雪男たちの国

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制作 : 柴田 元幸 
  • 河出書房新社 (2009年1月24日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (137ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309205151

雪男たちの国の感想・レビュー・書評

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  • 南極という氷の牢獄で、じわじわとにじり寄ってくる狂気。雪のために視力の落ちた瞳は、やがて原色をまとった華やかで温かい幻を求めるようになる。遠い国で待っていたはずの愛する者たちに別れを告げ、死者との交流を経た彼らは、そうして永遠の眠りについた。過去と未来を置き忘れ、現在しか感じることができなくなりながら、それでも生きるためにあがいたスコット探検隊の姿が、簡素な文章で美しく語られている。

  • 史実に見せかけた幻想本か。どこまでが現実か、はたまた幻覚か妄想か…南極でのスコット探検隊の壮絶な姿が手記の形をもって幻想的に綴られる物語。「ある日目覚めたら、地獄さえも凍る地にいた」と始まるように来る日も来る日も果てしなく広がる白の世界、過酷な極寒での日々、寒気が体を心までを縮こまらせ、やがて精神を蝕まれていく隊員たちの姿は痛々しいほど残酷。けれども彼らの光を失いつつある瞳に映す幻覚はどこまでも美しい。幻想的な牢獄の中で彼らの運命は。不思議な感覚にとらわれる大変魅了される作品でした。ものすごく好み。(2010年7月読了)

  • スコット探検隊の一員として南極に向かったと妄想するベルデンの手記を、ロックが編集したという体裁の本。淡々と語られるエピソードは狂った人の夢の論理に支配されていて、じんわりとしたもの怖ろしさがある。しかしそれ以上に感じたのは、ベルデンのスコットへの思いだった。

    なにかとスコットについて意地悪な記述がされるのだが、それが「好きな子にどう接していいかわからない男の子」の気持ちに感じられてしかたなかった。ベルデンはスコットに承認され求められたかったんじゃないだろうか。会ったこともないスコットに対してどうしてそんな思いを抱けるのか、つじつまはあわないけれど。

    スコットがベルデンに微笑むことはなく、その想いは凍りついて永遠に残ったままだ。

  • もはや妄想とは言えない。美しくさえ思えてしまう狂気。
    極限の地では、「物」は、「物」でしかないのか?そこに想像や比喩は、言葉は、いったいどういう意味を持つのだろうか。意味ということでさえも意味を持たないのかもしれないけれど・・。

  • 「南極のスコット探検隊」という紹介文の一節を目にして、柴田元幸本でスコット?と興味を惹かれて読んだら、やっぱり柴田元幸だった(笑)。いつもの探検モノではないと断言できますが、極限の地にある人間の精神が常に沈着冷静なままであるわけはなく、もしかしたらこの本のような状態こそが真実なのかもしれず、私の好きな冒険実録ものと、これも大好きな幻想ものはつながってるんだなぁと感じた。探検ものの一ジャンルとして位置付けてもいいのかもしれない。スコットの探検に同行してないのに同行しているように書いているジョージ・ベルデンの日誌という体だが、それすらも作者ノーマン・ロックの創作のようで、そのあたり柴田さんのあとがきもボンヤリしており、メタのメタのメタという構造がもろ好み。

  • ん?ん?んん?!
    倍以上の時間をかけてゆっくりと、しかし考えすぎずに再読の必要あり。

  • 「夢の論理が支配する」好きな世界。不思議な空気感を楽しみながら読んだ。影を収集する話がよかった。狂気の主人公が描いたとされるヴォイニッチ手稿風の挿絵が神秘的。こういう作品を発掘して翻訳し世に出す訳者のセンスが素敵と思う。

  • 正直よくわからない。詩を読んでる感じがした。
    一気に読みとおす内容の小説ではないな…少しずつ読みなおそう。

  • ひさびさにきっちり翻訳ものを読みたくなり、手頃な中編はないか…と手にした1冊。邦題は原題"Land of the Snow Men"そのまま。つややかなこげ茶+金色の題字の装丁が実に地味でいいです。副題は「ジョージ・ベルデンの日記より」。多大な犠牲を払って挑んだ南極点到達レースに失敗したスコット隊には、隊員名簿にも載っていない者がいる。備品係の彼、ベルデンはこの失敗の翌年に南極に立っており、その記録…という筋立ての中編です。この旅については、実際にスコット探検隊に参加したA.チェリー・ガラードの『世界最悪の旅』というノンフィクションをずいぶん前に読んでしまっているので、「ありえんだろ、そりゃ」と最初のハードルを自分で上げながらも(笑)、読みました。読み始めて…ノリ悪し(苦笑)。気づいたらスコット隊に組み込まれていたベルデンが、彼らと起居を共にするなか出会った、夢とも幻ともつかない出来事が書き起こされています。一つ一つのエピソードはわりと幻想的で意味深で美しいのですが…凍った影を集めてくる『分析の拒絶』や、スコットの死を見つめる『雪男たちの国を出る』は好みです。全編を通じて、隊員の煩悩(というか世俗感)と一線を画したスコット隊長も悪くないような。でも、全部のエピソードをつないでも、何かすごいものが浮かび上がってくるとかじゃなく、ただ書き連ねているだけのようで…ちょっと弱すぎ。ベルデンが遺したメモや図表がつけられているんですが、これがチャチ。もうちょっとうまく作れよ(笑)。この作家を含めた現代アメ文の作家は、歴史的な(そうでなくても昔の)出来事を使って物語に古色を出そうとすると、ものすごくぺらっぺらで下手な文章になるように思います(狙ってるなら別ですが)。訳を手掛けられた柴田元幸さんのイチ押し感あふれる解説にも「そんなにいいかな?」感がぬぐえず…雑誌に3章分だけ訳して掲載した選択は正しいと思いました(笑)。解説で紹介されているほかの作品は面白そうでしたが、これは「たぶん面白いのに、面白さの見えてこない本」(今年第2号)でしたので、この☆の数です。私が楽しむツボを間違ったのかも…ごめんなさい。

  • 著者:ノーマン・ロック(河出書房新社・1470円) 評者:池澤夏樹
    訳者:柴田元幸
    毎日新聞:毎日の本棚より

    サブタイトル:「スコット隊の最期」の美しい幻覚



    この小説。
    いわば、不条理日記((C)吾妻ひでお(笑))である。

    だが、小説というものが作家の産物である以上、どのような不条理も
    不合理も、すべては作家の思うがまま。

    その作品世界においては、作家はまさに神なのだから…。

    だが。
    その不条理も。
    読み手の共感を得なければ、ただの乱脈な文章の羅列にしか過ぎない。
    勢い、誰にも顧みられず、忘れ去られていく存在でしかなくなる。

    その一方で、どんなに不条理でも、そこに読み手の心を捉える何かが
    あれば、不条理故に優れた作品として、世に名を残すことにもなる。


    この書評の冒頭で、評者が「ものすごく変な小説を読みたい」と
    語っているのは、勿論後者である。

    作者の手の中でいいように転がされまくるものの、それが不快では
    なく、むしろ快感に繋がるような。
    そんな作品をこそ、読み手として評者は求めているのだろう。

    そして、この作品「雪男たちの国 −ジョージ・ベルデンの日記より」
    も、相当に不条理かつ魅力に満ちた作品のようである。


    作品の舞台は、現代。
    南極点到達一番乗りを目指して競い合っていたスコットとアムンゼンの
    話は、あまりにも有名であり、ここで繰り返すまでもない。
    そのスコット隊(一応念のために、一番乗りを逃し、かつ全滅して
    しまった悲劇の隊の方である)。

    その悲劇を顕彰すべく記念碑を建立することとなり、その依頼を受けた
    建築家ジョージ・ベルデンが、この小説の主人公である。

    彼が、フィラデルフィアにある自宅で就寝した後、ふと目が覚めると
    そこは南極のスコット隊のテントの中。しかも自分はスコット隊の
    備品係の一人として認知されている状況である。

    既に事態は末期的で、隊は絶滅の寸前の状況下にある。

    彼が、あくまでジョージ・ベルデンという備品係としてそこに存在
    していたのか、あるいは他の人格に憑依したような形になっている
    のかは、この書評からは不明である。

    だが、このシチュエーションだけでも相当に不条理なのに、作者は
    そこから更に話を迷宮へと導く。

    隊員の一人が、テントの外に自分の妻を見る。それも、赤い絹の
    ドレスを着て、ショールを羽織り、ヒールのついた靴を履いている
    というその時点で、これが幻覚であることは誰の目にも明らかである。

    にも拘わらず、その隊員は妻から貰ったというハンカチを持っている。

    冷静に考えれば、元々持ってきたものではないか?とも思うしか無いが、
    そうでないとなった瞬間、もう話はカオスに叩き込まれる…。

    そのカオスをどう収集していくのかが、作家の腕の見せ所。
    そして、どう気持ちよく翻弄されるのかが、読者の醍醐味というもので
    ある。

    有り得ないカオス=不条理を具現化するために、作家は次々に糸を
    繰り出す。
    そして、その糸に絡め取られていくとき。
    その糸の感触に恍惚となるか、不快感を覚えるかにより、読み手にとって
    その作家を、あるいはその作品を受け入れられるかが決まる。

    そして評者は、絡め取られて快感を覚えた口だったようである。

    そうした出会いこそが、読書の喜びの真髄の一つ。
    そう考えたとき、この評者はとても幸せな時間を作家によりもてなされた
    こととなる。

    この本が、僕にとって、その喜びをもたらしてくれるものとなるかどうか、
    それはこれからのお楽しみである。


    (付記)
    ネットで検索してみると、この本の作者は劇作家でもある、とのことだ。
    確かにこうした不条理感は、芝居空間では結構馴染み深いもののように
    思える。

    (付記×2)
    カオスをもたらすものが、作家であるとは限らない。
    作品を著わすのは確かに作家では有るが、作中人物がまるで原稿用紙の
    行間からその身を起こし、語り掛けだすかのような。そんな体験をした
    作家は多いと聞く。

    (古くは、平井和正の自称”言霊使い”、小川洋子も同種のことを
     コラムで語っていた)

    そのことが、作家の潜在意識によるものなのか。
    あるいは、作家以外に拠って来るべき何かなのか。
    いずれにせよ、作品を一番最初に楽しめるのは誰かといえば、それは
    作家であることは間違いが無く、そうした経験をするということは、
    それはそれで途轍もなく稀有な読書という意味では、とても幸せな
    読み手としての時間をその作家は過ごせた訳である。

    しかも、そうして起こした作品が、更に他の読者に同種の思いを
    拡大していくとなれば、活字中毒としての喜び、ここに極まれれり
    といったところではないだろうか。

    (この稿、了)

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雪男たちの国の作品紹介

目が覚めたら、私は南極にいた。-病院の地下で発掘されたスコット探検隊の生存者による手記。妄想と幻覚の作り話か、それとも-。

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