目には見えない何か

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制作 : 宮脇 孝雄 
  • 河出書房新社 (2005年3月26日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (402ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309204321

目には見えない何かの感想・レビュー・書評

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  • よほどの人嫌いか厭世家なのか、これほど人間や人生というものに対する憎悪と呪詛をあらわにした作品ばかり並べた本を寡聞にして知らない。作家がいくらかの共感を持って描く人物は、自殺を決行しようとしている女性、けちな詐欺師、仕事で失敗を繰り返した挙げ句、やっと訪れた幸運を川の中に落としてしまうような甲斐性なしくらいのものである。その逆に、自分の信念や信条に従って行動した挙げ句がその結果に幻滅して相手を殺したり自殺したりという救いがたい結末を見せる話なら掃いて捨てるほどある。

    ヒッチコックの『見知らぬ乗客』やルネ・クレマンの『太陽がいっぱい』の原作者として知られるパトリシア・ハイスミスの1952年から1982年にわたる中後期短編集である。短編小説というのは、日本のように文芸雑誌が毎月発行され、それなりの読者がいて初めて商業的に成り立つジャンルである。英米で商業的な成功を収めるには長編を書くに限る。

    ハイスミスも長編作家と目されている。しかし、首尾結構の整った世界を創造するなら短篇にしくはない。メリメの短篇に憧れを感じていた作家は、若い頃から晩年に至るまで、傾向も文体も異なる実に多くの短篇を書いた。それらの作品の中には未発表のまま作者自身によって破棄されたものも多い。これらは作家のファイルにかろうじて残されていた原稿の中から中後期の短篇十四編を選び作家の死後編まれたものである。

    作風はきわめてアイロニカル。自殺を決意した時から急に男性の注目を集めるようになった女性を描いた表題作「目には見えない何か」をはじめとして、悪行が善意に取られたり、人生の失敗者と思われる男が結果的には幸福者であったり、事態は主人公の意図とはうらはらに進んでいく。振られた女性にもらった犬の尊厳に溢れた態度を、はじめは憎らしく思いながらも、しだいにその犬の飼い主に相応しい威厳を身につけていった男が、恋人に再会し幻滅を覚え、女性でなく犬の方を生涯の伴侶と再確認する「人間の最良の友」など、よほどの女嫌いでなくては書けない皮肉に満ちた作品である。ちなみに作者は女性。

    たとえどのように憎むべき犯罪であっても納得できる理由があれば、読者は殺人犯にさえ感情移入できるものだが、ハイスミスの描く人物の殺人動機は奇妙にねじくれている。その作品世界では、人は実に無感動に人を殺し自分を殺す。一般の犯罪者が不道徳と呼ばれるなら、ハイスミスの描く犯罪者は無道徳なのだ。自殺にしても良心の呵責に攻められてするのではない。生きる意味がなくなるから死ぬだけのこと。

    「狂った歯車」で、彫刻家の夫が述べる犯罪の動機は、写真家としての優れた才能を磨くことより、子育てを優先するようになった妻の変化にある。妻の魅力を奪ったのは自分との結婚だと考え、隣人である青年に妻を任せて身を引く夫の行為が妻には理解できない。帰りを懇願する妻の電報によって家に戻った夫は、結局のし棒で妻を殴り殺してしまう。

    「人生?そんなものは召使いがしてくれる。」という有名な台詞がある。ハイスミスには普通の人間が求める幸福に対する皮肉な思いがある。幸福を求めようとして得られない主人公たちは、高い所に立ち続ける恐ろしさに耐えきれず飛び下りる方を選ぶ高所恐怖症患者のように、自ら破滅を求めて行動しているように見える。世界に愛が溢れているなどという世迷いごとは信じられないという醒めた貴方にうってつけの短編集。読後のひんやりとした感触は一興。

  • 追いつめられた人間はどんな行動をとるのか? 女流ミステリ作家、パトリシア・ハイスミスによる単行本未収録の中後期作品を集めた短篇集。鬼才の仮借なき心理描写の真髄を示す。没後10年記念出版

  • 追いつめられた人間はどんな行動をとるのか? 女流ミステリ作家、
    パトリシア・ハイスミスによる単行本未収録の中後期作品を集めた
    短篇集。鬼才の仮借なき心理描写の真髄を示す。没後10年記念出版。

  • 著者は「太陽がいっぱい」で知られるサスペンス作家という認識しかありませんでしたが 魅力的な短篇を沢山書いていたんですね。 14篇収められていて ひとつひとつは短いものですが 読み終えるのがおしくてゆっくり時間をかけて読みました。無常ともいえる終わり方をするお話しも多いのですが ハイスミスのクールな視点は 読むものに「そういうこともあるかも」と思わせる何かがあります。

  • 普通の人の普通の日常から切り取られた一瞬がこんなに危ういのだ、ということにとても衝撃を受けました。明日は自分のことかもしれないし、既に自分のことなのかもしれない。個人的には『回転〜』よりこちらのほうが好みです。

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