一。

    優雅な暮らしの過去に、心を住まわせているような、奈津子の母と弟。

    奈津子と太一が、1泊2日の旅行に出かけその間の奈津子の心情を、鹿島田は体温の低そうな文章でつづっていく。

    暑さを感じさせない静かな深いところにある奈津子の感情。

    不思議な静かさのある作品だった。



    こういうのが芥川賞なんだね

  • 冥土めぐり
    メメント・モリ。太一の心情を表すとすれば、これが一番よく当てはまると思える。ある日を境に。歩くことが困難であっても、他人の手助けを自然体で受け入れることができる。生きることに対しても、あるがままなのだろうと感じた。
    旧 高級ホテルへの旅行をきっかけに、奈津子は変わる。母より語られた爺(母の父)の栄華物語も、バブル時代の弟の放蕩も、自分へのセクハラ謝罪で得た金の母による横取りも、過ぎしのこと思い出として、その記憶が封印される。
    それは、冥土めぐりの旅が終わったことなのだ。

    99の接吻
    4人姉妹と母。引っ越して来た男S(=エス)とは、姉たちの自我ではないのか。男と付き合うことで自分を表している。葉子は、女であること、しぐさにこだわる、男に合わせる・媚びる。芽衣子は、下町の女として(下町ではない)男に想いを寄せる。(行為の)性の表現はおおらかでいいなぁ。
    みせかけの下町、という表現が印象に残った。物語の街の描写と同じように、住人の生活や人情も変化していくのだろう。谷根千・下北沢・吉祥寺、街は変化している。


    2つの物語を比べてみると、2つの性が対になって見える。陰と陽、ハレ(Sはまれびと)とケ(奈緒子は家に従う?)。

  • 不謹慎かもしれないけれど、太一のイメージがどうしても山下清に重なってしまう。
    自分の境遇をそのまま受け入れ多くを望まない姿勢やらその体躯の描写を読めば読むほど、芦屋雁之助演じる山下清が浮かんできてしまう。
    あー、芥川賞なんだからもっとまじめに読まねばと思いつついつの間にか読み終えてしまった。
    こんなこと考えるの私だけかしら・・・。

  • 芥川受賞作「冥途めぐり」と「99の接吻」の2作が収録されていました。
    2作ともはなかなか面白い観点から書かれた小説ですね。
    「冥途めぐりも」「99の接吻も」生まれ育った家族の影響力を心理的に現実と対比させた物語でした。
    どちらも主人公の一人称で描かれた心の歪みと身近な家族への協調と不響和音が上手く描かれ複雑な心理が自然なタッチで表現されています。
    境遇に生きて行くための惰性的積極性の中に自分だけの不可侵性が「いかにもと」、女性のの心理を読ませてくれるものでした。
    女性の「性(さが)」を記す作品といえるでしょう。

    読後感=もやもや・・・されど家族・・されど愛するべき・・何か・・

    <a href="http://novel.blogmura.com/novel_contemporary/">にほんブログ村 現代小説</a>

  • 2012年芥川賞受賞作「冥土めぐり」と、「99の接吻」がおさめられている。鹿島田真希は、ふつうの人が思うすこし明確な言葉にしづらいものをすくいとって、変わった風に表現しているかんじ。「99の接吻」は書きたいことにまだまだ技術が追いついてない印象で、ほんとうにそのままそれらしい言葉に移し替えただけ、みたいな。「冥土めぐり」のほうが優れた小説だとおもいます。まあ「冥土めぐり」も、これがソリューションなのかなあ、救済ってこんな風に訪れるものなのかなあ、と疑問でいっぱいだったけれど。案外現実のソリューションなんてこんなものなのかもしれない。わからない。
    ところで、この膜がはったような現実との微妙な距離感、自分というものの希薄さ、それがさいきんの文学が表現しようとしてるものなんでしょうか。書きたいものはわかる。でも正確に汲み取れていると感じた小説はまだありません。

  • 奈津子の母と弟は精神的に崩壊しているし、家族としては問題外だが、夫の太一だって私から見ればイライラのターゲットでもある。
    しかし、奈津子にとってはやっと見つけた癒しであるし、自由も得ることができたのだ。
    人は誰もが思ったとおりに生きればいいだけなのに、当たり前の尺度が狂ったがために幸せを逃してしまう。
    何が幸せなのか考えるのも難しい。

  • 【冥土めぐり】
    自己中な家族に脅かされ続けた主人公が、
    母への反抗心から結婚した「母の理想と正反対」なタイプの夫。
    その夫が脳の病気で働けなくなったことにより、
    家族からの搾取を逃れられるようになった---。


    明らかに誰かによってひどい目にあわされていて逃げたいのに、
    きちんと行動や態度に表せない種類の人間である主人公。
    そうなった理由が諦めからなのか、面倒だからなのかはわかりませんが、
    少なくともこの主人公に関しては、
    母の呪縛からは少し抜け出せそうなラストだったので良かったです。


    【99の接吻】
    母と4姉妹が暮らす下町にやってきた男「S」。
    外から来た男の出現によって均衡が崩れる。

  • 地味だけど、心にずしっと来た。

  • 賞ものなので興味本意で読んでみました。

    わりと女性的。
    好き嫌いは別れそうですが嫌いじゃないな。

    谷中はよいですね、やっぱり◎

  • 奈津子とその母親・弟と、夫。
    菜々子とその3人の姉と母親。

    …太一

  • なんだかよくわからなかったなぁ

    「冥土めぐり」はなかなか、悶々としながらも明るい方へと歩む感じが好きでしたが、「99の接吻」は、なんかちょっと気持ち悪い人たちだなぁとしか思わず…この作家、これをかいている間どんな気持ちだったのだろうとか思ってしまった。谷根千のローカルトークはところどころよくわかるので面白かった。

    芥川賞受賞作だったんだね。ぽいぽい。

  • 表題作の冒頭で、病を患う夫を見つめる主人公の女性の視線がなんだか怖かった。
    その視線はとても無感動で冷めていて、嘲りのようなものも含まれているような気がしたから。

    読み進めていくとそうではないと分かったけれど、力のある作家さんだという印象です。

  • 芥川賞受賞作。
    うーん、最後は主人公は自分を一個人として認めたということなのか・・・。表題はすらすらと読めました。
    99の接吻はなにを言いたいのかがわからない・・・。単なる作者の妄想言葉遊び?マスターベーション?って思っちゃった。

  • 表題の「冥土めぐり」の主人公は、冒頭で死をどこかに意識しているような様子がありましたが、病気の夫と旅行をし、過去を回想し、隣にいる夫の生きざまを思い起こしてようやく死を意識する原因を作った“家族”を拒絶する一歩を踏みだします。趣味の悪いカーディガンを「着なくてもいいんだ」と、唐突に気付く場面は思わず頷いてしまいました。
    やらなきゃだめだ、と思っていたことが唐突に「あれ、違うんだ」と気付く瞬間ってあると思います。

    99の接吻に関しては……主人公に感情移入出来なくて。言葉の選び方や文章の書きかたは結構好みでした。

  • 表題作の冥土めぐりに出て来る「太一」は最初は「こんな旦那さん嫌だな〜」という印象だったのだけど、読み進めて行くうちに段々好印象になってきて、最後は「奈津子は太一みたいな人と一緒になって良かった」とまで印象が好転しました。
    「99の接吻」という話は普通じゃない(あくまでも私にとっては)姉妹愛がベースになっています。

  • 即日で読めました。難しさはあまり感じなかったんですが、何を訴えたかったのか、よくわかりませんでした。私の読解力のなさでしょうか。

  • 「冥土めぐり」
    富裕時代を忘れられない母と弟にしばられる奈津子と、脳の発作で四肢が不自由だが理不尽を理不尽と受け取らぬ太一の夫婦が、かつては豪奢なホテルとして、いまは保養所となったそこを訪れる。

    「99の接吻」
    下町の四姉妹。末娘のみる姉たちの美しさ、それをむき出しにさせた「観光気分」で「よそ者」の男Sが三番目の姉と関係をもつことで、四姉妹の「近親相姦」的ですらある「愛」について、母も含めた皆それぞれが(明確に)考えを言葉に、動作にあらわし、末妹と交わす。末妹はしかし、概念として(自分のうちの言葉として?)つかんでいたそれを、姉たちが簡単に行動してしまうのに戸惑いつつ、自分もまた姉たちのようになり、心も体も溶け合うそのときを、その意味を真に思う。

    読みやすい。。
    さてこの「四姉妹」は『白バラ四姉妹~』となにかつながるものはあったかな?あとで読み返してみます。…原典がわからない(し、多すぎてわたしはその道を選ばない)ので、こういう派生―派生読書をしてしまうわけですけど。来年だな。

  • 淡々としていて、とても静かな小説だった。そして、なんといっても、重い。

  • 2012.10.27読了。

    まぁなんだ、人はどこか病んでいるが故にしたたかで賢しい。心のどこかに柔らかい部分が大なり小なりあるからこそのことである。

  • 息苦しさ半端ない。旦那すごい!

  • 田中慎弥氏の破壊的・破滅的でずぶずぶと因縁の渦に嵌っていく感じや、円城塔氏の革新的かつ超現実的な、意味をとりにくい不思議な世界観を見せられたあとの芥川賞受賞作品だからか、非常に読みやすく、歪な母娘関係といった心の闇が描かれているものの、直木賞の様相を呈している気さえした。

    選者が変わったからか、それとも前回からの反動か、はたまた時代の変化が映し出されたのか。どれも当たっているし当たってはいないとも思う。
    筆者の鹿島田真希氏の向こう14年の大作、という作品へ傾けられた並々ならぬ想いと技術の成熟が受賞へ導いたともいえ、複合的な理由がそこにあるように感じた。

    毎回、『文藝春秋』を通じて芥川賞作品を読むのが私の通例となっているが、選者の品評と受賞者のインタビューを合わせで読むことで、作品に対する自身の意見がクリアになる。
    今回は黒井千次氏の選者退任の胸中も吐露されており、感慨深く受け止めた。

    作品自体については、上述の通り、奇を衒うところがなく静かに淡々と読み進められるものだと感じる。
    人生で最も輝いていた時代の記憶に縋り、再びその過去を体現させたい母の願望。それをそのまま引き受けるように強いられる主人公の娘。
    人の一生の繁栄と凋落を今や廃れた海沿いのホテルというひとところにまとめて、灰色を思わせる背景と人物の描写が遣る瀬なさや悲哀を醸してから、微細な変化のようではあるが、最後には停滞からひとつ大きく前進する主人公を描く物語に、等身大の現実を見た気がした。
    地味だが、しなやかさがある。

    筆者のインタビューにこうある。
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    ■不安を抱えている人って、お酒を飲んで自暴自棄になったり、ギャンブルにはまったり、あるいは趣味でも音楽でも、何かに依存することによって不安を忘れようとしますよね。

    ■人を縛るということは人に縛られるということです。何かを所有するコレクターは、集める『もの』に縛られ、依存しています。ほしいという気持ちは囚われているのと同じだと思います。
    相手を縛りたい、自分だけのものにしたいと思う人は、逆に縛られ、奪われていると思うのです。その煩悩を人はなかなか捨てられませんが、本当は捨てるべきものなんじゃないかということを、この作品を通して書きたかったのかもしれません。

    ■理不尽を理不尽として書くだけではなく、理不尽を受け入れるところまで書いたのがこの作品における自分の成長だったのかなと思います。
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    何かを欲しいと思う気持ちは、そこに希望があるからだ。
    何も要らないと思えば、そのまま冥土へ行くときだ。
    主人公の奈津子が冥土へ行くことを思いとどまったのは、太一という聖愚者ともいうべき夫を失ってはいけないと思ったからだった。
    それは、灰色の過去を捨てて、別の何かを欲しいという気持ちが芽生えた変化である。
    受け入れて消化して排出すれば、新たに受け入れるスペースができる。
    世の中は理不尽でできているけれど、仕組みはとても簡単なんだなと思った。

  • 今回の芥川賞受賞作の『冥土おくり』を読みました、

    家族が重いというはありがちですがとても難しいテーマだと思います。主人公から嫌味のようなものでると、とてもつまらない物語となってしまうと思うのですが、鹿島田さんの文章はとても成熟した感じで物語をうまく牽引されていたと思います。作家さんとしての経験値の厚みを感じさせる文章ですね。

    〉きっと太一は海を怖いと思ったことがないに違いない。
    〉奈津子は暴力のようにあらゆるものが変化することを
    〉恐れる。この海ですらも。

    押し寄せる波が暴力に見えるというのは既視感のある感情です。自分の立ち位置に揺らぎがあったときに、無機的なものに悪意を感じる心情でしょうか。

    こういう感覚に鋭さを感じさせる作家さんに出会えた時に本を読んでいて良かったなと思います。

全247件中 1 - 25件を表示

冥土めぐりに関連するまとめ

冥土めぐりを本棚に「読みたい」で登録しているひと

冥土めぐりを本棚に「読み終わった」で登録しているひと

冥土めぐりを本棚に「積読」で登録しているひと

冥土めぐりの作品紹介

あの過去を確かめるため、私は夫と旅に出た――裕福だった過去に執着する母と弟。彼らから逃れたはずの奈津子だが、突然、夫が不治の病になる。だがそれは完き幸運だった……

ツイートする