サピエンス全史(下)文明の構造と人類の幸福

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制作 : 柴田裕之 
  • 河出書房新社 (2016年9月8日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (296ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309226729

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有効な左矢印 無効な左矢印
ニック・レーン
トーマス・セドラ...
ジャレド・ダイア...
ジェイコブ ソー...
シーナ・アイエン...
スティーブン・ピ...
クリス・アンダー...
有効な右矢印 無効な右矢印

サピエンス全史(下)文明の構造と人類の幸福の感想・レビュー・書評

  • 近年多い、人間の「全史」を俯瞰的に、全体を追った歴史本の一つ。何故多いのか?背景には、生物学やテクノロジーなどサイエンスの発展に基づく新発見、従来説の見直しが、人類の起源から現在まで、もう一度再検討しようという機運の高まりがあるように思う。
    そして「暴力の人類史」「繁栄」「銃・病原菌・鉄」他の大作著作は、それぞれの著者がそれぞれの異なる視点で全体を捉え、それぞれに発見がある。
    著者ユヴァル・ノア・ハラリの立場はいわゆるリベラル的。反グローバリズム、ルソー的な反文明主義、自然に還れ的な、狩猟時代より現代人は不幸、と考える立場からの「人類史」である。(反論はあるだろうが、これは本のプロモーションを兼ねた著者のインタビューを読んで補強された)。

    正直、本書はツッコミどころが多い。著者の「思想」に沿って全体が解釈されるが、根拠となる細部は強引な部分も目につき、明らかに歴史的事実の間違いでは?というところも散見され、不遜な言い方だがそこは著者の知識・研究不足なのでは?とも思える。
    サピエンス支配が「誇れるもの」を何も生み出さなかったというのも著者の価値観のうちであり、何を価値と考えるかによって見方は変わるだろう。農耕革命からのテクノロジーの発展が、人類を不幸にしたという観点は彼の「解釈」であり、価値を見出す側からは逆の「解釈」の主張も成り立つだろう。そして幸福と不幸は科学的に判断し得ない個の価値観の領域でもあるとも思う(統計的に数値する手法もあるにはあるが)。
    畜産の現状に対しての残酷さの主張(工業製品を生産するかのような生物の扱い)についても、 自然界にある捕食動物の「残酷さ」の凄まじさを見れば(生きながらハイエナの群れに食われる草食動物、雄ライオンの子殺し等々)動物好きな私から見て、自然の非情さに対する著者の認識、知識はどの程度のものだろう? との疑問も感じた。

    神話や宗教だけでなく、国民国家、貨幣や法制度、人権や自由までも人間の価値は虚構だと指摘する著者に、訳者は解説で「私たちの価値観を根底から揺るがす」と語る。しかしこれは吉本隆明の共同幻想論よりもはるか前から、西欧の認識で見れば19世紀末にニーチェが「神は死んだ」と宣言し、宗教への幻想が消えた100年以上前から現在に直接つながるカタチで、すでに「実は裏主流」である考えだ。また著者は価値観の虚構性を語りながら、自分の価値観からの批判という自家撞着に陥っているところもある。

    個人的には最後の部分での指摘が、全体の白眉であり、粗雑さ不備を補ってあまりあるものになっていると思う。著者はそこで科学の高度化が自らを含む生物を操作する「特異点」にまで達し、今現在(ニーチェ流にいえば、)これまでの旧サピエンスと新サピエンスの分ける新旧の「彼岸」にまで達していると論じる。
    この著者が指し示す、これまでサピエンスの先にあるもの、それは恐ろしい故にに興味津々だ。19世紀末の「超人」は哲学的な思索の産物だが 、21世紀から始まる「超サピエンス」はサイエンスによって現実に現れ著者の批判する畜産のように大量生産される……

    ニーチェでいえば、「ツァラトゥストラ」のような大きな地殻変動をもたらす完成形というより、処女作「悲劇の誕生」のように欠点を持つが得体の知れないパワーのある書のように思う。本の魅力は完成された既知の話より、ツッコミどころは多いがスリリングな知的刺激のある本のほうが勝る、そう感じされる一冊。プロフィールを見ると著者は1976年生まれだから35歳のときの著。若い本だ

  • 著者:ユヴァル・ノア・ハラリ
    訳者:柴田裕之

    著者はイスラエル人で歴史学者。
    オックスフォード大学で中世史、軍事史を専攻し博士号を取得。
    現在はエルサレムねヘブライ大学で歴史学を教えている。

    本書は人類が誕生し進化の過程を「虚構」であると言い切る。
    国家、法律、農業革命、貨幣もまた「虚構」であると説く。

    読み終えた感想というか読んでいる途中で「文庫 銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫) 」を彷彿とさせる興味深い考察と記述に目と心を同時に奪われた。


    学校で習う歴史は年号と概ね実際にあった事実もしくはあったと推定される出来事が、感情のない一つ一つの文字の羅列によって記されているだけだが(勉強には無関心であった為、当時の記憶ではそう認識している)本書はそうではない。

    事実を著者の考察と共に大変興味深い言葉を持ち入りながら、過去と現在、様々な分野の知識を横断的に、有機的に結びつけながら提供してくれる。

    勉強を全くしてこなかった私にも、この上下巻で500ページ以上の膨大な量の文字を進んで読ませた筆致力はそれらが影響している。


    例えば人類がこの地球上を支配をした要因の一つとしては「認知革命」がある。
    この「認知革命」とは、新しい思考と意思疎通の方法の誕生の事を言うと説明されている。


    思考と意思疎通の方法でいうと「言語」があるが、この「言語」は人類が地球上で初めて獲得をした訳ではない。

    ミツバチやアリも複雑な意思疎通の方法を持っており、サバンナモンキーも鳴き声を使い、「気をつけろ!ワシだ!」という警告を知らせる。別の鳴き声では「気をつけろ!ライオンだ!」という警告を知らせる。実際にその声を録音しサルの集団に聞かせると作業をやめて最初の鳴き声を聞かせると一斉に上を見上げたり、二番目のライオンがいる事を知らせる鳴き声では気によじ登る。

    他にもゾウやクジラも引けを取らない能力を持っている。
    オウムはより様々な音を真似る事ができる。
    電話の鳴る音、サイレン、アルベルト・アインシュタインが口にできる事は全て。
    アインシュタインがオウムに優っているとすればそれは口頭言語の表現ではないという。


    私たちの言語は驚くほど柔軟で限られた数の音声や記号をつなげて異なる意味をいくらでも生み出せることにある。
    そしてそれらを用いて膨大な量の情報を収集し、保存し、伝える事ができる。

    そしてその言語機能のおかげで、何時間でも噂話ができるようになったと書かれている。
    この噂話や陰口といった行為が我々人類、ホモ・サピエンスが進化し現在の地球を支配した要因である。

    陰口は忌み嫌われる行為だが、大人数で協力するには不可欠であるという。
    噂話は、誰が信頼できるのかを判断するのに重要で、その情報がある事で小さな集団が信頼できる小さな集団を結びつきやがては大きな集団へと拡張ができる。

    そうしてより緊密でより精微な種類の協力関係が築き上げられたという。

    今日でもその噂話というコミュニケーションは数多く見られる。
    電子メール、電話、新聞記事、その他週刊誌などなど。
    これらをどんな形にせよ噂話である。

    そうして噂話をする事で見た事も触れた事もないことについて人々が全く存在していないことについても情報を伝達をする能力を得た。
    架空の物事について語る能力を。
    この特徴が我々ホモ・サピエンスの言語の特徴として異彩を放っている。

    この噂話である「虚構」のおかげで、個人の想像ではなく、集団でそうできるようになった。
    聖書の天地創造、近代国家の国民主義の神話。
    これら「虚構」が大勢で柔軟に協力するという空前の能力をサピエンスがに与える、と記述されている。


    これらは本書のごくごく一部であるが、他にも人類が進出する事で進出された地域で大量の... 続きを読む

  • 『サピエンス全史』と柄谷行人
    (柄谷行人を読んだことがない人にはわからない話ですみません。上下通したレビューは上巻の方に書きました)

    この本を読んで改めて柄谷行人という哲学者の射程がどこにあるのかがわかったような気がする。人類の歴史を描いた『サピエンス全史』と柄谷行人の『世界史の構造』が扱うテーマがかなり重複しているのだ。

    『世界史の構造』では、特徴的な四つの交換方式の重点の推移によって世界史の変遷を説明しようとしたという印象が強く、それはひとつの分析として素晴らしいのだが、やや無理筋であると感じるところも多かった。しかしながら、それまでの柄谷行人の関心を持ったテーマを『サピエンス全史』とともに振り返ると、彼が「人類の歴史」- つまりわれわれがなぜ今このような形としてここにあるのか、ということをずっと問いとして持っていて、答えとなるべきものをずっと提示しようとしてきたのだということがわかるような気がする。そのことを、「サピエンス全史 文明の構造と人類の幸せ」というタイトルの本とのテーマの合致を見て初めて気づくことになった。そして、その合致は偶然ではなく、彼の関心領域から導き出される必然でもあると感じた。

    『マルクスその可能性の中心』などにおける「貨幣」への注目。『NAM21』の活動では地域通貨の実践にまで踏み込もうとした。『探究I』におけるコミュニケーションへの注目。『探究II』における「世界宗教」への注目。『帝国の構造』などの近年の「帝国」への注目。『世界史の構造』では「農業革命」にも注目している。カントの永遠平和の考え方も、『サピエンス全史』に出てきた資本主義のグローバル化における世界平和に関する考え方も実は似ていたりもする。

    もう少しじっくりと柄谷行人の仕事について、『サピエンス全史』に沿った形で整理するようなことをしてみたい。それほど、読んでいて柄谷行人のことを思い出すことが多かった。それが、きっと柄谷行人という思想家をより深く理解することにつながる予感がする。

    ----
    『サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福』
    http://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/430922671X

  • ものすごいボリュームでとても1度読んだだけでは消化しきれない。印象に残ったのは、私たちは壮大な虚構の中に生きているという見方。

  • 『サピエンス全史(下)』
    まだまだ、辿り着けない深い場所があるのはわかるのに、そこにはまだ近づく力がないことを感じさせられる。しかし、いまの自分で感じとれるすべてを出し切って探検してきた読後感がある。
    静かな森のなかの小さな沼の横で、カラダを乾かしながら、永い人類の過去とこれからも続くであろう未来を、今現在の自分を起点に想像している。
    『マクロ歴史学』という言葉が想像させる、“歴史”を俯瞰したうえで、再度歴史の様々な事象に可能な解釈を施し、未来への物語りを紡いでいく壮大な試み。
    それは著者が言葉にした「歴史を研究するのは未来を知るためではなく、視野を拡げ、現在の私たちの状況は自然的なものでも、必然的なものでもなく、したがって私たちの前には、想像しているよりもずっと多くの可能性があることを理解するためなのだ」という定義を前提にしている。

    あたまのなかに永い人生をかけて蓄積されてきた既成のテンプレートを、もう一度無限のピースに砕いて再構築させてくれたような感覚が、いま目の前の世界を映している。
    2017/06/03

  • (2017.05.08読了)(2017.05.01借入)(2017.02.02・14刷)
    副題「文明の構造と人類の幸福」
    上巻は、献本で読むことができたのですが、下巻をどうしようかと思っていたときに、図書館で見つけたので借りて読むことにしました。
    歴史は、人々のやってきたことを後からたどることなのですが、人々のやってきたことにはいろんな側面があるので、色んな切り口があることに改めて気づかされました。
    社会制度、宗教、政治、経済、科学、いろいろありますね。
    断片的な事しか記憶に残っていないのですが、
    コロンブスは、自分の辿り着いたところが新大陸だとは思っていなかったので、「コロンブスの新大陸発見」というのは、間違っている。
    コロンブスの後、続々と新大陸に渡っていく人たちがいたのですが、「インディアンは、人間か?」ということが問題になった時期があります。
    この本では、そのあたりは言及していないようです。あまり関心がなかったのでしょう。
    スペイン人たちが、続々とアメリカ大陸方面に行くことによってカリブ海の島々に住んでいた人たちは、過酷な労働とヨーロッパから持ち込まれた病気によって壊滅しました。
    それと同じことが、クックの遠征の後に続いた人たちによって、オーストラリア、ニュージーランドでも、同じことがあったことは知りませんでした。
    フランス革命は、ミシシッピ会社株の暴落に原因があるという話も、初めて聞いたような気がします。
    1945年8月に日本に、二発の原爆が投下され、多くの人たちが亡くなり、後遺症に苦しみました。これ以後、大きな戦争が起こっておらず、平和が続いている、と記してあります。
    原子爆弾の脅威が、平和をもたらしたのでしょうか? 局地的な紛争については触れていますが、イスラエルが戦っている中東紛争については、著者がイスラエルの人のためか、触れられていないようです。
    原子力発電は、低コストであると言っているようですが、廃棄処理やチェルノブイリや福島の事故後の処理についての費用も含めて考えたコストなのでしょうか?
    現在の経済は、金融商品という妙なものがあって、実態とリンクせず非常に危なっかしい状態のような気がします。経済の論理を突き詰めてゆけばいずれ行きつくものなのでしょうけど、制御するすべを見つけてほしいものです。
    金融商品も、原発みたいなもので、制御の仕方がわからないまま、世の中の勢いに流されて、どこに行きつくのか、人類の破滅に行きつくのか、恐ろしい限りです。

    【目次】
    第3部 人類の統一
    第12章 宗教という超人間的秩序
    第13章 歴史の必然と謎めいた選択
    第4部 科学革命
    第14章 無知の発見と近代科学の成立
    第15章 科学と帝国の融合
    第16章 拡大するパイという資本主義のマジック
    第17章 産業の推進力
    第18章 国家と市場経済がもたらした世界平和
    第19章 文明は人間を幸福にしたのか
    第20章 超ホモ・サピエンスの時代へ
    あとがき ―神になった動物
    謝辞
    訳者あとがき
    原註
    図版出典
    索引

    ●二元論(22頁)
    二元論が非常に魅力的な世界観なのは、人類の思想にとって根本的な関心事の一つである、有名な「悪の問題」に、それが短くて単純な答えを出せるからだ。「世界になぜ悪があるのか? なぜ苦しみがあるのか? なぜ善い人に悪いことが起こるのか?」一神教信者は、世界にこれほどの苦しみが起こるのを全知全能の、完璧に善い神が許す理由を説明するのに四苦八苦する。
    ●近代科学(61頁)
    近代科学は、最も重要な疑問に関して集団的な無知を公に認めるという点で、無類の知識の伝統だ。
    広範な科学研究を何世紀も重ねてきたにもかかわらず、生物学者は脳がどのようにして意識を生みだす... 続きを読む

  • 上巻では、フィクションが人類を発展させたエンジンになったことが指摘されたが、下巻では「帝国主義、科学主義、資本主義」の3つのフィクションが現代世界を形作っていると解説する。未来は現在よりも良くなり、パイは拡大するというフィクション。向上心や競争、新発明を生み、病気や災害を減らす一方で、格差を生み、生物の絶滅を生んだ。世界はかつてないほど平和で安全な時代に入ったが、今後人類はどのように進んでいくのか。筆者は生物工学的発展、サイボーグ的発展、非有機的生命的発展の3つの選択肢を示す。どれもわずかながら実現されているところが説得力を感じる。どれになったとしても、その後の人類は現在のものとは想像もできないほど変化していると考えると、そら恐ろしい気になるが。

  • 数ある生物種の中でホモ・サピエンスのみが文明を構築し、地球を支配するに至った理由を、
    ・地域、国家、企業、宗教などの共同体を組成させ、安全な生活基盤の構築に繋がった「認知革命」
    ・狩猟採集生活に比べて個々人の生活の充実度は下がったものの、数量の増加を実現した「農業革命」
    ・他の生物種を圧倒しながら、生活の利便性を向上させることに成功した「科学革命」
    という3つの革命から説明する歴史書。下巻では「科学革命」の歴史と、今後行き着く革命の姿が描かれる。

    下巻の白眉は、
    ・科学の発展は、資本主義と帝国主義の発展と3つどもえの関係性になっていること
    ・近現代が圧倒的な経済発展を遂げたのは、その関係性の中で「成長」が信用に値するものとしてみなされ、「投資」が促進されたこと
    を平易な語り口で明らかにする点にある。

    近代以前の社会においては、社会が「成長」することへの期待感は低く、むしろ「投資」という行為はリターンに見合わない行為とみなされていた。しかし、科学による「進歩」の概念と、科学による副産物として得られる「技術」は、リスクを引き下げ、リターンを向上させる方向へ寄与する。その結果、消費ではなく「投資」が促進される、というロジックである。

    本書は人類の歴史を、極めて広範なパースペクティブから語るものでありつつ、科学、宗教、経済等、固有の歴史についても要点がまとめられており、あらゆる人にお勧めできる一冊。

  •  歴史は決定論ではないし、混沌としているから予測できない。歴史は2次のカオス系なのだ。一次のカオス→天気。予想に反応しない。歴史、政治は二次のカオス。予想に反応するので、正確に予想することは決してできない。地理的な力や生物学的な力、経済的な力によって課される制約はある。だが、そうした制約があっても、意外な展開が起こる余地はたっぷり残されており、それらの展開は、どんな決定論的な法則にも縛られているようではない。人種的なヒエラルキーは自然なものでも必然的なものでもなく、世の中は違う形で構成しうると、気づくことができる。

     文化は一種の精神的感染症あるいは寄生体で、人間は図らずもその宿主になっていると見る学者がしだいに増えている。文化的な概念も人間の心の中に生きている。キリスト教徒の天国という信念や、共産主義の楽園という信念をはじめ、文化的な概念は、人間を強制して、その概念を広めるのに、人生を捧げさせることができる。ミーム学。

     スミスは念仏を唱えるように、利益が拡大したら、地主や織屋はさらに働き手を雇うという原則を繰り返し述べた。国富論

     貨幣や有限責任会社、人権と同じように、国民と消費者部族も共同主観的現実といえる。それらは嘘ではなく、想像だ。国民は想像の産物であるという自らの特徴をできるかぎり隠そうとする。

    人々が自分の人生に認める意義は、いかなるものもたんなる妄想にすぎない。それならば、幸福は人生の意義についての個人的な妄想を、その時々の支配的な集団的妄想に一致させることなのかもしれない。

  • 下巻も、、、長い。読み終わっての印象は、既存の様々な議論を寄せ集めて、人類史というテーマでパッケージングした本、というところか。多くの議論を取り上げているので初めての人には目新しさがあるだろうし、それをこのかたちでパッケージにしたのも上手だとは思う。
    でも、社会科学系の簡単な本を読めば事足りるところ、なぜ、今、他でなくこの本を読む意義があるのかというところが見出せない。せめて様々な議論を統合するような背骨となるロジックがあればまだ良かったがそれもない。
    そう考えていくと、どう考えたって過大評価だと思うんだよな。

  • 今世紀一番面白かった。人間の人間たるゆえんは想像力にあって、今の社会はすべて虚構と想像の共有でなりたってる。下巻の最後の方にでてくる、その中で人間にとっての幸福とは単純な主観だけじゃないというところが興味深かった。

  • 自由市場至上主義の過去の産物が奴隷貿易だ。

    大西洋奴隷貿易が盛んになったのは、近代前期にヨーロッパ資本主義が台頭した時期。

    当時は、奴隷貿易はどこの国家や政府にも何の抑制も受けなかった。

    アダム・スミスの「国富論」では、利益が出たらさらに下働きを雇うことで、豊かになる。
    つまり、個人の利益の追求が、自然と他人や国家の豊かさに繋がると説いた。

    だが、
    これは間違いで、政府や国家の介入がない場合、奴隷貿易のように、自己のみの利益の追求に走る場合もある。


    奴隷貿易によって、
    サトウキビから得られる砂糖により、ヨーロッパの人々の生活は豊かになっただろうが、
    16世紀から19世紀にかけてアフリカから連れてこられた約1000万人の奴隷の7割がサトウキビのプランテーションで働き、そのほとんどは劣悪な労働環境により、短命かつ惨めに生涯を閉じた。

    そういった歴史の産物の上に、今の僕らの生活が成り立っていることは、忘れずにいたい。

  • 「認知革命」「農業革命」「世界の統一」というトピックの後、何故我々は歴史を学ぶ必要があるかという根本的な問いに対する答えが書いてある。
    歴史は二次のカオスであり決定論的に予測は出来ない。歴史を学ぶのは未来を予測する為でなく視野を広げ必然的なものでなく想像しているよりもっと多くの可能性がある事を理解するものである(未来は自分で創る)。

    科学革命の発端は知識の革命ではない。何より「無知の革命」である。近代以前の知識の伝統はこの世の事は全部知っていると思っていた(賢い人に聞けば良いという発想)。
    科学は「観察」と「数学」の中心性から成り立つ。
    近代の文明の発展19世紀の前半までのヨーロッパの発展は「帝国(政治)」「資本(経済)」「科学」のフィードバックループによる。古代の歴史の人は将来が現在より良くなると考えなかったが近代は進歩という考え方によって「将来の信頼」が生まれ投資(融資)という発想が生まれていった。

    今現在サピエンスはどのような事を望み、テクノロジーが連れて行ってくれるか著者の予測が入ってきている
    楽観的に見ようと悲観的に見ようと未来のテクノロジーの流れは止まられず、今では想像もつかない所に連れて行ってくれるだろう。
    その時問われる問いは「何になりたいか」ではなく「何を望みたいか?」ではないだろうか?

  • 下巻は、キリスト教を中心とした一神教の勃興から大航海時代、産業革命と世界の覇権の手中に収める欧州を科学技術と資本主義から分析し、その鍵を好奇心と希望(信用)と説く。長い歴史を振り返っての人間の幸せとは何かを熟考、そこからの人類の未来の展望はとても考えさせられる示唆を含んでいて感動です。

  • 仏教の教えが身にしみる。悲しみや怒りを避けようとするのではなくあるがまま受け入れる。
    そしてヒンドゥー教にますます興味。
    幸福とは何か、考えさせられた。幸福って快が大きいことじゃないのかも。
    責任という概念も人間の想像の産物のひとつなのかも。

  • 「今日、東アジア以外の人々は、何かしらの一神教を信奉しており、グローバルな政治秩序は一神教の土台の上に築かれている。」「自然法則の宗教も考慮に言えば、近代は強烈な宗教的熱情や前例のない宣教活動、史上最も残虐な戦争の時代と言うことになる。近代には、自由主義や共産主義、資本主義、国民主義、ナチズムといった、自然法則の新宗教が多数台頭してきた。…もし宗教が、超人間的な秩序の信奉に基づく人間の規範や価値観の体系であるとすれば、ソヴィエト連邦の共産主義は、イスラム教と比べてなんら遜色のない宗教だった。」「神への信仰が現代の多くのイデオロギー内部に根強く残っており、自由主義を筆頭に、その幾つかは、この信念抜きではほとんど意味をなさない」「人間至上主義の宗教は、人類を、より正確にはホモ・サピエンスを崇拝する。…人間至上主義は、3つの競合する宗派に分かれて、「人間性」の厳密な定義をめぐって争っている。…今日、最も重要な人間至上主義の宗派は自由主義の人間至上主義で、この宗派は、「人間性」とは個々の人間の特性であり、したがって個人の自由はこの上なく神聖であると信じている。自由主義者によれば、人間性の神聖な性質は、全ホモ・サピエンスの一人ひとりに宿っているという。個々の人間の内なる核心が、世界に意味を与え、すべての倫理的・政治的権力の源泉となる。もし私たちが倫理的あるいは政治的ジレンマに直面したら、自分の中に目を向け、内なる声ー人間性の声ーに耳をすますべきだ。自由主義的な人間至上主義の主要な戒律は、この内なる声を侵入や外から守るよう意図されている。これらの戒律は、一まとめに「人権」として知られている。」人権は「自由主義」という宗教の戒律だったのか!「各個人の自由で神聖な性質を重んじる自由主義的な信念は、各個人のさには自由で永遠の魂があるとするキリスト教の伝統的な信念の直接の遺産だ。永遠の魂と造物主たる絶対神に頼らなければ、自由主義者が個々のサピエンスのどこがそれほど特別なのかを説明するのは、不面目なまでに難しくなる。」「自由主義の人間至上主義の信条と、生命科学の最新の成果との間には、巨大な溝が口を開けつつあり、私たちはもはやそれを無視し続けるのは難しい。…生物学科と法学科や政治学科とを隔てる壁を、私たちはあとどれほど維持することができるだろう。」

    「歴史を研究するのは、未来を知るためではなく、視野を拡げ、現在の私たちの状況は自然なものでも必然的なものでもなく、したがって私たちの前には、想像しているよりもずっと多くの可能性があることを理解するためなのだ。」

    「科学とテクノロジーの関係は、ごく最近の現象だ。…両者がようやく結ばれたのは19世紀になってからのことだった。」「科学革命以前は、人類の文化のほとんどは進歩というものを信じていなかった。…近代の文化は、まだ知られていない重要な事柄が多数あることを認め、そのような無知の自認が、科学の発見は私たちに新しい力を与えうるという考え方と結びついたとき、真の進歩はけっきょく可能なのではないかと人々は思い始めた。」

    「科学研究は宗教やイデオロギーと提携した場合のみ栄えることができる。…とくに注意を向けるべき力が二つある。、帝国主義と資本主義だ。」「日本が例外的に19世紀末にはすでに西洋に首尾良く追いついていたのは、日本の軍事力や、特有のテクノロジーの才のおかげでは無い。むしろそれは、明治時代に日本人が並外れた努力を重ね、西洋の機械や装置を採用するだけにとどまらず、社会と政治の多くの面を西洋を手本として作り直した事実を反映しているのだ。」

    「信用という考え方は、私たちの将来の資力が現在の資力とは比べ物にならないほど豊かになるという想定の上に成り立っている。」「近代以前の問題は、誰も信用を考えつかなかったとか、、その使い方... 続きを読む

  • 現代の「聖書」というべきか。それぐらいホモ・サピエンスの起源、歴史、未来を深くえぐっている。

    地球の平和度を見る段になって、いかに自分は認知的バイアスをかけて時代を見ていたか、愕然とする。(上)に感じたのと同じく、冷静な議論が次々と「当たり前」を覆す。

    歴史学がホモ・サピエンスが幸福かどうかを吟味してこなかった指摘も鋭い。

    著者の「あとがき」はあまりに核心を突いていて、言葉にならない。広い意味での「神が死んだ」時代の出発となる著作であった。

    ・普遍的で、宣教を行う宗教が現れ始めたのは、紀元前1000年紀だ。そのような宗教の出現は、歴史上屈指の重要な革命であり、普遍的な帝国や普遍的な通貨の出現とちょうど同じように、人類の統一に不可欠の貢献をした。
    ・天国と地獄の信仰は、旧約聖書には微塵も見られないし、そもそも旧約聖書は、人々の魂が肉体の死後も生き続けるなどとは、けっして主張していない。
    ・生物学科と法学科や政治学科とを隔てる壁を、わたしたちはあとどれほど維持することが出来るだろう。
    ・歴史はいわゆる「二次」のカオス系。それについての予想に反応する。
    ・物理学や経済学と違い、歴史は正確な予想をするための手段ではない。歴史を研究するのは、未来を知るためではなく、視野を拡げ、現在の私たちの状況は自然なものでも必然的なものでもなく、したがって私たちの前には、想像しているよりもずっと多くの可能性があることを理解するためなのだ。
    ・500年で人口は14倍、生産量は240倍、エネルギー消費量は115倍に増えた。
    ・進んで無知を認める意思があるため、近代科学は従来の知識の伝統のドレよりもダイナミックで、柔軟で、探求的になった。
    ・従来の伝統はたいてい、自らの説を物語の形で組み立てた。一方、近代科学は数学を使う。
    ・支配者は、既存の秩序を強化する目的で伝統的な知識を広めるのが使命の教育機関に出資した。
    ・今日の生物学者が、現代の人間に見られる生物学的差異はとるに足らないと説明するだけで人種差別をたやすく否定できるのに対して、歴史学者や人類学者が文化主義を否定するのは難しい。
    ・資本主義の第一の原則は、経済成長は至高の善であるということ。
    ・盛んな大西洋奴隷貿易は、暴君や人種差別的なイデオロギー信奉者ではなく、何の抑制も受けない市場原理が原因だった。
    ・奴隷貿易はどこの国家や政府によっても管理されていなかった。それは純粋な営利事業であり、需要と供給の法則に則って自由市場が運営し、出資していた。
    ・アフリカの農民やインドネシアの労働者が一日身を粉にして働いても、手にする食糧は500年前の祖先より少ない。
    ・ハーロウの研究。サルの赤ん坊たちはミルクを与えてくれる金属の母親ではなく、布の母親をはっきり選んだ。
    ・アメリカ人は毎年、世界の他の地域の飢えた人全員を養うのに必要とされる以上の金額をダイエット食品に費やす。
    ・2002年、世界では殺人よりも自殺する可能性の方が高かった。
    ・かつての戦争と違い、現代の富は、人的資源や技術的ノウハウ、あるいは銀行のような複合的な社会経済組織なので、奪い去ったり、自国の領土に併合したりするのが困難だ。
    ・幸福度。交通事故と宝くじに当たった二人を二年後に訪ねても幸福度は変わらない。
    ・歴史上のほとんどの出来事は、生化学的特性に何一つ影響してこなかった。
    ・ニーチェの言葉にあるとおり、あなたに生きる理由があるのならば、どのような生き方にもたいてい耐えられる。

  • 資本主義、消費主義のほころびが見え始めている現在、成長し続けなくとも幸福に暮らせる社会の仕組みづくりが重要なのだろう。

  • p11〜

    まさかの下巻から読むことに!

  • 宗教、資本主義、科学、幸福と未来にも開けたテーマが多く、上巻より史実的に引っかかる所は少ないけど、その分読者の思考が促される。
    幸福については割とみんながぼんやり思ってることを明確に言語化してると思う。
    その幸せってなによとか、そもそもそれ望んでるのかとか、周りから不幸扱いされるけど別にってタイプの人の理論武装としてもばっちり。
    上下巻通してお前らはちゃんと自分の頭で考えてるのかということを問い、その欲望を喚起する名著。
    サピエンスかサピエンスであるために。

  • 途中でちょっと違う本を読んだりして、ブランクがあったけど、資本主義の記述あたりから面白くなり、一気に読了。
    上巻を大分忘れてしまったので再読予定。
    人類は国対国の全面戦争は選ばなくなったというけれど、これが書かれているのは2014年。
    イスラム国の記述もないし、トランプ氏もまだ大統領にはなっていない。そして、北朝鮮の動向もさほどニュースにはなっていなかったろう。
    原爆の恐怖を世界に知らしめたという功績でオッペンハイマーとメンバー達にはノーベル平和賞を与えるべきだったというジョークがあったが、日本人には面白くない冗談。
    どこまでご存じかわからないトランプ氏と北朝鮮。
    原爆の悲惨さを伝えるべき日本の役割を改めて感じた。

    興味深かったのは資本主義の原理と成長過程の記述。良く知らなかったので勉強になった。
    果たしてポスト資本主義はあるのだろうか?
    家畜の惨めな状況、科学の動向も気になる。

  • さまざまな意味で、示唆に富む本です。
    歴史を、ある時代だけを切り取って見ていたのでは分からないことが、ホモ・サピエンスの通史として、全体を通すと見えてくるものがあります。

    「歴史を研究するのは、未来を知るためではなく、視野を拡げ、現在の私たちの状況は自然なものでも必然的なものでもなく、したがって私たちの前には、想像しているよりもずっと多くの可能性があることを理解するためなのだ」

    超お勧めの本です。

  • 私たちは何を望みたいのか?

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