エクリール: 書くことの彼方へ

  • 河出書房新社
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感想 : 3
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  • Amazon.co.jp ・本 (206ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309202358

感想・レビュー・書評

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  • デュラスの作品はどれをとってみても哀しく、それでいてやさしい。
    書くこと。その一点を信じて彼女は生きてきた。一匹のハエの死にざまさえも物語となるように、制作の様子までも、彼女からすれば物語の素材となる。彼女の生き方それがドラマなのである。
    ことばのつきるその瞬間まで、彼女はひたすらに潜り落ちてゆく。そうして辿りつく太古の夢・記憶。そこでは、自分とものが共に溶けあいつつも、わかりあえないという境界で隔てられている。
    その制作は、単一で直線的なものではなく、螺旋を描きながら拡がり、満たされていくよう。つながりははっきり見えなくとも、まるで存在するだけで関係してしまう万有引力のような。存在するだけで、それ以上もそれ以下もなく、感じられる。だからこそ、ことばにならない、書くことの彼方にあるものへの憧れへと昇華できるのだ。
    デュラスの作品は自分という確固たる視点の上に立って書かれているはずなのに、その視点は邪魔をしない、映画のカメラのごとく、限りなく透明で光に満ちている。情景の説明はことごとく排除されている。カメラを向けるだけで、何も付け足さなくても、視点というものは存在できるのだ。きっと映画だけでなく、写真も撮らせたら、彼女は当たり前で、それでいておもしろいものをそのフレームに収めてきただろう。
    素材は決して変わることなく、変えることもできない。しかし、切り出すフレームを変えることで、あるいは素材の置かれる流れを可視化させることで、素材の培ってきた、見えないところにまで辿りつくことができる。
    彼女は、ナチもプロレタリアートも同じ人間であることを痛いほどに知っている。どちらも狂おしいほどに愛おしく、また決して届かない存在である。彼女はわからないからこそ、求め書いてみたくなるのではないか。そこに横たわるひとつのことばを求め、探しつづけたのではないか。時にそうした制作過程は直観としてみえてくれば、長い間対話を続けてじっと耐えなければならない時もある。パリの小さな家の中で、そうして零れ落ちた一滴を彼女は世に送り出していったのだ。たった一滴ですぐに枯れてしまいそうなものでも、乾ききった心にどれほどの癒しと甘美な夢を与えてくれるだろうか。流れ落ちてしまえば、その雫はいったいどこにあるかなんてわからない。けれど、そんな一滴がやがて同じ海へ辿りつくのだ。彼女はそういう世界を確かに信じている。

  • 2010/7/5大学図書館で借りる

    本に読まれて/須賀敦子より

    p13
    レイモン・クノーが下した唯一の判断はこの言葉よ、「書きなさい、それ以外のことはなにもしなさんな」。

    書くこと、それが私の生活を満たし、生涯を魅惑してきたたったひとつのことなのよ。私はそれをやってきた。書くことが私から離れたことは一度もなし。

    p14
    女性は、自分の書いてる本を愛人に読ませたりすべきじゃないのよ。

    p15
    孤独というのは、見つけるものじゃなく、作っていくものよ。孤独はひろりでに作られてゆく。私がそれを作ったのよ。私がひとりにならなきゃならないのはここであり、本を書くためひとりになるのだと決めたからよ。

    p17
    トゥルーヴィルは私の生活全体を包括する孤独なのよ。あそこに行くと、今でもまだ、遮られることのないその孤独を身のまわりに感じるわ。

    p20
    私はラカンに唖然とした。それに彼のこういう言葉、「彼女は、自分が書いていることを、書いているのだと意識していないに相違ない。意識していれば、彼女は混乱をきたすことだろう。そしてとんでもないことになるだろう」この言葉が私にとって、原則的な一種の身分保障、女性に対して完全に無視されてきた《発言権》みたいなものになってしまった。

    p27
    書くことは人を原始的にするわね。生命発生以前の原始性にたち戻ってしまうのよ。

    p29
    書くということの影響範囲はすごいものよ・・・・・・手を切りたくなるくらいよ。時にはやりきれなくなってくるもの。あらゆることが、書くこととの関係で、ある意味をもってくる。

    p30
    『副領事』で、作家としての出発点の孤独にたどりついたわけよ。

    p33
    作家というのは奇妙なものね。ひとつの矛盾であり、ナンセンスでもある。書くというのは語らないことよ。黙ること。音をたてずにわめく。作家がいるとほっとするわね。もっぱら聞き役にまわってることが多いから。よくしゃべるほうじゃないわね。書き終わった本や、ことに今書いている本について、誰かにしゃべるなんて不可能だもの。それはできない相談よ。

    p34
    作家の運命なんて、本が出版されることで消滅してしまう。

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著者プロフィール

仏領インドシナのサイゴン近郊で生まれる。『太平洋の防波堤』で作家としての地歩を築き、『愛人(ラマン)』はゴンクール賞を受賞、世界的ベストセラーになる。脚本・原作の映画『ヒロシマ・モナムール(24時間の情事)』、『モデラート・カンタービレ(雨のしのび逢い)』、『かくも長き不在』は世界的にヒット。小説・脚本を兼ねた自作を映画化し、『インディア・ソング』、『トラック』など20本近くを監督。つねに新しい小説、映画、演劇の最前線にたつ。
第2次大戦中、ナチス占領下のパリでミッテラン等とともにレジスタンスに身を投じ、戦後も五月革命、ヴェイユ法(妊娠中絶法改正)成立でも前線にたち、20世紀フランスを確実に目に見える形で変えた〈行動する作家〉。

「2022年 『マルグリット・デュラスの食卓』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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