想像ラジオ

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  • 河出書房新社 (2013年3月2日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (200ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309021720

想像ラジオの感想・レビュー・書評

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  • 震災で亡くなったと思われるDJアークが次の世界に行く前に、残してきた人たちへの想いや自分の現状について電波に乗せる。リスナーもまた、突然失われた自分の人生を思い出しながら、想像ラジオから流れてくるトークや音楽に想いを馳せるのだった・・・。

    メディアで度々取り上げているのを見て、気になっていたけれどなんとなく回避していた。それでも、図書館の新着図書コーナーにそっと置かれていたところを通り過ぎることができなかった。

    ところが、読み始めてもなかなか進んでいけない。
    この本の予約を入れたというお仲間に、すぐに返却できそうにないと言ったところ、「いとうせいこう氏はどちらかというと純文学系ですから・・。単純でないのかもしれませんね・・。あせらずゆっくり読んでくださいね。」などとなぐさめてくれた。

    全体のトーンはじわーっと哀しみが漂っている。そして温かい。
    昨日まで連続していた日々が突然断ち切られ、それすら本人には確認できない。想像ラジオを通してリスナーたちが交流する中で自分たちの置かれている現状に気付く。愛する人や大切な人たちを残して自分だけがそこを去らねばならない理不尽さやいたたまれなさを受け入れるのは容易ではない。それでも、残していく人たちが幸せに生きていってくれることだけを願い、その兆しを確認できた時、現世とあの世の間にある緩衝地帯を越えていける。

    これって、大切な人を失ったことのある人がその人を思い出すときそうやって徐々に高いところに昇って行ってほしいという願望なのか、それとも生きている自分がいずれそういう道をたどるのかもという想像なのか・・・?

    たったひとりの人を失くしても、その喪失感は計り知れない。
    震災で大勢の人を失い、自分の生活も壊滅状態に置かれた方々の気持ちはいかばかりか。また、それぞれの背負っているものによって、感じ方もずいぶん異なるのかもしれない。

    せめて私たちは、想像しよう。
    この世界を去らねばならない人と、残される人。
    涙を流す人と、泣くことすらできない人。
    未だ立ち上がることのできない人と、雲の切れ間から差し込む光に顔をあげる人。

    そしていつか、皆が歩き始められる日が来ますように。
    そのとき、失くした人との日々や共に生きる人がそっと背中を押せたらいいなぁと。

  • 人の意識、想像、思考、想い。
    それが電波という思念となってココロの真ん中の
    ふとしたチューニングがあった人だけに届く想像ラジオ。

    必要なモノはイマジネーションだけ。
    AMでもFMでもなく、IM。
    意識、無意識に関わらず、届いてしまった人は
    同じ意識のステージにいる人なのかな。

    想像することだけで繋がっているラジオだけに
    リスナーが聞いている時間も温度も環境も
    流れてくる音楽も、DJの声も、その人のイメージも
    すべてが自分の想像で成り立つ、すべてが
    自由で象られる想像ラジオ。

    私の中でもはっきりと受信しました。
    ジングルもしっかり作曲しました。
    DJアークさんのビジュアルも声の想像も完璧です。

    リクエストで流れてくる音楽も
    『デイドリーム・ビリーバー』と言われて流れてくるのは
    それぞれが想像したその曲。誰が歌った、誰が演奏した
    この曲なのかもリスナー次第。

    この世の者とあの世の者を繋ぎえるかもしれない想像ラジオ。
    大切な人を突然亡くして、ただただ茫然と現実を
    受け止めきれない、愛する人に残された人たち。
    そして、自分の身に突然起こった出来事を受け止められない
    亡くなった人たち。

    物事には両面があるように、当然のように
    愛する人を失うということは、生きている人、亡くなった人、
    それぞれの立場が違うだけで、失った悲しみは同じであること、
    現実として受け止めることに混乱していることの大きさは等しいこと、
    大切な人を失って、後に残された悲しみに包まれていたけど
    ただ、互いが生きる世界を別の次元に切り離されただけ
    ということに気付いた。

    アフター3.11を取り扱った本書。
    あの日たくさんの人の運命が大きく変わってしまった。
    私も福島が父の故郷で親戚がたくさんいたり、数々の映像で
    茫然とした日だったけれど、実際に災害に見舞われた当事者
    ではないので、軽々しく言えるほどの悲しみでも苦しみでも
    ない出来事で、心で祈ることしかできなかった2年前のこの日。

    私にとって3.11はその1年後のちょうど同じ日、
    私は息子を産み、そしてその日に息子は天国へと旅立った。
    そんなこともあって、私にとっても3.11は最愛の人を
    亡くした人生で一番苦しい日となった。

    マスコミでもたくさん取り上げられる日なので
    テレビや新聞、雑誌、インターネット、いろんな媒体で
    その日付を目にするたびに、それでなくても
    忘れる忘れないなんて出来事でなく、片時も忘れない
    事柄を必死で覆って前に向かおうとしている毎日で、
    そこにやたらな煽りで3.11、3.11と取り扱われることで
    どれだけの被災者の方はそのたびにまた現実を、傷を、
    まざまざと突き付けられて、傷を新たにしているんだろうかと…。

    亡くした経緯や状況は違えども、これだけピックアップされる
    日づけに自分の出来事も重なったからこそ、形は違えども
    その日付を目にするだけで震えるほどの苦しみを覚える1人として
    震災にあわれた方にとって、風化させないためにという名分で
    今の震災へのメディアやネットでの取り上げ方は
    本当に真意は汲み取れているのかと、関わり方を改めて考えされられた。

    大切な人を失った人が、亡くなった人の意思を受け取りたい、
    どこかで繋がりたい、話がしたいと思うと同じく、
    亡くなった人も大切な人と別れなければいけない悲しみ、
    自分の人生にやり残したことやたくさんの想いを残した苦しみ、
    たった一人では切なくて、境遇を同じくした人と
    こうやって意識という電波で繋がっていたとしたら…と考えた。

    私が息子の声を聞きたいように、息子も私の声が聞きたくて
    聞こえなくて泣いているのかもしれない。
    まだ生きるということも理解ではないままに、亡くなるという
    現実を受け止めなきゃならなくなったあの子は
    今頃どうしているんだろうかと不安にもなった。

    でも、こうやって本を通して、悼む側があるのと同時に
    当然ながら悼まれる側の意識も同時に存在していることに気づいた。
    この世の果てにあの世があるのではなく、この世もあの世も
    同じくして悲しみも喜びも等しく存在しているかもしれない。
    私が息子の声を聞きたいように、息子の笑顔が見たいように
    きっと彼は毎日泣いている私の姿など望んでいないんだろう。

    私が笑えば彼も笑い、彼が笑えば私も笑っている。
    そんな風に繋がりを感じながら、目に見えなくても
    これからも苦しいほど愛しているキモチと一緒に
    歩いていけばいいだけのことなんだ。と気づかされた。

    すべては想像すること。
    私の電波をDJアークさんのように、息子は盗聴しながら
    時に笑ったり怒ったりしてくれてるといいな。

    いろんなことを考えたり、気づいたりするきっかけをくれた
    この「想像ラジオ」を献本してくださったブクログさん、
    河出書房新社さん、そして、素晴らしい世界を見せてくれた
    いとうせいこうさん、ありがとうございました。

  • 「想像ラジオ」 想像していた内容と違った。

    実際にラジオがあったら救われる人もいるかもしれないけど
    逆に傷ついてしまう人もいるかもしれない。

    受け入れられないことも、受け入れ出来ることも
    共有できる部分、共有できない部分もあって

    でも最後には泣いていて、うまく消化できない自分がいる。

    死者の想いや生存者の想い、葛藤。
    いとうせいこうさんの葛藤も入り乱れて
    私も気持ち乱れる、ざわざわする。

    テーマが重い内容の本は難しい。軽く語れない。
    目をそむけて耳をふさいでるだけなのかな、自分は。
    ちょっとショックだった。

  • この小説は読んでいて辛い。未曾有な震災によってある日突然数多の人の命が理不尽に奪われた。あまりの大きさ、想像を絶する出来事について、作家の方々は書きあぐねているのかもしれない。それを真っ向から描いたいとうせいこう氏は、小説に、読者に一石を投じているのではなかろうか。ラジオという媒体に乗せ声なき声を発信する、それは軽薄と映るかもしれないが、逆にそいう形でしか表現できないほどのインパクトのある出来事だった。生者と死者との関係、生者は死者の声を想像によって推し量る、それが死者を弔うことになるのではないだろうか。

  • いとうせいこうさんの『想像ラジオ』を読んだ。
    わけられない二つの間の微かな電波のローカルラジオ
    何処かにあったけど、言葉にならなかった、胸のなか忘れかけてた、奥深い透明な静かな名無しのラジオ局。
    こんな描き方もあるんだな、素晴らしい一冊だな。

  • DJアーク、そしてリスナーのみんな。3.11が未だリアリティを持てずにいた私に、この登場人物たち「死者」が教えてくれたことがあったような気がします。

  • 震災の時、自分がラジオに助けられ励まされたことを思い出した。

    DJアークの語り口は明るく饒舌なのに、読み進めていくと心がシンと静まっていくような話だった。
    死者を想い、思うこと。
    それは、生きている人が活きていくために必要なことなのではないか。

  • 人はひとりじゃない
    肉体をなくした魂もつながりを求めている

  • なぜか一気読みしてしまった。別に読みかけていた本を飛ばして一気に読み切った。誰もこの本を批評する事はできない。この本は一応DJアークの話として終わっているが、終わりのない話だ。今もどこかで想像ラジオは鳴っているだろうし、誰かがDJをしていると思いたい。この本を読んでも震災の被害に会われた方の本当の悩み、苦しみは理解できないのだとも思うが、自分に置き換えて考える事が少しできた気がする。

  • 想ー像ーラジオー (ジングル)
    こんばんは。あるいはおはよう。もしくはこんにちは。
    震災で津波にのまれて杉の木のてっぺんに引っかかって、
    この世とあの世のはざ間にいるDJアークがおくるラジオ、
    そう!これが「想像ラジオ」なんです!
    リスナーは同じような境遇にいる方全て。この世に未練があるがゆえに、あの世へ行けない全てにおくります。

    ―というお話ですが、3.11をテーマとしているわりにタッチが軽快。
    あまり重すぎず、しかし軽すぎず。そのアタリが著者いとうせいこう氏のすごいところでしょうか。

    亡くなった人から亡くなった人へおくるラジオが、
    それだけに留まらずに生きる人へと伝わるところがミソ。
    「想像」って偉大です。ある意味何でもあり。
    死者がどんなことを考えているのか?
    生きている人へどんなメッセージを残したいのか??
    誠に勝手ながら生きる人が、自己満足の延長線上にある解釈に過ぎない、
    そう思うのは私だけでしょうか?
    しかし、それも全て、
    「死者あっての生者」であり、「生者あっての死者」であるということ。
    もちつもたれつの関係とはよく言ったもので、
    二者はふたつでひとつという表現に、私はとても共感を覚えました。

    4章の解釈が非常に難しかったです。
    SさんはDJアークでもない、彼の奥さんでも子供でもない人ですよね?
    無関係なようで、白黒の鳥が電話の向こうの死んだ彼女(愛人)であるということの解釈。
    想像するに、ラジオが聞こえない人とのつながりを意識させて、
    決して無関係ではないことを伝えたかったのでしょうか。
    そもそも「ラジオ」であることが面白いです。
    目には見えないもの。音だけの世界。それすなわち想像であり、
    イマジネーション・ワールドなのですから!

    個人的にDJアークの奥さんと息子さんが、
    最後に登場して具体的な感動シーンを演出する!って終わり方をイメージしていましたが、
    そこも、・・・想ー像ーラジオー(ジングル)

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