デカメロン

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制作 : 平川 祐弘 
  • 河出書房新社 (2012年10月11日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (769ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309206042

デカメロンの感想・レビュー・書評

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  • 順番間違えた(先に『神曲』読むべきだった)気もするけど、全体的に大満足。少し前に読んだ『カンタベリー物語』なんかも、けっこうこれからネタ引っ張ってきてるのかと(そう考えるとこれも順番間違えた…)。注釈・解説も含めて、多少お値段高くてもそれだけの価値はある。

  • 人はなぜ逃げおくれるのか―災害の心理学 (集英社新書) から読もうと思った本。

  • ダンテより半世紀ほど後進の同郷フィレンツェのジョバンニ・ボッカッチョ少年(1313年~1375年)は、「神曲」に傾倒し、大いにインスパイアされたようです。
    商人となったボッカッチョ青年でしたが、文学にめざめ、商貿易で培った広い視野で物語を書きはじめます。「デカメロン」には、頻繁に「神曲」のくだりが引用されています。面白おかしくパロディにしたり、揶揄してみたり……ボッカッチョは、ダンテを私淑しながら密かにライバル意識を燃やしていたのかもしれません。

    物語の設定は1348年。実際、この年、ヨーロッパでペストが大流行し、フィレンツェでは人口の3分の2が犠牲となる大災厄だったようです(人口約9万人⇒3万人にまで減少。凄まじい死亡率)。都市によっては、ほぼ壊滅した所もあったようです。
    医療技術が進歩した現代でさえ、根絶しがたいエボラ熱の流行で次々に犠牲者が出てしまいますと、世界中の人々は震撼し、その感染と死の恐怖にひどくナーバスになってしまいます。疫病や苦しみというものは、人間が描いた国境線なんてお構いなしに飛び越えてきます。当時、ヨーロッパで猛威を振るったペストは、家族や近しい人を次々に襲い、人々はパニックになり、悄然とし、生きるよすがを失っただろうな……と容易に想像することができます。

    「デカメロン」のタイトルを訳すると、「デカ」はギリシャ語で10、「メロン」は果物ではなくて、日を意味するようです。総じて「10日物語」。
    フィレンツェ市内の寺院で葬儀に参列した7名の妙齢な淑女と3名の紳士が、ペストの難を避けるため、田舎の瀟洒な別荘に集うことになったのです。
    ――はて、何をするのかな?
    どきどきしながら読み進めていきますと、1日1人1話ずつ、延べ10日にわたって、それぞれ自慢の小話を披露するという趣向(ちなみに怪談話ではないです。乱交・乱痴気騒ぎも一切ございません…笑)。

    ということで、圧巻の短編100話。すべて世俗物語です。「神曲」のように少々神経質な宗教論はなく、笑える可笑しな話がぎっしり詰まっています。金と女にしか興味のない聖職者の痛い話、零落した貴族の滑稽な話、したたかな商人や活き活きとした庶民の生活、奔放すぎる男女の肉の愛も闊達に描かれています。

    「デカメロン」で披露される小話には、毎日「テーマ」が与えられます。例えば、
    ――散々な目に遭いながら予想外のめでたい結末を迎えた話
    ――恋する人に起きた荒々しい不幸な事件の後にめでたく終わる話
    ――女たちが夫にやらかした悪さの数々
    ――愛について……。

    この作品を通してみますと、まさに、生の歓喜、生の輝き、生の横溢!(下衆の蛇足で恐縮ですが、確かに「生」が「性」になるときも多々あります…汗)。
    おふざけが過ぎる、猥雑だ、神や教会への冒涜だ、といった社会的権威者らの批判や罵声をもろともせず、痛烈な皮肉や風刺を織り交ぜて、沈淪した悲劇的な世情をあえて人間喜劇で笑い飛ばそうとしたボッカッチョの豪胆さと才気に感服いたします。
    あわせて、当時のフィレンツェという都市国家の芸術・文化・表現の自由のレベルの高さにも感心しました。さすがルネサンス発祥の地なのだと。

    1話が3~5頁と短いものですし、好きなものだけ読んでもいいと思います(100話すべてに要約付きの目次がついています)。
    平川氏の平明な訳と訳注は秀逸です。また、末尾の解説は、別冊でガイダンス本にしてもいいほど充実したものですし、装丁は、コミカルで意味深長なボッティチェリの絵画(^^♪

  • けっこうおもろい 寅話集的な感じ

  • 十人の男女が、一日に各一話。十日間で百話を話す。

    ---

    デカメロンって、おっぱい大きい事かと思った。

    元ネタのこれは、真面目な話かと思ったら、意外と猥談集だった。

    今昔物語みたいな。

  • この本の優れている点はアイデアのみ。
    それ以外に見るべきところなし。

    序文:そこはかとなくただよう地雷臭
    一話目:撤退の準備をする。
    二話目:撤退する。

  • 【後編6 文芸復興】
     ルネサンス期の代表的文学。文芸復興によって呼び戻された人間性の自由の一端をうたう。原理においてはカイン型人生観の始まりである文芸復興であるが、それを必ずしも悪と言ってはいけない。中世の指導精神をカイン・アベルに分けざるをえなかった事情があるので、それぞれが本然の世界を取り戻すために必要な流れであるから。ルネサンスにより科学が進み、人間の自由と権利が回復されていった。それはバランスの問題である。

     ところでデカメロンだが、先のも述べたようにルネサンス期の代表的文学である。チョーサーの「カンタベリー物語」、ラブレーの「ガルガンチュア物語」なんかと並ぶものである。著者はボッカッチョ。ここで挙げた物語は内容はほとんど似通っている。あらゆる束縛、教権や貴族制、文化、伝統による精神的、肉体的な束縛を解放しようという、放埓な文学である。
     あるところに10人の旅人が同じ宿に集まった。そこでその10人がそれぞれ10話ずつ物語っていくという形式。今で言う「滑らない話」見たいなものだろうか。とにかくその話の中に様々な、現代では特別物珍しくはないことだろうが、当時にすれば破格なエキセントリックな話を面白おかしく薦めるのである。その中には、下剋上あり、不倫あり、生臭坊主あり、守銭奴な僧侶などなど、とにかく俗物がわんさか現れる。そこにおいての価値は、善悪でも愛でもなく、刺激である。眉をしかめたくなるが、それがルネサンス。と言えば偏りすぎだろうけども、確実にその一面を宿した作品である。 ただ、前時代とのつながりを忘れてはいけない。人間の内外の自由を抑圧したものは、中世のキリスト教社会である。ルネサンスを悪というならば、中世のキリスト教暗黒社会は極悪である。教訓として、学ぶことは多い。

     最後にE・トレルチの言葉で締めよう。
    「ルネサンスとは、徹頭徹尾自己に依存する個人主義であって、万人に共通する自主独立の自我というものを展開することであり、また、地上の事物は天上からの投影であって、無価値だとするような見方からの解放である」

  • ボッカッチョとは俺のことかとボッカチヨいい。ではないけれど、世界的に有名な大作家による大小説を平川祐弘氏の最新訳で読みました。

     これは世に多く流布する滑稽風流夢譚のたぐい、たとえばバルザック選手のそれとは中身が決定的に違います。1348年にイタリアのフィレンツェで大流行したコレラの惨禍を実際に体験し、父親を喪った作者が、その恐ろしさと向き合いつつ、その猛威と命懸けで対抗するために書いた「生き延びるための物語」なのです。

     冒頭にその黒死病の恐ろしさが縷々描写されているのですが、人間も動物も生き物のすべてが猛烈な勢いで死んでいく。2匹の豚がコレラに感染した人のぼろ布をひっぱっただけでその場でコロリと死んでいく場面などは、総毛立つほどの迫力です。

    郊外に逃げても死骸がうようよ。死を覚悟したボッカッチョが考えたのは、心頭を滅却して現実からの逃避をはかることでした。目前の地獄を括弧に入れて、ヴァーチャルな地上の楽園で7人の淑女と3人の貴公子が10日間で懸命に面白おかしい100の物語を語り継ぐ。その空前にして絶後の途方もない観念的な試みが、異常なまでに生命力に満ち満ちた面白おかしいコントの数々を生んだのです。

    そこではどんな良く出来た艶笑譚も、どんない不出来な冒険譚も、めざすところはただひとつ。今生の思いを決死でものがたり、語り尽くすことを通じて幻想の世界の最高位まで登り尽くし、現実の悲惨そのものを顛倒しようというのです。

    ほぼ同時代のフィレンツェを生きたダンテが描いた「神曲」が、机上の空論的な地獄の恐ろしさを描くことによって現世の快楽を遮断することを目指したとするなら、ボッカッチョは、今そこにある現実の地獄を梃子にして空想の世界に大きくはばたき、現世的快楽の極点を究めようとしたに違いありません。


    ボッカッチョとは俺のことかとボッカチヨいい 蝶人

  • ルネッサンス期の短編集。ペストから逃れ10人が10日間10話ずつ語るという手法を用いているため一話一話は完結している。
    ユーモアに富み、神からの解放を謳い(聖職者を嘲りながら)人間臭い様々な話が繰り広げられる。
    背景にはペストの流行があり、生きることへの貪欲で前向きな人々の眼差しが感じられる。それが語る時のネタになる、艶っぽい笑い話多数。
    クスクス笑いが止まらない箇所も多数。
    注釈が丁寧かつ、故意に笑いをさそってるでしょ!というところも。

    本の厚さに圧倒されて手に取るのをためらってしまいそうになったけれど、
    パラ見して、面白そうなのを拾い読みでも可だと思う。
    因みに、表紙の絵は8夜目の5番目の話。『恐い絵』参照。

  • 【読んだ】「デカメロン」(ジョヴァンニ・ボッカッチョ,平川祐弘/河出書房新社) [ISBN:9784309206042] #図書館日和 当時の生活ぶりを彷彿とさせる名訳。適切に配される註釈も、古典の敷居を低くするのに役立っている。重厚だが、描かれる人間は等身大で親しみやすい。

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デカメロンの作品紹介

ペストが猖獗を極めた十四世紀イタリア。恐怖が蔓延するフィレンツェから郊外に逃れた若い男女十人が、おもしろおかしい話で迫りくる死の影を追い払おうと、十日のあいだ交互に語りあう百の物語。人生の諸相、男女の悲喜劇を大らかに描く物語文学の最高傑作が、典雅かつ軽やかな名訳で、いまふたたび躍動する。

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