あなたの自伝、お書きします

  • 河出書房新社
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感想 : 8
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  • Amazon.co.jp ・本 (219ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309207117

感想・レビュー・書評

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  • 自伝協会で雇われ働く傍らで、小説(処女作)を出版しようとしていた女性作家・フラー。彼女の書いた虚構に現実が寄っていく。読む前はホラー系かと思っていたが、ちょっと違った。問題となる小説をめぐる足の引っ張り合い。盗まれたり、盗み返したり。なんとも心温まらない交流。中には看護師などの善良な人もいるが、さほど人間的な魅力は感じられず、総じてこんな交友関係なら遠慮したいなぁと思ってしまった。

  • スパークのブラックユーモアは、一度読んだぐらいじゃ分からないことが多い。
    スパーク自身の体験を多分に入れているそうだ。友人との絶妙な距離感、作家人生を歩み出すまでの苦労した日々、、、
    登場人物も濃い。厚化粧のディルナーテ。ドティとの関係。。
    死を忘れるな、もブラックユーモア満載だった。スパークの良さはいぶし銀の様だと誰かが言っていたが、私にはまだ分からない所が多い。あと10年後には違う感想が出てくるかもしれない。

  • ミステリー感?(緊張感)と、何とも言えない日常感をうまく融合させたスパークの自伝的小説。平凡性の中に異常性が見え隠れする主人公、物語のギザギザした時間軸設定、そして登場人物の客体化と主体化を同時にもたらすテクニックが良かった。

  • 文学

  • 自伝協会?コナン・ドイルの赤毛連盟を想起させるが、ミステリ的な味わいは薄い。協会の目的や謎の主催者の運命は比較的早い段階で明かされる。物語と語り手である小説家が書き上げた作品とが交じり合い、どちらが幻かわからなくなる様は、佐藤正午の『鳩の撃退法』に似ている。あちらでは「小説家ならふたりを幸せにできるはずだ」と主人公に語らせていたが、こちらの小説家も相当な自負を持っていて、「芸術家なら、どんなことでもできる」「この20世紀に芸術家であり女性であるということは、なんて素敵な気分なんだろう」と感慨に浸っている。

    自伝や回想録という実際の体験の語りを通して、真実とは何かが問い直される。「小説の素晴らしさは、一つの物語を多様な方法で無限に語り直せる」ことにあり、「時間はつねに取り戻され、何者も失われず、奇跡が終わることはない」。小説家なら、一度はこのような物語を書き上げたいと念じずにはいられまい。

    すぐに小水と奇声を発するエドウィーナも物語には欠かせない登場人物だが、友人としては最悪な禁忌を犯し、何度も口喧嘩の末に別れても、次の夜にはフラーの家の前で歌うドディも不思議な魅力を持っている。

    極めつけは著者の分身であるフラーで、小説家の性が透けて見える。これ以上深入りするのは危険だとわかりながらも、小説のネタにとギリギリまで首を突っ込むところや、彼氏の別荘で別の女性の痕跡を発見した時も、「私は意外な成り行きというものに目がない」と慌てる彼氏をよそに一人この状況楽しむのだ。

  •  小説家志望のフラーは、日々の糧を得るため自伝協会の書記として雇われる。主催者である準男爵のもと個性豊かなメンバーたちの自伝を書き直しているうち、自分の書いている小説とメンバーの行動が一致し始める。
     一方で、フラーの初めての小説の原稿が出版を前に行方不明となる。その上、出版もキャンセルになってしまう。

     著者がデビューする前のいきさつをモデルとしているらしく、正に自伝?
     フラーの回想であったり、小説のなかの話だったり、全体の流れに慣れないと読みにくいかも。面白かったんだけどね。

  • ミュリエル・スパークの最高傑作と言っていいだろう。毒のある口吻、媚びない生き方、友人とのさばけた交際ぶり、鋭い人間観察力、人生に対する肯定的な姿勢。主人公フラーの人物像は、よく知られる作家スパークのそれにぴったりと重なる。それもそのはず。この小説は、著名な作家フラー・トールポットの回想録の形をとっている。当然のことながら作中には小説家による芸術論や小説作法が度々披歴される。作家がいちばんよく知る作家はミュリエル・スパークに決まっている。

    二十世紀の半ばごろのロンドン。作家志望のフラーは、友人の伝手で準男爵サー・クウェンティン・オリヴァーの秘書に採用される。サー・クウェンティンは、自伝を書きたい人が集まる自伝協会を主宰しているが、著述については全員素人で、フラーには原稿の手直しを含む仕事が待っていた。手始めに協会員の一人サー・エリックの幼少期の出来事に潤色を施すとクウェンティンは、たいそう気に入った様子を見せる。

    当時、フラーは初めての小説『ウォレンダー・チェイス』に全身全霊で打ち込んでいた。協会の仕事を始めると、屋敷の住人との出会いが影響したのか、物語に不可欠な人物や状況、あるいは映像や言葉が、次々と浮かび出てくる。慇懃無礼なクウェンティン、感じの悪い家政婦ベリル、クウェンティンの母親で鉤爪を生やし、何かというと失禁する老女レディ・エドウィーナ等々。中でも、突然部屋に入ってきては息子を罵倒するエドウィーナのことが大好きになる。

    フラーは親友のドティの夫レズリーと不倫中だったが、当のレズリーはほかに男の愛人を隠していた。愚痴を言いに部屋を訪れるドティのせいで小説が進まないフラーは、ドティに協会入りを進め厄介払いする。『ウォレンダー・チェイス』が書きあがり、出版の話が持ち上がるが、協会の方から横やりが入り業者が契約を解除すると言い出す。フラーの小説が協会員の秘密を暴露しているというのだ。どうして小説の内容が知れたのか、部屋を調べてみると自筆原稿が盗まれていた。

    サー・クウェンティンは、ある時から会員の自伝のための資料をフラーから遠ざけるようになっていた。フラーは、クウェンティンは会員の隠しておきたい秘密をネタに強請りを企てようとしているのではないかと考える。だが、目的は金ではなかった。その頃から会員の様子が目に見えておかしくなってきていた。そして、会員の一人で元社交界の花形レディ・ギルバートが自殺する。不思議なことに、フラーの書いた『ウォレンダー・チェイス』をなぞるように。

    「事実は小説より奇なり」というが、虚構が現実に力を揮うことがあるのだろうか。小説家が書いた通りに人々が動き出す。ミステリめいた謎をはらんで小説は進んでゆくのだが、デビュー作を執筆中のフラーについて書いている現在のフラー(話者)が、何かというと口を出し、物語は脇道にそれる。作家が目にし、耳にしたことがどのようにして小説になっていくのかという、いわば作家の秘中の秘を、惜しげもなく披露する部分が面白い。作家志望の読者ならむろんのこと。小説好きの読者なら、うんうん、なるほどと首肯しつつ読むこと疑いなし。

    サー・クウェンティンは、自伝の執筆を名目に協会員の告白を聞くことで、相手の弱みを掌握して良心に揺さぶりをかけ、自責の念を必要以上に増大させ、相手を精神的に支配しようとする。事実を脚色した虚構の自伝がそのネタだ。世事に疎い上流人氏は手もなくクウェンティンの言いなりになる。一方、フラーは、自分の小説の登場人物に命を吹き込もうと、協会員の一挙手一投足を観察し作品中に実体化していた。二人のしていることは現実と虚構の違いはあれど、世界を創出し、その中に人間を放り出すという神の行為の模倣である。

    ミュリエル・スパークならではのカリカチュアライズされた人物の巻き起こす騒動がけっさくで、次から次へと飛び出すフラーの皮肉や毒舌たるや人を人とも思っていない傲岸不遜ぶり。それでいてエドウィーナや友人ソリーのように、好きな相手にはとことん心を寄せる、その落差が半端でない。ドティとのつきあい方もかなり変だ。大体、友達の夫を寝取っておいて、愚痴をこぼされると、「時間で貸してよ」などと開き直る女がどこにいるというのだ。

    デビュー作を完成し、出版にこぎつけるまでの苦労を経糸に、虚構と現実の不思議な一致という、創作にまつわる神秘を緯糸にして織り上げたタペストリーならぬ芸術家小説。訳者がいみじくも喝破した通り、スパーク版『若い芸術家の肖像』である。ジョイスお得意の顕現(エピファニー)もちゃんと用意されている。1950年の六月末日。「二〇世紀の折り返しとなったこの日は、まさにいま女性であり、芸術家であることが、いつにも増して素晴らしく思えた」。

    墓地で詩作中、警官の不審尋問にあった場面から始まった小説は、同じ場面のところまできて終わる。この日を境にフラーは本物の小説家となる。人生の晩年に差しかかった作家が、煩悶に満ちた若き日々を懐かしく思い出しながらも、そこはミュリエル・スパーク、感傷や哀惜といった悪弊に陥ることなくピリッとした辛味を効かせ、極上のメタ・フィクションに仕立ててみせる。余韻の残る結末にカソリック作家ならではの感懐がにじむ。おみごと!

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著者プロフィール

1918年、エディンバラ生まれ。長篇に『ブロディ先生の青春』、ブッカー賞候補の本書など。英国文学賞ほか受賞。大英帝国勲章を受章。2006年、逝去。タイムズ紙の「戦後、偉大な英国人作家50人」に選出。

「2016年 『あなたの自伝、お書きします』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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